闇 493(地球を護る者編)
闇 493(地球を護る者編)

2026/02/23 mon
前回の章

二千二十年五月二十五日、月曜日赤口。
ラッキーハウス待ち兼ねた再開。
但し、これまで二ヶ月以上工事中という貼り紙をしたまま閉めていたのだ。
いきなりこれで客が来るなんて思ってもいない。
裏稼業なので派手に宣伝もできないもどかしさ。
かといって昔のように電信柱へ違法ビラを貼る電バリも無理だ。
歌舞伎町のあちこちに設置された監視カメラですぐ捕まるだろう。
つまりポーカー賭博…、ゲーム屋は店を開けたら根気よく待つしかないのだ。
これは他のインカジや裏スロにしても同様。
大っぴらに宣伝できない事情があるからこそ、裏稼業たる所以なのである。
強いては店の信用、そして口コミに賭けるしかない。
キャッチなどもボスの酒井さんが捕まった状態の今、派手に使う訳にもいかない事情。
ましてやこのコロナ渦である。
そこで自分の立ち位置とすべき事案を考えた。
暇な今だからこそできる事。
早番の責任者である以上、手持ちの従業員を上手く使わなければならない。
俺より三つ年上のヨッピーコレクションこと吉岡。
そして橋本の紹介によりこの店に入った三十代後半の内藤ノブ。
吉岡は人工透析で週に三回しか出勤できない事を念頭に入れると、週の内四回は俺とノブで店を回さないといけないのだ。
いや、ノブも休みを欲しがる場合、五回は最低でも二人回し。
立場的に俺は、しばらく休みなど取れないだろう。
まずはこの二人の性格…、性質の把握からしないといけなかった。
俺の前に新規客が少なった責任を問われ、無責任に飛んで辞めたオカマの木下。
あいつはスカウト軍団ナチュラルの恩恵というだけで、勘違いし図に乗った。
それにより酷い扱いを受けた吉岡。
彼は自身の年齢、身体の障害というものを自覚していた為、ただ現状を必死に堪えて残る。
そんな彼を常にフォローし庇った内藤ノブ。
一回りほど年の離れたノブに対し、吉岡は神格化し崇拝に近い恩義を覚えているのだけは初日で理解した。
まずはノブの懐柔といえば言葉は悪いが、人間関係の構築から始めないといけない。
この日の営業は結局入客二人だけで、おじいちゃんの深谷さんと上田さんのみに終わる。
話好きの深谷さんはゲームを五万負けると、あとはひたすら俺に喋り掛けてきた。
俺のこれまでの人生を根掘り葉掘り聞いてくる始末。
だが悪い人ではないのは理解していたので、差し障りない程度の過去を掻い摘んで話しす。
老人が好みそうな過去の職業。
自衛隊、全日本プロレス、浅草ビューホテル、SFCG、大日本印刷、KDDIといった誰もが分かり易い職歴を教えると、深谷さんは目を真ん丸にしながら興味津々に聞いてくる。
一見頑固そうだが可愛げのあるおじちゃん。
そんなイメージがピッタリだった。
自身の築いた不動産の会社の会長を務めている深谷さんは、川越から新宿まで通う俺に対し、今度いい物件を紹介してくれると言う。
有難い話だが、まだ仕事も再開したばかり。
気持ちは嬉しいがと丁重に断った。
一方友人の上田さんは新宿で雀荘を経営しているようだ。
この人は純粋にポーカーが好きで、昔からゲーム屋通い。
来ると十万円から二十万円ぐらいの勝負はする客だった。
「赤崎さん、木下さんが今まで作っていた店内の印刷物って、できたりしますか?」
吉岡が会話中に質問してくる。
彼は俺のスキルを知らないし、ここまでひけらかさなかったので当たり前だろう。
「多分この店内に貼ってあるもの程度なら、俺は全部すぐにデザインして作れますよ」
「え、本当ですか?」
何疑ってんだ、ヨッピーコレクションめ。
