闇 12(44名を巻き込んだ爆破事件編)
闇 12(44名を巻き込んだ爆破事件編)
2024/08/04 sun
2025/07/11 fry
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前回の章

二千年六月十六日、金曜日先勝。
俺の総合格闘技の試合よりも数ヶ月前に、三沢光晴さんが全日本プロレスを退団。
新しい団体プロレスリング・ノアを立ち上げた。
これは俺が総合格闘技タイタンファイトへ出場する前の話。
この発表を聞いて、何故俺はプロレスでなく総合を選んでしまったのだろうと後悔する。
しかし証明すると決め、周りにも出る事を伝えていた俺に軌道修正はできなかった。
全日本には川田さんと淵さんのみ残り、あとのレスラーは全員三沢さんについて行くという異例の事態。
ここまでの選手大量離脱は前代未聞である。
日本プロレス史に於いて類を見ない現象だ。
少数精鋭となった全日本プロレスは、新日本プロレスとの対抗戦で活路を見出そうとしていた。
両団体の残されたエースである川田利明さんと佐々木健介の一騎打ちが組まれ、ジャンピング顔面ハイキックにより川田さんの勝利に終わる。
全日本プロレスに行った武藤敬司は「小結同士の戦い」と称した。
プロレスの垣根を超えた双璧といえば、三沢光晴さんと武藤敬司。
武藤の台詞に頷き賛同する人間も多かった。
馬鹿な俺はキャバクラやスナックで遊び惚け、最後に家のひろむへ行き岡部さんたちと面白おかしく過ごしていた時期。
いつだって俺の行動や考えは世の中と少しズレている。
ワールドワンで俺が休みの日に、強盗が来たらしい。
この時代のゲーム屋は入口に鍵を掛けず、誰でも自由に出入りができた。
店長の所がキャッシャーに座り金を数えていると、フルフェイスのヘルメットを被った男が突然入ってきていきなり目の前にチキチキの簡易カッターを突きつけられたようだ。
ちょうどテーブルにあった現金二十万を差し出し、相手は金を持って逃げた。
その話を聞き「チキチキカッターじゃ、切れても刺す事はできないんだから、そんなんで金出しちゃ駄目っすよ」と所に言う。
所は「おまえは目の前でナイフ出された事あるのか!」と涙目で睨む。
そんなものいくらでも機会はあった。
俺は過去切られた傷を数ヶ所見せ「俺がいたら金を渡してない」と言うと、所は会話を止め黙ったまま向きを変える。
この経緯辺りから、俺と所の仲は決定的に悪くなったようだ。

「岩上さん…、仕事終わったらちょっとお時間頂けますか?」
従業員の川端が仕事の、合間声を掛けてくる。
できれば静かな場所でとの希望だったので、新宿プリンスホテルのティーラウンジを使う。
「改まってどうしたよ?」
「桶川ストーカー殺人事件って知ってますか?」
知っているも何もあれだけ連日マスコミが大騒ぎした事件である。
この一件からストーカーという言葉が世の中に認知され、埼玉県警の不手際が際立った。
「俺、あの事件の全貌をすべて知っているんです」
冗談を言ってのかと思ったが川端の表情は真剣そのものである。
確か真面目な女子大生を風俗の店長がストーカーして従業員らに中傷ビラを巻き、桶川駅のところで刺殺された事件だったよな……。
簡単に俺の知っている内容を伝えると、川端は口を開く。
「その中傷ビラを巻いた従業員の一人が自分なんです……」
俺は彼の話をまず聞いてみる。
真面目な女子大生というよりも、被害者はその風俗で働き、店長とネンゴロの仲だったらしい。
スカウトを受け、店の金まで持ち出して他の店へ移る。
可愛さ余って憎さ百倍。
憎悪からあの事件に発展したようだ。
川端があの事件に関与?
