闇 639(神に選ばれた人生の結末編)
闇 639(神に選ばれた人生の結末編)

2026/08/14 fri
※多分この時代に岩上智一郎という人間がいたという証明をしたかったから、この作品を自分の為に書いているのだろう。
前回の章

二千二十四年三月九日、土曜日先勝。
俺はでったんに、増田清子と柴チンが来れない事を伝える。
同級生に対し自分の人脈が無いのか、せっかく九州から来るでったんへ申し訳なく素直に謝った。
『マリちゃんが連絡してくれてるよー。(以下コピペ)昨夜サカと連絡したんだけど十三日二十二時まで仕事で、翌日は病院の付き添い後にまた仕事なんだって。川越駅東口のビッグで働いていてね〜。ちょっと顔を出すとは言っていたけど、大変そうだから無理しないで〜と言っちゃった。篠ちゃん(篠崎)も誘ったけど予定があるみたい。モリショウは返事待ち! 出口貴行』
本多マリが歩い程度動いてくれていたのは助かる。
まあ阪尾に本多がそう言ってしまったのなら、次で顔を出さないのもおかしいな。
『阪尾のとこは、とろたくから近くだから、二軒目で行く? 岩上智一郎』
『そうだね! 店変えて良いね。「とろたく」に十八時だっけか? 出口貴行』
『俺が十五時に仕事終わるから、十七時くらいには、とろたく行けるよ。あと益子にも声は掛けといた。 岩上智一郎』
『十五時了解。阪尾さん仕事で疲れているだろうけど、来てくれると良いねー。益子さん良いね〜。クラスや男女関係無く、時間が許すだけでも、気楽に集まれたら良いねー。ただし、森昇みたいな無銭飲食はNG。 出口貴行』
森昇に対してはでったんも、前回目の前で見ているから手厳しいな。
阪尾に関しては理解していないようだ。
『違う違う、阪尾はその日、ビックで働いていて来れないから、できたらみんなで店に来てほしいなあって事。柴ちん、益子にも声掛けたけど、土日じゃないとキツいみたい。 岩上智一郎』
『そう言うことね! ビックカメラが川越駅東口に出来たの? 出口貴行』
ん、川越にビックカメラなんてできたっけ?
ああ、阪尾の働いているビックを思い違いしているのか。
『違うよ。阪尾の働いているお店の名前が、焼鳥屋のビック。 岩上智一郎』
『なるほど。焼き鳥屋ね。そこに移動しよ。結局仕事場が焼き鳥屋さんなのね。 出口貴行』
『みたいよ。 岩上智一郎』
インカジ『レディ』の業務を終え、部屋で寛いでいると、自称俳優からのLINE。
『岩上さん! お疲れ様です。 居ますか? 若菜龍平』
別に疲れてねえし、居ますかって何だよ、ボケ。
『いますよ。 岩上智一郎』
『今どんぶり返却に行きます。 若菜龍平』
ドアの横にでも置いておけばいいじゃねえか。
会うと、どうせ無駄話が始まるしなあ。
『別に大丈夫ですよ。 岩上智一郎』
インターホンが鳴る。
返さなくていいという意味合いで言ったのに。
若菜龍平が丼を持ってきた。
部屋の中へ入れると長くなるので、俺がサンダルを履いて外へ出て対応。
「岩上さん! この間、またゴミ外人のゴミケバブ屋がですね」
「……」
また始まる龍平のゴミトーク。
何でカレーをあげているのに、その上ゴミ俳優の愚痴りを聞かないといけないんだ?
「そろそろ岩上さん、飲みに行きます?」
「え? 行かないですよ。明日も仕事早いんで」
この男との飲食を頑なに拒む俺。
つまらない話を聞かされながら、酒をタカられるなど、最もごめんである。
龍平も人の金をあてにせず、真面目に働けよ、いい加減に……。
ベランダでタバコを吸っていると、河本マンションメガネザル大家がまた甲隆閣へゴミの不法投棄をしていた。
本当にこの辺りに住む連中って、碌な奴がいないな。
夜八時になるのを待ち、こなもんへ酒を飲みに行く。
モダン焼きを注文し、マスターへ一杯ご馳走して乾杯。
仕事を終え、心地良い空間で酒を飲める幸せ。
大久保という土地で、唯一俺がホッとできる場所でもあった。
三杯目の柚子サワーをお代わりすると、ちかからLINEが届く。
『マイナスなとゆうか、抜け出す方には中々考え付かへんよね…。その中で生まれ育ってしまってると。絶対大事やと思う…。仕事とか信念貫いてやった方がいいと思うけど、精神的にとか肉体的に辛すぎるなら…。無理しても人生絶対楽しくないもん。 ちか』
信念か……。
若い頃、全日本プロレスへ行きレスラーになろうと思った。
左肘を故障した俺はホテルマン稼業に新たな道を求めた。
結果理不尽な状況により、ホテルを辞めた俺。
坊主さんと裕子さんの披露宴があり、祝儀の金を包む余裕のなかった俺は勘違いから新宿歌舞伎町へ渡る。
そこで初めて見た裏稼業の世界。
即金で入る仕事。
どこか不安定で危険な空気。
俺は歌舞伎町という水が本能的にとても合うと実感した。
だが良かったのは始めのゲーム屋生活のみ。
その後の北中の裏ビデオ『メロン』、當間の風俗『ガールズコレクション』では地獄を見た。
新天地を求め、長谷川昭夫と組んで秋葉原の裏ビデオ『アップル』を始めたまでは希望に満ち溢れていたのだ。
半年で六千万以上の利益をもたらせた俺に待っていたのは、月に三十万円という薄給。
これで心底裏稼業に懲りた俺は、サラリーマン生活を経てSFCGへ入社した。
しかし待っていたのは実家の稼業の役員会議。
社長になろうと唯我独尊な親父と加藤皐月。
俺はおじいちゃんの身を案じ、自分なりに必死に当時動いたつもりだった。
『結局何の力にもなれなかったけど、おじいちゃんがいたから地元川越で整体を開業したし、残して出ていく訳にはいかないという思いが強かったんだと思う。でも残りの家族は金の事しか考えていなかった…、水と油は混じり合う事はないって早く自覚していれば良かったんだけどね。少しは心の中の空き容量無いと、パソコンのハードディスク同様起動しなくなるからね。 岩上智一郎』
『中々難しいよね…。おじいちゃんのこともあるから地元を捨てるってすぐ出来ひんかったやろうし。誰しも人生一回目やからすぐ理解できる人はおらんと思うし難しいよね。パンクしちゃうよね。容量更新するか、何かしら状況を変えるしかないしね…。私は時々パンクしそうになって、中身を消しちゃう時ある。 ちか』
俺はどこで人生のボタンを掛け違えたのだろう?
思うところが無数にあり過ぎて、いつからやり直せば正解なのかすら分からない。
『タイムマシーンで過去に戻れたら、誰でも成功できるよね。最近俺は、仕事終わったら部屋でゴロゴロしてるだけにしたよ。ただ時間をダラダラ過ごすだけ。 岩上智一郎』
若い頃は希望と野心にあれほど燃えたはずなのに、結果五十二歳で残したものは総合格闘技二度の試合出場と、本を一冊出しただけ。
このまま悪戯に時間だけが経ち、どんどん肉体だけが枯れていくだけなのだろうか。
二千二十四年三月十日、日曜日友引。
朝ベランダでタバコを吸っていると、また河本マンションメガネザル大家が、辺りをキョロキョロしてから向かいにある甲隆閣のゴミ捨て場へ不法投棄しているのを見掛ける。
一応警戒しているが、まさか上から見られているとは思いもよらないのだろう。
コイツ、一体今まで何回ゴミを捨てているんだ?
毎朝人通りのいない時間帯の日課のようだ。
とりあえず自称俳優へ伝えておくか。
『今、河本マンションまた向かいにゴミ捨ててましたよ。 岩上智一郎』
『近く新宿区役所の公害対策課にチクりますよ。 若菜龍平』
うん、コイツは本当に口先だけで、小難しい言葉を並べればいいと思っている屑野郎だ。
どうせ今格好をつけているだけで、何も動かないだろう。
インカジ『レディ』へ出勤し、フェイスブック過去の思い出を眺める。
あの安達すみれの実家『幸楽』が全焼し、俺が川越を訪れてから丸十年が経つ。

