61.カーラチャクラ・タントラ
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破壊の輪
カーラチャクラ・タントラは、時輪タントラとも呼ばれます。
時輪、カーラチャクラは、時間の輪、時間のサイクルを意味します。金剛乗の百科全書的な知識のコレクションです。
金剛乗は、前回お伝えしたとおり、密教のことです。アレクサンドリアにおける神秘主義者のようなもので、オウム真理教もヴァジラヤーナ(金剛乗)を説いていました。
そして時間といえば、クロノス、土星、サトゥルヌス、サタンです。
カーラチャクラ・タントラは、紀元後十世紀に発展しました。インド後期の密教なのですが、それ以前の仏教の伝統から最も離れており、ほかの仏教文献にはない救世主信仰と占星術の要素を取り入れています。
すでにお伝えしたように、チベットの周縁、インド、カシミール、トルキスタン、中国には、以前からユダヤ人コミュニティーが存在していました。
グノーシスのキリスト教ネストリウス派も、ササン朝ペルシャの時代、東アジアや東南アジアに宣教者や商人として入り込んでいました。
カーラチャクラ・タントラの教えは、宇宙的、歴史的な出来事が個々人の身体のプロセスに対応する、という神話的な現実を描いています。
つまりさまざまなヨガ的手法によって、心身ともに完全な仏果に変容させることを目的としているのです。仏果は完全な悟りを得た状態を指します。
ヨガやタントラは一般的に、以下のような(苦しい)説明がなされます。
タントラヨガはしばしばその性的な側面に焦点が当てられがちですが、実際にはこのヨガ形式はそれだけに限定されていません。タントラヨガは、性的エネルギーを神聖なものと見なし、全体的なエネルギーバランスの一部として利用することにあります。このエネルギーは、心と体の調和や統合を深める手段として用いられ、精神的な探求と自己発見に重点を置いています。
本来のタントラヨガは、性的エネルギーを高めるためだけのものではなく、内面的な成長を促し、自己のポテンシャルを最大限に引き出すための強力なツールです。このヨガを実践することで、より充実した人生を送ることが可能となり、日々の生活にも積極的な影響をもたらすことができます。
少し考えればわかることですが、ひたすら「いいこと」だけをして完全な悟りを開くというのは、どこかズレているというか、都合がよすぎる態度でしょう。
そこはグノーシスも同じです。文字どおり清濁併せ呑まなければ、魂の浄化というレベルにはたどり着けません。本当に本気ならうんこだって食べられます。うんこ食を嫌がる程度の人物が「悟り」を開くのは一生無理です。
セックスやうんこは置いておいて、チベット仏教は本当に平和主義なのでしょうか。セックスやうんこが好きだからといって、イコール反平和主義とはいえません。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は攻撃的な側面を持ち合わせていますが、仏教だけは例外、という論調はよく見られます。
カーラチャクラ・タントラには、シャンバラという神秘的な王国に言及する箇所があります。
シャンバラの首都はカラパで、仏教王の一族によって統治されているといわれています。仏教王はカーラチャクラの教えを守っています。
カーラチャクラの教えには、仏教王の王国が「ムレッチャ」とどのように対決するかについての言及があります。
ムレッチャは、蛮族の侵略者を指す語です。シャンバラ神話では、三つの一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の「指導者たち」を仏教の敵対者として明確に名指ししています。
アダム、エノク、アブラハム、モーセ、イエス、白衣の者(マニ)、ムハンマドなどです。
カーラチャクラ・タントラでは、これらの「指導者たち」を「悪魔の蛇の一族」と表現しています。
このようにカーラチャクラ・タントラはまったく平和主義的なものではなく、むしろ仏教徒と非仏教徒との血みどろの宗教戦争を予言し、推進さえしています。
