37.新プラトン主義①
画像は以下のサイトから転載。
中期プラトン主義
「プラトン主義」は、プラトンの教義を単純に解明したものではなく、プラトンの哲学を中心とした思想体系を指します。
プラトンはアテネにアカデミー、アカデメイアをこしらえました。

プラトンの次の校長は甥のスペウシッポス(紀元前四〇七年ごろ~)で、次はクセノクラテス(紀元前三九六年ごろ~)、次はポレモ(紀元前三五〇年ごろ~)です。
この三人からすでに、プラトン哲学の解釈が異なっていました。プラトンはもちろんアカデメイアで哲学を説いていたのですが、一連の対話篇に記していないことも教えていました。
そしてものすごくあいまいな教義でした。
あいまいですがプラトンは重要なので、時代時代の思想家、宗教家、哲学者は、プラトンの教義について思索し、さまざまに解釈しました。
人類の叡智はプラトンだけではありませんので、解釈に利用できるものはなんでも利用します。するとプラトンの教義とは関係のない概念も含まれていきます。
哲学史家は「アカデメイア派」「中期プラトン主義」「新プラトン主義」と時代区分を行っています。
上述の校長たちの時代は、古アカデメイア派と呼ばれています。
ポレモの弟子のゼノン(紀元前三三四年~)は、ストア派を創設しました。その後の校長のアルケシラオス(紀元前三一六年~)が懐疑主義を採用したので、アカデメイアでは懐疑主義が中心教理となりました。このころを中期アカデメイア派と呼びます。
ストア派は、理性に貫かれた永遠に秩序ある宇宙、というものを信じていました。
それに対して懐疑主義は、理性、理解力、感覚的な知覚、そういったものは検証不可能なので、それらによって真実を発見した、などとするのはバカげている、とストア派を攻撃しました。
アルケシラオスの懐疑主義は徹底していて、自分の懐疑的な主張の正当性すら認めませんでした。
紀元前九〇年、アンティオコス(紀元前一二五年ごろ~)は息苦しい懐疑主義を拒絶し、プラトン哲学、アリストテレス哲学、ストア哲学の調和を主張しました。
そしてのちに「中期プラトン主義」と呼ばれる時代がはじまりました。いわゆるヘレニズム時代、イエス前夜の時代です。
シリアのエメサ
中期プラトン主義における教義には、グノーシス主義、ヘルメス主義、カルデア人の神託などの秘教的な体系も含まれていました。
そしてのちのグノーシスの人たちは、新プラトン主義の用語と秘儀の神話をキリスト教に結びつけました。
新プラトン主義とミトラの秘儀の出現は、エメサの王家と密接な関係があります。
エメサは女性の名前のような響きがありますが、地名です。現在のシリアのホムスで、世襲の神官王の王朝です。
シリアのエメサは、エラガバリウムという太陽の神殿で有名です。

神殿を建てたのはセウェルス朝のローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス(紀元後二〇四年~)で、名前はローマですがシリア人です。
シリアのエラガバルスを信仰していたので、そのままエラガバルスというあだ名で知られています。
エラガバルス神は、エル・ガバルとも呼ばれます。名前のとおりバアルから派生した神で、エラガバリウムでは黒い石のかたちで崇拝されていました。
紀元前六四年ごろ、共和政ローマの軍人ポンペイウス(紀元前一〇六年~)は、シリアと周辺諸国をローマ属州として再編成しました。
そしてポンペイウスは、シリアに盟邦王(クライアント・キング)を立てました。エメサの神官王朝の創始者、サンプシケラモス(紀元前一世紀)です。
サンプシケラモスはポンペイウスの指示で、アンティオコス十三世(生年不明~紀元前六四年)を捕えて殺し、セレウコス朝を滅亡に追いやりました。
そしてエラガバルスの神官が都市を治めるという、世襲の神官王による王朝が代々つづいていくことになります。
書かれざる教義
ヘレニズム時代に影響を与えたギリシャ思想は、アレクサンドリアで発展したプラトン主義に由来します。
プラトンは晩年、ピュタゴラスの教えに傾倒していました。傾倒しまくった結果、形相を「数」と見なすようになったようです。
そしてピュタゴラスの数学理論を参考に、「一」と「不確定の二」なる第一原理を確立しました。
第一原理というのは、その名のとおり最初に置かれる原理です。
数学における公理で、たとえば公理がまちがっていると、世界中の学術論文がまちがっていることになります。
そして第一原理は第一原理なので、証明することができません。証明できたとすれば第一原理は第一原理でなくなってしまいます。
「一」はモナドといいます。能動的な原理で、対極にある「二」に「制限」を課します。「二」はダイアドといいます。
ダイアドは二元性で、不確定、または無限です。世界には善と悪、男と女、共和党と民主党があります。二つで一つの世界を形成しています。