この時期、俺は初期横浜に住んでいる時であり、地元で異様な事件が勃発し始めた事に対し、きな臭さを覚えた。
その為、群馬の先生へ会いに行くも、結局あれが最後になってしまったような気がする。
つまりもう十年になるのか。
高崎市のアーケード商店街中央銀座が、二月に降った大雪のせいでアーケードの約半分が転落してから。

当時の記憶がみるみる内に蘇る。
特にこれといった相談事も無く、ただ久しぶりに先生と会話をしにいく。
群馬県北高崎駅から徒歩三分も掛からない場所にある群馬の家。
入って左手の壁手前には相変わらず木花開耶姫の掛け軸がある。

「先生、お久しぶりです。なんだかんだ数年ぶりてすね」
「お久しぶりです。随分スッキリした顔立ちになりましたね」
「そうですか?」
「川越にいた頃のあなたは半分鬱病っぼくなっていましたからね」
「あはは…、確かに仰る通りでしたよね……」
実家にいた頃を思い出す。
振り返れば地獄のような日々だった……。
叔母さんのピーちゃんからは常に小言と嫌味を言われ続け、弟だった貴彦は内緒で養子縁組。
唯一の弟となった徹也は会社開業の際、あのお袋と裏で繋がり開業資金まで援助してもらっていた。
親父は親父で昔から因縁のある加藤皐月と気付けば籍を入れ夫婦になっていて、家へ強引に住ませるようになった。
思えばこの一件から家は、すべておかしくなったような気がする。
おじいちゃんを俺が護りたい。
その一心だけで家にいたが、考えてみれば無職で金の無かった俺がいたところで何の役にも立っていなかったのだ。
気が狂いそうな日々を送り、俺はまた歌舞伎町へ活躍の場を見出そうとした。
しかし第二期歌舞伎町時代は、俺にとってとても理不尽で納得のいかないものであった。
仕事でも悩み、家に帰ればストレスの連続。
このままいたら絶対に人を殺してしまう。
そこまで追い込まれた俺は、たまたまタイミングよく連絡あった横浜の話へ飛びついた。
歌舞伎町で最初に働いた人間である高橋ひろしからのツテ。
様々な人間関係の絡みつき。
金も無い状態の中、ネットルームに住みながら何とか部屋を借り、安定した生活を送っている内に一年半近くの時間が過ぎる。
そう…、俺は新天地横浜によって癒されてたのだ。
初めてこの場所へ来たのは、付き合っていた百合子と。
きっかけは偶然撮った奇妙な心霊写真から。
何とも言えない不思議な経験をしながら、気付けば俺はここへ何度も足を運んだ。
部屋の奥にある不思議な黒の階段。
天井にぶつかり階段としての機能をしていない。
そして龍神の掛け軸。
昔から何も変わらない空間。
それらを見ながら随分と時が経ったのだなと実感する。
「あなたは真の意味で自立する事…。以前そう言いましたが、今それができているのではないでしょうか」
自分で家賃を払い、掃除して洗濯をする。
働いて金を得て、料理を作る。
そうか…、俺が横浜でやっていた事は自立だったのか……。
気付けば訪れていた平穏。
そうだ、その平穏が少しおかしくなってきた。
だから一度先生のところへ来てみようと思ったのだ。
過去、幼馴染みの安達すみれを一緒に群馬の家へ連れてきた事が一度だけある。
その彼女の家が全焼。
そして俺の小説にモデルとして書いた店が全部で三軒も全焼した事実。
「先生…、俺の小説って呪われているんですかね?」
「そんな事ないわよ。ただ前にも言ったけど、あなたは強く人を恨んだりしないようにと。今言えるのはそのくらいですね」
「強く恨まない…。あ! 先生。俺、またトレーニングとかも横浜行ってから始めたんですよ」
「健康維持でトレーニングはいいですけど、あなたは格闘技の方向へ行こうとすると、雷電が袖を引っ張りますよ」
年齢的にも無理であるが、やはりもう俺がリングに立つのは止めたほうがいい。
過去二度に渡って立った総合格闘技の試合。
一度目は加藤皐月の邪魔。
二度目は悪友ゴリの邪魔。
そういえば以前ここへ連れてきた安達すみれ。
先生は彼女が火事で全焼するとは分からなかったのだろうか?
いや…、不思議な力を持っているにせよ、人間万能ではないのだ。
「あなたは神に選ばれた人間です。なので、これからもより試練が降り注ぎます」
最近は落ち着いたとはいえ、ここまで色々な事を掻い潜ってきたのだ。
さらに試練?
冗談じゃない。
「先生…、神と話せる、もしくは意思疎通できると言うなら、別に俺を選ばず平穏無事でいさせてくれと伝えといて下さい。もう、これ以上嫌な目に遭いたくないです」
嘘偽りなく本音を言う。
しかし俺の言葉に対し、先生は意地悪そうに微笑むだけだった。
帰り道、ボーッとしながら何故俺は群馬へ来たのかを考えた。
先生に相談があった訳でもない。
では何故?
おそらく一年半での横浜の生活によりもたらされた心の平安。
現時点での俺の姿を先生に見せたかっただけなのかもしれない。
神に選ばれたか……。
本の印税だって入らなかったし、本当に路頭に迷うところだった。
小説を世に出したら、もっと何かしらの道が開け変われるかと思った。
いや、現実に俺は生きているのだから、自分の道は自分で切り開いていくしかない。
十年前の写真には、安達の家の隣りに喫茶店のポケットマネーが写っている。

「……」
この頃はまだ健在だったんだよな、マスターも。
今は亡きポケットマネーのマスターのビビンバ炒飯食べたいなあ。
あの群馬の先生からの帰り、川越で岡部さんと落ち合った俺は、漫画喫茶で一泊してから安達の家を見に行ったっけ。
起きてから、本川越駅前の岩上整体跡地へ向かう。
隣りの中華料理『王賛』に久しぶり顔を出してみようか。
近くまで来て愕然とした。

