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闇 310(新宿地獄篇第四章)

闇 310(新宿地獄篇第四章)

2025年08月24日(日) 09時17分10秒

テーマ:

闇シリーズ

新宿地獄篇第四章

2025/08/24 sun

前回の章


寝て起きて鳥の世話をする。
お腹が減ったら外へ食べに行く。
暇を持て余し、ゲームをする。
飽きたら漫画を読む。

外を見ると暗くなっていた。

夜か…、どうでもいい時間の無駄遣いをしたな。

携帯電話が鳴る。
村本から。

「おい、今から店に来い」

「え、もう店開始するんですか?」
「ちげえよっ! いいから早く来いっ!」

「……」

「聞こえねえのかよ! おいっ!」

「聞こえてますよ…。行きますよ、今から……」

本当に村本の話し方は癇に障る。
何であんな言い方しかできないのだろう?

新庄の話ではヤクザでは無いと言っていた。
じゃあ何故あそこまで粋がる必要があるのだ?
本当にイライラする。

俺は村本と表記したアドレス名を『ムラ最悪人間 新宿』と編集し直した。

コイツ、本当に大嫌い。
人間的とかそういうのではなく、存在自体が許せない。

生理的に無理。
何であんな目つき悪いのだろうか?

あれは育ちがとかそういうレベルではない。
何て表現したらいいのだろう。

昔月間マガジンで連載していた『ヤンキー烈風隊』に出てくる悪党面。

漫画『ヤンキー烈風隊』

人間でいる事を辞めてしまったような目つきである。

しがらみなかったら、思い切り虐めてやりたいタイプだ。
とりあえず身支度を整え、マンションをあとにした。

店に着きインターホンを鳴らすと、村本がドアを開ける。

「おまえ、新庄に十五だったよな? あいつの兄貴分に感謝しろよな? おら」

目の前に出される札束。
受け取り数えてみると十五枚あった。

「これは?」
「テメーが十五万って言ったんだろ? 嘘ついたのか? おい!」

「嘘なんてついてないですよ。台が爆発して店の回銭でつけられなかったから、臨時で俺が立て替えたんですよ」
「じゃあとっとと黙って受け取れよ!」

「はい、すみません……」

本当にこの男腹が立つ。
でもこんな早いタイミングで、俺の金が戻ってくるとは思いもしなかった。

「多分今月いっぱいは店開けないと思うぞ」

「自分は連絡あるまで待機していればいいんですか?」
「何かそれ以外の事言ったかよ!」

「はい、言ってないですね。分かりました」

あー、本当にムカつくわ、コイツ……。

ここまでまともに会話が成立しない奴って初めてだ。

「じゃあ、帰ります」
「おい」

店を出ようとすると呼び止められる。

「何ですか?」
「昨日いた奴いるだろ?」

「えーと…、店にいた従業員の事ですか?」
「それ以外何があんだよっ!」

「はい、入江の事ですね。彼が何か?」
「店再開する時、あいつはいらねえ。クビにしろ」

「分かりました。伝えておきます」

この馬鹿からしたら、新庄に当時怒鳴られ出入禁止になった原因だもんな。

ウトウトとし掛けた時、携帯電話が鳴った。
従業員の入江から。
店で何かあったのだろうか?
「はい、もしもし」
「あ、岩ちゃん、寝ているところ、ごめんね」
「どうかしましたか?」
「うーん、岩ちゃんには申し訳なかとね。店辞めよう思うちょる」
「え、辞める? 入江さんが?」
「うん、申し訳ないんやけどね……」
「今、店ですよね? とりあえず今から着替えてすぐ行きますから」
あのマイペースでおっとりした入江が突然辞めると言い出すなんて、一体何があったのだろう?
入江が抜けると早番のシフトが機能しなくなる。
俺は急いで着替えを済ませ、駆け足で店まで向かう。
店内に入ると客は誰もいない。
「入江さん、いきなり辞めるなんて何があったんですか?」
「うーん、あんね…、村本っちゅう人おるやろ」
村本…、先日店に来た太々しい態度の奴か。
「うん、それが何か?」
「さっき突然店に来て、いきなり競馬のテレビつけろって。ワイ、そんなんやり方知らんちゃよ。だからリモコン持ったままモタモタしていたら、殺すぞって何度も脅されて…。あんなんいたら怖いし嫌やわ…。時給千円でも岩ちゃんも同じ条件で文句も言わずやっちょるから、ワイも我慢しちょったけど、あんなん来るようになったら辞めたくなったんや」
あの野郎…、入江にそんな訳分からない事でキチガイみたいにまた怒り狂ったのか。
まだ一度しか会っていないが、はなっから気に食わない奴だった。
目にもの見せてくれる……。
「入江さん、気持ちは本当に分かる。でもさ、いきなり辞めるってなっても、店が困るのも分かるでしょ? ちょっとだけ俺に時間ちょうだい! 絶対に何とかするから! もしそれで駄目なら、俺も一緒に辞める。そのぐらいの覚悟でいるから、少しだけ時間をもらっていい?」
