三寒四温の疲れの正体。なぜ私たちの脳は、春先に「強制終了」をかけるのか
なんだか、自分の体温の「正解」が分からなくなるときがあります。
一歩外に出れば季節外れの寒さに首をすくめ、電車に乗れば強すぎる暖房にのぼせて汗をかく。そのたびにコートを脱いだり、マフラーを巻き直したり。
そんな「暑い」と「寒い」の板挟みにあっているうちに、ふとした瞬間に、脳の奥のほうがふっと遠くなるような感覚に陥ることはありませんか。
「三寒四温」なんて言葉は、カレンダーで見れば春の訪れを感じる綺麗な響きです。
でも、その渦中を生きている私たちの体は、言葉の響きほど優雅ではありません。
仕事で大失態を演じたわけでもない。ただ普通に一日を過ごしただけなのに、夕方には電池が切れたみたいに、身体が重くて一歩も動かなくなる。
この「身に覚えのない強烈な疲れ」。
自分の設定温度が迷子になって、まるで「洗い」と「脱水」が1分おきに入れ替わっている洗濯機を、ぼーっと眺めているような……。そんな、どこか故障した機械のような感覚をもつことがあります。
体の中の「お節介な現場監督」
私たちの身体には、外がどんなに寒かろうが暑かろうが、体温を36度前後にキープするという仕組みがあるそうです。
「ホメオスタシス」なんて大層な名前がついているけれど、要は「意地でも変えないぞ」という頑固な鉄の掟です。
この体温調節を一手に引き受けているのが、自律神経という現場監督です。
三寒四温のこの時期、監督はちょっと張り切りすぎています。
「今日は寒いから血管を閉じて!」「次は暖かいから広げて!」と、1秒たらとも休まず現場に指示を出し続けます。
特に気温差が7度を超えると、指示の頻度はもう無茶苦茶。
ただ歩いているだけのつもりでも、体はパニック状態。さっきまで「温風乾燥」だったのに、次は「冷水」でバシャバシャ……。そんなふうに洗いと脱水がめまぐるしく入れ替わってしまう洗濯機のなかに放り込まれたまま耐えているような。そんな、ギリギリの状態なのかもしれません。
そりゃあ、夕方にはガタガタと音がして、動きも鈍くなりますよね。
脳の司令塔は、今日も熱を持っている
さらに、この疲れを重くしているのが、脳の「司令塔」の頑張りすぎです。
自律神経の司令塔は、脳の深いところにある「視床下部」という場所にあります。
気温の乱高下に合わせて指示を連発し続けると、この司令塔が、使いすぎたスマホみたいに熱を持ってしまう。
夕方、知恵熱みたいに頭の芯がじわっと重くて、何も考えられなくなる。
あれは、司令塔が物理的に頑張りすぎて湯気が出ているサインかもしれないな、なんて想像してしまいます。
脳は、頭蓋骨という密閉されたケースに入っているから、一度熱を持つとなかなか冷めません。
すると、脳は「これ以上働くと壊れるぞ!」というリミッターをかけ、強制的に身体をシャットダウンさせようとします。
これが、夕方に訪れる「何も考えられない、動けない」あの疲労感の正体だとしたら...。
もう、私たちの意志が介在できる余地なんて、どこにもないような気がします。
「頑張ってるだけで、偉い」の季節
「春なのに、なんだかシャキッとしなくてダメだな」
「自分だけ、気合が足りないんじゃないか」
不甲斐ない自分を責めたくなるときもあるけれど、きっと今は、そんな時期じゃないんです。
むしろ、あなたが今こうして重い身体を引きずって家に帰り、この文章を読めていること自体、あなたの内側の監督が必死に命のバランスを守り抜いた証拠。
「今日は洗濯コースの変更ばかりで、目が回っちゃったんだな」
そう思って、今日はもう自分を許してあげてもいい。
春の香りが少しだけ混じった夜道を、重い足取りで歩く。スーパーで「明日の牛乳」を買うという、小さなミッションをこなした自分を、心の中で褒めてあげる…。
そして熱いココアでも飲んで、今日こそは早く寝よう。
そう決めたのに、ふと手に取ったスマホで「明日の天気」を調べて、「え、明日また寒いの……?」と絶望し、気がつけば深夜のSNSをぼーっと眺めて、また時間を溶かしている。
そんな、どうしようもなく思い通りにいかない夜のループも含めて、丸ごと受け入れてしまおうと思います。
「着る服」で悩むことも含めて、春はそこまで来ているのですから。
▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ
脳が壊れないように強制終了をかけるように。平地を崖と誤認してお節介にもフリーズする、ロボット掃除機の防衛システム。
自律神経の司令塔が熱でバテてしまうように。太陽光を浴びるほど、自分の熱で発電効率を落としてしまう太陽光パネルの皮肉なお話。
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