40.ヘルメス文書
画像はウィキペディアから転載。
双子の柱
ヘルメス文書は、神秘主義的な文献写本の総称です。世界最古の錬金術師、ヘルメス・トリスメギストスが著したとされています。
ヘルメス・トリスメギストスは、実在の人物とも神ともいわれています。トリスメギストスは「三重に偉大な」という意味です。
錬金術についてはすでにお伝えしたとおりです。
ヘレニズム時代、ギリシャ神話の神ヘルメスとエジプトのトト神が合体しました。そしてさらに錬金術師ヘルメスなる者(神)が融合し、ヘルメス・トリスメギストスになったわけです。
ヘルメス文書は、紀元後三世紀ごろまでにエジプトで成立したと考えられています。三位一体としての「父」ヘルメスと、流出した三角形の一点としてのヘルメス、という構造は、後世の新プラトン主義につながります。
ヘルメス・トリスメギストスが存在していた時代は、モーセの時代よりはるか昔、エジプト王朝の最初期、などとされています。錬金術はそれほど昔から行われていたのだ、という主張です。
プラトンは『パイドロス』で、ソクラテスの口を借りてこのように記しています。
エジプトの都市ナウクラティスには、Theuth(トト)という名の有名な古い神がいた。
トキと呼ばれる鳥はかれ(トト)の神聖な鳥であり、かれは算術、計算、幾何学、天文学、製図、サイコロなど多くの芸術の発明者であったが、かれの偉大な発見は文字であった。
何度もお伝えしていますが、エジプトはあらゆる文明の発祥地ではありません。エジプト人の知識とされたものは、バビロニアのマギの知識です。古代エジプトはおどろおどろしく雰囲気たっぷりなので、つい信じてしまいたくなります。
さらに遡れば、邪教、オカルトの要素はすべてニムロデ、セミラミスに集約されます。
シリアの哲学者で新プラトン主義者のイアンブリコス(二三四年ごろ~)は、エメサの神官王の子孫で、邪教を復活させようとした人です。
イアンブリコスは、プラトンとピュタゴラスは「ヘルメスの柱」にあるエジプト人の「知恵」から哲学を得た、と主張していました。
ヘルメスの柱は、古代都市アヌ(ヘリオポリス)にあった聖なる柱です。大洪水以前から古代知識を保存していたといわれています。
二つの国の双子の柱はヘルメスの柱となり、古代エジプトの月の神トトの属性はヘルメスに吸収された......この神(トト)は、天の金庫(空)の下に隠された三六五三五の巻物にすべての秘密の知識を持っており、それは人類の利益のためにそのような知識を使用する立派な人だけが見つけることができるといわれていた。
双子の柱といえば、バアルとアシェラ(アスタルト)です。

エジプトの神官マネト(紀元前三世紀)も、古代エジプト人の歴史と宗教に関する知識は、ヘルメスの柱に刻まれた秘密の象形文字から得た、と考えていました。
ユダヤ人著述家ヨセフス(三七年~)も、似た話を記しています。
これらの者(アダムの三男セトの子孫)はみな、善良な性格であることが証明された。かれらはまた、死ぬまで不和もなく、幸福な状態で同じ国に住んでいた。かれらはまた、天体とその秩序に関わる独特の知恵の発明者でもあった。そして、かれらの発明が十分に知られる前に失われてしまわないように、世界はある時は火の力によって、またある時は水の激しさと量によって滅ぼされるというアダムの予言を受けて、かれらは二本の柱をつくった。一方はレンガで、もう一方は石、その両方に発見を刻んだ。万が一レンガの柱が洪水で破壊されても、石の柱は残り、その発見を人類に示すことができる。
ヨセフスは、この柱は現在までエジプトに残っている、と主張していました。
あまり知られていない話なのですが、エジプトは紀元前五二五年、アケメネス朝のカンピュセス二世によって征服され、ペルシャの支配下に置かれました。
紀元前四世紀末のアレクサンドロス三世の征服まで、六十年の中断を除いてペルシャによる支配がつづいていたのです。
『ペトリシスからネケプソへ』
ヘルメス文書たちは、かつてかなりの数が存在したと考えられています。
最古のものは、紀元前一六〇年ごろにアレクサンドリアの祭司ペトリシスがネケプソ王に宛てた占星書です。現在も占星術で用いられている多くの記号が記されています。