三つの一神教を批判するうえで取り上げられるトピック、未信者や反体制派との戦い、宗教戦争、武装、神権的な権力ビジョン、終末予言、女性嫌悪などは、すべてカーラチャクラ・タントラに当てはまります。
ベンガル出身の学者、シャシブサン・ダスグプタは、「カーラチャクラヤーナ(カーラチャクラ道)」とはなにかと問いかけたうえでこう答えています。
カーラという言葉は時間、死、破壊を意味します。カーラチャクラは破壊の輪です。
精液と経血
カーラチャクラ・タントラは、「すべての金剛乗の道の最高峰」であり、「すべての仏教体系の頂点」と考えられています。
教えの伝授は、「灌頂(かんじょう)」の際にのみ、グルやラマから弟子に口頭で伝えられます。
灌頂は権限付与の儀式のことで、その人がある位に進んだことを証するため、頭頂に水を濯ぎます。
密教なのでこのようにイニシエーションが連鎖していくのですが、修行は一部のエリートのみに許されています。この連鎖はブッダその人にまで遡ることができるのだそうです。
カーラチャクラ・タントラは十五の段階に分けられ、七つは公式で儀式的なもの(右道)ですが、残りの八つは左道、セクシャル・ヨガの実践が含まれます。この実践はひと握りの秘儀参入者のみに許された秘儀です。
なので当然、ダライ・ラマ十四世は最初の七つの儀式しか披露しません。

セクシャル・ヨガの最初の四つの段階では、弟子(サーダカ)はラマに十歳、十二歳、十六歳、二十歳の若い女性をカルマムドラーとして連れてこなければなりません。
原典によると、生きているカルマムドラーがないと今生での「悟り」には到達できないのだそうです。
二十歳までのカルマムドラーはポジティブな特徴をあらわしますが、それ以上の年齢の場合は、軽蔑、怒り、憎しみなどの否定的なエネルギーの担い手で、「鬼女」とみなされます。
また儀式に入門する「信徒」は、親族の女性(母、姉、妻、娘、叔母など)を捧げることになっています。
八つの左道的イニシエーションでは、秘儀参入者を善悪を超えた状態に押し上げるために、極端な精神的、肉体的訓練が行われます。なので原典では、殺人、嘘、盗み、不貞、飲酒、下のカーストの少女との性交などの悪行や犯罪を要求しています。
カルマムドラーに右道(アニメのような想像上のキャラ)と左道(実際の少女)があるように、上記の犯罪行為も想像上、象徴としてのものも含まれます。
もちろん実際に犯罪を犯す場合もあります。地下鉄にサリンをまく、などです。
カーラチャクラ・タントラの最高の魔術的イニシエーションでは、「不浄の物質」として知られるものが用いられます。
イニシエーションでは、人肉も用いられます。
この人肉は死体から取った肉で、シャンバラ王であるプンダリーカは、伝統的なカーラチャクラの解説書の中で、「自らのカルマによって死んだ者、悪しきカルマによって戦死した者、自らの過失によって殺された者、あるいは処刑された強盗などの肉」と語っています。
イニシエーションではほかにも、血液、精液、経血など五つの「甘露(ネクタル)」の摂取を行います。
十歳の女の子の経血を飲むわけです。初潮はこのあたりの年齢で来るとのことですので(詳しくは知らない)、ただ若ければいいというわけではなく、ちゃんと意味があるようです。
ネクタルは、ギリシャ神話では「芳香を放つ甘美な赤い神酒」で、アムブロシア(神々の食べ物)と同じく飲む者を不死にします。たしかに飲めたら神です。
ギリシャでは、経血を婉曲的に「超自然的な赤いブドウ酒」と呼びます。このブドウ酒は青春の女神ヘベが神々に注いでまわりました。
アリストテレスは、人間の生命は経血の「凝固」からつくられると述べていました。プリニウスは経血を「発生のもとになる物質」と呼びました。
赤といえば血です。そしてオカルト的な最高峰は、いうまでもなく経血です。
経血に対応する精液は、白です。赤と白のシンボルは世界中で見られます。
キリスト教においては、いうまでもなくパンとブドウ酒です。

