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闇 496(うだつの上がらない責任者編)

闇 496(うだつの上がらない責任者編)

2026/03/05 thu
前回の章


二千二十年七月九日、木曜日大安。

あれだけ騒ぎ、警察へ通報すると抜かした大久保冬芽。
また今日もしれっとラッキーハウスへ来て、ポーカーを打っている。
面の皮が厚いというか…、よくこんな奴を飼っているものだ。

「内藤さんなんか、大久保さんの扱い上手いですよ。今度彼の接客を見習って下さい」

そう俺に言った番頭の香川。
内藤ノブの扱いが上手い?
それは接客というよりも、ただ都合よく店の金を渡すタイミングが早いだけだろ……。

案の定十万円以上のINを入れ、またも台を蹴り出す大久保。
もはや怒りを演出したただの喜劇にしか見えない。

「自分、大久保さんところ行ってきますよ」

ノブが率先して彼の元へ向かい、機嫌を取る。
そしてお決まりのラッキーハウスの金を十万円渡し、帰ってもらうだけ。

香川はこの一連の様式美に対し、扱いが上手いと俺に言った。
あいつ、頭の中本当に大丈夫なのか?

この現場を唯一見ている吉岡に愚痴をこぼしたいが、彼はノブ信者でもある。
オカマの木下時代虐げられ、フォローしてもらった恩義をノブから感じているので仕方ないか……。

弱っている時にハマった宗教のようなもの。
俺がいくら正論を言おうと聞く耳を持たないだろう。

名ばかり責任者としての立ち位置に、歯痒さを覚えながら今日も仕事が終わった。

肉でも食って帰るか。
花道通りにある牛タンの『ねぎし』へ入る。

2020/07/09 新宿 ねぎし

牛タンと豚味噌焼きのミックスを注文。

2020/07/09 新宿 ねぎし

麦飯ご飯に旨いとろろ。
お代わり自由なので三杯食べて腹を満たし、川越へ帰った。

明日二日出れば、ようやく休み。
自身への不甲斐なさとジレンマ。
その一週間を唯一解放できる日が来るのだ。

電車の乗客を眺めていると、徐々にマスクをした人が多い。
世の中コロナコロナと騒いでいるが、まだ身近な知人で鳴った奴はいないんだけどなあ……。


二千二十年七月十一日、土曜日先勝。

早番の従業員とのちょっとした微妙な溝。
表向きは何の支障もなく業務は進んでいるが、俺自身がすでに壁を作っている現状。

これじゃまだ遅番で山下哲也と、馬鹿をしながら仕事をしていた時のほうがマシだ。

ちょっとしたオアシスを見つけたような気分になれるのが、池袋のキャバ嬢ちかからの営業ではない日々のLINEぐらい。
いつの間に、こんなしょぼくれた人生を歩んでいるのだろうか?

酒井さんの側近金太郎が、また大久保と共に来店。
身内側の人間なはずなのに、何故こんな奴と仲良くしているのか不思議でならない。

珍しく五万円勝つと、上機嫌で帰っていく大久保。
店内の客が金太郎だけとなったので、負けた時は十万渡す事について話してみる事にした。

「金太郎さん! 大久保さんのあの対応って無くないですか? あれじゃギャンブルじゃありませんよ」

「うーん…、何て言うのかな……。前にお偉いさんの黒川の麻雀賭博問題あったじゃない?」
「ええ、まだ社会的にお咎め無しかと騒いでいますよね」

「ああいうのと一緒でさ。大久保さんは実際に金も持っているし、負ける時は負ける。だから多少の金を戻すぐらいは、別にいいんじゃないのかな」

何を言ってんだ、コイツ?
自分の耳を疑った。

「あの…、他の客がいる前で警察とデカい声でゴネるぐらいなんですよ? そんな客に負ける度、十万ずつ店の金を戻して打ってもらう事に対し、何の意味合いがあるんですか?」

「香川君的には、大久保さんが月のトータルで二十から三十万円を落としてくれているから、そのバランスなんでしょ。そういう単位で見れば、負けている事は負けているんだしさ」
「でも、他の客前であのような態度って、明らかに店へ影響はありますよね?」

面倒だから出入禁止にするという考えが、上には無い事に驚く。
その程度の金で、他の客をうしなってもいいと思っているのか?