ここ数ヶ月彼の勤務態度や性格を見ていると、とてもそんな風に思えない。
できれば今日この会話が嘘であってほしかった。
「自分、当時保険証なくて、あの店長の借りたまま事件になってさまい、まだ保険証持っているんです……」
「…という事はオマエも指名手配という事?」
「はい……」
「それを俺に言って、どうしたかったの?」
「実は黙っていようと思っていたんです…。ただ、色々良くしてもらって何かあった時では遅いので正直に話しました」
正直店の店長は所である、何故彼が休みのタイミングで俺に言ってくるんだと思った。
「仕事を辞めたいのか?」
「いえ、そんな事はないです。できれば続けたいとは思っています」
俺じゃまったく手に負えない話である。
しかし川端の気持ちも汲んでやりたい。
「分かった。今日俺は何も聞いていない。但し何かあって実際に捕まった時、うちで働いていたなんて名前出すなよ?」
「岩上さん、ありがとうございます!」
深々頭を下げる川端。
あの事件の全貌を聞いた。
新聞や雑誌は、刺し殺された女子大生をひたすら擁護するような記事ばかりだったが、川端の話は全然違った。
元々、逮捕された店長の店で働いていた女性は、店長とプライベートでできていた。
店長は彼女にメロメロになり、色々と金などを貢いだそうだ。
突然、彼女は店を辞めると言い出し、口論になったらしい。
散々、利用するだけ利用してポイッと捨てた女性に、店長の怒りは収まらなかった。
その怒りは、凄まじかったようだ。
店長は川端を含む従業員たちを脅し、いたずら電話をさせたり中傷ビラを撒かせたりと、随分無茶苦茶な行動をやらせた。
それでも怒りが収まらず、あのような結果に……。
人の命を奪うのは、一番いけない事である。
それは一番やっちゃいけない事。
でも、考えてほしい。
そこまで人の怒りを買うような真似をしたほうにも責任があるという事を……。
男尊女卑の時代から、時は流れ、女のほうが強くなったといわれるような世の中に変わりつつある。
男も女も少しモラルを無くし過ぎのような気がした。
これも携帯電話がインターネットを使えるようになり、便利になった分だけ人は思いやりを無くしていった結果だとしたら、それはとても悲しい事だ。
十年前は携帯電話など無く、あってもせいぜい自動車電話だけだった。
便利さが生んだ歪んだ末の事件とも言えるのではないか。
ストーカー……。
やられるほうにしてみれば、いい迷惑だろう。
でも、世間で騒いでいるほとんどが、本当にそうなのだろうか?
片方は純愛で付き合っているつもりなのに、相手はそこをうまく利用する。
そんな図式が壊れた時、純情な心が壊れた時……。
真面目な誰にでも好かれる女子大生が、あんな無残な殺され方をするのだろうか?
数ヵ所刺され、亡くなった女子大生。
周りの人間はさぞかし悲しんだろう。
でも、そうなる前に何故もっと早く彼女の異変を注意出来なかったのでだろう?
