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闇 246(横浜の桜編)

闇 246(横浜の桜編)

横浜の桜編

2052/06/09 mon
2025/07/09 wed
前回の章


ポーポの突然の死から数日経っても、中々ショックが抜けないでいた。
残されたチッチにより愛情を注ぐ。

 今日仕事から部屋に帰ってくると、十姉妹のポーポが地面に倒れ、目をつぶっていた。  慌てて抱き起こし、ペットショップへ持っていく。  でも、俺が仕事中の間、ポーポは亡くなってしまったのだ……。  メスのチッチは今も元気、それなのに原因は...

Posted by 岩上 智一郎 on Monday, March 17, 2014

こういう時にお互いの意思疎通ができないのは、とても歯痒いものだ。
チッチだけは何か異変があれば、すぐ気付けるようにしないといけない。

平穏無事な流れがおかしくなっている。

少し整理しよう。
俺が横浜に来て落ち着けたのは何故だ?

自分一人の自由な空間を確保できたのは大きい。
そして料理をしていても当たり前だが文句を言われる事はない。

おそらく合わない人間とはずっと合わないままなのだろう。
割れた花瓶が同じ形に戻らないのと同じだ。

考えていると気が滅入ってくる。
料理でもして心を落ち着かせるか。

人生初のローストビーフに挑戦してみた。
まず塩コショウ、ニンニクをすり込んで、一日寝かせる。
次にフライパンで表面をまんべんなく焼き、肉汁を出さないように。
赤ワインを入れ、ちょっとだけ煮込む。
オーブン百八十度で二十分で焼き、途中で上下逆にする。
鉄串を刺して、中の焼き加減をチェック。
焼いて出た肉汁はグレービーソースとして使うから、赤ワインで煮たフライパンでソース作り。

焼いた肉をアルミホイルで包み、暖かい場所でしばらく寝かせる。

あとは切ってソースを掛けて完成。

カレーピラフ、グラタンなどを添えローストビーフの弁当を作る。

 人生初のローストビーフを作ってみました。  まず塩コショウ、ニンニクをすり込んで、一日寝かせます。  次にフライパンで表面をまんべんなく焼き、肉汁を出さないように。  赤ワインを入れ、ちょっとだけ煮込みます。  オーブンで、180度...

Posted by 岩上 智一郎 on Thursday, March 20, 2014

実家にいた頃だったら、途中で絶対に叔母さんのピーちゃんの邪魔が入っていた。
あの頃に比べたら、今の生活は天国のようなものだ。

チッチの囀り声が聞こえる。
ポーポがいなくなって一番悲しいのはこの子だよな……。


基本的に暇な遅番の時間帯。

この日は珍しく新規客の集団が来て忙しかった。
ヤクザではない横浜の本チャンのカジノで働くグループらしく、名義人のようなリーダー格の佐藤が一晩で二百万円負けていく。

この店では基本百万円前後のポイントを所有していたが、佐藤のあまりのINの速さに何度もポイントの追加を連絡する。

俺からしてみれば有難い話である。
百万追加する毎に二万円の金が入ってくるのだ。

この人たちが常連として定着したら、店はもっといい方向へ行けるな。
俺は丁重に接客をしながら業務をこなした。

昼手前には客がすべて帰り、片付けや掃除を済ませる。
気分転換に一日休みを取る事にした。

先日レシエンで知り合った医大専門の講師である高橋満治から、何度か連絡をもらっていたのでちょうどいい。
何の予定も入っていないので、俺は高橋満治へ連絡をしてみる。

日ノ出町駅の大岡川で夕方に待ち合わせ。

彼は様々な店を知っていて、色々と俺に紹介したいようだった。

結果これまで料理をしていたが、いかに自身の作ってきたものの程度が低いものだなと思い知らされた。

一軒目に紹介を受けた野毛にある和食料理の『ぽあろ』からビックリする。

高級料亭でないと中々出ない八角の刺身。
新鮮な魚を出すのが得意な店のようだ。

続いて鹿肉の刺身。
こういうのをジビエ料理と言うんだったっけ?

