11.邪教に染まったユダヤ人、そしてカバラへ
画像はhttps://www.opregadorfiel.com.br/2020/05/quem-era-baal.htmlから転載。
バビロン捕囚は必然だった
古代イスラエルのユダヤ人は、ニムロデ由来の邪教(バアル)を崇拝していました。これは聖書にも書かれています。
紀元前六世紀、バビロニアのネブカドネザル二世は、ユダヤ人のユダ王国に攻め入ります。そして生き残ったユダヤ人をバビロンに強制移住させました。有名なバビロン捕囚です。

預言者エゼキエルはバビロン捕囚のころの人物で、神の働きかけによって、当時のエルサレム神殿の様子を幻視します。
エゼキエル書の八章にはこのような記述があります。
見よ、そこに女たちがすわって、タンムズのために泣いていた。
タンムズは半年冥界に暮らし、半年天界で暮らしているという設定になっていました。女たちはタンムズに戻ってきてもらうために、髪を振り乱し、胸をたたいて泣き叫びます。
泣き女の習俗も世界中で見られますが、この人たちはただの嘆き役ではなく、神殿で儀式的な売春を行っていた娼婦です。エゼキエルはエルサレム神殿で、メソポタミア(バビロン)の神の死を悼む邪教の儀式に参加しているユダヤ人たちを見たのです。
見よ、主の宮の戸口、廊と祭壇とのあいだで、二十五人ほどの者が、主の宮に背を向け、顔を東に向け、太陽を拝んでいた。
これは文字どおり太陽崇拝です。
人の子よ、あなたはイスラエルの家の長老たちが暗い所でなにをしているのか、おのおの偶像の部屋でなにをしているのか、見たことがあるか。かれらは言う、「主はわれわれを見ておられない。主は地上を見捨てられた」。
長老、祭司たちは、社会的責任を果たさないばかりか、強姦と強奪、殺人と暴力の社会へと導きました。邪教のパターンどおり表向きは指導者ですが、神殿の中では奥の部屋にこもり、「暗い所」で邪神(サタン)崇拝を行っていました。
バビロン捕囚は唯一神が与えた罰です。自業自得だったのです。
歴史を変えた出会い
ユダヤ人は強制移住させられたバビロンの地で、カルデアのマギと出会います。
マギはメイジ、マジシャン、つまり魔術師です。ゾロアスター教の祭司もマギと呼びますが、歴史学者のフランツ・キュモンによると、このマギは正統なゾロアスター教徒ではなく、魔術によって正統な信仰を堕落させた異端者でした。
異端のともがらとなったバビロンのユダヤ人は、マギのカルトや、先に出てきたカルデア人の占星術などを学び、魔術としてのカバラを発展させていきます。
カバラとは、秘教的なユダヤ教の教義と定義できます。カバラには「受け取る」という意味が含まれていて、その名のとおり、ユダヤ人は口承によって秘教知識を伝えていきます。
聖書は、ふつうに意味がわからなかったりします。聖書を読み解く鍵を与えてくれるのがカバラです。

有名な生命の樹(セフィーロート)は、エデンの園の中央に植えられた木です。これだけ見てもなんだかよくわかりませんが、じつに深い意味が隠されています。
といわれると、意味を知りたくなります。秘密というものの本質です。
生命の樹(セフィーロート)は、十個の「球」(セフィーラー)と二十二本の「小径」で構成されます。上の図自体は十三世紀の文献『ゾーハル』で象徴化されたものです。異端ユダヤ人がバビロンで発展させたのは、カバラの基本の部分です。
カバラは、至高の存在、宇宙、天使、数、アルファベットなどの秘密を伝えます。ですが秘教知識というだけあり、素人が読んでも意味不明です。またヘブライ文字の数字への変換なども行われるため、翻訳を読んでも意味がないのだそうです。
また、実践カバラという分野もあります。これは護符などを使った魔術です。
カバラ
カバラについてはわたしなどが説明できるものではないのですが、「神とはなにか」の集大成のようなものですので、少しだけお伝えします。
セフィーロートは、唯一神の天地創造の過程をあらわしています。上から下に段階を経て流出し、神という聖性が俗な物質世界を創造します。

