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保存できない祈り ―― 京都・葵祭の緑のアンテナ

ニュースで、京都の葵祭の映像が流れていました。

画面いっぱいに広がる、瑞々しい新緑。

平安の装束に身を包んだ人々が静かに進んでいくその姿を見て、ふと、いつか訪れた際に肌で感じた、あの湿り気を帯びた古都の空気を思い出しました。

1500年以上も前から繰り返されてきたというその光景は、忙しない日常の空気の中では、どこか別の銀河の出来事のようにさえ感じられます。


神様と「接続」するための、緑のデバイス

ふと気になったのは、行列の人々の冠や牛車に飾られている、あのハート形の小さな葉っぱです。

あれは二葉葵(フタバアオイ)という植物。

祭りの名前の由来にもなっている主役ですが、実はあれ、単なる装飾ではないらしいのです。

葵の古名は「あふひ」。

あふ(会う)と、ひ(神様の力)が結びついた言葉だともいわれています。

つまり、あの葉っぱは、神様と出会うためのアンテナだった。

現代の私たちが、電波の入りにくい場所でスマホの画面を何度も覗き込み、アンテナマークの数に一喜一憂しながらつながりを探すように。

1500年前の人々は、この瑞々しい緑の葉を掲げることで、目に見えない不思議な力との接続を試みていた。

そう考えると、あの優雅な行列が、目に見えない存在へと必死に声を届けようとする、どこか切実な「呼びかけ」の姿に見えてくるから不思議です。


効率化への、静かなる反逆

でも、この緑のアンテナ、今のテクノロジーから見れば、とんでもなく不便な仕様を抱えています。

二葉葵は、驚くほど繊細です。

水の汚れを嫌い、日陰の湿った場所でしか育たない。

さらに困ったことに、摘んだ瞬間にカウントダウンが始まり、数日もすればしおれてしまいます。

そのため、祭りに必要な1万本の葵は、当日のわずか数日前に一斉に手作業で採取されるのだそうです。

保存もきかない。
コピーもできない。

1500年も続いているというのに、毎年、その瞬間だけの鮮度にすべてを賭けている。

効率化の名の下に、あらゆる情報をデジタルの世界に放り込んで安心している私たちにとって、この「保存できない祈り」の痕跡は、どこか眩しいほどの贅沢に感じられます。

実は今、この1万枚の葵を支えているのは、全国の一般家庭で二葉葵を育てる里親の方々なのだそうです。

かつては神社の森だけで完結していた景色が、今は日本中のベランダや庭先へと広がり、そこから京都へと一本一本の葵が届けられる。

伝統という名のアンテナを、実は私たち一人ひとりが自分の手元で預かっている。そう思うと、あの遠い星のような行列が、急に身近なものに感じられてきます。


天と地を繋ぐ、1500年前の回路設計

祭りの行列には、葵だけでなく、もう一つ桂の小枝も添えられています。

古くから、葵は女性的な陰の力を宿し、桂は男性的な陽の力を宿す植物とされてきました。

この二つを寄り添わせるように絡ませることで、初めて天と地を結ぶ回路が完成する。

それはまるで、プラスとマイナスの極を正しく繋いで、見えない火花を散らす儀式のようです。

この回路の先に待ち受けているのは、賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)という、その名の通り雷を司る神様です。

雷は古来、稲妻という名の通り、田に実りをもたらす恵みの雨の前触れでもありました。

1500年前の人々は、この緑の回路を街中に張り巡らせることで、天からの巨大なエネルギーを誘い込み、人々の暮らしに潤いを引き込もうとした。

そのデザイン思想は、私たちが思うよりもずっと論理的で、そして切実な祈りに満ちていました。


夕方になり、京都の街も、祭りの熱狂から静かな日常へと戻り始めている頃でしょうか。

私の手元には、京都の優雅な余韻とはほど遠い、現実のノイズが転がっています。

インクの掠れた、ボールペン。

出ない文字をなぞるように、ペン先が紙を引っ掻く、あの乾いた音。

指先に伝わる抵抗を感じながら、ふと思います。

スマホのアンテナは4Gから5Gへ、さらにその先へと進化していくけれど。

私たちが心のどこかで求めているのは、本当のところ、1500年前の人々が保存のきかない生身の葉に込めた、誰かと、あるいは何か大きなものと、正しく出会いたいという、あの切実な祈りなのかもしれません。

今夜くらいは、スマホを少し遠くに置いて、窓の外の風の音に、心のアンテナを傾けてみようかと思います。


▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ

1500年前の祈りも、私たちの体内に流れる4万年のルーツも、実は地続き。命のバトンが繋いできた、目に見えない情報のリレーについて。

0と1で構築されたデジタルの回路も、1500年前に描かれた緑の回路も。実は、驚くほど似た知恵の形を共有しているのかもしれません。

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