「まあ香川君なりの考えあってでしょ」
「でも、それじゃ大久保さん以上負けて大人しく帰る客は、どうなるんですか? ゴネたほうが金をもらえるなんて、おかしな話ですよね?」

「ん-、それは客によってそれぞれじゃない。それで納得してまたこの店に来てくれているんだから。全部が全部平等になんて無理だしさ」

「……」

「まあ酒井君が捕まって、金の管理は池袋の高星君が出てくるまでしている状態だし、それでバランス取れているんだから、別に気にしないでいいんじゃないの? 従業員の給料が減らされたって訳じゃないんだし」

要は金をもらっているんだから、それで割り切れという事か。
これ以上論議を交わしたところで意味が無い事に気付く。

こんな腐った店で、俺は三年半以上も働き続けているのかよ……。

セブンスターへ火をつけながら、ちかへのLINEを返す。
そういえば池袋といえば、酒井さんの焼肉屋『金の肉人』のオープンで招待されてから、そのあとちかと出会ったんだよな……。

あれは酒井さんが捕まるちょっと前だから、二月初旬。
もう半年ぐらいちかは、知り合ってから毎日このように連絡をしてきているのか。

一度も店に顔を出せと営業すらしてこない。
不思議な女だ。

四十八歳で何の力も金も無い俺。
さすがに俺へ気があるとは思えない。
だが、それでも連絡をしてくる意図が分からなかった。

それよりもラッキーハウスの腐った構造だ。
池袋の高星が、まだインカジを見つつあの焼肉屋も管理しているなら、明日は休みだし仕事帰り寄ってみるか。

最後に俺が高星と会ったのは、初期横浜時代。
まだ二千十一年だったっけ。

出勤まで二時間。
外へ出てご飯でも食べに行くか。
スーツを着て部屋から出ようとした時、携帯電話が鳴る。
池袋『バラティエ』の番頭の高星からだった。
今さら何の用だ?
俺よりも屑の坂田を庇い、そして選択した男が……。
それでも罪悪感からなのか、最後に少額の金を渡してきた高星。
電話にくらいは出てやるか。
「はい、岩上です」
「あ、岩上さん!」
「どうしましたか?」
「あ、あのですね……」
何かを言いたそうで、言い辛そうな高星。
「何かあったんですか?」
「岩上さん…。また池袋へ戻ってきてもらえませんか?」
「え……」
いきなり何を抜かしているんだ、この人は……。
「今から自分が横浜まで行きます! 少しお時間を作ってもらえませんか?」
「七時から俺は横浜の店で仕事があるんですよ。高星さん、今からこっち来るって言っても一時間くらい掛かるし、三十分も話せないですよ?」
淡々と事実だけを伝える。
向こうで何があったのかは気になるが、俺の中ではもう終わった話なのだ。
「分かりました…。では今から横浜へ向かいます。三十分でもいいので時間を作ってもらえませんか?」
「ま、まあ…、構いませんが……」
あまりの高星の必死さに、会うのを了承してしまう。
それにしても三十分俺と話をする為だけに横浜へ来るという高星。
何故そうなったのかは、さすがに興味があった。