見た目若干火を通してあるようで、叩きに近い。

何度もこして作ったというチーズ豆腐。
濃厚な味わい。

ホッケのフライわさびソースなど驚くものばかり出てくる。
大事な人できたら、ぜひ一緒に連れて行きたいなあと思える店だ。

「岩上さん、ここの店主は水木さんといって、北海道から横浜へ出てきてオーブンしたばかりなんですよ。私はこの店を応援しているので、岩上さんもよろしくお願いします」

高橋がトイレへ行っている間、俺が会計を済ませる。
新鮮でいいものを出しているだけあり、値段も一万円を超えた。

「水木さん、お会計を……」
「こちらの岩上さんがすでに済ませていますよ」

納得いなかい表情の高橋は金を出そうとしたが、いい店を教えてもらったお礼だと丁重に断る。

 飯野君、横浜来たら ↓ つれていきますw  何の予定も入っていない久しぶりのお休み  今日は先日横浜のとあるバーで知り合った方に連れられ、様々なお店を紹介していただきました  感想から言うと、横浜っていい場所だなと  自分も料理をしま...

Posted by 岩上 智一郎 on Saturday, March 22, 2014

「分かりました。ここはご馳走になっておきます。次は私が出しますからね」

二軒目は川を渡った先にあるバー。

「ここのコールドチキンが最高なんですよ」

高橋は絶賛していたが、正直そこまでかと思う。
ただ場の空気を読んで合わせておく。

「岩上さん、次行きますよ」
「え、もうですか?」

高橋満治の飲み方は少々異質だった。

始めのぽあろだけゆっくりしていたが、次に行く店はだいたい一、二杯飲むと会計し、また別の店へ向かうのだ。

この辺ではかなり顔が広いようで、各店で様々な人たちが「先生」と高橋を慕う。

五軒六軒と河岸を変える内に、取り巻きのような人間が徐々に増えていく。
切符のいい高橋は付いてくる人たちの分までまとめて会計をする。

たかが一、二杯だがそれを五人六人分となると、そこそこいい金額になってしまう。
こっちまでご馳走になりっ放しも嫌なので、俺も次の店は全額払うが、高橋以外の人間たちの分まで金を出すのは複雑な心境だった。