「岩ちゃんはいい人やき、岩ちゃんからそんなん頼まれれば嫌やって言えんちゃよ」
「入江さん、ありがとう! 少しだけ時間下さい」
俺は店から一旦出て、外に行く。
新庄へ電話を掛けた。
「あれ、どうかしましたか、店長」
「あ、新庄さん…、少し込み入った大事な話があります。お時間いいでしょうか?」
「言って下さい。何があったんですか?」
俺は先ほど聞いた入江が村本に受けた一連の騒ぎをすべて正直に話した。
そして先日も店に来て、かなり横暴な対応を自分にしてきた事まで伝える。
「新庄さん…、入江は村本のせいで嫌になり、店を辞めるとまで言ってきています。元々は木村が週に三回しか出られないと中途半端なシフトを言ってきたから、無理言って入江にしても岡部さんにしてもあんなシフトを出てもらっているんですね? これで入江が辞めるようなら、もう俺は都合良く人をまた用意なんて無理です。それに店とは関係ない村本が、そこまでしゃしゃり出てくるようなら、自分も他の職場を探そうと思います」
「店長、ご迷惑を掛けて申し訳ないです…。少しだけお時間もらっていいですか? 絶対に何とかしますんで!」
強い口調で話す新庄。
俺は素直に受け取り「分かりました」と答えた。
せっかくの休みが村本のせいで面倒臭い事になってしまった。
入江も店で一人いるのは心細いだろう。
電話を終えると、店へ戻り入江の傍にいるようにした。
「岩ちゃん、何を話したん?」
正直に全部伝えた。
そして現在新庄が動いている事。
村本をこっ酷く怒っているだろうと想定して話す。
「だってあれもヤクザやろ? そんな岩ちゃんの言う通り行くんかのう?」
「あくまでも俺の予想なんだけど、きっと胸がスッとするような結果になると思いますよ」
「あとで怖い思いすんの、ワイは嫌やで?」
「それは無いから大丈夫ですって」
新庄があのように言って動いてくれた。
これからどうなるのか、ある程度確信に近い何かを感じている。
良くなる事はあっても、これ以上事態が悪化する事だけはないはず。
「岩ちゃん寝ちょるのに起こしてしまってすまんちゃね。しかも今日休みなんに」
「何水臭い事言ってんですか。入江さんとはエイト時代からの仲だけど、仕事終わってから一緒に酒飲んだり、横浜だって来てくれたし、何だかんだ俺たちは仲良くやって来たじゃないですか。その入江さんが理不尽な目に遭うなんて、黙っていられないですから。逆に我慢しないでちゃんと言ってくれて良かったですよ」
誠心誠意正直に心から思った事を伝えた。
村本の横暴がヤクザだからといって当たり前にまかり通る店ならば、俺も一緒に辞める。
この言葉に嘘はない。
新庄から電話が入る。
「店長、今どちらにいますか?」
「今は店です。入江さんの一件で心配だったものでして」
「近くにいるんで、自分も顔を出します。少しだけ待っててもらっていいですか?」
「ええ、構いません」
入江はどうなるのか不安でまだソワソワしている。
「大丈夫ですって。入江さん一人で不安にさせたくないから、俺もここにいるんですから。安心して下さい」
インターホンが鳴り、新庄が到着した。
俺がドアを開け、中へ招き入れる。
「入江さん、すみませんでしたね」
「え…、いや…、あの……」
「村本はどうしたんですか?」
俺が間に入る。
「あいつ、ヤクザ者でも無いくせに勘違いしてんですよ。だからさっき呼び出してキッチリ図に乗ってんじゃねえと脅しておきました。それとこの店に一切おまえは立ち入るなとも言っておきましたんで。なので入江さん、辞めずにどうか続ける事できないですか?」
迅速な新庄の行動には頭が下がる。
それにしても村本の奴、ヤクザ者でもなかったのか。
荻と同タイプの人間。
ヤクザ者に癒着して虎の威を借りる狐状態。
男として非常に情けない。
入江はしばらく考えていた。
ここは俺も彼に辞められては困る。
新庄まで動かして村本を排除したのだ。
俺が背中を押す必要がある。
「入江さん…、本当ね、嫌な思いさせちゃってすみませんでした。でも、こうして新庄さんも動いてくれたし、今後ああいう目に遭う事は無いから、一緒にまた頑張れませんか?」
「う…、うん。岩ちゃんがそこまで言うなら、もうちょっと頑張ってみるけん」
俺と新庄は目を見合わせ、軽く頷く。
「じゃあ自分はまだ用事の途中だったんで、そろそろ行きますね。店長、休みなのにわざわざすみません」
新庄が出て行くと、入江は力が抜けたように椅子にへたり込む。
「ほんとごめんね、入江さん」
「いやー、岩ちゃん、強いのー」
「入江さんを誘ったのは俺。当然の事をしたまでです」
とりあえず一件落着でいいのかな?
俺はタバコを吸ってから店をあとにした。