「岩上さん!」
声が聞こえたので振り向くと、高星が立っている。
とりあえず中へ招き、コーヒーを注文してテラス席へ腰掛けた。
「どうしたんですか、高星さん。こんな横浜まで突然来るなんて……」
高星はしばらく黙っていたが、テーブルに拳を叩きつけ身体を震わせた。
「坂田の野郎…、殺してやりたいです……」
普段物静かに温厚なイメージの高星。
そんな彼がここまで怒りを露わにするなんて、坂田の馬鹿は何をやらかしたのだろう?
俺と三十分間話をする為だけに、わざわざ池袋から横浜まで来た高星。
怒りに身を震わせながら高星は話を始める。
俺が池袋の『バラティエ』を去って二日後。
名義社長だった坂田の店打ちが発覚したらしい。
やはりしでかしたかと俺は驚かなかった。
坂田は俺がいた頃から店打ちを繰り返し、使い込んだ金額は五百万円。
あの時俺より自分が紹介した坂田をフォローし、選んだ高星の顔を見事裏切った坂田。
高星からすれば、殺したくなるのも当然だろう。
悪は勝手に自滅する。
俺からすれば、腹を抱えて笑い転げたい心境だった。
「それでですね…。大変都合いいと思われると思いますが…、是非とも岩上さんには戻って来て欲しいと思いまして……。高田一人では、お店も本当に心細いんです……」
深々と頭を下げる高星。
ここで俺が戻れば、馬鹿な坂田を排除した理想の職場環境になる。
しかし、俺はこの地へ来て川越を捨てると決めてきたところだ。
また池袋へ戻れば、川越での生活に戻ってしまう。
それに横浜で余所者の俺を快く向かい入れてくれた人たちに、また池袋へ戻るから辞めるとでも言うのか?
そんな失礼な真似はできない。
せめて俺が横浜へ行く前だったら、何とかなったのに……。
その時ちょっとした閃きがあった。
「高星さん…、さすがに俺はもう少しで出勤だし、横浜での生活も始まってしまったので池袋には戻れません」
「……」
「ただ…、自分の知り合いで即戦力で店の力になれる人間なら紹介できます」
「え?」
俺は伊達の事を簡単に説明し、ちょうど今仕事が無い状況だから高星さえ良ければ話を振ってみると伝えた。
「岩上さん! お願いできますか?」
「ええ、自分はこれから仕事だから、もう行かなければなりませんが、今日中に伊達から高星さんへ連絡を入れさせます。なので安心して下さい」
「岩上さん…、本当に何から何まで申し訳ございませんでした!」
「いいですよ、高星さん。俺も最後の時色々気遣ってくれたじゃないですか」
高星と別れ、横浜の店へ向かう。
途中伊達に連絡を入れ、状況を話した。
これで伊達も仕事が決まり、高星は人材不足を解消できる。
今回はこんな落としどころでいいだろう。
胸の奥にあったモヤモヤの一つが、これで消えたような感じがした。

「フーッ……」

大きく煙を吐き出す。
俺は自然と宙に消えるまで目で追う。

皮肉な事に、あの時紹介した伊達を俺がインカジ新宿クレッシェンドの名義として頼んだ結果は、今のこの状態だもんなあ……。

まあどちらにしても、高星は俺に対し頭が上がらないもの事実。
ラッキーハウスの売上まで管理しているというなら、俺の考えも聞く耳を持つだろう。

不自然に近付くよりも、たまたま池袋へ用事があったついでに金の肉人へ寄ったという形がいい。
俺は仕事を終えると、山手線に乗り池袋駅へ向かった。

焼肉屋へ入り、肉や酒を注文する。

2020/07/11 池袋 金の肉人

一人焼肉をするぐらいなら、ちかでも声を掛ければよかったかな?