あんな算数ドリルから始めたオカマと俺を一緒にするんじゃねえよ。
もちろん心の中で呟いただけ。
今は俺を責任者として心から認めさせないといけない段階である。
以前人を小馬鹿にした陰口は忘れはしない。
適当に返事をしていたが、彼の言葉で全身の細胞が一気に騒めき出す。
「赤崎君はプロレス時代に受け身をし過ぎて、ちょっと頭がいっちゃってるって本当なの?」
「……。誰がそんな事抜かしたんです?」
必然的に声のトーンが落ちる。
俺は確かにプロレス業界では大成しなかった。
だが裏稼業で働いている人間に、嘲笑されるような生き方などしていない。
「やだな、赤崎君。顔付きも目つきもそれは仕事中にマズいぞ。吉岡君から聞いたんだよ」
「……」
あのクソ野郎……。
透析を患っているというハンデ。
俺より先に入っているという時系列での先輩。
だから早番のオカマの木下が、図に乗って吉岡を理不尽に責めている時に俺は彼を庇ったのだ。
まだ最近の事なので高山から聞いてあの言葉は正直ムカついている。
だが、個人的感情よりも今はまず店の維持。
何故なら酒井さんが捕まった今、頼りない香川や橋本でなく俺がしっかりしなければ、この店は潰れてしまう自覚。
横浜二俣川の死の淵から生還した俺を再び受け入れ拾ってくれた酒井さん。
その恩義に報いる為には、自分の心など殺してもいい。
ボスが戻ってくるまで俺の命題はラッキーハウスの死守。
店を護る事だ。
自分のパソコンスキル面に関しては、これからいくらだって披露する機会はある。
まずは従業員関係の地固めを最優先。
遅番の従業員が出勤し、店長の橋本と仕事の引継ぎを済ませた。
俺と離れ離れになった山ゴネスこと山下は、どこか寂しそうに見えたが知った事ではない。
早番の従業員を促し、一緒に店を出た。
「ねえ、よかったら新生ラッキーハウスの早番で軽く食事会やってから帰らないか?」
「自分はいいですよ」
「赤崎さん、俺は明日透析があるからこれから帰って休まないといけないんですよ。せっかくのお誘い申し訳ないんですけど」
「もちろん身体の健康第一ですって。じゃあ今日はノブさんと二人で行ってきますね。また何かの機会ある時にこのような場を設けますから。じゃあ吉岡さん、身体に気を付けて。今日は一日お疲れ様でした。次は明後日ですね」
「ええ、今日はすみません。ではお先に失礼します」
去っていくヨッピーコレクション。
今度透析とはどんな症状の病気か、彼から詳しく聞いておくか。
「ノブさん、二人ですみませんね。どこ行きましょうか?」
「うーん…、自分は赤崎さんにお任せしますよ」
「まあお互い明日もあるからサクッと行きますか。西武新宿のところに牛カツあるんで、そこどうです?」
「いいですねー」
俺たちは西武新宿駅前通りまで来ると、左折して牛カツ『あおな』へ入る。

「ここは俺が出しますから、好きなもの頼んで下さいね」
「いえいえ、こっちこそお世話になるんですから、自分が出しますって」
山下と違い、ノブは結構まともな性格かもしれないな。
金に浅ましいだけで、人間性を疑われてしまう。
遅番の橋本にしても山下も、金にはだらしない。
香川の奴、あんな組み合わせにして本当に脳みそが足りない。
何が俺にちゃんと責任者をできますかだ……。
おまえより、経験も修羅場も知能もスキルも全部俺のほうが上位互換なんだよ。
山下になら話せるこの思い、まだ内藤ノブがどのような性格かまで分からないのであくまでも内に留めておく。
簡単な世間話をしながら親交を深め、会計時強引に俺が払って川越へ帰った。
あおなの牛カツ食べたし、明日も張り切って頑張ろう!