西武新宿線本川越駅前にあった岩上整体跡地は、無意味な道路拡張の為、すべてが更地に……。
もちろん王賛や二階にあった炙り屋すら無い。
行きつけだったジャズバー『スイートキャデラック』の建物ももう無い。
道路拡張とう名目だが、こんなたかが十数メートル拡張する事に何の意味があるのだろうか?
税金の無駄遣いだと思う。
淋しい気持ちのまま自然と連雀町の方向へ。
あ、そういえば安達の家どうなったのだろうか?
立門前通りに入り真っ直ぐ進む。
家を見て思わず言葉を失う。
「……」
外の外壁が残っているだけで、完全に中は全焼。
唯一の不幸中の幸いは、誰も住んでいなかったので死傷者が出なかった事だ。
隣りにある『ポケットマネー』のビニールシートの看板も端が焦げて無くなっている。
小学校時代、近所の字町毎の登校班の集合場所がここだったのだ。
幼い頃から知っている幼馴染の家が、こんな風になってしまうなんて……。
横にあるポケットマネーのマスターがいたので、顔を出して話し掛けた。
「放火だか原因は分かっていないんだけど、誰もいないところから火なんて出ないよなー?」
思ったよりも元気そうなマスターの姿を見て、少しだけホッとした。
群馬の先生だけでなく、ポケットマネーのマスターともあれが最後の会話になってしまったなあ……。
あ、そういえばタウンハウジングのマー、役に立たない上、河本マンションの敷金どうなっているのか聞いてから一週間音沙汰ないじゃん。
『一週間無視ですか宅建協会へ相談しますね。新しいマンションの電気代五千円でしたよ。よくもあのような河本マンション紹介しましたよね。あの大家とグルだったんですか? 岩上智一郎』
厳しめの文面を送る。
別に言い過ぎとは思わなかった。
『そちらの物件は私とも初めてのやり取りで、オーナーから何も教えてもらえなかったです。電気についてこちらは知りませんでした。敷金に関しても弊社の管理物件ではないので、オーナーさんに直接お話しください。 タウンハウジング』

一体コイツら何を寝言抜かしているのだろう?
俺からしっかり仲介手数料取って河本マンションを紹介したくせに、今さら弊社の管理物件じゃないと言われても、ただの責任逃れもいいところだ。
こんなんで不動産業なんて経営してんじゃねえよ。
本当に肥溜めを店頭にぶち撒けてやろうか。
イライラしながらインカジ『レディ』の業務を終えて、自称俳優マンションへ戻る。
でったんと会う日が近付いているし、増田清子や柴チンが来れるか聞いてみよう。
増田キャンセル。
柴チンキャンセル。
十三日が水曜日のせいか、人の集まりが悪い。
まあ普通に生きている人間は、休みがやっぱり土日中心になるよね。
夜八時になると、いつものようにこなもんへ行き、マスター相手に酒を飲む。
焼きそばを食べていると、ちかからいつものLINE。
『間違いない…! でも人生後悔ないかも、勉強になった時間は多くて遠回りしてしまった時もあったけど…。めちゃくちゃ大事な時間。無理に予定詰めすぎてもしんどいだけよね。 ちか』
人生に後悔ないか……。
ちか、それは本当に訪れた死の間際で分かるものなんだよ。
視界が真っ暗になる。
気付けばそこで、また前のめりに倒れていた。
十月の終わりなので、アスファルトが冷たい。
同じように全身に力を込める。
あれ、起き上がれない?
何でだよ?
ふざけんなって。
気合い足んねえよ。
何してんだよ。
右手で髪の毛を掴み、少しだけ頭を持ち上げられた。
そのまま道路へ頭を打ち付ける。
いてー…、息ができない苦しさの中でも痛みは感じるようだ。
ちょっと休もう。
さっきエネルギーを使い過ぎただけ。
身体中の空気を一ヶ所に集めるイメージ。
思い切り口から息を吐き出す。
目に埃が入り閉じる。
掃除ぐらいしろよ、馬鹿野郎!
あれ、ちょっと力出るぞ?
再度身体を起こす事に成功する。
進めって…、駅まで行けばタクシーあるだろ。
数センチでも足を動かせ。
本川越駅の十字路が見えてきた。
もうあとちょい……。
何故か目の前にはまたアスファルトの道路。
また倒れたのか、俺は?
まあいい、起き上がれば済む。
あれ……?
手が動かない。
顔も動かせない。
力が入らない。
「……」
そうか…、俺はこのまま死ぬのか……。
静かに目を閉じる。
目まぐるしい速度で過去の映像が頭の中を流れていく。
ああ…、俺はもう死ぬのだなと直感した。
様々な過去の記憶が頭の中でグルグル蘇ってくる。
これが走馬灯というやつか。
死の間際、その正体を肌で感じた。
人間としての生存能力が、高速でこれまでの経験を思い出させ、生命の危機を脱する方法を模索する。
おそらくこれが走馬灯の正体。
不思議と死ぬ事に対し、怖いという感情はなかった。
岩上智一郎、地元川越で散る。
うん、悪くねえや。
死の間際だというのに何故か口元がニヤリとしていた。
何故俺は笑える?
不思議とそんな事を考えた。
人に利用され、騙され続け、結婚せず、子もいない。
傍から見れば惨めで寂しい人生を送ってきた。
でも、命の蠟燭が尽きようとしている今、俺は自分のこれまでの生き方をそんな嫌いになれなかった。
いや、むしろ報われない馬鹿げた生き方だったけど、自分を好きで生きてこれたのだ。
だからこそ、自然とそれが笑みに出たのだろう。
笑いながら終われる人生。
終わりよければすべて良し。
そんな境地に達していた。
やせ我慢?
馬鹿言え。
これで終わるのに、何を誰かからの評価を気にする必要性がある?
俺は俺でしかない。
それでいいじゃないか。
そういう終わりの人生だったのだから……。
今でもハッキリと覚えているあの心筋梗塞で死に掛けた時。
あれが二千二十一年だから、それから三年間、俺は一体何をどう生きてきたというのだろうか?
山下哲也にタカられ縁を切り、神田の散財によりうんざりして縁を切り、河本マンションでは不当光熱費を一年半に渡って搾取され続けられただけ。
『俺は死に掛けた時悔いはなかったけど、そのあと生きていて未だ後悔だらけかな。もうこのままダラダラ過ごして、気付いたらコテッって心臓止まっていたような人生でいいかなと。 岩上智一郎』
どうせこの女も、俺の傍にはいてくれない。
酷く自虐的な気分になった。
こなもんを出ると、洗体エステ『ラブリーハート』へ行き、リオを抱いてからマンションへ戻る。
本当にどうしょうもない人生を歩んでいるものだ。
何故俺のような人間が生き残ってしまうのだろう。
二千二十四年三月十一日、月曜日先負。
インカジ『レディ』の仕事を終え、自称俳優マンションへ戻ると、宅急便の荷物が届いていた。
真ん中の部屋のフローリングへ敷こうと思っていたカーペット。