「……」

今じゃ組長の新庄も本当に飛んでしまった。
鬼の居ぬ間に洗濯じゃないが、村本からすればあの時の屈辱は許し難い事なのだ。

未だちょっとした恨みがあるのだろう。
傍から見れば、村本の自業自得なだけなんだけどな。
入江にはまるで責任ないし。

それにしても人間的に程度の低い男だ。

「では、行きます。十五万ありがとうございました」
「おう」

店を出ると早速入江に連絡をした。
彼も辞めたがっていたし、早く報告をしてあげないといけない。

「岩ちゃん、どないしたん?」
「あ、入江さん。あのですね…、店辞めたいって言ってたじゃないですか。それでちょっと食事でもしながら話せないかなと」

「ワイ、あんな怖いんいたら嫌や。時給千円で働いても割りに合わんちゃよ」
「うん、だからそれの話を今つけて来たんですよ」

「え、ほんま? 岩ちゃん悪いのう」

「…で、店どうせ閉まってて暇だし、飯でもどうかなと」
「ええっちゃよ。どこ行くん?」

元々俺の金だが、臨時収入みたいなもんだよな……。

「焼肉奢りますよ。俺が入江さん誘ったばっかりに嫌な思いさせちゃったし」
「そんな気を使わんでええっちゃよ。今、どこにおるん?」

「二階の店を出たとこです。俺、どこで待っていればいいですか?」
「西武新宿の駅前の通りまで来れる?」

「ええ、真っ直ぐ行けばいいだけですから」

「じゃあ店から真っ直ぐ来てぶつかるところで」
「了解です」

俺はタバコに火をつけて、西武新宿駅方面へと向かった。


どんどん移り変わる歌舞伎町。
ここもコマ劇場だったのが、今じゃゴジラのホテルだ。

当時中にあったフライキッチン峰を思い出す。

もうああいう定食屋なんて無いんだろうな……。

新宿クレッシェンドで峰モチーフの店を出し、そんな小説が賞を取り本になった。
コマ劇場が閉まる前に、俺は峰に行きクレッシェンドを渡す事ができたのが、せめてもの救いだ。

またメンチカツとハンバーグの盛り合わせ定食とか、上お新香とかもっと食べたかったなあ。
あのコックのおじさんや中国人のお姉さんは、どこへ行ってしまったのだろう?