二千二十年五月二十六日、火曜日先勝。
新たな生活が始まった事に対し、これまでと変わってしまった事。
それは後輩のヤスのカガヤカフェには行けなくなった事を意味する。
去年の十二月からほぼ毎日のように行き二千円ずつ使っていた金。
このコロナ渦でも加賀屋のおばさんの顔を立てる意味合いで通っていたが、ラッキーハウスの再開と共にいい大名義分にもなった。
気にしないで下さいと答えたヤスであるが、一週間で四回から五回…、金額にすると一万前後の売上が減る事になる為、内心穏やかではないだろう。
だが家賃ゼロという実家の敷地内へ甘え、自分で決め始めたところなのだ。
元ホームラン劇場社長の櫻井さんは何度か連れて行き、ヤスの人柄を気に入っていたようだった。
アドバイス通り酒も置きだしたようなので、あとは自分の努力次第しかない。
一年以上遅番の生活に慣れていた俺にとって、朝の通勤ラッシュは少し辛い。
これまでの人生で、夜型の身体になっているのかもしれない。
ラッキーハウスへ出勤する。
昨日は遅番もカマッテチャン南ぐらいしか来なかったようだ。
再開初日は散々な結果に終わるも、こればかりは想定の範囲。
地道にまた客の信用を取り戻していくしかない。
今日は内藤ノブと二人で店を回す。
以前よく来てくれた小久保冬芽やサトウセイジが戻り、昔からのルナやルルの中国人女性客、不動産の太客樋口と後輩コジマックスなど、常連がラッキーハウスを知り来店しだした。
ポーカーゲーム中毒な客は、他のインカジや裏スロでは満足できない何かがある。
これはレートが十円でも一円でも変わらない。
二ヶ月もの間、ずっとゲームに飢えていたのだろう。
その図式を再認識した。
正直二人回しではキツい状況であるが、これは嬉しい悲鳴。
店の存続なくして俺たちの生活は成り立たない。
ある程度客が引くと、ノブへ休憩に入るよう促した。
しかし彼は俺こそ休んでくれと気を使う。
こういったお互いの気遣いはもどかしさを感じつつも、うまく早番をやっていけそうな気がする。
夜になり着信が入った。
画面を見ると知らない携帯番頭。
ちょうど一服休憩中だったので出てみる。
「はい…、どちら様でしょうか?」
「岩上か? 久しぶりだな。谷だ」
「えーと…、谷さん……。私とどのような知り合いでしたっけ?」
「何だ、おまえ。高校時代の担任の名前を忘れたのか」
「え! 谷先生ですか? ちょっと待って下さいね。今、仕事中なんで……」
俺はホールを一人で回すノブに簡潔に状況を伝え、少しだけ通話する時間をもらう。
「岩上、おまえは今何をしているんだ?」
「……」
まさか西武台高校の先生に、裏稼業をしていますなんて言えないよな……。
いやいや、そんな事より何故谷は俺の電話番号を知っているんだ?
この電話の名義は以前新宿のヤクザ〇〇組と揉め、横浜へ行く際坊主さんが自分名義で契約してくれたものをそのまま使っている状況。
なので親しい人以外には番号を教えていなかった。
ましてや谷には、二十歳頃の苦い経験しかない。
全日本プロレス合宿数日前。
高校一年生の担任だった谷先生から電話が入る。
「岩上、元気でやっているのか?」
俺はこれから全日本プロレスの合宿へ行く事を伝えた。
当然喜んでくれると思ったが、谷先生の反応は違った。
「おまえ、その日何とかならんのか?」
「え、何とかならんのかって、どういう意味ですか?」
「その合宿へ行く日、その予定を外せないのかって事だ」
「はあ? 先生…、俺、その日に全日の合宿行くんですよ? 何があるんですか?」
「大川隆法総裁先生がな、東京ドームを借り切って大切な前夜祭をするんだ。岩上、おまえもそこへどうかなと思ってな……」
谷先生は高校教師でありながら、大川隆法の幸福の科学にどっぷりハマっていた。
「あのー…、先生…、頭、大丈夫ですか?」
「おまえは一体だな、プロレスを通じて世の中に何を訴えようとしているんだ?」
「先生…、ひょっとしてプロの世界をかなり馬鹿にしていませんか? 俺はあの世界に食らいついていくだけで、必死なんですよ!」
「だから大川隆法総裁先生が行う前夜祭にだな……」
「先生! ハッキリ言って本当に迷惑です! もう連絡してこないで下さい!」
感情的になり電話を切った。
西武台高校で生徒相手にもあんな事を説いているとしたら大問題だ。
あれはまだ俺が全日本プロレスのプロテストに受かり、これから合宿へ行くとワクワクしていた二十歳の時だった。
あの時代携帯電話など便利なものはなく、家の電話に掛けてきた谷。
俺が四十八だから二十八年前だぞ?
