見出し画像

「忘れ物」を買い直す夜

金曜日の18時。

駅の改札を抜け、家路へと続く夜道を歩いています。

空はまだ、透き通った淡い青を残していますが、ビルの合間からは街灯の光が、こっそりと夜を招き入れようとしている。

一週間、外向きに張り巡らせてきた神経を、駅の階段を下りるたびにガリガリと削って回収しているような、そんな重たい疲労感。

いつもなら、この時間は「献立をどうするか」とか「パンを買わなきゃ」なんて具体的な欲求に流されるはずなのに、なぜか今日は、この先の数時間——空から色が完全に消える「20時52分」の向こう側を、じっと待ち構えている自分がいます。

今夜は新月。

しかもただの新月じゃない。牡羊座の終わり際、27度という場所で重なり、完全な暗闇が訪れる夜。

科学で説明がつく話ではないけれど、18時のこの微かな光の下でこそ、腑に落ちてしまう物語があります。


暗闇のなかで、脳は「形のないもの」を愛しはじめる

あと数時間もすれば、空という広大な空白に月がいなくなる。

そう思うだけで、世界がふっと奥まった場所へ引っ込んでいくような、不思議な予感がしています。

心理学の世界には、 解釈レベル理論 なんて言葉があるそうですね。

人間は、対象との心理的な距離が遠いときほど、物事を抽象的に、そして本質的に捉えようとする。そんな脳の仕組みの話です。

今夜訪れる暗闇は、私たちの解釈レベルを無理やり押し上げるスイッチになります。

光が溢れる時間帯は、野菜の鮮度やスマホの画面の情報といった「具体的な細部」にばかり目がいくのに、視界を奪われた夜道では、脳は細部を追うのを諦めるしかないから。

その分、もっと漠然とした、自分自身の本質に近い何かへと意識の矛先を変えてしまう。

18時のいま、私の指先が追いかけ始めているのは、段ボール箱で届くようなモノではありませんでした。


想像のなかで、失われた機会を買い戻す

もちろん、玄関を開ければそこには日常という名の喧騒が待っています。

「お腹空いた」と迎えてくる子どもたちの声、夕飯の準備、行事のチェック、慌ただしいお風呂の時間。

手首に食い込んだクリーニングの袋は、家に入った瞬間にクローゼットへ放り込まれ、私は「親」という役割のスイッチを、全力でオンにするでしょう。

けれど、私の本当の目的は、その嵐が過ぎ去ったあとの「20時52分」にあります。

子どもたちがようやく眠りに向かい、リビングの明かりも極限まで落としたあと。

カレンダー上の新月がその暗闇のピークを越えたその瞬間。

私は暗いソファの隅で、ようやく自分一人の呼吸を取り戻しながら、スマホの画面をそっと点けるはずです。

そこには、数年前に一度登録しては「親なんだから、もっと実用的なことにお金を使わなきゃ」と自分を律して解約した、デジタルイラストソフトの月額ライセンス。

あるいは、いつか使うかもと思ってブックマークの奥底に死蔵していた、プロ仕様のカスタムブラシセット。

今回の新月が持つサビアンシンボル(星占いの世界で使われる詩的なメッセージ)は、「想像の中で復活された失われた機会」 だと言われています。

子供の頃、チラシの裏を埋め尽くしていた、あの不格好な夢たち。

「マンガ家になりたい」「絵を描く人になりたい」

そんな風に誰にも隠さず語れていた頃の、真っさらな情熱。

それを、イマジネーションという新月の暗闇がくれる力を借りて、再び自分の手元に引き寄せる。

18時の予感は、騒がしい夕暮れをくぐり抜けて、20時52分の実行へと繋がるでしょう。

それは自分宛ての、少しだけ特別な招待状を、深い闇の中で受け取るような動作です。


かつての自分へ招待状を送る

決済を終えた私の胃のあたりには、つんと冷たくなるような、情けない罪悪感が広がっているに違いありません。

物欲というのは普通、まだ来ない未来の不安を埋めるためのものかもしれません。

足りないものを買い足して、安心を並べる。

けれど、今夜の私は少し違う。

過去を振り返って、「持っていたはずの輝き」をもう一度起動するために、あえてこの数百円の贅沢のために財布を開く。

「もういいや」と投げ出したあの時の自分に、「もう一回頑張りなよ」と、招待状を手渡すような。

それは、明日の食費を削るほどではないけれど、今の平穏な生活をほんの数ミリだけ裏切るような、密やかで苦い通信費。

多分、明日の朝には「また描かなくなるよ」なんて冷めた自分が話しかけてくるはずです。

仕事に追われたり、部屋の掃除が面倒になったり。

そんな自分のだらしなさは、きっとこれからも変わらない。

けれど、今夜の暗闇の中で、埃をかぶったままの古いスケッチブックの表紙をなぞる感触だけは、本物であってほしい。

家族の静かな寝息を聞きながら、新月の空と同じ、まだ何も書かれていない真っ暗な明日が部屋の中に満ちるとき。

ふと、この闇は何かを消すためではなく、日常で見えなくなっていたものを照らすためにあるのだと気づかされます。

今夜20時52分。

嘘をつけないあなたをそっと守ってくれるような、深い闇の中で。

あなたの招待状もどうか、かつての心へ届きますように。




▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ

モノではなく、「なりたかった自分」を買い足してしまう。そんな不器用な物欲について、もう少し見てみませんか。

セール会場で感じた「無敵感」が、家の玄関を開けた瞬間に消えるのはなぜ? 物欲という魔法の正体を覗いてみてください。

いいなと思ったら応援しよう!

いたち|ふしぎを眺める時間 記事を読んで、何か少しでも心に残るものがあったなら嬉しいです。いただいた応援は、次の「ふしぎ」を探しに行く力になります。