「岩上さん、私とタクシー一台ずつ乗ってワンメーターくらいの距離なんで次行きますか」

この時で連れ歩く人数は八人に膨れ上がっている。
俺は名前すら知らない人たちとタクシーに乗り、高橋の乗るタクシーのあとを追う。

「ねえ、今何歳なの?」
隣りに座る男が声を掛けてきた。

「四十二歳です」
「何だ、年下か。あ、俺三つ上だからさ」

車は大通り公園に停まる。
横浜橋通商店街の近くだった。

降りる際、俺以外に三人乗っているのに誰一人タクシー代を払おうとする奴はいない。
偉そうな口を利いておきながら、タクシー代すら持っていないのかよ……。

仕方なくタクシー代を払い、車から降りた。

「岩上さん、この階段を上がったところです」

外の看板を見ると『アポロ』と書いてある。

店内は昭和の香りが漂うオールディーズなバー。
白髪頭の老人がバーテンダーをしている。

「あーはーはー」としわがれた甲高い声の笑い方が特徴的だ。

入口のすぐ傍にジュークボックスが置いてあるのが目に入った。
何だか懐かしいなあ。

キャバクラとかでくだらない金の使い方をするくらいなら、こうして色々な店へ行ってみるのもいいかもしれない。

「ここのバーテンダーのチャンさんは七十歳なんですよ」
「え、凄いですねー」

「チャンさん、こちらあのジャンボ鶴田のお弟子さんの岩上さんと言います」

行く店行く店で俺をそう紹介する高橋。

「高橋さん、そんな大層な者じゃないですから」
「ほら、岩上さんの存在はみんなを幸せにしてますよ」

格闘技界で俺など無名に等しい。
見合うような活躍一つできていないのだ。

アポロを出ると伊勢佐木長者町駅方面へ向かう。

こじんまりとしたバー『ボロチャリ』を紹介され、あれだけいた取り巻きもいなくなり、続いて福富町へ方面へ歩く。
ここまでで何軒の店を回ったのかすら数を覚えていない。

本当忙しない飲み方だな……。

まあ俺に対し良かれと思ったの行動なのだ。

福富町中通りにあるエイトセンタービルへ到着。
ビル内へ入って感じたのが、新宿のゴールデン街がそのまま一つのビルに収まったようなイメージがある。

今度時間ある時どんな店があるのかゆっくり探索してみたい場所だ。

三階建てくらいの古いビルだが、地下もあるようで高橋は階段で二階へ上がった。

『アンチポップ』と書かれたバーへ入る。
カウンター五席しかない狭い店内。

帽子を被ったマスターの他に太った客が一人だけいた。

「おー、高橋さん、いらっしゃいませー!」
「源さん、こちらジャンボ鶴田のお弟子さんの岩上さんをお連れしましたよ」

源と呼ばれたマスターは、俺より三つ年下だった。
隣りに座る客とも話が弾む。

太ったメガネを掛けた客は石川といい、彼も俺より三つ年下。

気さくなマスターとの会話で場は大いに盛り上がる。

「岩上さん、グレンリベットが好きなんですね? 今度入れておきますよ」

会計を済ませ、外へ出る。
時刻は夜中の三時を回っていた。

十軒以上行ったんじゃないのか?
その中で印象に残ったのがぽあろ、アポロ、アンチポップだった。

「岩上さん、最後にもう一軒だけ行きましょう」

高橋に促され大岡川を渡って再び野毛へ。

「こんな時間にまだ営業している店あるんですか?」
「ええ、阿武茶というお店がこのぐらいの時間帯からオープンするんですよ」

「あぶちゃ? 変な名前の店ですね。しかもこんな真夜中からオープンするんですか?」

真夜中に営業開始する居酒屋『阿武茶』へ到着。

ごく普通の居酒屋だが、カレーライスがメニューにあるのが嬉しい。

本音を言えばもう少し腰を落ち着けて飲みたかったが、今日一日だけでこれだけの飲み屋を回ったのだ。

中々貴重な体験だった。


睡眠を取ってからヨーロピアン十姉妹のチッチの様子を伺う。
時折出る独特な囀り声。

俺はデジタルカメラを構え、チッチの可愛い囀り声の撮影に成功した。
それにしてもこの子一匹だけじゃ、淋しいだろうし何だか可哀想だよな……。

近々ペットショップへ行ってみよう。

ちょっと最近無駄な金の使い道が増えてきた。
もうちょっとストイックにならないといけない。

基本的に仕事と食事以外は、部屋へなるべくいるようにしないと。

 写真は『カエタケフウチョウ』という鳥みたいですw  手前の小鳥ではなく、奥の黒で青い口と目のやつです https://www.youtube.com/watch?v=7dx2CUMtZ-0&app=desktop ↑ 動画もありましたw  暇な人見て下さい

Posted by 岩上 智一郎 on Monday, March 24, 2014

高橋のバチカへ昼食を取りに行く。
相変わらず暇な店内。

お世辞的にも彼の作る料理は美味いとは言えない。

「岩上さん、うちのボスが感心してましたよ」
「え、感心? 何をです?」

「ほら、うちのメニューとかデザインして作ってくれたじゃないですか。岩上さんにとても興味を示して、今度会ってみたいって言ってましたよ」
「大した事してないですよ」

「うちの系列に岩上さん引っ張れないかなと、自分に言ってきたくらいですからね」
「高橋さんから一原さん経由で今の下蔭さんところ紹介されたじゃないですか。だから移るのは無理ですよ」

「まあ今度うちのボスと一緒に食事でもしましょうよ」

気持ちは嬉しいが、俺は今のボスであるオーナーの下蔭さんにはとても感謝をしているし、また恩義もある。

「あ、いらっしゃいー、梨奈ちゃん」
入口を見ると一組のカップルが入ってきた。

「岩上さん、彼女は有馬梨奈と言って凄い歌が上手い子なんですよ」
突然高橋がカップルの女の方へ俺を紹介してくる。

「はじめまして、高橋さんにはいつもお世話になっています。清正公通りにある『エンジェル』というお店をやっていますので、よろしくお願いします」

清正公通りとは福富町の東通りと中通りの間にある並行した細い道らしい。

「梨奈ちゃん、岩上さんはお酒グレンリベットさえあれば、フラフラと飲みに来るよ」
「え、ちょっと待って下さい。グレンリベットですね? メモしました」

彼女らが帰ると、高橋は色々と説明してくれた。

有馬梨奈の事を気に入っている事。
共同経営のようで彼はよくそこへ飲みに行く事。

さっきのはカップルでなく昼間やっているカラオケ教室の生徒と一緒に来ただけらしい。

「近い内、岩上さんも梨奈ちゃんの店付き合って下さいよ」
「ええ、いつでも構いませんよ」

歌舞伎町初期時代から色々と高橋には世話になっている。

店から抜いた金でも、当時金が無かった俺に毎日のように分け前をくれた。
俺のいるゲーム屋に客として多額の金を使ってくれた。
そして横浜へ来るきっかけを作ってくれた。