2020/07/11 池袋 金の肉人

まあそうなると、また同伴だ何だで、金の無駄遣いになるだけ。
今日は高星に用件があって、金の肉人へ来たのだ。

肉を焼きながら店内を見回すが、管理しているはずの彼の姿は一向に見えない。
追加の注文をしつつ、店員に声を掛けた。

「あの、すみません。ここって高星さんが管理しているんですよね?」
「はい、そうです」

「私…、あ、岩上と申しますが、高星さんっていつ頃来るんですか?」
「うーん…、高星さんは来たり来なかったりで、不定期なんですよね」

「じゃあ、一応岩上が来たとだけお伝え願えますか。新宿の岩上と言えば、高星さんもすぐ分かると思いますんで。あ、一応電話番号も変わってしまったので、書いておきます」

会えなかったのは仕方ないが、別に約束をしていた訳ではないのでしょうがない。
高星の連絡を後日待つ形にすればいいか。

俺は金を払うと、店を出て大人しく家へ帰った。
ちょっとだけちかの顔も見たかったが、確実に終電を逃がす羽目になる。

まあ機会があれば、必然的に会うだろう。


二千二十年七月十二日、日曜日友引。

朝になり目を覚ますと二つのメールが届いていた。
一つはちかのLINE。

『声掛けてくれたら私も顔出したのにー。岩上さんと、うち一緒にご飯食べたかったわあ。 ちか』

最近女っ気無くなってしまったからなあ。
今じゃ彼女ぐらいしか関わりがない。

もう一つは高星のショートメール。

『お越し頂いたのに会えずにすみませんでした。今度高田も会いたがっているので、池袋へ顔を出しに来て下さい。 高星』

一見穏やかな文面であるが、池袋時代の彼のつかみどころの無さは分かっているつもりだった。
ワンクッションで共通の知り合いである高田の名前を出す意味合いは何か?
俺がわざわざ新宿から池袋まで行き、懐かしの再会をする程度ならいい。
組織に関する面倒な事は、耳に入れたくないといった感じだろう。
あいつの性格なら「いついつ会いましょう」ぐらい言うはず。

俺があえて動くという事は、何かしらあるからの行動。
それを察した高星は、予め予防線を張ったようにしか感じなかった。

何かわざわざ店の状況を言いに行ける状態じゃないなあ……。

俺が坂田と揉めて池袋を去り、その坂田が自滅したあと漁夫の利を得る形になった高田。
一度警察へ捕まったものの、今では池袋の番頭。
やはり能力の有無ではなく、いかに組織へ長くいたかが大切かを物語っている。
そんな俺も我慢しながらラッキーハウスへいるが、いまいち芽が出ないのはタイミングと、あとはその店での人選の運もあるのだろう。

まあ高星へラッキーハウスの現状を伝えたところで、俺の肩を持つとは限らない。