とりあえず三角形です。セフィーロートの一番上の三つを抜き出したと考えてください。
ちなみに三角形は、三位一体でも説明しました。
上の点、第一のセフィーラーをケテルといいます。これは究極的な一です。「ありてあるものなり」という、すべての始原です。
そこから第二のセフィーラー、ホクマーに流出します。これは神が神を見ている、認識している、という状態です。ここではじめて「神」というものがあらわれました。
ケテルでは「神」すらいません。「神」というのはわたしたちが勝手に口にしている名称だからです。ケテルではその名称すらありません。なのでわたしたちは「神」と名づけられないのです。
ケテルは絶対的無にしてすべてです。わたしたちが「あー」と言わなければ「あー」は存在しません。ですが「あー」と言うことはできます。「あー」を知り、「あー」と言うすべを知っているからです。この「あー」が神における天地創造であり、秘教知識です。
ヨハネの福音書は「はじめに言葉(ロゴス)があった」からはじまります。言葉は人を喜ばせ、騙し、傷つけることができます。ラーメンを食べさせ、プレイステーション5を買わせる力を持っています。SNSで罵詈雑言を浴びせ、自殺に追い込むこともできます。

ホクマーでは「神なのだ」という意識があらわれ、第三のセフィーラー、ビーナーに流れます。ビーナーの段階では、神は他者を意識します。一(神)に一を足すと二(大衆)になります。
一と二は天と地ほどのちがいがあります。一は絶対的に一です。二もまた無限の可能性を秘めています。二に一を足すと三になれるからです。ですが大衆は大衆です。二引く一は一ですが、この一は「一」ではありません。算術が行われているので、この一は邪神、偽支配者、ニムロデです。
意味がわからないでしょうか。
この三段階の流出は、創世記におけるアダムの創造、そしてエヴァへ、の流れとも捉えられます。すると三角形の底辺の両端(ホクマーとビーナー)は、男と女の「対」としても理解できます。支配者と大衆も「対」です。

この「対」を使って、さらにいろいろと考えることができます。
対ができると、対どうしでなにかができます。男女ならセックスをします。そして第六セフィーラーのティフエレトにズルッと子供が落ちます。
火と粘土(土)という対では、陶器(磁器)が発明されます。キリスト教とイスラム教という対なら、戦争という子供が産まれます。
戦争は儲かりますので、できれば戦争を起こしたいところです。
であれば、キリスト教とイスラム教、などの対をわざとつくり、いがみ合わせればいいのです。親と子、王侯と市民、クリスチャンとプロテスタント、ナチスドイツとユダヤ人、というように。
「分断して統治せよ」は支配の基本です。都市を落としたいのであれば、まずスパイを紛れ込ませ、分断工作をし、敵どうしで戦わせます。充分弱るまで待ち、満を持して襲いかかります。
エロマンガ擁護派と反対派をいがみ合わせると、「エロマンガは小児性愛者の捌け口として役に立っている」という子供が生まれます。
カバラにはこのような叡智が隠されています。先にも書きましたが、対立、争いというものは、人として自然な行為ではありません。エロマンガ擁護の詭弁のように、争うとろくなものが生まれません。
古代エジプトの最古の錬金術師、ヘルメス・トリスメギストスは、「上なるものは下なるもののごとく、低きものは高きもののごとし」とエメラルド・タブレットに記しました。
この教えに従い、ホクマーとビーナーをひっくり返すこともできます。男を女に(ニューハーフ)、親を他人に(義務教育)、民主主義を共産主義に(アメリカ)、そして神を悪魔(サタン)にします。現代のありようそのままです。
セフィーロートにはいくつかの三角形が含まれているのですが、上向きの三角形はちんこ、下向きの三角形は女性器、と捉えることもできます。

ちんこと女性器が合体すると、六芒星になります。
下世話なものも含んでこその叡智です。
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