何かがあってからでは、もう遅いのだ。
埼玉県警の初動ミスという声が圧倒的に多い中、もちろんそれも原因ではあるけど、それだけではないような気がする。
もっと、みんなモラルを持つべきなのだ。
思いやりをそして優しさを。
最近この事について考える自分がいる。
もちろんその一件を聞いたからといって、俺の仕事に対する評価は変わらない。
いい意味でも悪い意味でも。
ある日、川端が遅刻をした。
真面目な勤務態度に反比例するかのように多かったのだ。
本当の理由は分かる。
だが、俺は聞いていないと彼に伝えたつもり。
度重なる遅刻の時は「やる気ないなら辞めろ」と突き放し、島村や小山が川端をフォローして初めて「やる気があるなら今から出てこい」と、あとでこっそりタクシー代は俺が自腹であげた。
地元の北海道へ里帰りした時、お土産で俺にまりもを持ってきてくれた事もあった。
仕事終了後、俺は金に余裕の無い川端や小山を連れて、コマ劇場にある『フライキッチン峰』へよく連れて行き驕った。
そんな川端の告白から一ヶ月後……。
彼は連絡もなく、突然、店に来なくなる。
最初はただの遅刻だと思っていたが、そのまま彼は来なかった。
俺はあえて連絡をしていない。
店のみんなにも連絡するのを止めさせた。
予想通り警察に捕まったのだろう。
何ともやるせない気持ちになった。
川端が抜けた穴を早番から山下が遅番に来て欠員を埋める。
「遅番はいいですよね。いつも早番から従業員持ってくから。こっちは1から初心者育てるようですよ」
早番の責任者である吉田の嫌味。
ここ数年一緒の店で働いて分かったのが、どうしょうもないグズだという点だ。
朝、出勤前にモーニングコールしてくれというからして起きているのに三日連続一時間以上の遅刻を平気でするような奴である。
もちろんその尻拭いはすべて俺が残りやっていた。
山下は遅番に来るなり吉田に対しての愚痴が凄かった。
まだ早番にいる三門や大倉も仕事帰り、食事や酒をタカられ不満が相当溜まっていると聞く。
「あの吉田の豚野郎、何がそんな酷いの? 遅刻常習犯でうんざりはしているけど」
「あの人、責任者のくせに、平気で下の人間からタカるんすよ!」
遅刻だけでなく金に対しても意地汚いのかよ。
俺は店長の所へ相談しようとした。
だが、来てもほとんど奥で寝て過ごす店長の所。
細かい内輪の問題が徐々に山積みになっているのを感じた。
島村が他の店で名義社長を頼まれ、ワールドワンを辞める事になる。
ゲーム屋なのか聞くと、新しい商売のインターネットカジノという店らしい。
「インターネットカジノ? どんな仕事なの?」
「いやー、自分もとりあえず名義社長をやってくれって話なだけで、内容まではよく分からないんですよねえ」
年も近く中々頼もしい存在だったので、彼が辞める事はとても残念に思う。
島村は有線で流れる洋楽について、俺が「この曲って何?」という質問にほとんど答えられるほど知識があった。
そしてほぼ毎日と言っていいくらいマクドナルドのポテトのLを二個と、柿の種を好んで食べる。
柿の種はせんべいしか食べないので「良かったら食べて下さい」とピーナツだけを渡してくる変人だ。
当たり前のようにいた人間がいなくなる現実。
寂しいが、それはしょうがない。
みんな金を稼ぐ為に裏稼業へ手を染めたのだから。
事前にいついつ辞めると伝えてくれた島村には、店の人員確保の準備もあるから非常に助かるし、飛ぶ人間が多い中彼の姿勢には共感を覚えた。
ゲーム屋は一日一度新規サービスが入る。
だから初回のプレイだけで辞めるのを禁止にしていた。
業界でケンチャンと呼ばれる客がいる。
これは新規プラス二、三千円の五千円勝負しかしない細かくセコい客を指す。