あり得ないジャッジをするのが高星イズムだからである。

仮に俺が内緒で高星へ話に行ったという事実が伝わったら、下手したらこのコロナ渦で職すら失う可能性も出てくるのだ。
もっと慎重に考えねばならない。

「……」

何だか面倒臭くなってしまったな……。

さて、せっかくの休みだ。
プライベートまであんな店の事を考えていても仕方がない。
酒でも飲みに行こう。
久しく連絡をしていなかった先輩の岡部さんへ電話を掛けてみる。

「今さ、クレアモールにできた寿司屋にいるんだよ。とろたくって店」
「とろたくですか? 変な名前ですね。暇しているんでこれから行きますよ」

家を出てひたすら商店街を川越駅に向かって進む。
駅のほうが近いぐらいと言っていたから逆方向。
丸広…、元長崎屋を過ぎてもまだ見えてこない。

昔『かいれど』だった現在富士そばの手前に、ようやく『とろたく』が見えてきた。

「おう、先やってるから好きなの頼みなよ」
「何ですか、ここ? 茄子シリーズあるのが素晴らしいですねー! 茄子の天ぷらがある店は貴重ですよ」

メガジョッキほんとデカい。

俺は茄子の揚げたしに、茄子の天ぷら三つ頼んだ。
天丼にも茄子の天ぷら入っていたので、計四つ食べた事になる。

2020/07/12 川越 町鮨とろたく

他にも寿司だけじゃなく、肉寿司や鰻まで完備。

2020/07/12 川越 町鮨とろたく

分煙室になるがタバコも吸えるし、従業員も可愛い女の子が多い。
岡部さんも本当にいい店を見つけたものだ。

絶対に一人でも、またここには来てしまうのだろうな……。

お陰で楽しい休日を送る事ができた。


二千二十年七月十三日、月曜日先負。

今月も十三日がやって来た。

五月十三日は、ジャンボ鶴田師匠の命日。
六月十三日は、三沢光晴さんの命日。
十月十三日は、おじいちゃんの命日。
一月三十一日は、十三日ではないけどジャイアント馬場社長の命日。

因果な事に、九月十三日は俺の誕生日。
この月以外の十三日が来ると、いつも心がザワつく。
これだけこの数字が重なると、薄気味悪い奇妙なものさえ感じてしまう。
何事もなく無事今日も終えたいものだ。

少し神経質になりつつも、ラッキーハウスで仕事をこなす。
杞憂に過ぎなかったのか、変な訃報を聞く事もなく一日を終えた。


二千二十年七月十五日、水曜日大安。

食事休憩で歌舞伎町二丁目を歩いていると、セブンスターが切れたので近くのコンビニへ向かう。
俺は普段なら当たり前に開いている店が、閉まっていた事実に驚愕した。

一時休業のお知らせ。
七月十二日から二十日までだと?