このタイミングでどうして俺に?
「先生…、何で俺の番号を知ったんですか?」
「ん、おまえの実家に電話したら、岩上のお父さん出てな。西武台の谷ですと言ったらすぐ通じたぞ。お父さんのほうが俺の事を覚えているじゃないか」
「……」
うちの親父が発生源か。
まあそれはいいとして、何故これだけの時間掛かって今更連絡など?
さすがに二十八年間も幸福の科学にはハマっていないだろう。
ひょっとしてクラス会を開催するとかか?
「おまえ、今週の日曜日、何をする? 時間空いてないか?」
これまでの人生を振り返ると、突然連絡をしてきて用件も言わずいきなり会う約束をしようとするタイプは三つしかない。
金を貸してくれか、宗教勧誘か、ネズミ講……。
「あの…、クラス会か何かするんですか?」
「いや、ちょっと重大な集まりがあってだな」
この言い方だと間違いなく宗教!
これだけ数十年経ち、まだ幸福の科学をやっているのか?
面倒なので丁重に断ろう。
「月末の日曜ですよね? 申し訳ないのですが、このコロナ渦でようやく仕事再開したばかりなんですよ。なので休みが取れないんです」
「二十四時間仕事をしていると言うのか? そんな事はないだろ」
本当に面倒臭い……。
適当な理由をでっち上げ絶対に断らないといけない。
警戒音が全身に鳴り響く。
「谷先生…、実はその日仕事を終わったら親しい女性の誕生日であり、お祝いをする約束をしてしまっているんですよね」
「岩上…、おまえはこの貴重な時間をどうでもいい女の為に使うと言うのか?」
これにはさすがに憤りを覚えた。
架空の女性を作り言い訳したが、これが本当だったらデートの邪魔を元高校時代の教師がしているのだ。
「先生! それはちょっと失礼じゃないですか? どうでもいい女とか知りもせずただの暴言じゃないですか。一体日曜に何をするんです?」
「いや、大川隆法総裁がな……」
「先生! まだ宗教なんてやってんですか?」
「おまえは生まれた証をこの世に残したいと思わないのか?」
「先生…、あのですね…。岩上智一郎でネットでも何でも調べて下さい。俺は小説で賞を取り本は出しています。これって先生の言う証ですよね? 俺が例え死んだとしても、これは永遠に残る証じゃないんですか? それに俺の電話番号とか調べながら、教え子がこういう活躍を過去していたとかの把握もないんですか?」
「いや、俺が言いたい証と言うのはだな……」
駄目だ、コイツ。
まったく昔から何も進化していねえや……。
宗教自体が悪いとは思わない。
谷のような嫌だと言っているのにしつこい宗教勧誘する手合いが迷惑なのだ。
ハッキリ言わなきゃ分からないか。
「先生! 俺が二十歳の時も言いましたけど、同じ事を言います。本当に宗教の勧誘とか迷惑だし、俺は今仕事中なんですよ? お願いだからもう電話かけてくるの迷惑なんで辞めてもらえますか?」
「いや、だからな…。岩上のその情熱を……」
「仕事中です! 失礼します!」
強引に電話を切る。
またすぐ掛かってきたが、無視をして仕事へ戻った。
「ノブさん、ごめんなさいね。一人でやらせちゃって」
「いえいえ」
「あとは俺がやるから奥でゆっくり休憩して下さい」
「いやいや、自分大丈夫ですって」
「じゃないと俺が気を使っちゃうから。ね、ノブさんお願いだからゆっくりしてきてよ」
「うーん…、分かりました」
俺は彼を休憩に入れると、汗だくになりながらホールを駆け巡った。
こりゃもう一人ずつ従業員、本当に必要じゃないのか?