リアルな鯉が泳ぐ池がプリントされたカーペットなので、この上を歩いてしまっていいのだろうかという目の錯覚に陥る。
我ながら中々センスいいなと自画自賛しつつ、気分がとても良くなったのでサンドイッチを作ってみる事にした。

作り終えて思ったのが、一人でこんなに食える訳ないだろうという事。

昔から俺はついつい料理を作り過ぎてしまうという欠点がある。
八枚切りの食パンを二斤分も作り、本当にこれどうすんだ?
あの馬鹿にあげればいいか。
『材料たくさんあって、今日サンドイッチ作るんですが、いりませんか? 岩上智一郎』
『ありがとうございます! 頂きまぁす。 若菜龍平』
「……」
本当コイツのLINEの打ち方を見ていると、イライラしてくるな。
まあそれでも今住んでいるマンションの大家サイドの人間なのだ。
こっちから親切にしておく分には問題ないだろう。
風呂に入り横になっている内に寝てしまった。
目を覚ますと夜になっている。
そして龍平からメッセージが届いていた。
『岩上さん! サンドイッチめちゃ旨かったです、うちのオカンも大絶賛してました。ありがとうございました、ご馳走さまでした。 若菜龍平』
『とんでもないです。ありがとうございました。 岩上智一郎』
『こちらこそ! 若菜龍平』

自分の料理の腕を褒められるのは、悪い気はしない。
実家にいた頃のあの屈辱的な家族の冷めた対応を振り返れば、自称俳優でも喜んで美味しいと食べてくれるのは有難い事だった。
同じものを作っているのに、家族は一切口にせず、白いカビが生えていてもそのまま放置されていたのだから……。
『今最中にいるかもしれんけど、その期間抜けたら良かったなって思える時が来るかもよ? 結果後悔はなかったなって…。でも色々やりたいことをやり切ったならそう思えてもいいのかな…。 ちか』
家族からも何故か白い目で見られ、孤独な俺にちかはどうしてこう毎日連絡してくるのだろう?
飲み屋の営業メールにしては、何年にも渡り行き過ぎているような気がする。
かといって、こんな五十二歳の男へ気があるかといえば、それは絶対にない。
彼女がこうして連絡をくれるから、俺もついつい返してしまう日々。
『まあ所々あそこでって後悔したところで、自分でそうしたかったから従った訳で、過去に戻っても同じ過ち繰り返しそう。年取るにつれてどんどん面倒臭がり屋になるからねー。若い美しき頃にそのまま亡くなるってのは有りだと思う。 岩上智一郎』
『ゴールは同じ的なね…! 確かにそれめっちゃ言えてるかも、結局中の選択を違うものにしても行き着く先は同じとゆうか…。でもまだ私やりたいことが残りすぎてるなあ…! あと十年くらい好き勝手して過ごせたら死んでもいいかな…。 ちか』
さて、どう返そうか?
文面を考えている内に、俺は再び深い睡魔に包まれた。
二千二十四年三月十二日、火曜日仏滅。
仕事を終え、郵便ポストを見ると、電気料金の請求書が入っていた。
金額を見てその場で吹き出す。
そして写真を撮ってフェイスブックへアップする。
『新居の電気代五千二百七十一円でした。いかに前の河本マンションがぼったくりをしていたかの証明になりますね。 岩上智一郎』