手紙は、病床に伏した者が回復するか死ぬか、というような内容ではじまります。その人の観察と占星術によって将来を占うことができるようです。
御身(ネケプソ王)の(健康の)ために、アキッレウスとヘクトールとを仮定しよう。すると、「アキッレウス」という名前は、数においては1276〔=1+600+10+30+30+5+400+200〕である。そしてセレーネーの日数は数において893〔=?〕と138〔=?〕日であるから、両方で2169となる。29〔の倍数(29x74=2146)〕を引け、そうすると23が残る。「ヘクトール」という名前も、〔数において〕1225〔=5+20+300+800+100〕で、セレーネーの日は数において893であるから、〔合計〕2118となる、これも(121.)29〔の倍数(29x42=2117)〕を引け、そうすると残った数〔=1〕が余りである。
王のまわりにたむろする祭司たちは、このようなことを伝える役まわりだったわけです。王は「お、おう……」という感じだったのではないでしょうか。
「科学でありたい宗教」である占星術は、ただのハッタリではなく、学問としての歴史的な蓄積があります。実際に科学かどうか(当たるかどうか)はともかく、歴史の重みによって魔術性を帯びている、というところが重要です。
錬金術のイシス先生
このようなヘルメス文書と呼ばれる写本群は、時代はわかりませんがのちに「ヘルメス選集」として集められたものです。
また、紀元後五世紀ごろには、著述家ストバイオスによって別のコレクションがつくられました。これはほとんどが保存されています。
ストバイオスのコレクションには、かつてイアンブリコスが引用した一冊が含まれています。
そのほかに、より長いテキストが二つあります。前回お伝えしたヘルメス主義者の理論書『アスクレピオス』と、『Kore Kosmu(Kosmou)』です。
『Kore Kosmu』では、イシスが先生としてホルスに語りかけています。プラトンでおなじみの対話形式です。
テキスト自体は、東ローマ帝国の著述家ストバイオス(五世紀~)の『選文集』に載っています。
……こうして彼女の最も神聖な話(ロゴス)がはじまる。
息子よ、ホルスよ、天は多くの花輪(星の冠)で飾られ、下にある(すべての)もののあらゆる性質に覆われている。全宇宙がいま持っているもののうち、欠けたものはどこにもない。あらゆる意味で、下にあるすべての性質は、上にあるものによって秩序づけられ、満たされなければならない。下にあるものは、当然ながら、上にあるものに秩序を与えることはできないからである。
いわゆるギリシャ哲学、占星術、そしてユダヤ的要素で満たされています。
わが息子ホルスよ、よく聞きなさい。わたしたちの祖先であるカメフィスが、あらゆる行いの記録者であるヘルメスから、そしてわたしが、最も古い者であるカメフィスから、完全を与える黒の儀式(おそらく錬金術)を授けられた時に聞くことができた神秘的な光景を、あなたはいま聞かされるのだ!

ヘルメス・トリスメギストスによるものとされるエメラルド・タブレットには、「下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし」という有名な言葉が刻まれています。
上は星や惑星、下のものは動物や植物や鉱物やうんこなどのありとあらゆるアイテムです。
錬金術では、下なるものを上にします。鉛を金に、または親の代わりに国家を子供に与えます。愚かな親はわが子が自分と過ごす時間より学校にいる時間が長いことになんの疑問も抱きません。
『Kore Kosmu』は、ヘルメス教の教科書です。内容はおなじみで、宇宙の創造、元素、創造主と魂がどのようにつくられたのか、などの話が展開されます。
魂は神聖な存在で、創造する能力を神と共有しています。慢心を抑えるためにヘルメス・トリスメギストスが人間の肉体に封じ込めたのですが、神は慈悲深いので、善行を積めば天界に戻れます。
当時はほかにもイシス先生のテキストが存在していたはずですが、多くの場合、教師はヘルメス・トリスメギストスその人です。
ややしつこいですが、ヘルメス文書たちには本物のエジプト的要素はほとんど含まれていません。含まれている要素は、ギリシャ哲学、プラトン主義とストア派の混合物、ユダヤ教、ペルシャの影響です。学者たちもそのように認識しています。
ルネサンス期には、ヘルメス文書たちははるか昔の全知全能のエジプト祭司によって書かれたもの、と信じられていました。ヘレニズム時代のエジプト人もそう信じていたので、無理もないことではあります。
『ポイマンドレス』
最も有名なテキストは、『ヘルメス選集』の最初のテキスト、『ポイマンドレス』です。
著者は『ポイマンドレス』で、霊魂によって運ばれ、超人的な存在であるポイマンドレスに出会った、と語っています。
『ポイマンドレス』は、光の創造と闇の分離、上の水と下の水の分離、陸と水の分離、天体の創造、鳥、魚、陸上動物についての概説からはじまります。
もろに創世記です。
その光から聖なる言葉(ロゴス)がその自然の上に降りた。そして、その湿った自然から純粋な火が高みに向かって飛び出した。
繰り返しになりますが、おなじみのプラトン主義とストア派の教義も見られます。
ちなみに『エジプト人ソフェとヘブライ人の神、諸力の主、サバオトの真の書』という錬金術書には、イシスのチンキと呼ばれる特殊な錬金術の方法が記されています。
「ヘブライの神」の書物で錬金術のイシス先生が言及されているわけです。