新型コロナウイルス完成拡大防止の為といった名目であるが、この辺り一帯は果然なホスト街。
正規の仕事で飯が食えないホストが、コロナへわざと掛かって新宿区から助成金を狙っているというSNS投稿は何度も目にした事がある。
セブンイレブンは、おそらくその弊害を受けてしまったのだろう。

2020/07/15 歌舞伎町 セブンイレブン

ここのセブンイレブンまだオープンして数ヶ月なのにね……。

朝方までホスト連中が、飲み屋風の女たちとベロベロに酔いながら歌舞伎町を闊歩している姿は毎日のように目にしている。
ちなみにどこの馬鹿が決めたのか知らないが、新宿でコロナに掛かったら十万円をもらえ、医療施設も用意してその間の休業補償なんてやるなど、無駄な政策をするからこうなってしまうのだ。
新宿の一部の馬鹿なホストは、ワザとコロナに掛かって「やったぁー」となっているのが現実。

ぶっちゃけ歌舞伎町は、ホストを条例で自粛させないといけないレベルだと思う。
極論だが、大量にコロナ感染を発生してるところから手を打たないと、まだまだ被害は広がる一方だと感じるのは俺だけだろうか?


二千二十年七月十八日、土曜日友引。

高星へ会いに池袋の焼肉屋『金の肉人』へ行ってちょうど一週間。
翌日ショートメールがあった以来、連絡がなかった。

つまり俺が動く事で、何かしらのトラブルや災いを想定したのだろう。
追伸がないという事は、向こうからは関わりたくないという事。

店の為を思っての行動なんだけどなあ……。

第三者から見れば、ただの厄介者という判断。
何だか本当に味噌っかすみたいだ。

もう難しく考えるのはやめよう。
何もいい方向へ転ばない。

ここはそういう組織であり、こういう店なのだと割り切る。
必要以上に責任感を出したところで、理解者がいないのだ。

ラッキーハウスへ来た客の対応に撤する事だけを考えた。
決していい職場ではないが、横浜のあの時の事に比べれば全然マシ。

俺は今、中途半端に理想を追い求め過ぎているのだ。
毎日仕事がある。
働けば給料がちゃんと出る。
別にそれだけ揃っているのだから、もういいじゃないか。

仕事を終え川越に戻ると、また焼肉の『牛繁』へ寄った。

2020/07/18 川越 牛繁

一人で食べるというのは少々寂しいが、充分幸せだ。
囁かなつかの間の時間をこうしているだけで……。

2020/07/18 川越 牛繁

七輪で焼ける肉を眺めながら酒を飲む。
思い出したくもない横浜の地獄の日々。
あれらに比べたら、大した事などない。

今日は先日いた気持ちのいい接客のアルバイトは休みなようだ。
俺は肉を平らげると、店をあとにした。


二千二十年七月二十日、月曜日仏滅。

また一週間が始まる。
表向きは満面の笑顔で接客。
だが心の中は空虚。

ラッキーハウスの業務時間の中、唯一感情が出るのはちかとのLINEのやり取りだけ。
求心力など、あの店では求められていないのだ。
そう気張る必要性もない。

時間が来て業務を終える。

川越へ着くと、土砂降りの雨が降り出した。
ついていないなあ……。

雨宿りでバーのリバティーへ入る。

こんな天候なのに、店内はそこそこ客。
スタッフが休みで、店主の小沢一人なので大変そうだ。

腹が減っていたが、フートを頼むのが憚れる。
グレンリベットを飲むと、店を後にした。

二十四時間営業のスーパー『マルエツ』へ寄ってもほとんど弁当が無い状態。
そんな時はあそこしかない。

立門前通りの呑龍へ入る。

2020/07/20 川越 呑龍

お決まりのしょうが焼き定食両方大盛りに、餃子。
舌鼓を打ちながら胃袋へ納めた。

さて、あと五日間、休みまで頑張ろう。


二千二十年七月二十五日、土曜日仏滅

今日は暇な時間を利用して、一万円だけ競馬へ賭けてみた。
どのレースにするか。
予想に集中していると、ノブが声を掛けてくる。

「赤崎さん、最近駅の通りにある牛カツ屋さんは、行ってんですか?」
「ん? ああ…、あおなの事? そういえば行ってないかも、何で?」

「前に行った時、結構美味しい店だったなあと思っていたので」
「そんな気に入ったんなら、また今度機会ある時誘うね」

しれっとどうでもいい会話をしてくる内藤ノブ。
最近俺から話し掛けなくなったから、向こうから気を使ったというものあるだろう。
だが、この男には慎重に言葉を選ばないといけない。

上と、どう繋がっているのか?
元々店長の橋本の紹介。
そして大久保の一件での番頭香川との妙な関係。

これまでの経験からノブは信用できないと、本能的に感じ取っていた。

まだこのような世間話ならいい。
でも、俺の店に対する考えなどを漏らすと、逆手に取られる可能性もある。
本当に働きづらい職場だ。
吉岡が出勤している時ならまだいいが、ノブと二人だけの日は余計な神経を使うので、憂鬱な気分になった。
遅番の山下とノブをチェンジして、人員の入れ替えをしてほしいと心から願う。

