46.ユリウス・クラウディウス朝②
画像は以下のサイトから転載。
前回に引きつづき、ユリウス・クラウディウス朝についてです。
魔女メデイア
ユリウス・クラウディウス朝の初代皇帝アウグストゥス(紀元前六三年~)は、ローマの詩人ウェルギリウス(紀元前七〇年~)に叙事詩『アエネーイス』の執筆を依頼しました。

理由は、ユリウス・クラウディウス家を、ローマとトロイの始祖、英雄、神々、これらもろもろの正統な子孫とするためです。
『アエネーイス』の主人公はトロイの武将アエネーアスで、トロイの創始者イロスの孫です。

アエネーアスの息子はユルスで、これが「ユリウス」の元ネタになりました。
そしてアエネーアスの子孫は、ローマの建国者ロムルスとレムスです。これでユリウスたちの箔づけは完璧です。
ユルスはアスカニオスとしても知られています。
トロイ戦争後、アスカニオスはイタリアのラティウムに逃れ、アルバ・ロンガの初代王としてローマの建国に貢献しました。
トロイ人は、ゼウスとエレクトラの子ダルダノスの子孫です。エレクトラはプレイアデス(七人姉妹)の一人で、アトラスの娘です。
ダルダノスはイダイアの父です。イダイアはトラキアのサルミュデッソス王ピネウスの二番目の妻です。

シケリアのディオドロスによると、ダルダノスはトロイの王ではなくスキタイの王とのことですが、同名の王と混同しています。
イダイアの夫ピネウスは、トラキアの予言者です。人間の未来を予言しすぎたため、またはプリクソスの子供たちにコルキスからギリシャへの航海の方法を教えたために、神々に盲目にされました。そのうえ食事のたびにハーピーに襲われる悲惨な事態になってしまいました。

たしかに黒海を渡るとギリシャに着きます。なにが問題だったのでしょうか。
コルキスは、アルゴナウタイの物語に登場します。
トロイ戦争の前、テッサリア(ギリシャ中部)の王子イアソンは、黄金の羊の毛皮(金羊毛)を求めてコルキスに向かいます。アルゴー船という船で英雄たちと旅をしたので、英雄たちはアルゴナウタイと呼ばれます。
アルゴナウタイは、盲目の予言者ピネウスに航海の助言を求めました。ピネウスはハーピーたちをどうにかすれば助言するといったので、アルゴナウタイのカライスとゼテスがハーピーたちを退治しました。
ちなみにアルゴー船には、魔術師オルフェウスも乗っていました。
イアソンはコルキスで魔女メデイアと出会い、恋に落ちます。

歴史家ヘロドトスによると、メデイアは国名メディアの元ネタです。
古代のかれらは一般にアリアン人と呼ばれていたが、コルキス人メデイアがアテネからこのアリアン人の元に来たとき、かれらもまたその名を変えた。このように、メディア人自身が自分たちについて報告している。
またメディアといえば、テレビやネットなどの情報媒体です。メディアは日々わたしたちに魔法をかけてくれています。テレビは「Tel-a-Vision(幻を見せる)」で、わたしたちはチャンネル(霊との交信)を選び、番組(プログラム)を見て洗脳されます。
もちろんこれらの命名は意図的です。そして万能のインターネットは、この程度の情報も伝えてくれません。みなしっかりとプログラミングされているからです。
魔女メデイアは超白人です。ヘロドトスはメディア人をアリアン人と呼んでいました。十九世紀の啓蒙思想学者は、メディア人を「純潔のアーリア人」としました。
十五世紀、ブルゴーニュ公フィリップ三世は「金羊毛騎士団」を創設しました。創設の理由はわかっていないとのことですが、金羊毛はオカルトにとって大変重要で、錬金術の象徴でもあります。
コルキスに行くと「金羊毛」に会えるのです。イアソンとメデイアの出会い、あちら側にいる白人という美しいものに対する「恋」は、ローマ帝国に代表される「世界」の支配の寓意です。

ローマ人
著述家でユダヤ戦争の指導者だったヨセフス(紀元後三七年~)は、トロイ王家の祖ダルダノスをダラと同一視していました。
ダラは創世記と歴代誌上に登場する人物です。父はゼラで、ゼラの父はユダです。
ローマとギリシャの伝説では、ゼウスはサトゥルヌスの息子でした。サトゥルヌスはクロノスとも呼ばれます。
古代フェニキアの歴史家サンチュニアソンの著作には、ギリシャ人の「フェニキア人がイスラエルと呼ぶクロノス」のことが書かれています。
イスラエルは、ヤコブに与えられた名前です。ヤコブは自らに割礼を施し、同盟国にも同じことを強要しました。
サンチュニアソンはさらに、このクロノス(イスラエル)にはエフドまたはイェフドという特別な息子がいた、と説明しました。これはヘブライ語のイェフダ、つまりユダの短縮形です。
ユダが(紀元前五世紀後半に)存在したかを示す証拠として、貯蔵瓶に押された印章がある。……そこには、さまざまな形で『イェフド』という名前が記されている。
クロノスの第一の息子は(親父にきょうだいを吐き出させたあとは)ゼウスなので、イェフド(ユダ)はゼウスです。ゼウスはご存じのとおり、至上神です。
ゼウスの母はレアです。ユダの母もレアです。ちなみにイエスを裏切ったイスカリオテのユダではありません。
トロイ人はダルダノスにちなんで、ダルダノイ、ダルダニア人と呼ばれました。
地理学者ストラボンは、「リュキア人、ダルダニア人、これらもまたトロイ人であった」と記しています。