キリスト教の教父たちが躍起になってグノーシスたちを弾劾した理由はここにあります。本来の意味を知っていれば、どれだけマイルドに翻案されたとしてもとりあえずは反対するでしょう。
パンとブドウ酒は結局、儀式に取り入れられたわけですが、何度もお伝えしてきたとおり、人気取りのための妥協です。それほどオカルトが世に広まっていた、むしろオカルト、邪教まみれだった、ということです。
話が逸れましたが、カーラチャクラ・タントラの秘儀参入者が飲むのは、赤と白の混合物です。つまり男女の「性なる液」で、この混合物をスクラといいます。
スクラを接種する際は、壺や人間の頭蓋骨(カパラ)を使います。
儀式で使用されるさまざまな用具は、死体からつくられています。頭蓋骨の容器のほか、脚の骨でつくられたトランペット、骨のネックレスなどです。
弟子は儀式のあいだ、絶対に射精してはいけません。つまり我慢しなければならないなにかをされているわけです。もちろんグルは悟りを開いているので、いつでも発射できます。
射精したら地獄行き決定なのですが、膣から出る「スクラ」を容器で受け止め飲むことによって、その過ちを取り消すことができます。罰ゲームです。
これらの秘儀、システムは、実際は「悟り」を開くためではなく、グル(ダライ・ラマ)への絶対的な降伏を要求するものです。
なぜなら神話が示すように、血みどろの世界宗教戦争において勝利しなければならないからです。ようするに洗脳して従順な配下をこしらえているわけです。
もちろん参入者はまじめにイニシエーションを受けるわけですが、その人の自我意識と人格は儀式によって段階的に消滅し、攻撃的なタントラの神々や仏教の人物のための人間の器に変容させられます。
カーラチャクラ・タントラは、平和や人権などとはまったくの真逆で、むしろ組織的に人間性を排除するシステムでした。
洗脳や人間性の排除といえばCIAのMKウルトラですが、関係者たちはもちろんチベットに行って技術を学びました。
世界の支配者たちもチベットに行って勉強します。神話のとおり戦争にならなかったとしても、国を挙げての洗脳と服従のシステムは、支配者たちにとってはたいへん参考になります。
その成果は、わたしたちです。マスクはすっかり定着し、知り合いの中にはいまだに素顔を見たことのない人がいます。
ただし、わたしたち一般市民が受けている洗脳は、マイルドで常識的な右道的洗脳です。
わたしたち程度の人間、つまり戦争における一兵卒には、経血や精液を飲ませる価値すらありません。光る画面を与えてカラフルな動く絵を見せてやればじゅうぶんです。
左道的洗脳を受けているのは、ミッキーマウスクラブの子役やハリウッドスター、大企業の重役などの世を動かす人物たちです。
なぜハリウッドの子役はあんなに演技がうまいのだろう、と疑問に思ったことはないでしょうか。
かつてのイルミナティはたいした洗脳技術を持っていなかったのですが、現在ではCIAの努力が実り、産まれる前から洗脳が行われています。
エリートの子は強制的に早産で生まれます。洗脳しやすいというメリットもあるのですが、試練を与えるという意味もあります。死んだりしたらエリートの資格なし、とみなされます。
繰り返しになりますが、わたしたち庶民はこのような洗脳はお願いしたとしても受けられません。なので安心してください。
ガナチャクラ
ガナチャクラとして知られる最後の四段階の儀式は、カーラチャクラ・タントラの奥義です。
弟子は女性をグルに引き渡したあと、そのうちの一人を象徴的な「配偶者」として返されます。
グルは円(チャクラ)の中心に移り、魔術の踊りを披露したあと、一連の神聖なヨガの中で女神シャブダヴァジュラとセックスします。
セックスが終わったあと、グルは精液まみれのちんこを弟子の口に入れます。
そしてグルは弟子に自分のカルマムドラーを授け、ちんこを弟子の配偶者の口に入れ、自分の配偶者のクリトリスを口で刺激します。
それからグルは、残りのカルマムドラーを弟子に差し出します。弟子はできるだけ多くのカルマムドラーと、それぞれ少なくとも二十四分間はセックスしなければなりません。