客がわさわさ来店しだし、慌ただしくなる業務。
こうしてつまらない事を考えるよりは、仕事に追われるから助かる。
しかしそんな時に限って、今日は客の引きが早い。

ノブと交代で一服休憩を回す。
競馬の結果を確認すると、見事外れ一万円負け。
そんな中、急に香川がラッキーハウスへ来た。

「どうしたんですか?」
「ちょっと台の設定で、直したいところがありましてね。今日はお客さんいまいちですね」

「さっき引いたところですよ」
「じゃあ、私が残るので赤崎さんか内藤さん、どちらか先に上がってもいいですよ」

普段なら九時までが夕方の七時で上がれる?
だが一応責任者という名目があるので、ノブへ声を掛けてみた。

「ノブさん、二時間早く上がれるけど、先どうぞ」
「いえいえ、赤崎さんこそ今日ぐらい、早く上がればいいじゃないですか」

お互いが気を使いあう中、香川が間に入る。

「じゃあ赤崎さん、今日は上がってもいいですよ」

「……」

俺抜きで、ノブと何かしら話をしたいのだろう。
ふん、まあいいさ。
好きに密談でもしてやがれ。

「ではお言葉に甘えて先帰りますね」

もう深く考えるな。
早く上がれてラッキーぐらいに思おう。

ひょんな事からの早上がり。
駅へ向かう途中ふらっとパチンコ屋へ寄るも、台にすぐ五千円吸い込まれ、これから休みなのに馬鹿な事をしているなと川越へ向かう。

酒でも飲んで帰るとするか。

前回岡部さんと行ったクレアモールのとろたく
あそこで茄子の天ぷらをつまみながら、酒なんていうのもいい。

まずは茄子の天ぷらに…、かき揚げも美味そうだ。
それと今回はマグロの握りに焼き穴子一本握りを注文。

2020/07/25 川越 町鮨とろたく

この店は四種類の塩があり、自分の好みで味を調整できる。
それ以外にも別途に天つゆも頼み、味の変化を楽しんだ。

2020/07/25 川越 町鮨とろたく

焼き穴子は浅草の緑寿司には敵わないものの、地元でこれだけのものを食べられる事に感謝した。
そういえば最近焼肉が多かったから、マグるのも久しぶりだ。

寿司をつまんでいる途中に出てくる大きなかき揚げ。

2020/07/25 川越 町鮨とろたく

まるでタワーのように天ぷらを揚げている。
もっと家から近くにこの店あればいいのになあ……。

胃袋を満足させて、意気揚々と帰宅した。


二千二十年七月二十六日、日曜日大安。

目を覚ますと昼過ぎ。
結構睡眠が取れたようだ。

特にこれといった予定もないので、家の車を使いドライブへ出掛ける。
家の前の川越日高県道を大宮方面へ向かい、二五四線を左折。
さて、どこへ向かうか……。

目的もなく車を走らせていると、右手に万代書店が見えてきた。
随分とここも行っていないよな。
俺がパソコンをやり始めた当初の二千三年は電化製品屋のラオックスだった。
あの頃は弟だった貴彦と一緒に来て、デジカメやプリンターなどのパソコン周辺機器を購入したものだ。
つまり俺がワールドワンで働いていた時代。

ラオックスはすぐ潰れ、そのあとできたのが、この万代書店だった。
中野にあるブロードウェイの小型版のような集合体。
たまには寄ってみようかな。
俺は大型駐車場へ車を停める。

岩上整体の時以来?
いや、そのあとで確かゴリと一緒に来ている。

あの頃は本当によくあの馬鹿と、休みの度につるんで行動していたっけ。

「……」

何でおじいちゃんの線香一本すら、あいつは未だあげに来れないんだろうな……。

万代書店の派手な入口を眺めながら、昔を思い出す。
おもちゃ、ゲーム、古本、トレーディングカード、フィギュアにアクセサリー。
古本に釣り道具、古着にDVDや音楽CD。
これらが全部一つの建物に集合しているのだから、本当に滅茶苦茶で面白い店だ。

2020/07/26 川越 万代書店

入口横には大量のガチャガチャが置いてある。
五十台ほど設置してあるが、値段はそこそこ高い。

2020/07/26 川越 万代書店

俺が小学校低学年の頃は、近所の駄菓子の高松屋で一回二十円のガチャガチャだったんだけどなあ。
いつからこんな一回で二百円も三百円も取るようになってしまったのだろう。

自分が金を使う訳でもないのに、不満を抱きつつ万代書店へ入る。

2020/07/26 川越 万代書店

入ってすぐ陳列されるブランドものや古着類、モデルガンなどのミリタリー用品は、興味無いので素通り。

2020/07/26 川越 万代書店

お目当ては古本屋とゲームショップ。
先に漫画を眺めると、さだやす圭の『おかしな2人』全十一巻が、三千円で置いてある。
一冊三百円以下かあ……。

2020/07/26 川越 万代書店

学生の頃買い、何度も読み直した作品。
同作者の『なんと孫六』が中学三年生の頃だから、高校生の時か。

さだやす圭も、なんと孫六の連載を月刊マガジンで二千十四年まで、ずっと続けていたからなあ……。

まだ歌舞伎町でインカジ新宿クレッシェンドをやる前…、初期横浜時代に終わって何だか淋しかった思い出が蘇る。
最後あれだけの長編なのに、これで終わりでいいのかと当時は思ったものだ。
おそらく作者と出版社側で、揉めたのだろう。
でも、そのあと孫六の読み切りを載せたという事は、講談社と何等かの形で和解したと俺は読んでいる。