イリュリア人もまたダルダニア人です。この人たちはバルカン半島の西部に住んでいました。
また、アナトリア南岸のパンフィリア地方は、トロイ人カルカスが築いた植民地です。
列王記上の四章にはこうあります。
ソロモンの知恵は、東の国のすべての子らの知恵にも、エジプトのすべての知恵にもまさった。
かれはすべての人にまさって賢く、エズラびとエタンよりも、マホルの子ヘマン、カルコル、ダルダにもまさっていた。その名声は周囲のすべての国々に聞こえた。
名前を挙げられている人たちは、ソロモンと脳の出来を比較されているので、つまりすごい人たちということです。
ですがそのわりに、聖書には事前の説明がありません。
ダルダはダラのことです。そしてダルダニアに容易に結びつきます。
カルコルも、パンフィリア地方を築いたカルカスに結びつきます。カルカスは賢者、預言者で、トロイの木馬作戦にも参加した人です。
アイスキュロスなど、トロイ人はフリギア人だという主張もありますが、フリギア人はトラキア人の一派です。女神キュベレーとともに移住し、厳しい気候条件もあって女神信仰はかの地でさらに残虐化しました。

ノアの子は、セム、ハム、ヤペテです。ヤペテは子孫を各地に広げた人物とされています。
ヤペテは白人です。子供はゴメル(キンメリア人=白人)、マゴグ(スキタイ人=白人)、メディア(超白人)、ヤワン(不明)、トバル(コルキス人=超白人)、メシェク(トバルと同じ)、ティラスで、ゴメルの子孫はアシュケナズ(アルメニア人=白人)、リファト(不明)、トガルマ(アルメニア人?)です。
ティラスはドラス、つまりトラキア(白人)を指します。
そしてどれもローマの敵です。
地理学者ストラボンはこのように記しています。
レレゲス人やキリキア人とトロイ人とのあいだにこれほど大きな結びつきがあったにもかかわらず、なぜこれらの人々がホメロスの『目録』に含まれていないのか、その理由が問われる。
またストラボンは、キリキア人はキリキアに植民するまでトロイに住んでいた、としています。
パンフィリア人はトロイ人の親戚で、ストラボンは「しかし、パンフィリア人はキリキア人の特徴をよく受け継いでいるが、海賊行為を完全に避けるわけではない」と記しています。
海賊といえばフェニキア人です。つまりイスラエル人です。
フェニキア人のカドモスは、ギリシャのテーバイを建国した伝説上の人物です。アゲノールの息子で、ダルダノスの義理の兄弟であったともいわれています。
カリアは、ドーリア人やイオニア人が植民した地方です。南東にはリュキアが接しています。
ドーリア人もイオニア人もフェニキア人です。
トロイ人、レレゲス人、カリア人、キリキア人、フェニキア人など、これらはどれもゼラを通じて生まれたユダの子孫です。つまりセムの子孫、メシアの系図です。
創世記四十九章にはこうあります。
ユダは、獅子の子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。かれは獅子のようにうずくまり、獅子のように身を伏せる。だれがこれを起こすことができようか。
杖はユダを離れず、立法者の杖はその足のあいだを離れることなく、シロの来るときまでに及ぶであろう。そしてもろもろの民はかれに従う。
杖は、王の笏、つまり支配者の権利をあらわしています。
創世記九章にはこのように記されています。
神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕にかれを住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ。
イスラエルの子の最初期の離散後、ヨーロッパの海岸には最初にヤペテ人(白人)が定住しました。
ですが杖はユダから離れることなく、イスラエルの子らは「世界」を受け継ぎました。
アウグストゥスは地中海世界を統一し、ヤペテはノアの予言どおり、「セムの天幕」に住むことになりました。
ローマ人はイスラエル人のゼラ・ユダ族の子孫だったということです。アブラハムに託された予言も当たり、このように広く世界を手にしました。