店的には新規サービス入れているから、勝ち負け関係無しに一万円くらいの勝負はして下さいねというのが本音である。
俺より十センチほど背は低いが妙に体格のいいケンチャン集団がいた。
「岩上さん、あいつら一応プロレスラーですよ」と島村は言う。
「え? あんなんでレスラーなの?」
「高木三四郎という名前でDDTというインディ団体なんですけどね」
「何それ? デンジャラスドライバー天龍の略の技じゃん」
「何でそんな団体名にしたんだか分かりませんけどね」
「だってあいつら本当にレスラー集団なの? 身体が細いのもいれば、俺より体格いい奴一人もいないじゃん」
「岩上さんは元メジャーの全日本じゃないですか。あんなインディ連中と比べちゃ駄目ですよ」
「あんな金も無いケンチャン集団が、レスラーだってリングに上がってんでしょ? 何かムカつくなー」
毎日四人五人の集団で来て、使っても五千円のみ。
役や一気を飛ばすと即辞めな連中ばかりなので、正直客としていらなかった。
ビンゴをたまたま取られでもしたら、ワールドワンの太客の打ち気を削がれる事になってしまう。
「ねえ、店長。あんな乞食集団入れないでよ。ちゃんとゲームしているこっちが阿呆らしくなるからさ」
「俺は別に店長じゃないですよ。でも、意見はちゃんと上申しておきますね」
常連からのクレームも増えてくる。
あまりにも目立つケンチャン行為の集団だったので、俺は見せしめに一人出入禁止にした。
二千一年九月一日、土曜日友引、二百十日。
相変わらず常に満席状態でクソ忙しいワールドワン。
「この店が歌舞伎町で一番忙しい店でしょ」
こんな風に言ってくる客も多い。
ホールで従業員がタバコを吸う訳にもいかないので、順番に一服休憩を回す。
この時が唯一ゆっくりできる時でもあった。
「あれ? 豆切れちゃってんじゃん…。島村君、小山君、すぐ戻るからコーヒー豆買ってきてもいい?」
「ええ、どうぞ」
自分が飲む用のコーヒー豆が切れたので、島村らに断りワールドワンを出る。
外へ出ると何やら一番街通りが騒がしい。
トンカツにいむらの向かいにあるビルがボヤ騒ぎを出したようで野次馬が凄かった。
尋常じゃない人だかり。
見物している場合じゃない。
すぐ戻って休憩を回さないと。
遠目から煙の出ているビルをちょっとだけ眺め、俺は靖国通りを渡って豆を買いに行く。
店も満席で忙しいままだろう。
すぐ買い物を済ませ一番街通りへ入ろうとすると、警察官がかなりいる。
「何だ、ありゃ?」
思わず出る声。
一番街通りの入口を有刺鉄線でバリケードを作っていた。
入口の封鎖。
通りには誰も入れないようだ。
「ちょっと…、中に入りたいんだけど」
警察官に言うと「立入禁止だ」と断られる。
物々しい雰囲気。
何か異常事態があったのだろう。
だがワールドワンは動いているのだ。
「ふざけんなよ! 中に店があって客が満席でいるんだ。いきなりこんなバリケードして入れないで、知らない客たちはどうなる? とりあえずいいから入れてくれ」
そう言うと、警察官は渋々バリケードの隙間を作り中へ入れてくれた。
俺のあとをついて、いかついヤクザ者も一緒入ろうとすると、警察に止められている。
「おいっ! 俺は◯◯組のなー……」
「はいはい、警察相手に組の名前出しても意味無いから」
ヤクザと警察が揉めているのを横目に歌舞伎町へ入った。
ガランとした歌舞伎町。
警察官、消防士、マスコミの姿しかいない。
記者らしき人がマイクを向けてきたので「勝手に撮るんじゃねえ! 俺の試合とかスルーしたくせにふざけんなっ!」とただの八つ当たりをしながら店へ向かう。
あれ?
さっき煙が出ていたビルの周り、消防車凄いな。
ひょっとしてあれが原因か?
いやいや、早く戻らないと。

確かお触りパブの『ルーズソックス』とか雀ピューターの『一休』の入ったビルだよな?