どうする?
また買っちゃうか?
いや、多分おじいちゃんの部屋を家探しすれば、絶対にあるはずなのだよな。
でも生前おじいちゃんが漫画を捨てていたら無駄骨だし……。

この漫画を見ると、二度目の横浜の最後を思い出してしまう。

横浜時代の盟友石川雅之。
彼の存在があったからこそ、俺はあの地獄のような二俣川でも笑って帰ってくる事ができたのだ。
また彼を食事でも誘い、遊びに行こうかな。

そんな訳で、とりあえず今回は我慢。
次来た時にまだあれば、買う事にしよう。

続いてもう一つの全巻セットに目が行く。

2020/07/26 川越 万代書店

小学校低学年の頃、大好きだった楳図かずおの『まことちゃん』。
全二十四巻で、七千円かあ……。

この人の描いた『神の右手悪魔の左手』の陰気なキャラクター。
それを連想すると、どうしても新宿〇〇組直営の二階のゲーム屋時代が蘇ってしまう。

指無しドジヤクザの高木の女。
暗く陰りのある雰囲気が、楳図かずおの描く女性に凄い似ているのだ。

高木の彼女が一人で店に来た。
顔立ちは端正で奇麗と言えば奇麗なのだが、どこか陰のある感じ。
いつもこの子の顔を見る度、楳図かずおの漫画に出てきそうな陰気な女性を思い出す。

楳図かずお『神の右手悪魔の左手』

暗い感じの性格だが、何故かよく俺には話し掛けてくる。
「あれ、今日高木さんは? 一緒じゃないの?」
「ちょっと言い合いになって出てきちゃったんですよ。行くところなくて、ここに……」
ゲームをしに来た客とかでなく、ただこの店で時間を潰すだけかよ。
まあ高木の女なので、そう邪険にもできない。
客は他にいなかったので、烏龍茶を出して話し相手になってあげた。
「店長の家ってここから近いんですか?」
「まあ五分ぐらいですよ」
「えー、今度遊びに行っていいですか?」
「いやいや、高木さんいるんだから駄目でしょ」
「私、たまにこうして家出しちゃうんですよ」
指無しのドジを重ねていても、高木は間違いなくヤクザである。
その連れの女を自分の部屋になんて入れたら面倒なだけだ。
何故か俺に好意を寄せているようだが、トラブルの匂いしかしない。
さり気なく失礼のないような会話を心掛けるしかなかった。
「店長」
「はいはい」
「私もここで働きたいです」
「……、いやいや駄目でしょ。それにうちは見ての通り暇な店だから、人を雇う余裕も無いんだよ。ごめんね」
「えー、週に一日とかでも駄目ですか」
こんな火種しかないデンジャラス女など誰が雇うかよ……。

「……」

四十八歳で、ここまで女運落ちると思わなかった。

あの時明らかに俺へ好意を抱いていた高木の女。
連絡先ぐらい聞いておけば良かったかな……。

いやいや、あれだけヤクザ者から地獄を見て、俺はまだ懲りていないのかよ?
だいたいこの絵柄を見るから、変な事を考えてしまうのだ。

それに先ほどさだやす圭の漫画を我慢したのに、こっちを買ったら意味無いだろ。
駄目だ。
ここへいると、欲しいものが多過ぎる。
そして変な方向へ妄想が出てしまう。

俺は別の場所へ移動した。
驚いたのが、本や漫画だけでなく酒まで売っていた事。

2020/07/26 川越 万代書店

本当にここは何でも揃っているな。
無いのは食べ物ぐらい。

2020/07/26 川越 万代書店

DVDやCDだけでなく、レコードまで置いてあるのには恐れ入った。
ゲームコーナーへ行きプレステーション4のソフトを眺めるも、いまいち面白そうなものがない。

2020/07/26 川越 万代書店

ソニーのプレステーションに対し、任天堂のSWITCH。
ファミコン時代には本当世話になったが、どうもディズニーやジブリ作品のようなブランド感が好きになれない。

何故セガはドリームキャストで家庭用コンシューマーを辞めたのだ?
売れなかったからだよな……。

入口近くのブランドもののケースが置かれている手前に、UFOキャッチャーまで数台置いてある。

2020/07/26 川越 万代書店

本当に万代書店には呆れるというか、素晴らしいというか……。

2020/07/26 川越 万代書店

昔懐かしのコスモスの自動販売機まで見つけた。

本当に子供の頃あった胡散臭い玩具販売の自動販売機メーカー。
川越だと確か連繋寺のピープルランドに置いてあったよな?
でも俺が中学生の頃にはまるで見掛けなくなった。

2020/07/26 川越 万代書店 足利コスモス自動販売機

一回二百円か。
こういうのを見ると、ついついやりたくなってしまう。

2020/07/26 川越 万代書店 足利コスモス自動販売機

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