言い方を変えると、ローマ人は高貴なトロイ人の子孫(イスラエルの子孫)なので、「世界」を支配してもいいのです。『アエネーイス』以後、みんながそう信じました。そして予言どおり「世界」を支配しました。
ダニエル書の九章にはこうあります。
それゆえ、エルサレムを回復し、建設するという命令が出てから、王子メシアに至るまで、七週間と六十二週があることを知り、かつ悟りなさい。そのあいだに、しかも不安な時代に、エルサレムは城壁と街路が建て直されるでしょう。
そして、六十二週ののち、メシアは断たれるでしょう。ただし自分のためにではありません。またやがて来たる王子の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終わりは洪水のように臨むでしょう。
ユリウス・カエサルはエルサレムの城壁の再建を許可しました。その後イエスは処刑され、そして「王子の民」は、紀元後七〇年、エルサレムのカナン人、エドム人(ユダヤ人)を滅ぼしました。
予言は当たるのです。イエスの死も含めてです。
なぜならヘロデ家、ローマの人たちが、いわゆる聖書を信じ、予言を信じていたからです。決して無理やり当てさせたわけではありません。当たったのです。
ヨーロッパの王家の系図は、ほとんどがトロイに遡ることができます。ただしメロヴィング朝などはとくに、完全な捏造だったりします。
とにかくトロイとつながりたかったのです。ローマのように金羊毛を求め、「世界」を支配するためです。
ですが、ヤペテの子孫の人種的な分布、フェニキア人などの民族的ルーツは、その当時の事実です。だれかが聖書どおりに白人を分布させたのだとしたら、その人はそのまま神です。
つまり聖書の記述は歴史的に正しいのです。なので予言も必ず当たるのです。
これが歴史のパワーです。このような歴史を知らなければ、「世界」を支配することはかないません。
ティリダテス
第三代ローマ帝国の皇帝カリグラ(紀元後一二年~)は、コンマゲネの最後の王アンティオコス四世の側近でした。

コンマゲネは、系図を捏造してまでペルシャの伝統を受け継いでいた国です。ローマに文化的に対抗するためです。
カリグラは、王を太陽の化身として崇拝するバビロニアの伝統、そしてミトラの伝統に影響を受け、ローマ帝国にカルトを広めようとしました。
カリグラはエルサレム神殿の至聖所に、自分の像をゼウスとして置こうとしました。ですが友人のユダヤ王ヘロデ・アグリッパ(紀元前一二年~)に止められたのでやめました。
ヘロデ・アグリッパはヘロデ大王の孫で、使徒言行録に登場します。使徒言行録十二章にはこうあります。
さて、そのころ、ヘロデ王は教会のある者に圧迫の手を伸ばした。
そしてヨハネ(イエスの使徒の一人)の兄弟ヤコブを剣で殺した。
ヘロデ王はそれがユダヤ人たちを喜ばせたのを見て、さらにペテロをも捕えた。(そのときは種入れぬパンの日であった)。
カリグラは紀元前四一年に暗殺されます。その後ローマはヘロデ・アグリッパの助言を受け、クラウディウス(紀元前一〇年~)を即位させます。

そしてクラウディウスは最終的に、ヘロデ・アグリッパをユダヤ総督としました。まさに持ちつ持たれつです。
紀元後五四年、クラウディウスが死に、ネロ(紀元後三七年~)があとを継ぎました。

そのころアルメニア(白人)では、国内で政争が行われていました。
パルティア(白人)の王ヴォロガセス一世(~七八年)は、実弟のティリダテス一世をアルメニアの王位に就けました。ヴォロガセス一世はコンマゲネのアンティオコス一世の曾孫にあたります。
ちなみにアルメニアのティリダテスは、日本語のウィキペディアには存在しません。
当時アルメニア王の継承権を握っていたのは、ローマでした。パルティアは勝手に王を選んだわけです。
なので当然、戦争が起きました。ローマ軍団はアルメニアに侵攻し、膠着状態がつづくなか、ティグラネス六世(紀元前二五年~)をアルメニア王に据えました。
ティグラネス六世はヘロデ大王の孫で、母はマルクス・アントニウス(紀元前八三年~)とアントニアの曾孫です。そして父アレクサンダー、叔父のディグラネス五世と同じく、ユダヤ教の棄教者でした。
ちなみにアルメニアのティグラネス六世も、日本語のウィキペディアには存在しません。
ティグラネス六世の息子はキリキアのアレクサンダーで、最後のコンマゲネ王アンティオコス四世の娘ユリア・アイオータパと結婚しました。
結局紀元後六三年に和平が結ばれ、ティリダテス一世はパルティアの王位を放棄したのですが、ローマの権威の下、ネロによって王位を授けられることが合意されました。
ティリダテス一世はローマで戴冠式を行いました。そこでネロにこう言いました。
わたしはあなたをミトラとして崇拝するために来ました。
ティリダテス一世は海の旅を拒否し、陸路でローマに向かいました。なぜならただの貴族ではなく、マギだったからです。
プリニウスによると、マギは、海に唾を吐いたり、海を汚したりすることは罪深いことだと考えていました。そしてティリダテス一世は、ネロをマギの魔法の宴(秘儀)に入門させました。
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