いくら昔を懐かしんだところで何一つ戻って来ない現実。
時代の流れとは時として本当に無情だ。

一番街通りを過ぎ、左側の店を見る。
ほとんど焼肉屋ばかりになってしまった。

昔はオスロのゲームセンターがあって、俺が歌舞伎町へ来た頃は『ストリートファイターⅢ』をよくプレイしたものだ。

二階にはレーシングゲームのような中に入れる筐体が数台設置され、外にはエロビデオの紙が貼られていた。
気になり中へ入ると、千円でエロビデオが見られる意味不明なものがあったっけ。
誰がこんなところでオナニーをするというのだと一人で吹き出した。

あの頃の写真を撮っておけばよかったなあ。

五分もしない内に入江の姿が見える。

「岩ちゃん、店どないしたと?」
「まだハッキリしないんですけど、おそらく村本主体であの店再開するっぽいんですよね」

「えー、ワイ嫌や……」
「うん、そこでさっき入江さんの事を話したんですよ」

「ほんで?」
「入江さんは辞めたがっていたので、今回辞めさせてもらいますと俺から勝手に言ってしまいました」
「ありがとう、岩ちゃん」

村本がクビにしたがったなど、あえて伝える必要性はない。
嘘も方便。

「ご飯どこにしましょうか?」
「どこでもええっちゃよ」

けいこの顔が無性に見たくなった。
ゴールデン街近くのほうへ行けば何かしら店はある。

俺はさり気なくそちらへ向かい、区役所通りへ出た。

「どこ行くん?」

ゴールデン街の入口右手に焼肉ブラックホールという店があったので、そこへ入ってみた。

「好きなもん頼んで下さいね」
「高そうな店やん」

俺は立て替えた十五万が戻ってきた事を言い、ご馳走すると伝える。

「そんなん悪いっちゃよー」
「入江さんに嫌な思いさせちゃったし、せめてこのぐらい奢らせて」

「岩ちゃん、まだあの店続けると?」

「うーん、本当は嫌ですけどね…、ただ店に金を十五万……。あ、今日返してもらったんだ」
「辞めたらどう? あんな店」

俺が辞めるとなれば、きっと村本も黙っていないだろう。
絶対にこの十五万を盾に文句を言ってくるはず。

しかしこれは元々俺の金である。
いや、そんな理屈が通るような相手じゃない。

俺も抜けたいなあ……。

仮に俺まで飛んだとする。

○○会は面子を潰されたとなり躍起になって探しはしないだろうけど、もう歌舞伎町で働くのは難しくなるな。

「うーん、できる事なら俺だって辞めたいですよ…、あっ!」
「どうしたと?」

「俺の履歴書…、店の中にあるんですよ……」

辞めると言ったところで絶対に無理だ。

飛んだら、履歴書から今の新宿のマンションと川越の実家まで住所がバレてしまう。

おじいちゃんが亡くなって残りはどうでもいい家族だけだが、さすがに実家へヤクザの追い込みで行かれたら嫌だよな……。

俺はいつもどこか抜けている。
何故店に履歴書があるのを知った時点で破棄しなかったのだ?

今の俺には癒しが必要。
このまま強飲へ行ってけいこの顔を見よう。

あ、前の流れだと焼肉行ったと言うと絶対「いいなー」とうるさいだろう。
持ち帰りができるか聞いてみる。

この店は融通が利かないのか、肉質に拘っているのか分からないが、店内で食べるだけらしい。
自分で焼いて持って帰るのも駄目なようで、仕方なく諦めた。

会計をして焼肉屋を出る。

入江に強飲へ行かないか誘うと、俺に気を使ったのか「岩ちゃん、一人で行ったほうがあの店はいいっちゃよ」と言って帰ってしまう。

一人でゴールデン街に入り、強飲へ向かう。
店内を覗くと別の女が見えた。

「あれ、けいこは?」
「けいこさん、今日はお休みですよ」

「えー!」

いまいちあの女とは歯車が合わないな……。

大人しく帰ろう。
マンションへ戻り、マゲたちと戯れる。

酒も入っていたのでいつの間にか寝てしまったようだ。


目を覚ますと朝になっていた。
見えない疲れが溜まっていたようだ。

鳥の世話をしてから風呂にゆっくり入る。

新宿に戻ってきてから本当に流れがおかしい。

俺の選択ミスもあるが、それを差し引いても明らかに変だ。

インカジ新宿クレッシェンドの失敗に、今回のゲーム屋騒動。
抜けるに抜けられない状況。

これ、本当に群馬の先生が前に俺へ言った神に選ばれた試練なのか?

