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塩が突然美味しくなった日

夕方の買い出しから汗だくで帰宅して、キッチンのカウンターにある塩タブレットを一つ、口に放り込みました。

カリッ。

甘酸っぱさと舌の上に広がる塩気が、一気に喉の奥へ流れていく。

思わず目を閉じて、しばらく動けなくなりました。

冷房の効いたリビングでつまんだときは、正直、なんとも思わなかったのに。猛暑日に限って、同じ粒がまるで別の食べものに変わります。

この感覚は一体、何なんでしょう。


少し考えてみたところ、この異様な旨さには、脳のかなり大胆な仕掛けが関わっているようです。

私たちの脳には、生存に必要なものを摂ったときにドーパミンを出して気持ちよくさせてくれる仕組みがあります。ただ、ナトリウムが足りている平常時は、塩気の強いものを口にしてもこの仕組みはさほど反応しないのだとか。

ところが、汗をかいて体のナトリウムが足りなくなると、事情が一変するようです。

通常なら塩辛くて敬遠するような濃い塩味を、脳が突然、「ごほうび」として扱い始める。

大阪大学の研究チームは、体内のナトリウム状態によって、塩に対する報酬価値の表現とドーパミン神経の活動が変化することを報告しています。

つまり、体の状態に応じて、脳が塩を「どれだけ価値のあるものか」と評価する仕組みが変わるようです。

味覚の採点基準ごと、体の都合で差し替えてしまう。

いや、差し替えるというよりは、一時的に脳の設定が書き換わっていると言うべきでしょうか。

美味しいから食べたくなるのではなく、食べなければいけないから美味しくなる。

なかなか大胆な変化です。


しかもこの仕組みは、つい最近できたものではないようです。

私たちの祖先がまだ海の中にいた頃、ナトリウムは周囲にいくらでもありました。ところがおよそ3億8千万年前、陸に上がった途端に事情が変わります。

陸上の植物にはカリウムが多い一方で、ナトリウムは不足しがちになります。塩が足りなくなれば血圧は下がり、神経もうまく働かなくなります。

だから脳は、ナトリウムが減ったら全力で塩を美味しくさせて摂取を促す回路を、長い時間をかけて磨き上げてきたのだと考えられています。

3億8千万年かけて研ぎ澄まされた生存本能が、令和の我が家で、あの白い粒を至福の一口に変えている。

そんな不思議な歴史に浸りながらも、ふと目を開ければ、そこにはいつもの現実が静かに待っていました。

いくら進化の成果が発揮されたところで、今日のやるべきことが一つでも減ってくれるわけではないのです。


▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ

今回は塩分を欲する本能の話でしたが、疲れ果てた時に身体が「強制終了」をかけて動かなくなるのも、同じ自律的な防衛の仕組みです。

私たちの舌が体の状態に合わせて世界を塗り替えるように、鳥たちが独自の眼で眺める景色もまた、想像を超えた彩りに満ちています。

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