いやいや、早く戻らないと。
階段を駆け下りる。
店内は変わらず満席。
外の異様さなど誰一人気付いていない。
小山に「外、何か知らないけどバリケードで封鎖されてヤバいぞ」と言うと、キョトンとしていた。
とりあえずこのままではいずれ警察も事情聴取で店に来るだろう。
ゲーム屋は賭博法違反なので現行犯逮捕。
まずは客をすぐ出さないと……。
「今外がヤバい状態です! みなさん、外へ逃げて下さい!」
俺は大きな声で客に外へ出るよう促す。
店の太客である大倉さんは何があったのか聞いてくるので、手短に外の状況を説明した。
ケンチャンの細かい客は「僕のクレジット残っているんです。OUTすればいいんですか?」と緊急時にセコい事を言うので「クレジットはそのままにして、あとで何とかします。今外が警察も一杯います。迅速に店から出て下さい!」と客を早く出した。
一人だけ客が残っている。
面倒臭い阿部という客。
「いいから阿部さん、早く外出て下さい!」
「嫌だ! 外、警察一杯なんでしょ?」
大方シャブか何か悪いものを持っているのだろう。
だかこんなのを匿ってトバッチリでこっちまで被害が来るのは溜まったものではない。
台にしがみつき、立とうとしない阿部。
「阿部さん、とりあえず落ち着きましょう。無理に追い出したりしませんから」
俺の言葉に阿部は安心したのか台から手を離す。
その瞬間俺は身体を持ち上げ「早く足持てっ!」と強引に店の外へ投げ捨てた。

強引に客全員を出すと、従業員たちに出てすぐ右手にある喫茶店の上高地で私服を持っていき待機するよう伝える。
最後に残った俺は、各台のクレジットを紙に控え、店の現金、〆用紙など必要なものだけバックに入れてすぐ外へ出た。

上高地へ着いてから初めて番頭の佐々木さんに電話を入れる。
「一番街のビルで大火事みたいよ。店に警察とか来そうだから岩上君だけ店に残っててよ。他の従業員はみんな帰していいから」
「えー、嫌ですよ!」
「頼むよ。今日所君休みだし、二番手の岩上君しかいないからさ」
仕方なく嫌な役目を受け、みんなを帰す。
店に戻りゲーム機の電源、ホールの電気などすべて消した。
無音で暗い空間の中一人佇む。
携帯電話を見ると、着信履歴の数が凄かった。
何なのこの数は?
とりあえず始めに着信のあった地元の先輩である岡部さんへ連絡を入れる。
「おー、智一郎無事だったか!」
状況を聞くとテレビでは一番街通りの雑居ビルが大火事で歌舞伎町を封鎖している様子が放送されていたようだ。
俺はゲーム屋という仕事を隠し、会員制のバーで働いていると嘘をついていた。
知り合いが俺の店に来たいと言われても、会員制だから無理と常に断っている。
歌舞伎町という事で、みんな俺の安否を気に掛けてくれたのだ。
ドアには鍵も掛けていない。
しかし特に店へ警察やら消防が来る事はなかった。
朝まで待って、佐々木さんに連絡を入れて川越に戻る。
精神的に疲れたのか帰りの小江戸号では熟睡してしまい、本川越駅に着いて駅員に起こされた。
改札を出ようとした時携帯電話が鳴る。
見た事のない番号。
049から始まるので川越の人間だろう。
出て「もしもし?」と答えると、無言で切られる。
何だ、コイツ?
失礼な奴だな……。
頭に来たので俺からその番号に掛け直す。
二回コールが鳴り、相手が出た。
「に…、二階堂です……」
十年は会ってなくても声を聞いて一発で誰か分かる。
身体中の細胞がざわつく。
「何で俺の番号知ってるんですか……」
「新宿で火事あったって言うからね。電話したら出たから無事なのかと思っただけ」
俺は何も言わず携帯電話を耳に押し当てていたが、少しして電話は切れた。
幼少時代の悪夢が鮮明に蘇る。
相手は小学校二年生の冬、俺ら三兄弟を捨てて家を出て行ったお袋だったのだ。
勝手に捨てて好きなように生きながら、今さら俺の心配?
左瞼の上のこめかみの傷が疼く。
俺の根底にはドス黒い憎悪が蓄積している。
これはお袋だけではない。
親父の妹である叔母さんのピーちゃんとも、仲が悪いまま。
台所に立つと常に邪魔され、キャベツの葉一枚使っただけで泥棒扱い。
試合前日の夜中、女絡みで大騒ぎを起こした親父。
どれだけ女遊びをすれば気が済むのだ?