今はまだ舟を漕ぎ始めたばかりだから勢いで何とかなる。
しかし誰かが病気や用事で欠けたりしたら、無理だぞこれ……。
なるようにしかならないが、遅番が来たら橋本にも相談してみるか。
だが皮肉な事に交代時間一時間前には客が引いてしまい、出勤してきた時は三名しか客が残っていなかった。
俺は川越に帰ると風呂を入るのも面倒で、そのまますぐ横になって眠ってしまう。
二千二十年五月二十七日、水曜日友引。
起きて風呂へ入ってすぐ支度。
早番になって自覚したのが通勤の往復が大変だったという事。
いくら世の中はコロナ渦でも、仕事へ行き金を稼ごうという人はたくさんいる。
人が密集した空間の中、一人でコロナへ感染した者がいたら、俺たちはどうなってしまうのだろうなと想像するとゾッとした。
ラッキーハウス再開三日目突入。
店へ着くと客は誰もいない。
「昨日の夜は忙しかったの?」
「いや、全然暇でしたよ」
山下の話によると数名の来店だけで終わったようだ。
橋本と引継ぎをして遅番が帰る。
だが山下だけ何故か残っていた。
「何だよ、帰らないの?」
「あ、岩上さん。ちょっといいすか?」
ノブやヨッピーコレクションには聞こえないよう小声で話し掛けてくる山ゴネス。
タバコを口に咥えながら奥の休憩所へ向かう。
「何だよ?」
「大山ちゃん覚えています?」
「大山……」
「ほら、サンのゲーム屋の時…、岩上さんが裏ビデオの統括とか、そのあとの風俗の時いた大山ちゃんですよ」
俺が裏ビデオの統括とかガールズコレクションって、二千五年ぐらいだろ?
あの時の…、あ、思い出した。
大山が戻って来る。
「じゃそろそろ店へ戻る時間なので……」
「おい、ちょっと待てよ!」
「え、何ですか?」
「新人のゆきなの事、何も聞いてねえぞ。大丈夫なのかよ、客つけても」
しばらく腕を組んで大山は考えていたが、ようやく口を開く。
「お…、おっぱいは綺麗でした」
「そんなの聞いてねえって! 客をつけても問題ないのかって聞いたんだ」
「うーん、結構地味な子じゃないですか…。フレッシュさはあるんですけど、指名とか今後もらえるかと言うと……」
「違う! 新規に客をつけても大丈夫かって事! おっぱいが綺麗とか、指名を今後取れるかなんて聞いてねえだろ」
「も…、問題ないかと思います……」
それだけ言うと、大山はそそくさと帰った。
山下の後輩だけあって、結構あいつもヤバい奴かもしれないな……。
完全に思い出した!
おっぱいは綺麗でしたの大山か。
あの馬鹿のせいであのあと客をつけたら大変な目に遭ったんだ。
「大山がどうしたよ?」
「いや、大山ちゃんなんですけど、今仕事何もしていない状況なんですよ」
「それで?」
「自分から紹介というのもあれなんで、岩上さんがこの店に紹介するという形で何とかなりませんかね?」
「大山がラッキーハウスにか…。そういえばあいつ、俺がヤクザの二階のゲーム屋の時も一回連れてきたよな?」
あれがおじいちゃん亡くなった後の年だから、二千十五年の頃か。
約十年ぶりに再会した元部下であるダメ人間山ゴネスとその後輩大山。
「大山、今無職なのか?」
「ええ、それで何かないかなと……」
「うーん、酒井さん系の店なら紹介はできるぞ」
「酒井さんのところですか…、うーん……」
「まあ好きなもの頼みな」
「ご馳走になります。店員さん、生ビールを」
「山下、おまえに奢るなんて言ってねえよ。だいたいおまえは約束すら守っていないで……」
「いや、違うんですよ! あ、ビール来ました。岩上さん、乾杯しましょう!」
杜撰で適当で調子がいいだけの男山下。
大山は酒井さん系の店なら紹介はいいと言い出す。
わざわざ俺がこの店に来た意味合いは、全員の会計を払うという事しかなくなった。
おかげで今日の稼ぎがパーだ。
「あー、はいはい。ありましたねー」
「あの時酒井さんのところ紹介してやるって言ったけど、断ったじゃねえかよ」
「あの時は大山ちゃん、大場さんの系列に入ったんですよ。でも合わなくて辞めてしまったみたいで、半年ぐらい無職で何もしてないんすよ」
大場さんの系列…、確か俺のインカジ新宿クレッシェンドのあとを買い取ったセカンドフロアーのオーナー。
大山、あの系列に入っていたのか。

確かセカンドフロアーは一年だか二年持たず、警察に摘発されたと聞いたが……。
そう考えると俺は大金を失ったものの、ある意味運がいいという事になる。
あのままインカジ新宿クレッシェンドを続けていたら、捕まっていたのは俺たちだったのだから。