本当にこれは面白いデータがもらえたものだ。
前の河本マンションでいかに暴利を貪って請求してきたのかが、一発で分かる。
毎月三万も四万も、光熱費が掛かる訳がないのだ。
それを斜め向かいのマンションへ引っ越して、初めて立証された気分。
以前ブログへ書いた『【1年ちょっとで百数十万の支出】道挟んで斜め向かいのマンションへ引っ越し』の記事。
これに新しいデータを加えねばと、これまでの河本マンションとの経緯を詳しく調べながら編集を始める。
何かこの記事を書くのに四時間ぐらい掛かったぞ……。
とりあえず俺のこれまでを知る若菜龍平に、記事のURLを送ってみる。
『詳しくまとめて記事にしておきました。 岩上智一郎』
『さすが作家さんの文章。バ河本はまぢ詐欺&キチガイですね。先日も伝えましたが、近くゴミ捨ての件で役所と桜に通報しますよ。岩上さんももし可能であれば、ゴミを他所へ捨ててるとこ目撃したら写メなり動画撮っておいて下さいませ、証拠が全てなので。 若菜龍平』
通報しますよって、いつも口先で言っているだけで何も結局してないじゃん、コイツ。
『そうですね。上の記事書いててムカついてきたので、今度調停くらいから始めてみようかなとか思っています。 岩上智一郎』
『ですよねぇ! やっちゃった方がヨイですよ。犯罪者を野放しはあり得ないです。あと、俺は全然構わないのですが、うちが特定出来る画像は掲載しない方が良いと思います。可能であれば、302ベランダからの写真とエントランスの写真は削除してもらえますか? 身内に迷惑掛ける可能性が無きにしも有らずなので。よろしくお願いします。世の中アホな輩が多々居るもので。 若菜龍平』
「何なの、コイツ……」
人には散々煽っておきながら、自分のマンションが特定されるのは嫌だから、削除をしろ?
世の中アホな輩が多々って、自分がどれだけ情けない事を言っているのかまるで分かっていない。
自分は汚れるのが嫌だけど、人が汚れるのは構わないという典型的な屑思考。
この馬鹿に記事を見せた事を後悔した。
『直しましたよ。 岩上智一郎』
『ありがとうございま。 若菜龍平』
やっぱり自称俳優は関わってはいけない人種だという事を、再度痛感させられた。
夜になりこなもんへ行こうとすると、今日は休みらしく開いていない。
仕方なく大久保駅北口斜め向かいにあるばりスタへ行き、酒を飲んだ。
部屋に戻ると妙に人恋しくなり、珍しく自分からちかへLINEを送る。
『休みだったから近所にある博多料理の店で、馬刺し食べて部屋でゴロゴロしてた。 岩上智一郎』
『今日やっと小網神社に行けて、初めて数珠? 買って来た! 普段つけてたらやばい子に思われるかな。うわ、馬刺しもいいねえ…! 博多料理っていいよね。もつ鍋たべたいな…、豚骨ラーメンは食べれへんけど…。 ちか』
『いや、いいんじゃないかな。俺は過去に群馬の榛名神社と、茨城の鹿島神宮は行った事あるよ。豚骨は俺もあまり好きじゃない。近くの店は、餃子が美味しかったよ。 岩上智一郎』
鹿島神宮か…、懐かしいな、本当に……。
岩上整体の時だから、二千七年だもんな。
経営に行き詰まり、副業を開始して『新宿クレッシェンド』がまだ賞を取る前。
せっかく副業で経費の確保できたと思ったんだけどな……。
出会い系サイトのサクラの会社が親会社。
あんな詐欺の手先のような真似なんて、できるわけがない。
でも、あそこを辞めるのはいいとして、今後どうする?
似たような条件で見つかるのか?
週三回で、月に二十万は欲しい。
悩む事で頭が一杯だ……。
俺は岩上整体テーマ曲と勝手に名付けた曲を掛ける。
『新宿の部屋』の時、この曲を流したら、ブログ仲間の牧師兄さんがゲームだかアニメの曲とか言っていたけど、どうでも良かった。
患者の施術をしている時、決まってこの曲を掛ける。
「あら、先生。凄いいい曲ですね。癒されます」
ほとんどの患者がそう言ってくれた。
今日も患者、来ないなあ……。
携帯電話が鳴った。
「え?」
群馬の先生からの電話。
「もしもし……」
「何故あなたはまだ行っていないのですか!」
「え……」
鹿島神宮の事を言っているのか?
無理だと現状は伝えたはずだ。
行ったと適当に答えるか……。
いや、この先生は絶対に分かっているから、電話をわざわざしてきているのだ。
「でも、先生…。本当に今整体の運営がピンチで……」
「とにかく行って下さい!」
荒い口調の群馬の先生。
こんなの初めてだ。
「先生! 俺が鹿島神宮に行って何になるんですか!」
岩上整体の今後を考えると、鹿島神宮どころじゃない。