俺が彼に付き合う事で喜んでくれるなら、いくらでも時間など作ろう。


これまで仕事、料理、トレーニングと一人だけで過ごす事が多かった俺。

高橋ひろしとの再会を機に、レシエンの優美、そこの客だった高橋満治と森田、そして有馬梨奈と定期的に時間を共有する人間が増えた。

清正公通りにある梨奈の店エンジェルへ顔を出すと、早速グレンリベットのボトルが置いてある。
俺は仕事の出勤時間が夜中三時というのもあり、二日に一度はレシエンやエンジェルに通うようになった。

高橋満治が最後に紹介したエイトセンターにあるアンチポップにも、出勤前に顔を出してみる。

「あー、岩上さんお久しぶりです」
偶然インターコンチネンタルホテルの森田が先に飲んでいた。

「岩上さん、グレンリベット入っていますよ」
マスターの源までが、俺の好きなウイスキーを用意してくれる。

横浜という土地に受け入れられたような気がして、とても嬉しかった。

「今度岩上さん、インターコンチにも飲みに来て下さいよ」
ホテルで支配人をする森田からの誘い。

「高橋さんと予定合わせて今度伺いますね。あ、そろそろ俺は仕事へ行く時間なので、源さんチェックして下さい」

「また一緒に飲みましょう」
森田と握手を交わし、職場へ。

今日も本チャンカジノ集団が来ている。

「何で本来のバカラと違うの? おかしいよ!」

一人で熱くなっている佐藤は、二十万単位のINをしながらどんどん焼けている。
この集団のおかげでポイントを追加する日が増えていた。

来月新宿へ金を取りに行く時が楽しみだ。

オーナーの下陰さんも売り上げが一気に上がっているので非常に機嫌がいい。


仕事帰りに高橋ひろしのバチカへランチを食べに行った時だった。

「おー、君が岩上君かー」
偶然彼のオーナーが店にいて、開口一番声を掛けてくる。

年齢は五十代半ばで、ざっくばらんな口調は建築系の親方のような印象を受けた。

「彼は凄いんですよ。格闘家としてプロの試合には出ているし、小説も賞を取って本も出しているんです」
「おう、そうかそうか」

自分毎のように嬉しそうに頷くバチカのボス。

「彼の店には何度もいっていますけど、客を盛り上げるのが本当に上手いんですよ」

妙に俺をアピールする高橋。
このオーナーが俺を引き抜こうと言っていたというのも、どうやら社交辞令ではなさそうだ。

「岩上君、君はうちのグループへ来てくれないのか?」

単刀直入に本題へ入って来る。

「今のところのオーナーに恩がありますので、私としては移る気はありません」
「いや、今インカジだったっけ? ゲーム屋みたいなもんだろ? 君がそういう裏に居ちゃいけないよ。俺のところに来れば色々と仕事だってあるしな」

