闇 406(地元での繋がり編)
闇 406(地元での繋がり編)

2025/11/29 sta
前回の章
二千十七年四月二十四日、月曜日赤口。
昨日の休みは大人しく部屋で過ごして終わる。
何故なら土曜は斉藤弘一へ寿司をご馳走して、その日の夜入った日払いの金で競馬と宝くじに消えたからだ。
宝くじと食事はまだいい。
可愛いものだ。
問題は競馬である。
あの時万馬券を取れたからと、俺は思い違いとしていたようだ。
自身の生活をここまでひっ迫させるなんて思いも寄らなかった。
簡潔に説明すると、俺は世の中の仕組みを舐めていたという事になる。
負け犬の愚痴みたいな記事をフェイスブックへ書き込むと、近所の櫻井さんがすぐコメントしてくれ、櫻井商店で酒を振る舞ってくれた。
休みの日にほとんど部屋にいて、夜だけちょこっと酒をご馳走になり、帰って寝ただけ。
また今日から忌々しいラッキーハウスの一週間が始まる。
朝起きて財布の中身を確認する。
残金六千円……。
四十五歳の男の全財産がこれだけって、ちょっとヤバいだろ?
あと岡部さんの返済が残り五万。
今日行けば一万増える。
どうするよ?
まず腹ごしらえだ。
ここは昼になってから味噌焼きチキンしかない。
そんな訳で昼飯は川越駅西口の先にあるグリルトーゴーへ行く。
味噌焼きチキンも食べたいが、大して美味くないハンバーグトーゴー風も妙に食べたい。
どうするよ?
答えは簡単だ。
二つとも頼めばいいだけ。

まずはメインではないハンバーグのほうから食す。
でも途中途中で味噌焼きチキンも取り入れる。
優雅でエレガントなひと時。
「本当岩上ちゃんは何歳になっても食欲旺盛だなあー」
トーゴーのマスターが感心したように頷く。
しょうがないだろ!
ここの味噌焼きチキンが旨過ぎるんだから!
今回のトーゴーのセットのライスは二皿とも何故か栗ご飯になっていた。
マスター的な心遣いだが、普通のライスのほうが良かったなあ。

それでも俺は気遣い文句も言わずにモソモソと食べた。
サラダも栗ご飯も味噌汁もアイスコーヒーも全部二つずつ。
有難みを感じつつもどんどん胃袋へ納めていく。
マスターが命名したハンバーグトーゴー風は自信作なんだろうが、長年通っている俺は彼のセンスがもの凄く悪いのを昔から知っている。
この味噌焼きチキンを代表的な料理として推せばよかったのになあ……。
名付けてグリルチキントーゴー風、これなら客足ももっと増えていたはず。
この辺のセンスの無さがマスターの持ち味なのだろう。
家からここまでの距離はそこそこある。
徒歩十五分程度か?
それでもこんな遠距離までわざわざ足を運ぶのは、この味噌焼きチキンが食べたいからだ。
俺は十九歳の時からこの魔術に掛かったまま生きている。
もう新宿でも横浜でもない。
地元川越に俺は住んでいるのだ。
多分月に最低二回は足を運ばないと運気が落ちると思う。
最近の競馬の負けは、おそらくトーゴーを疎かにしていたから。
財布の中身を再確認する。
残り四千円。
でも今日行けば一万四千円になるさ。
それに金だけじゃない。
まだ財布の中には初めて買ったロト7がある。
これが億単位になるかもしれないのだ。
そういった意味合いでも今の俺に間違いはない…、はず……。
二千十七年四月二十六日、水曜日仏滅。
昨日初めて買ったロト7を見たら当たっていた。
でも、五等だったので千七百円にしかならなかった。

少しだけ生きる気力が回復した。
それでも仕事中また香川の野郎がネチネチと、どうでもいい事で細かく注意をしてくる。
きっと俺を嫌いなのだろう。
俺も香川を嫌いだからおあいこだ。
頭来たので、親戚を誰か亡くなったと嘘をつき、今日は休みにする。
俺がいない状態でせいぜい苦しめばいい。
それでもストレスは自然と蓄積していく。
降って湧いたようにもぎ取った休み。
だから帰り道は真っ直ぐ帰らず、モスバーガーでも食べようと大ガードを潜り、小滝橋通りへと向かった。
行く途中餃子専門居酒屋と珍しいタイプの二十四時間営業の店を発見。
モスバーガーの予定だったが、このストレスには餃子のほうがいいような気がした。
たくさん餃子を食べて、酒を飲み、まだ続くラッキーハウスのクソ業務をこなせるよう入ってみよう。

店内はカウンター席もあり、テーブル席もある。
カウンターのほうへ促されたが、たくさん頼むから嫌だと駄々を捏ねる。

酒を注文してからまずは餃子二丁。
餃子専門店というだけあって中々美味しい。
俺は二杯目のグレープフルーツサワーとお茶割りを注文した。

鴨の叩きがあったので頼んでみる。
まずまず美味い。
柚子胡椒が何気にいい感じで美味さを引き立てている。

垢ウインナーも頼むと、賽の目に切れ目が入っている。
多分ここのオーナーのセンスだろうが、A型だろうと思った。
ここまででご飯を三杯食べた。

定番のモツ煮も注文。
自分で作ると面倒だが、他人の作ったものは気軽に食べられて美味しい。

小籠包も注文してお会計。
五千円でお釣りが来た。
結論…、生き返ったよー。
もうブリバリだ。
俺は意気揚々と川越に帰って寝た。
二千十七年四月二十七日、木曜日大安。
昨日の休みは餃子を食べて帰り、あとは部屋でプレステーション3のドラゴンエイジインクイジションをやって終わった。
さすがに虚しさを感じ、昼までゴロゴロしてから外へ出る。
しかし俺の行く場所なんて川越では限られていた。
だいたい昼間は伊勢屋の始さんのところか、加賀屋のおばさんのところ。
地元なのに何かヤバくねえか、俺?
まあいいさ、連繋寺にあったピープルランドはとっくに無くなっている。
川越の闇ニチイも平成元年に潰れた。
丸広の先にあったニチイとどっこいどっこいで陳腐なデパート長崎屋もとっくに潰れた。
時代はどんどん進化し、付いていけない商売はどんどん幕を閉じていく。
連繋寺前まで来て信号手前の右側の建物を眺める。
「……」
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