俺も大声で言い返す。
「だから私は伝えているだけです。いいから行って下さい。お願いしますね」
それだけ言うと、先生は電話を切った。
何故俺が行っていないの分かったんだ?
俺と群馬の先生の繋がりを知っているのなんて、別れた百合子くらい。
百合子とも、去年のクリスマスイブ以来一度も連絡など取っていない。
「何で分かんだよっ!」
思わず、携帯電話に向かって怒鳴りつける。
鹿島神宮ってどこだよ?
知らねえよ!
夏なのに、背筋が寒くなっていた。
ドアが開く。
「ややや、どうもどうも」
チャブーが入口に立っていた。
「おい、チャブーのお袋さんが俺のところ来たぞ! どういうつもりだよ! ちえみと結婚する? あまえのやっている事はまったく理解できない。別にチャブーがあいつとくっつこうが結婚しようが、何だっていいよ。ただ何で俺を巻き込むんだよ!」
俺はチャブーを中に入れ、大声で捲し立てた。
「ままま、岩上落ち着けって」
「うるせえっ! ちゃんと分かるよう俺に説明しろ」
昨夜のゴリの件といい、チャブーの一連の騒動。
それに岩上整体の窮地に加え、副業で生計を立てるつもりが出会い系詐欺会社関連。
鬱積した怒りをすべてチャブーへぶつけていた。
「いや~、俺さ…、実は最近回春エステの女に惚れちゃったみたいでさ」
「はあ? 何だ、そりゃ? ちえみとは別れたの?」
「ほら、一度岩上が池袋の連れてってくれたじゃない」
「……」
何なんだ、コイツ……。
「今よく指名している回春エステ嬢がいてさ……」
「ちえみと別れたの?」
「別れていないけど、エステの女が俺と付き合ってくれるなら別れるよ」
あまりにもふざけたチャブーの思考回路に、俺はいつの間にか怒りなどどこかへ行っていた。
まあコイツの事はどうでもいいか……。
そんな事より先程の群馬の先生の言葉が、ずっと気になっている。
「なあ、チャブー…、鹿島神宮って知ってる?」
「おお、茨城のね」
「え、知ってんの?」
「まあ有名な神社だしね」
群馬の先生があれだけ言うし、もう行くしかないよな……。
「あのさ、今から鹿島神宮一緒に行ってくれない? もちろん車は俺が出すし、道案内してくれればいいからさ」
「まあ岩上には世話になっているからいいですよ」
俺は簡単に群馬の先生の事、そして意味不明だけど鹿島神宮へ行けと神様から伝えられた事を簡潔に説明する。
「ふむふむ…。俺はさ、岩上と久しぶりに会った時、何か凄い奴になったなあって言ったでしょ?」
「ああ、池袋へ急に行った時ね」
「俺は霊とか神とかそういうの、よく分からんけどね。岩上は鹿島神宮へ行ったほうがいいとは思うよ」
「うーん……」
こんな感じで俺とチャブーは、鹿島神宮へ向かう事になった。
「……」
チャブーが役に立ったのって、あの時ぐらいじゃないのか?
とっくに縁を切ったままであるが、あいつも含め、本当に同級生は碌な奴がいないものだ。
群馬の先生はあの時鹿島神宮へ行ったから、俺の新宿クレッシェンドが賞を取り本になったと言う。
でも、それだけは違うと思っている。
何故ならあれは俺は先生と会うより前の、二千四年に自分がすでに一人で書き始めたものだからだ。
そこに神の意思や選択は後付けに過ぎない。
あの作品を書き、当時ちゃちから「ここ出してみれば?」と『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリ』へ応募した時点で、新宿クレッシェンドが賞を取る事は決まっていたのである。
仮に先生が言うように本当に俺が神に選ばれていたとしたら?
それについては大いなる反論があった。
では、何故俺は印税を一円ももらえず、生活苦から再び裏稼業で働くようになってしまったのか?
死神に選ばれたとあの時言われていたら、今でも少しは信じていただろうに……。
二千二十四年三月十三日、水曜日大安。
今日は九州のでったんが川越に来る日。
俺はいつものようにインカジ『レディ』へ出勤し、仕事を終えたらそのまま川越へ向かう予定。
昼になりちかからLINEが届く。
『スピリチュアル系的な…。言ってたよね! 先生に言われてって。餃子もいいねえ…。あかん、この時間やけどめっちゃお腹空いて来た。ラストの週に着るドレスなんやけど、一着は決まってるんやけど、もう一着がかなり悩んでて…。岩上さん的にどっちが可愛いと思う。 ちか』
彼女は二種類のドレスの写真を送ってくる。
正直こんなの聞かれても分からねえよ……。
それでもどちらかぐらいは言わないといけないんだろうな。
『右の白い方が、ちかには似合う気がする。 岩上智一郎』