男は女を支配します。女は無限の大地の母であり、また男を知らない乙女でもあります。種を植えると麦が育ちます。
二はなにかが二つあることを示していますが、「二」自体は一つです。つまりモナドは神なのに対し、ダイアドは二重人格の女神をあらわしています。
モナドがダイアドに作用すると、「一」は「形-数」を生み出します。一を二倍すると二です。数が生成されました(第二原理)。
「一」はどこまでいっても一ですが、「二」はさまざまな可能性があります。
セミラミスは息子のニムロデと結婚し、息子の息子のタンムズを生みました。一足す二で三です。
根源的な数の中で最も重要なのは、一から四までの数です。一は点、二は線、三は平面(三角形)、四は立体(ピラミッド)に対応します。
一足す二足す三足す四は十です。なのでプラトンは、十までの数が形相を構成する、としました。つまり十進法です。
そしてここに「世界-魂(ワールド・ソウル)」を置きます。これは『ティマイオス』のデミウルゴスに対応しています。
四つの数は、世界-魂における数学的な側面です。世界-魂は、理想の世界と物質とのあいだの仲介者で、四次元を基本物質に投影し、宇宙を形成します(第三原理)。火、空気、水、土の四元素です。
この第一原理と第二原理と第三原理の図式が、中期プラトン主義のヘレニズム時代に大きな影響を与えました。
三位一体、父と子と聖霊を容易に想像することができます。
アレクサンドリアのフィロン
中期プラトン主義は、新ピュタゴラス主義という新たな影響を受けた結果生まれました。
紀元前三世紀から二世紀にかけて、ピュタゴラス教団の作であると主張するテキストが登場しました。黙示文学が大流行りした時代です。
これらのテキストのほとんどは偽物で、だれが書いたのか、なぜ書かれたのかもわかっていないようです。
テキストの内容は、プラトン主義、ストア派、アリストテレス哲学の要素に加えて、ピュタゴラスの数論や世界の永遠性などといった宇宙論的なモチーフも含まれていました。
これらは「プラトン主義」者の著作ではないのですが、中期プラトン主義と区別する必要がないほど同じ内容なのだそうです。
中期プラトン主義の重要な提唱者の一人は、ユダヤ人哲学者アレクサンドリアのフィロン(紀元前三〇年ごろ~)です。
フィロンはヘレニズム・ユダヤ教の代表者の一人でした。敬虔なユダヤ教徒で、プラトンを「ギリシャのモーセ」と呼んだように、プラトンの哲学を持ち出してユダヤ教の合理化を試みました。
フィロンにとって、聖書とプラトン哲学は相容れるものです。プラトンはピュタゴラスの信望者でしたし、先にお伝えしたとおり、ピュタゴラスはモーセの信望者でした。
その結果、フィロンはモナドとダイアドの上に神を置きました。旧約聖書の神、「ありてあるものなり」の唯一神です。
神はモナドを含む第一原理を超越しています。無体であり、空間や場所を占めている、とさえ言うことができません。永遠不変であり、あらゆる制約や必然から自由な「存在」です。
この概念は、初期のカバラの発展と見られるものと類似しています。「一」は原初の人間(アダム、生命の樹)、「二」はシェキナ(女性)と位置づけられます。
実際フィロンはエッセネ派を賞賛していましたし、著書『観想生活』の中では、テラペウタイ派の儀式と習慣について好意的に伝えていました。
またフィロンは著作の中で、モーセがシナイ山で啓示を受けたとき、「球体」の音楽に魅了されたと記しています。
神ははじめ、純粋に知的な方法で、自由に宇宙の創造を意図しました。
次にロゴスを通して物理的な宇宙を創造しました。ストア派のロゴスは、この場合モナドです。キリスト教においては、イエスです。
ロゴスは「世界を定める理」とされます。神の創造的思考の活動原理です。
フィロンは、プラトン的な世界-魂のような媒介的存在によって、宇宙と知的領域を結びつけました。
イギリスの歴史家で神智学協会のメンバーであるG・R・S・ミード(一八六三年~)は、著書『三重に偉大なヘルメス』の一巻でフィロンの「ロゴス観」を伝えています。
力ある者の戦車を駆る者は、言葉(ロゴス)である。そして戦車に乗せられる者は(御言葉を)語る者であり、宇宙を正しく運転するために、運転手に戒めを与える者である。
ロゴスは神と被造物の仲介者で、フィロンはこの仲介者を「第二の神」としました。
ロゴスは原型的な人間で、神の像です。つまりロゴスは大宇宙で、小宇宙である地上の人間に反映されたものです。
またロゴスは、神とソフィア(知恵)から生じた「子」です。ソフィアはダイアドで、名前のとおりすべての被造物の母親の役割も果たしています。
ニムロデとセミラミスからすべてがつづいています。
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