「ふざけんなよ……」
思わず呟く。

居ても立っても居られず俺はフェイスブックに記事を投稿した。



二千十五年六月二十八日。

もし、神様なんてものが本当にいるとするのなら……。
様々な災いが降り掛かる事を試練と言うのなら……。
俺は神様を本当に怨む。



知らない人が見たら、俺は頭がおかしくなったのかと思われるだろう。
それでも書かずにはいられなかった。

命を奪われていないだけ。
他のほとんどは奪われているのだ。

本当にもういい加減にしてほしい……。

俺が何をした?
ただヤクザ直営のゲーム屋で真面目に働いただけ。

その組長は組の金を使い込んで飛び、残った俺は逃げられないような状況。
十五万など受け取らず、あの時履歴書を破棄して逃げれば正解だったのか?

もう何を選択すれば正しいのか、何も分からなくなった。

岡部さんから電話が入る。
新宿へ到着したようだ。

西武新宿駅まで迎えに行く。

「岡部さん、どこへ行きます?」
「どこでもいいよ。ちょっと腹は減ってる。歌舞伎町の中行けば、何かあるだろ」

「歌舞伎町はやめませんか?」
「何で?」

「村本って奴とかあの時のヤクザ連中と、顔合わせしたくない気分なんですよ」
「別にいいけど、じゃあどこ行くよ?」

靖国通りを歩きながら、宛てもなくただ真っ直ぐ歩く。

「ん、こんなところにステーキ屋がある! 岡部さん、ステーキ食べません?」
「ああ、いいよ」

新宿の『ステーキハウスはやしや』に入る。

名前からして、あの三平ビルの五階にある洋食屋の系列だろうか?