ベージュと白のドレスなら、清潔感溢れる色のほうがいいだろう。
百合子と付き合っている時に訪れた榛名神社をふと思い出す。
確かあの日、プロレスラーの橋本真也が亡くなった日でもあった。
新日本プロレスの闘魂三銃士の頃から知っているが、あの三人の中でも一番嫌いなレスラーだった。
それでも四十歳で脳幹出血が原因で亡くなった彼の訃報に対し、当時俺は早過ぎるだろと何とも言えない気分になったものだ。
俺は心臓…、橋本真也は脳。
やはりこう見ると、脳のほうが一撃必殺で人間の命を奪うのかな?
『榛名神社はとても神秘的なところだったね。また行きたいなあとか思うもん。 岩上智一郎』
『やっぱ卒業の色やと白やんね。ありがとう。撮影したこの写真のドレス…、私のケツがデカすぎて、撮影は出来たけど立ち座りが出来んくらいピッチピチでさ。そうなんやね…。パワースポットっていいよね、私も行ってみたいなあ。俺も現役の時は身体のサイズに合うの無くて、いつもオーダーだったよ。 ちか』
そういえば不思議とちかに対し、エロさをあまり感じない自分がいる。
目の前で彼女が抱いてと言えば、もちろん喜んで抱くだろう。
それでもちかを何が何でも抱いてみたいといった意識は芽生えない。
自身の好みの問題なのだろうか?
では、何故俺はこの子と何年にも渡り、こうしてやり取りを続けているのか?
ただ若い子と、このような形でも繋がりを持っていたいから?
自分の事なのに、よく分からないでいた。
『デザイン的には右の方が好きなんだけどね。俺も現役の時は身体のサイズに合うの無くて、いつもオーダーだったよ。 岩上智一郎』
インカジ『レディ』の仕事を終えて、そのまま西武新宿駅へ向かう。
いや、一回マンションへ戻ってシャワーを浴びて、着替えてからにするか。
準備を整えてから、でったんへ連絡を入れる。
『大久保出て、川越向かいます。 岩上智一郎』
『はーい。 出口貴行』
小学時代の同級生でったんが川越へ来たので、本多まりも呼び、町鮨とろたくで合流。
本多とは前にも会っているので懐かしさも何も感じない。
とろたくは和食系の店で、俺は天丼とうな重のミックスに茄子の天ぷらを頼みながら酒を飲む。