『ポイマンドレス』によると、ロゴスは神の子で、「父」と一体です。
「父」は一者であり、かつ父、力、知性の「三つ組」に分裂する可能性も秘めています。
「父」は次に、第二の霊を生み出します。これはデミウルゴスです。
デミウルゴスは七つの管理者、つまり惑星を創造します。
この管理者は「運命」と呼ばれます。番人アルコンで、運命の束縛からの解放を願う魂を邪魔する存在です。
管理者は原初の精神、または原初の人間を生み、それぞれ星に割り振ります。わたしたちが生年月日によって勝手に星座を割り振られるようにです。
また『ポイマンドレス』では、入信者の魂が七つの惑星を越えて第八圏に至る様式を規定しています。第八圏では、魂は神と一体化します。
人間はまず霊的な死と復活を経験し、そのあとに七つの惑星の圏を上昇し、それぞれの圏に自分の存在の一部を残していきます。もともと星から与えられたものだからです。
最後にその人はまったき自分自身になり、そして第八圏に入って「力」に加わることができます。
「力」はギリシャ語では女性名詞で、『カルデア人の神託』では女神ヘカテ、またはレアです。あらゆるものを育み生命を与える豊饒の座です。
そしてその人は「力」たちとともに、神の中に入ります。
『アスクレピオス』は、宇宙と宇宙に存在する人間の目的について宇宙論的に解説しています。その後、神働術の話題に移ります。
ここでは神々を創造する人間の能力について語られています。
アスクレピオス(神)の祖先は彫像を造りましたが、魂は創造できなかったので、悪魔の魂を呼び起こし、聖なる秘儀によって像に注入し、善と悪を引き起こす力を与えました。
これは先にお伝えした、新プラトン主義のヘレニズム魔術そのままです。
アスクレピオスとヘルメスはこのようにして造られた神々の一人で、神々の祖先です。イシスもこのようにして造られました。
そしてこれらの神々は、生贄、賛美歌などによって呼び寄せることができます。
ユダヤの伝説
ヘレニズム時代では、錬金術の創始者はオスタネスだと考えられていました。植物や鉱物の性質に関するいくつかの著作は、オスタネスに帰属しています。
たとえば、紀元前二世紀にメンデスのボルスという人が書いた錬金術の書は、オスタネスの弟子デモクリトスの著作とされています。
オスタネスはペルシャの王クセルクセスのお抱え魔道士で、プリニウスによると、ギリシャに魔術を広めた張本人です。
実際は、錬金術師の教義は、ユダヤの伝説に基づいていました。
デモクリトスによると、ユダヤ人だけが錬金術の実践の知識を持ち、秘密の言語で記述していた、とのことです。だれも錬金術の教義を文書で漏らしてはならない、というのが当時のエジプト人の掟だったそうです。
初期の錬金術の写本には、預言者イシスと名乗る巫女が息子ホルスに宛てた手紙、というものがあります。
ホルスがテュポンと戦うために旅立ったあと、自称イシスはホルマヌシという町にしばらく滞在していました。
立ち去ろうとすると、ある天使が自称イシスに目を留め、セックスしたいと言い出しました。
自称イシスは「金と銀の調製法を教えてくれるまではダメ」と答えました。天使はがっかりしたあと、その情報は大いなる謎なので明かせないが、翌日アムナエルという高位の天使が来て質問に答えてくれるだろう、と言いました。
自称イシスは結局、アムナエルとセックスして秘密の知恵を手に入れました。話の筋が完全にユダヤ的です。
ユダヤ人のマリアという錬金術師もいました。化学装置を発明したとされていて、西洋世界初の錬金術師と考えられています。

このマリアはこのような言葉を残しています。
男と女を結合させなさい。そうすれば求めているものが見つかるでしょう。
オカルトの歴史はこれに尽きる、といった趣です。
またマリアは次のように言ったといわれています。
その手で賢者の石に触れてはならない。あなたはアブラハムの子孫ではないのだから。
クレオパトラと名乗る人もいました。このクレオパトラは有名なウロボロスの象徴図を残しました。蛇が尾を飲み込んでいて、円の中には「一なるものはすべてである」というフレーズが刻まれています。

自分で処理をしているようにも見えます。その場合は「父」であり、ここから父と「力」に分裂すると、ヘカテとセックスできます。
錬金術なので、父と「力」(すべて)は「父」(一なるもの)に変成しなければなりません。
その結果は、たとえばニューハーフなどです。
テオセビアという錬金術師もいました。この人の弟が、アレクサンドリアの錬金術師の中で最も重要な人物、パノポリスのゾシモス(四世紀)です。
ゾシモスは、初期の錬金術の達人、ケメスについて話していました。ケメスは、堕天使の教えをケマという書物に書きました。
そこから芸術そのものにつけられた名前「ケミア」が生まれました。アラブ人はケミアに冠詞alを加え、アルケミーになりました。
ケメスはケミストリー(化学)の語源でもあります。
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