「確かに仰る通りかもしれませんが、今のオーナーから横浜に来て多大な恩を受けたのも事実です。全然恩を返せていないので、今の店をより盛り上げたいと考えています」

俺という人物を買ってくれるのは素直に嬉しい。
しかし下陰さんに対し、多大な恩義を感じているのも事実である。

「おまえは即戦力なんだ。風邪でも引かれちゃ堪んねえ。コタツでも買いやがれ」

部屋を初めて借り無一文に等しかった俺。
あの時手渡された一万円札がどれだけ心を温めてくれたか……。

何度丁重に断りに入れても、高橋のボスはしつこいくらい勧誘を止めなかった。

ちょっと昼時にここへ来るのは考えたほうが良さそうだ。
俺は今の生活基盤を壊してまで、新たな事に挑戦など何一つ求めていないのだから。


最近酒を飲む機会が増え、トレーニングをする時間が必然的に減った。
人間楽な方へ流れてしまうと中々ストイックな生活へ戻すのは大変である。

俺は新たにトレーニングウェアとジョギングシューズを買い、夜になって大通り公園へトレーニングをしに向かう。

迸る汗。
俺にとって身体を鍛えるというのが間違いなく原点なのは確かである。

全日本プロレスへ入りたい。
その一心であの時初めて本気で人生へ取り組んだのだ。

堕落するのは簡単。
誰でもできる。

これまで何度も馬鹿な選択をして、俺は四十を過ぎて成功していない。
ここ横浜で今までを一掃し、基盤を作り上げるのだ。

丹念にストレッチをして、地面に横たわる。
視界に映る景色。

早くも一本の桜が満開になっている事に気付くと、少しだけ幸せな気分になれた。

2014/03/31 横浜大通り公園に深夜ひっそり一本だけ咲く桜の木

Posted by 岩上 智一郎 on Sunday, March 30, 2014

今日は三月三十一日。
明日から四月に入る。

春の到来だ。

「ん?」
小降りであるが、雨が降ってきた。

少し遠回りをして走りながら戻るか。
大通り公園から国道沿いへ出る。

雨は次第に強くなっていく。

交差点のところで傘をさした五十代ぐらいの女性が「こんばんは」と突然声を掛けてきた。
見覚えの無い人だったけど、ひょっとしたら近所の横浜橋商店街で働いているいる誰かかもしれない。

「あ、こんばんは」と普通に挨拶を返す。

「雨降っているから、こっちへ入りなさい」
中年女性はこんな台詞を吐き、こちらへと誘導してくる。

「はぁ?」

本能的に薄気味悪さを覚えた。
どう考えても俺、この人まったく知らない人だよな……。

それに例え向こうがこちらを知っていたとしても、普通こんな事言うか?

「ほら、風邪引いちゃうから早く」
手招きをする中年女性。

「いや…、大丈夫です、帰るだけなんで」
「いいから入りなさい!」

丁重に断る俺に対し、突然金切り声をあげてくる。

何かこの人、普通じゃないぞ……。
この短いやり取りだけで少し肌寒いものを感じ、ダッシュでその場を逃げ出した。

背後から怒鳴り声が聞こえたが、構わず走る。
普段なら横浜橋商店街の方向へ曲がるのをあえて真っ直ぐ行き、わざわざ迂回して帰った。

部屋へ入る前に辺りを確認する。
うん、誰もいないな。

とりあえず何もなかったから良かったのかな。

 先日トレーニングウェアとジョギングシューズを買い、大通り公園で軽くトレーニングをした。  早くも一本だけ桜が満開になっていた事を気付くと、少しだけ幸せな気分になれた。  小降りであるが、雨が降ってきたので自分の部屋へ戻ろうとすると、交差...