女性たちは儀式が終わると用なしになります。
ガナチャクラは、さまざまな秘密の場所で行われます。有名なチベットの歴史家でサキャ派の創始者プトゥン・リンチェン・ドゥプ(一二九〇年~)は、「自分の家、人目につかない場所、あるいは好都合な場所、山、洞窟、雑木林、大きな湖の畔、墓地、母なる女神の寺院」などを提案しました。バラモンや貴族の家、王宮、僧院の庭はお勧めできません。
サキャ派の密教経典は『ヘーヴァジュラ・タントラ』です。八世紀後半から十世紀初頭のあいだにできたとされています。
『ヘーヴァジュラ・タントラ』にはこうあります。
これらの饗宴は、墓地、山の木立、または人間以外のものが頻繁に出入りする人けのない場所で行われなければならない。墓地には、死体の一部や虎の皮、墓地から持ち帰ったボロ布などでつくられた九つの席がなければならない。真ん中にはヘーヴァジュラ神を象徴する師がおり、その周囲にはヨーギニー(女性の実践者)たちが配されている。
儀式のあいだ、女性たちはさまざまな儀式の道具が手渡されます。包丁、剣、骨ラッパ、頭蓋骨、串など、大半は攻撃的な性質のものです。これらはシャンバラ神話の戦争を示唆しています。

食事には、排泄物、人肉、さまざまな禁忌動物の肉が供されます。飲み物は経血、尿、精液などです。
カーラチャクラ・タントラの第三章では、「粘液、鼻水、涙、脂肪、唾液、汚物、糞便、尿、骨髄、排泄物、肝臓、胆汁、血液、皮膚、肉、精子、内臓」を勧めています。
儀式中にいる十人のカルマムドラーは、「犠牲の女神」の名で呼ばれています。
ガナチャクラの演目の一つに、女性たちの犠牲を意味する「集会の犠牲」として知られるものがあります。
チベット仏教サキャ派の宗教指導者サキャ・パンディタ(一一八二年~)とプトゥン・リンチェン・ドゥプによるテキストは、そのような犠牲が実際に行われていたことを証明しています。
ドイツ人のチベット学者アルベルト・グリュンヴェーデル(一八五六年~)は、グルの女性たちはもともとガナチャクラで生贄として捧げられ、ヨーロッパの魔女のように火あぶりにされ、その後「ダキーニー」、タントラの鬼女として復活したもの、と信じていました。
ガナチャクラでは、「七回生まれ変わった者」の生贄の肉も神聖な食物として捧げられます。
「七回生まれ変わった者」は、文字どおり七回生まれ変わったので、並外れた資質を持つ人物です。こういう人物の肉を食べると最大の魔術的効果をもたらします。
なので実践の中には、意図的な自殺も含まれています。
タントラの背景の基礎となる物語『ヴァジラダキニギティ』では、数人のダーキニーが王の「七回生まれ変わった」息子を殺し、その肉と血で食事をつくります。
同様に、カーラチャクラの師であるティロパ(九八八年~)の生涯から、ダーキニーの饗宴で「七回生まれ変わった者」を食する場面が二つ知られています。
そんなわけでなかなか不快な内容をお伝えしてきましたが、これらの秘儀の実践は過去の話ではありません。
ダライ・ラマ十四世は、二十五年以上に渡って何十万人もの人たちをカーラチャクラ・タントラによって「入門」させてきました。
ですが二十一世紀に入ってからは、チベット仏教、ダライ・ラマ十四世に対する西洋からの批判が高まっています。

左にいる人が地下鉄や山梨県で行ったことは、過去の話ではないでしょう。
また、ダライはかつて麻原に対してこう語った。
ダライ・ラマ: 「今の日本の仏教を見てみたまえ。あまりにも儀式化してしまって、仏教本来の姿を見失ってしまっている。これではいけない。このままでは日本に仏教はなくなってしまう。だから、君が日本に本当の宗教を広めなさい。君ならそれができる。君はボーディチッタ(仏陀の心)を持っているのだから。」
ボーディチッタ、ボディシッタは、お伝えしたとおり精液と経血の混合物のことです。
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