また試合当日徹夜で臨む羽目になったその張本人である加藤皐月。
俺の憎悪は様々な人間によって構築されていた。
全日本プロレス、浅草ビューホテル、歌舞伎町と日々忙しく過ごしていたから、ほとんど過去を思い出す事もなかっただけ。
「智、おまえ早くあの家から出なよ」
会う度言われた先輩の坊主さんの台詞が蘇る。
俺の為を思っての言葉。
だが何もできないけど、俺が家を出たらおじいちゃんがどうなる?
常にそんな想いがあった。
だからこそ川越からわざわざ新宿まで通っているのだ。
「何が二階堂ですだよ……」
俺はボソッと呟き家に向かった。
あんな大惨事があったのに、歌舞伎町はいつもの賑わい。
当然ワールドワンも翌日から普通に営業している。
新宿の住民たちの情報をまとめると、あの雑居ビルの大火災で四十四名が亡くなった。
三階の雀ピューター屋の一休。
ゲーム屋がポーカーゲームなのに対し、雀ピューター屋は麻雀のゲーム機を使う。
そこで火事になり、中の客は全滅。
一番街通りに面したところに簡単な調理ができる厨房があった。
従業員三名はそこから飛び降りて足を折ったようだ。
上の四階にはお触りパブで当時流行っていたスーパールーズ。
そこの客や女の子たちは一酸化炭素中毒で全員死亡。
男が椅子に腰掛けその上に女が乗って向き合う姿をラッコちゃんスタイルという呼び名があった。
あんな格好で死んだら、目も当てられないだろう……。
マスコミもこの四十四人亡くなった雑居ビル大火災を連日取り上げていた。
俺は三十歳になった。
島村が辞め、新人の二宮が入ってくる。
他のゲーム屋で経験あるらしく遅番採用となったのだ。
二宮は二十歳。
十歳も年下。
時代の流れを感じた。
店のシステムの説明をしていると、二宮は相槌に「なるほど」という言葉を乱発する。
聞いていてあまり気分がいい言葉ではないので、乱発して使わぬよう注意した。
彼は変な運気を持っていて、ワールドワンへ来る前あの大火災雑居ビルの一休の面接を受けていたようだ。
大火災の前、本能的に嫌なものを感じて結局一休には行かず、うちを選んだらしい。
あれから少し経ち、最近店に私服警察官が数名で来るようになった。
その度構える俺。
客のこの状態でどう逃がすかが頭によぎってしまう。
まず「別件だから安心しろ」と言われ、一枚の写真を見せられる。
こちらを振り向いている途中の後ろ姿の男が写っていた。
「この男、店に出入りは?」
「コイツ、何をやったんです?」
「例の雑居ビルの三階の店の入口に、爆弾を仕掛けた中国人だ」
え…、火事でなく爆破?