一原のような杜撰な人間が上にいる時点で、パクられた時の事を想定するとゾッとした。
まああんな店の事は置いといて、大山をラッキーハウスへ入れる……。
経験者だしいいかもしれない。
早番も吉岡が透析で週三回しか出られない以上、あと一人ぐらいはほしいところ。
「じゃあさ、俺から香川さんに伝えてみるよ」
「ほんとすか! じゃあ頼みますね」
意気揚々と帰る山下。
店の準備をみんなで終わらせると、客がいないので来るのを待つだけ。
俺は昼になると〆を開始し、現金の調整をする。
一時には香川が売上を取りに来て、店内の台の設定を調整。
この時俺たち従業員は設定が分からないよう外へ出され、食事休憩となる。
ラッキーハウスはこれまでのゲーム屋とは違い、この昼の一時間だけ営業しない空間が生まれる変な店だった。
休憩を終え店に戻る際、俺は香川へ大山の件を伝えてみる。
すると人員不足なのは分かっていたようで、前向きに対処してくれると言う。
他にも内藤ノブの知り合いも入れるかもしれないと言っていた。
どちらにせよ従業員の人数が増えるのは喜ばしい事である。
パソコンで店内の印刷物をデザインしていると、吉岡が近付いてきた。
「赤崎さん、フォトショップとか使えるんですね!」
「まあ独学に過ぎないですけどね」
「木下さんも器用に作っていましたけど」
「吉岡さん、木下のはネットのその辺に落ちている画像を引っ張って作っただけじゃないですか。あいつのは技術とは言わないです。ただパクって文字などを調整しただけなんですよ」
「興味あるなら基本的な事を教えますよ。この先、フォトショップやイラストレーターぐらいの基本的な事は知っておいて損ないですから」
「あー…、せっかくなんで暇な時教えてもらってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
俺のパソコンの知識はすべて坊主さんから教わり、あとは独学で色々なものを吸収し現在に至る。
ずっと一人で何かをやってきた俺にとって、人に物事を教えるというのは初めての事だったかもしれない。
少しずつでも前向きに。
従業員のちょっとした意識革命を促す行為。
たまたまその相手が皮肉にもヨッピーコレクションだったというだけ。
過去のいざこざなどここで気にしてもしょうがない。
今はこの店をよりいい方向へ持って行く。
それこそが俺がラッキーハウスにいる使命だと思った。
早番の二人は木下と俺の比較を色々話してくる。
スキル面から接客の仕方、下の人間に対する面倒見どれをとっても上だと褒めてくるが、正直あんな傲慢で思いあがっただけのオカマと比較されてもなと苦笑した。
そういえばワールドワン以降、ずっとワンマンプレイヤーとして生きてきたような気がする。
もちろん坊主さん夫婦や岡部さんなど親しい人たちはいたが、基本は孤独に何でもやってきた。
ピアノもそう。
小説もそう。
そして原点ともいえるプロレスや格闘技…、あれなど完全な個人競技である。
亡くなってしまった音楽家キースエマーソン。
俺は角川アニメ第一弾と銘打たれた『幻魔大戦』の挿入歌『地球を護る者』を初めて聴いた時、全身に電気のようなものが走り何て格好いい曲なんだろうと思った。
小学六年生の頃。
やがて二十歳になった俺は全日本プロレスを目指すようになり、いつかこの曲でリングへ向かう時入場したいと思うようになっていた。
プロレスの挫折、その後の総合格闘技復帰ではテーマ曲を流す場面などなかったが、新宿クレッシェンドが全国書店にて発売された四日後の格闘技復帰戦。
あの時俺はキースエマーソン『地球を護る者』を流しながら入場できたのだ。
地球を護る…、こんな俺には不似合いな曲名。
だが、ラッキーハウスを酒井さんが出てくるまで護る事ぐらいはできよう。
俺は二人をジッと見ながら立ち上がり、力強く口を開く。
「俺は、酒井さんに恩義がある。だから酒井さんが出てくるまで、この店は俺が必ず護って見せる! そのぐらいの覚悟でいますよ」
それには今いるメンバーを束ね、できる事を少しずつ前向きにいけばいい。
ずっと色々な失敗をしてきた。
選択肢の間違えなど、ほとんどが違う方向を選んでいた。
それでもこうして俺は少しずつまた這い上がっているのだ。
コロナ渦で暗く沈んだ日本。
ならばせめて身近にいる人間ぐらいは笑顔でいられるよう努めたい。
鶴田師匠、三沢さん…、俺にはまだこのぐらいの事しかできません。
だけどまだ背中を追い続けてもいいですよね?