「ちょっと贅沢をして肉寿司も食べてみようか?」
「岩ヤンが食べるなら」

「おい、本多! こっち向けよ。俺のフェイスブックに載せてやるから」
「ちょっと勝手に撮らないでよ! やめてって!」
俺が携帯電話を向けると、本多は手でガードをして顔を隠す。

ここの会計は俺とでったんで割り勘にして、二軒目は阪尾和美の働く川越駅東口の焼鳥屋ビックへ向かう。
本川越駅の元岩上整体があった通りを川越市駅方面へ向かった通りのつき当たりに本店が昔からあるが、こっちはまだできて数年らしい。
店内はわさわさ混んでいて、阪尾は業務で話をできる余裕もなかった。
彼女の仕事が終わるのを待ち、河岸を変える。
ビックを出て近くの焼鳥屋『くしよし』を指定され、先に俺たち三人は向かう。
遅れて入ってきた阪尾が開口一番「岩上奢ってー」と言われ、急に酒が不味くなった。
数年ぶりに同級生同士で再会して、最初に一言がそれかよ……。
せっかくでったんが、九州から来てくれたのにいまいち楽しさを感じられない俺は、終電で大久保へ戻る事にした。
明日は休みにしてあるが、このままただ悪戯に金だけ出すのが阿呆らしくなったのだ。
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