もちろんワールドワンは日本人以外の客は入れない
なので見た事も無いし、外国人は入れてない説明をした
凄かったのが今度はどこどこ署と別の所轄の生活安全課の刑事が多い時で一日三組ほど同じ事を聞き込み調査で来た事だ。
ある日いつものように例の中国人の写真を提示して同じ質問をする刑事が来た。
今までと違うのが、「随分流行っているお店ですね〜、何席あるんですか?」と聞きながら席数を数え、メモに取っている。
きな臭い何かを感じ、俺は佐々木さんに連絡を入れた。
「さっき来た刑事、何か雰囲気違いましたよ。気味悪いんで数日店を閉めたほうがいいんじゃないですか?」
佐々木さんが上のオーナーである中川や片桐に相談したところで、儲け優先らしくそのまま通常に営業するだけだった。
今までの警察と明らかに違った対応のあの刑事。
杞憂に過ぎなければいいが俺は雇われ、上の命令には従わなきゃならない。
二宮が突然休みを代えてほしいと俺に言ってきた。
理由を聞くと、その日急に知人の結婚式が入ったからと言う。
そんなたった一日でいきなり結婚式なんて入らないだろうと突っ込みたかったが、特に用事も無いので休みを代わる。
地元のジャズバー、スイートキャデラックでゆっくり過ごそうと思っていたが仕方ない。
本来なら休みなのを出勤。
この日もいつものように店内は忙しかった。
所に食事休憩をそろそろ回すか話している時、目つきの悪い三人組が入ってくる。
一人は見覚えがあった。
あの時違和感を覚えた刑事だ。
客はほぼ満席。
俺は客を外に出そうとすると、刑事がポケットから警察手帳出して「全員動くなっ!」と怒鳴る。
凍りつく店内。
「流行っていますね、何席あるんですか?」と下っ端のふりをしていた若い刑事が一番偉そうな態度だった。
残りの部下に客の連絡先などを聞きに行かせ、終わった客から随時外へ出される。
若い刑事は一人で怒鳴りながら奥の休憩室へ行き、従業員の吊るしてあった私服を床へ投げた。
カチカチに固まり、刑事の質問にどもりながら答える店長の所。
俺はあの時の聞き込み調査自体が茶番なのが分かり、妙に苛立っていた。
「お巡りさん!」
「お巡りさんじゃねえ! 刑事だ」
「じゃあ刑事さん、俺の服床に落ちて汚れっから拾っていいすかねー?」
あえて小馬鹿にした口調で言う。
「あ、ああ」
ムカついたので刑事を威嚇してやる。
今回は捕まえに来たというよりも、警告を入れに来ただけらしい。
刑事から名前と住所を聞かれたので、神威龍一、住所は所沢市と嘘を書く。
刑事たちが出ていくと、所はいきなり俺に怒鳴ってきた。
「岩上っ! 警察に向かってあんな威圧的な態度はやめろ!」
散々ビビっていたくせに、セーフティな状況になった途端これか……。
「はいはい……」
俺は小馬鹿にした声で返事をした。
ベテランだった島村が辞め、新人の二宮は休みを代わってから店を飛んだ。
俺、小山、山下、石黒と所が休みで四人で店を回す時なら問題ない。
誰か休み、所が出勤する時は基本奥で寝てしまうので地獄のような忙しさになる。
石黒が目に涙を溜めながら「岩上さん、所さんが寝ててグラス溜まってるからソーッと洗っていたら、水を飛ばすなって怒鳴られました」と言ってきた。
「寝てんのにそんな状態でグラスなんて洗わなくてもよかっただろ?」
「洗わないと溜まり過ぎてて、客に出すグラスのストックが無いんですよ!」
「そっか…、ごめんな。そうだよな……」
店長だから多少の楽ぐらいはしてもいいと思っていた。
年上だし敬った対応をしていたつもりだ。
しかし最近の所の業務姿勢は明らかに酷い。
俺はホールを従業員に任せ、奥の休憩室へ向かう。
寝ている所を起こし「所さん、いつまでぬるま湯に浸かってんですか?」と文句を言った。
睨んではきたが何も口を開かない。
「みんな休憩も入れず、ホールを駆けずり回りヘトヘトですよ。少しは店の事考えてくれても良くないですか?」
所は終始無言だった。
翌日になり早番の吉田が帰り際俺に声を掛けてくる。
「岩上さん…、さすがに所さんにぬるま湯発言はマズいですって。所さんにそんな事言うの岩上さんぐらいですよ」
確かに言い方は悪かった。
しかし所の最近の行動は酷い。
その数日後、所はワールドワンを辞める事になった。
先日の警察や強盗の一件、俺との関係の悪化、年齢的な問題もあったのかもしれない。
送別会をやったが、所が俺に対し話し掛けてくる事はなかった。
この系列に入ったのは俺が先ではあるが、ワールドワンオープン当初からいる吉田が店長になる。
俺はそのまま遅番の責任者へ繰り上がった。

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