二千二十年五月二十九日、金曜日仏滅。
まだまだ客入りが不安定なラッキーハウス。
今日はオープン一番にカマッテチャン南が来て色々話し掛けてくる中、タバコを吸いに断って奥へ行く。
セブンスターに火をつけながらフェイスブックを見ていると、六年前の今日は横浜のインターコンチへ初めて招待され行った日だと過去の思い出で出てきた。
もうこの時映像を撮ったメインバーも今では無いんだよな。
あの時はレシエンの優美にドタキャンされ、結局一人でホテルへ飲みに行って……。
待てよ?
インターコンチで女が絡むと、やたらドタキャン多くないか?
そもそも異性が絡まないとあの場所へ行こうなんてならないが、これまで振り返ると一人や二人だけじゃない。
つまり俺がそれだけインターコンチを餌に格好をつけた代償という事。
いい加減この悪習も、反省しなくてはならない部分。
結果あそこへ連れて行った女性と、今どうか?
何一つ何も残っていないのだから。
続いてサトウセイジや木村学、羽柴学など常連が徐々に来店。
タバコを揉み消しキャッシャーへ向かう。
顧客来店表へ客の名前と何時に来店したかのチェックを入れる。
この日の早番は全部で十二名の入客数。

この用紙へ顧客の収支やちょっとしたメモをしておく。
まだ安定はしないが、客もラッキーハウスが再開したのを少しずつ分かり始めた段階。
従業員に一服休憩を回しつつ、ホール内を駆け回る。
仕事を終え西武新宿駅へ帰る途中、一番街通りの角にあった牛丼の松屋が閉店しているのが視界に入った。

あの松屋閉店が閉店?
コロナショックでだろうか?
道理で先日食事休憩に行った時、外国人店員が盛った牛丼が並なのに特盛りレベルになっていた訳だ。
あれは外国人が間違えたのではなく、もう店が閉まるからサービスで出したという兆候だったのか。
牛丼屋で賞と言われそうだが、この店だけはちょっとした思い入れがあった。
まだ俺が歌舞伎町へ来て駆け出しの頃。
確かワンオン系列のチャンプへ働きに行った初日じゃなかったか。
当時歌舞伎町のゲーム屋業界は三大系列と呼ばれる大きな組織があり、世永のいるワンオン系と呼ばれた組織は、リング、チャンプ、サニー、エースと四店舗もあった。
十円レートのサニーを除けば、あとはすべて一円レートの店。
西武新宿駅前通りのロッテリアのすぐ向かいにある地下一階のチャンプへ配属される。
この二十年以上前の頃は、一階が牛丼とカレーのメニューのみ、二階が定食系という変わった形式の営業をしていた。
当時早く新宿に着き過ぎたので、時間調整の為松屋へ向かう。
もう今では無くなったメニューのチキン定食を食べに二階へ行った俺。
その時ご飯が炊きたてで驚くほど美味しく感動し、お代わりをしたほどだったのだ。
ワールドワン時代、四百円だった牛丼が二百円後半まで値下げしてよく買いに来たのもここだった。
気付けば一階だけの営業と縮小していたが、この立地で潰れてしまうとはな……。
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