Posted by 岩上 智一郎 on Saturday, March 29, 2014

シャワーを浴び、仕事前まで室内でゆっくり過ごす事にした。


「岩上さん、大岡川の桜がいい感じで咲いてましたよ」
新横浜の方向から車で通勤している平田が声を掛けてくる。

そういえば大通り公園でも一本だけだが咲いていたな。

毎年この時期になると大岡川の川沿いでは屋台や近辺の各店がテントでテーブルや椅子を置き、花見をしながら飲めるように設置しているらしい。

そういえば花見なんてした事がなかった俺。
帰り道なので、仕事終わったら大岡川のほうへ行ってみようかな。

店を閉めて大岡川へ向かう。

橋から見える川沿いの桜は満開になっている。

川沿いへ曲がり進むとテントが見えてくる。
これが平田の言っていた飲めるところか。

何だか横浜って凄いなあと感心した。

「あれ、岩上さんじゃないですか」
声を掛けられ振り向くと、高橋満治が一人で椅子に座り昼間から飲んでいた。

「ああ、高橋さん。ちょうど仕事帰りだったので花見に寄ってみたんですよ」
「それはお疲れ様でした。一杯飲んで行きましょうよ」

高橋の勧めで席に座り、酒を注文する。

人生生まれて初めての花見。
決して奇麗とはいえない緑色の川を眺めつつ、グラスを口元へ持って行く。

「高橋さん、この川って海に繋がっているんですよね?」
「そうですね」

「どのくらいの濃度で海水が混ざっているんですかね?」

俺の素朴な問いに対し、高橋は「そんな事言われたの岩上さんだけですよ」と笑いながら酒を飲む。

日ノ出町駅の長者橋から先にある黄金町の橋までずらっと一面に咲き乱れる大岡川の桜。
テントの先には様々な屋台が見える。

「また時間作って飲みに行きましょうよ、岩上さん」
「それが休みを中々取れないんですよ。もし休みが決まったら連絡しますね」

高橋満治と酒を飲みながら絶好の花見場所で酒を飲んでいると、背後から声を掛けられる。

「おー、あいだのママじゃないですか」

ダウンタウンのコントで料理教室の四万十川料理学校のキャシー塚本に扮する松本に似た感じの中年女性が立っていた。

「岩上さん、こちらは『スナックあいだ』をしているママなんですよ」
「そうなんですね。今度高橋さんと一緒に伺わせて頂きますね」

「あーら、お待ちしてますわ。この子もたまにいますから」

ママの横にいた子に視線が向く。

「めぐみです。よろしくお願いします」

年齢は二十代後半から三十代後半だろうか。
一見地味に見えるが奇麗な顔立ちをしていて好みだった。

「良かったら連絡先交換しましょうよ」

本音をいえばめぐみと交換したかったが、とりあえずママとも仲良くなっておいたほうが後々いいだろう。

彼女らが去ると、酒をお代わりしながら桜を眺めた。

「今度、岩上さんにとっておきのお店を紹介しますよ」
「とっておき?」

「ええ、ニューグランドホテルの総料理長をしていて、定年してから道楽でフレンチ料理をしている店があるんですよ。野毛にあるんですけどね」
「へえ、それは楽しみですね」

この高橋満治のお陰で確かにこの周辺の世界が広がった。

 日ノ出町駅の橋から黄金町の橋までずらっと一面に咲き乱れる大岡川の桜  屋台やテントがかなり並び、絶好の花見場所となってますね

Posted by 岩上 智一郎 on Monday, March 31, 2014

川越や新宿の知人が来た時の為に、いい店を色々知っておくのも必要だ。
桜が散る前に今度ゴリにでも連絡してみるか。


最近の遅番は、前回来た本チャンカジノの集団が毎日のように深夜来るので忙しくなっている。

どれだけ給料をもらっているのか分からないが、来る度百万前後の勝負をしていくので有難い客だ。
確率的に七回来て一度くらいしか勝てないので、店にとっておいしい客だった。

店の売り上げが増えるイコール下陰さんへの恩義を返す事になるし、またポイント追加の度に俺へ入ってくるリベート料も増えていく。

月給としてまとまって一ヶ月分の給料をもらうが、先月は売り上げが良かったのでオーナーサイドの修さんが歩合を十万円つけてくれた。

五十万円を超える給料。
そして酒井さんところから入る金が別で三十四万。

気付けば手元に二百万円以上の現金を手にしていた。

財布をもう一つ購入し、スーツの右内ポケットには百万円を入れ、左側には数十万の金を入れる。
残りの数十万は部屋の中へ、へそくりとして分けておく。

一度平田に持ち歩いている財布を二つ見せたら「落としたりしたら大変だから、そんな持ち歩かないほうがいいですよ!」と強く注意された。

一年前に本多麗美華とのデートで四十万入った財布を失い凝りているのだ。
逆に大金を常に持ち歩く事で気を引き締める事になるという考えもあった。

高橋ひろしからの誘いで、出勤前に優美のレシエンや有馬梨奈のエンジェルへ行く。
少々面倒だったのが、高橋ひろし系列のボスが俺の引き抜きを諦めていない事だった。

俺は下陰さんへの恩義を尽くす。
これは何があっても変えたくない。

レシエンへ行く度引き抜きの話をされるのが面倒だったが、内心ここの優美に対し気に入っている自分もいた。
なのでやんやり引き抜きの話は断りつつも、レシエンには顔を出す。

金と女と仕事。

横浜へ来てから一年半以上が経つ。

今の店での生活。
分相応な収入。

高橋ひろしとの付き合い。
彼のボスからの引き抜き。

高橋満治との付き合い。

レシエンの優美に、先日会ったスナックあいだのめぐみ。

今年になってから、妙に身の回りで様々なものが勝手に動き出し、大きな濁流となって自身を飲み込もうとしている。
決してそれは悪い事ではないのであるが、まだ時期的に動くには早いような気がした。

このまま変に節約をしなくとも、ある程度の金は今のままなら貯まっていくだろう。

金を持つと言う事は、力を持つ事でもある。
今年中にはそこそこの力を持ち、弱った人間を助けていきたい。

今はまだ静観して、ゆっくり時の流れに身を委ねようと思う。


闇 247(四月九日編)



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