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約1300年前の「黄金の毒」に魅せられて。修学旅行のあの日には気づけなかった、優しい微笑みの代償

古い 5円玉 を触った後の、あの掌に残る独特の匂い。

どこか血の匂いにも似た、鉄の錆びたような、けれど逃れられない感覚。

私たちはなぜ、目に見えない「価値」や「祈り」を、わざわざ重たくて冷たい金属の形に閉じ込めようとするのでしょうか。

思えば、人間は昔から「錆びないもの」に異常なほどの執着を見せてきました。

形あるものはいつか壊れる。

そう分かっていながら、せめて後世に何かを遺したいと願うとき、選ばれるのはいつも鈍く光る 黄金 でした。


国家の総力を挙げた「無理難題」

今から約1300年ほど前、この国には「狂気」とも呼べるほどの凄まじい熱量で作られた、ある巨大なプロジェクトが存在していました。

それは、当時の国家の総力を挙げ 延べ260万人 もの人々が、直接的・間接的に関わったとされる「無理難題」です。

聖武天皇が発した言葉は、あまりにシンプルで、けれど残酷なほど純粋なものでした。

「一枝の草、一握りの土を運ぶ者があれば、それを拒んではならない」

当時、国を襲っていたのは、今の私たちにも身に覚えのある パンデミック(天然痘) でした。

人口の3割が失われ、政治家は次々と倒れ、社会全体が機能不全に陥る。

そんな逃げ場のない絶望の中で、当時の人々が選んだのは、これ以上ないほど巨大で、黄金に輝く「物理的な救い」を作ることだったのです。


眩しさの影に漂っていた「毒の霧」

けれど、その圧倒的な輝きには、歴史の教科書にはあまり書かれない暗い影がありました。

巨大な銅像を、一点の曇りもない黄金で覆い尽くすために使われたのは、「金アマルガム法」というあまりに過酷な技術です。

金を水銀に溶かし込み、表面に塗りたくった後、火で炙って水銀だけを蒸発させる。

その工程で、目に見えない猛毒の 水銀蒸気 が発生することを知りながら、その手は止められませんでした。

大仏の周りでは、筆を動かす職人たちが、水銀の毒に侵され、指先の震えが止まらなくなっていたという記録。

それは、祈りの形を黄金に変えるための、あまりに生々しい代償でした。

「仏様を光らせる作業」が、自分の命を少しずつ削っていく。

当時の職人たちは、その震える指先で、一体誰の救済を祈っていたのでしょうか。

他人のための祈りが、自分達の体を壊していく。

その残酷なまでの現実が、1300年前の都には確かに漂っていました。

完成が近づき、その巨大な像が眩しく光り輝けば輝くほど、かつての都・平城京の空には、目に見えない毒の霧が濃く漂っていた。

美談という言葉で塗りつぶすには、あまりに生々しく、剥き出しの執念。

祈りが深ければ深いほど、救済の形が大きければ大きいほど、誰かの「呼吸」が奪われていくという皮肉な構造が、そこにはありました。


微笑みの裏側にある、震える指先の記憶

かつての修学旅行、巨大な柱の穴をくぐりながら見上げたあの穏やかな微笑み。

現在ではすっかり黒ずんでしまっていますが、当時の人々が見たのは、その黒を塗りつぶすほどの、狂おしいまでの黄金の輝きだったはずです。

実は、この記事を書いている今日 4月9日 は、そのプロジェクトが完成し、最後に大仏に「魂」を入れたとされる「開眼供養(かいげんくよう)」の記念日です。

暦は違えど約1300年前の今日、人々は何を思い、あの光り輝く完成品を見つめていたのでしょうか。

パンデミックへの恐怖、失った家族への思い。

あるいは、あまりに高いコストを支払ってしまったという、空虚な達成感。

あの優しい微笑みの裏側にある、水銀の冷たい匂いと、数えきれないほど震えていたであろう職人達の指先。

そんな歴史の厚みに触れてしまった後は、金色の包み紙や、財布の中の小銭が、いつもよりほんの少し重たく感じられてしまうのです。


さて、そろそろ歴史の深みから抜け出して、私は山積みの食器を片付けなければなりません。

水銀の匂いもしない、平和すぎる私の台所。

1300年前、毒の霧の中で黄金を磨き続けた職人たちから見れば、こんな日常さえも、手が届かないほど穏やかで眩しすぎるふしぎな光景に映るのかもしれません。


▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ

目に見えない不安を、形あるもので「予約」しようとした先人たちの執念。4月の桜の下で私たちが感じている高揚感の正体も、もしかしたら似たようなものかもしれません。

溶けて消えるはずの「氷」を、執念だけで地球の裏側まで運ぼうとした男たちの物語。不可能な「形」を維持しようとする行為は、いつの時代もどこか割り切れない響きを残します。

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