サーロインステーキを注文。
網目がしっかりついた美味しそうなステーキが運ばれてくる。

見た目は旨そうなのに、味は何かいまいちだな……。

付け合わせもインゲンのソテーはいいとして、中途半端な野菜だけ。
フライドポテトとかも付ければいいのに。

「智一郎、入江さんはどうなったの?」
「ああ、その件なんですが……」

俺は昨日の経緯を説明した。

「あー、はいはい。村本ってあの人ね。入江さんが一回辞めそうになった」
「本当あいつムカつくんですよね」

「あれはただのドチンピラじゃん」
「あれ? 会った事あるんですか?」

「うん、俺が早番で出ている時何回か来てるよ。新庄さんに出禁される前だけど」
「嫌な奴ですよね?」

「あんなのはいはいって言ってれば、それ以上は何も無いただのチンピラじゃん」
「まあそうかもしれませんが…、あー、ムカつくあの野郎……」

「そろそろここを出よう。こういう店で、この手の話は迷惑になるから」

伝票を取る岡部さん。

「あ、俺が出しますよ」
「いいよ。俺が出すから」

岡部さんにご馳走しててもらう。
本当にこの人には昔から頭が上がらない。

何軒か居酒屋を梯子する。

今後店が再開した場合、岡部さんはどうするのか?
聞いてみると、俺が残るなら岡部さんも残ると言ってくれた。

「でも、あんな店で大丈夫なんですか?」
「出勤日数が増えるだけだろ? 元々おまえが週に二日だけ入れないかって誘ってきたんじゃねえかよ」

「まあ…、そうですが……」
「向こうからまた何かしら連絡あるんだろ? そしたら俺に連絡をくれ」

「岡部さん、本当ありがとうございます……」

久しぶりに楽しい気分で酒が飲めた。
ここ数日間ずっとギスギスして過ごしていたので本当に気分がいい。

「今日どうします? 俺のマンションに泊まりますか?」
「いや、おまえをこのまま川越に連れて帰る」

「え、でも……」
「鳥の世話だろ?」

「はい……」

一度マンションへ戻り、マゲたちの世話をする。

「よく分からないけど、今のおまえは一度川越に帰っておいたほうがいい」
「家には行かないですよ?」

「そんな事は言っていない。このタイミングで一度川越の空気吸ってこい」

「……。分かりました……」

一日くらいゆっくりしていくか。
俺は大量の餌と水を鳥籠に入れておく。

そして岡部さんと共に西武新宿駅から特急小江戸号に乗って川越へ向かった。


二千十五年六月二十八日。

岩上智一郎、地元川越に凱旋
本川越駅に到着して改札を出ると「あれ、岩ヤン?」と背後から声を掛けられる。

「ひろったん? 久しぶりー」

中学時代の同級生鎌田宏国ことひろったんと偶然的な再会。
岡部さんは目を細めながら「ほら、川越来て良かったろ? 俺はそろそろ帰るよ」と俺を残して行ってしまう。

何年ぶりの再会だろうか?
下手したら十数年ぶり。

「これから弟夫婦と月吉のほうにある焼肉屋行くんだけどさ、岩ヤンもよかったら来る?」

これも時流の流れに沿ってか……。

「うん、行く。でも俺が突然お邪魔しても大丈夫なの?」
「何言ってんだよ、岩ヤン。みんな、知っている奴らだから問題なんかないって」

焼肉屋で数年ぶりに懐かしい顔ぶれと会い、楽しい時間を過ごす。

携帯電話が鳴る。
客の飯島志穂からだった。

「ねえ、店長! 二階の店、ここ数日やってないでしょ? どうしたの? 何があったの?」

隠してもしょうがないので新庄が飛んだ事、それにより少なくとも再編成するのに今月一杯店を閉めている事を伝える。

俺の電話を聞いていた同級生らは、表情を曇らせ固まっていた。
それはそうだ。

普通に会話の中でヤクザだ組長だ、それが飛んだだの物騒な話しかしていないのだから。
楽しい空気を汚してしまったと感じ、俺は一万円札を置いて店を出た。

フラフラと歩きながら、実家方面の連雀町へ向かう。

いい時間になっていた。
どこか知っている店でも寄るか。

しかし呑龍も、ポケットマネーも、なんでむんも、櫻井さんところも電気がついていない。

そういえば連雀の山車がある熊野神社の近くに、三枝さんら連々会メンバーが最近通っているバーがあるのをフェイスブックで何度も見たな。

携帯電話でみんなの投稿記事を見ながら、バーへ行ってみる事にする。

連雀町にあったバーのノイ。
結構急な階段を上り、初めて顔を出した。

店内は中々の賑わい。
店員は女性が二名。

知り合いが誰もいないなあと思いつつ、グレンリベットが無いのでマッカランをストレートで頼む。

「お酒お強いんですね」
「いや、それほどでも」

連雀の奴ら誰かしら来るかな……。

飲んで時間を潰す。

「おまえよー!」
「そっちがいきなり言ってきたんだろ!」

俺の席の横で似たような顔をした男同士が、突然口論をし出す。
黙ってタバコを吸いながら酒を飲んでいたが、あまりにずっとうるさいので「黙れ!」と怒鳴りつけた。

シーンとなる店内。

「他の客もいるんだ。少しは静かに飲めないのか?」

「すいません……」
「謝る時はちゃんとすいませんではなく、すみませんと言え」

「す、すみません……」
「そこの立っている奴、おまえ俺の横に座れ」

「はい」

まだ二十代半ばほどだろうか。

「何が原因なんだ?」
「兄ちゃんが僕の愛ちゃんを……」

「ちょっと待て、兄ちゃんって誰が?」
「さっき僕と言い合いしていた奴です」

「兄弟なのか?」
「ええ、双子なんです」

「……」

まさか地元の初めて行ったバーで、双子の喧嘩に出くわし止める事になるとは。
酒をご馳走してやりながら事情を聞くと、どうしょうもない事で喧嘩になったようだ。

「僕は…、愛ちゃんが好きです!」
「はあ? 愛ちゃんって?」

カウンター越しに女性店員が話し掛けてくる。

「うちの店を任している店長の子なんですよ。今日は休みなんですけど」

「えーと…、あなたは?」
「私、直美と言います。一応この店のオーナーになります」

「え、オーナーさん? こりゃまた失礼しました」
「普段私は出ないんですけど、今日は愛ちゃん休みなので手伝いで出ていたんですよ。先ほどは何か揉め事を仲裁して頂き、ありがとうございます」

「いえいえ、たまたま場面に出くわしただけでして」

マッカランのお代わりを頼む。
これで何杯目だ?
結構飲んだぞ。

「僕そろそろ帰ります。チェックを」

隣りの双子が会計を待つ。

「はーい、二千円になります」

何だ、この双子?
好きな女のいる店に来て結構酔ってデカい声で喧嘩をして、会計二千円?

「おい、小僧!」
「は、はい」

「おまえ、さっき惚れた女がどうのこうの言っていたよな?」
「は、はい」

「何だ、そのチンケな飲み方は? 男だったらさ、気風よく格好よく飲めよ」

「すみません…。でも、僕そんな稼ぎがよくなくて……」

「直美さん、コイツの会計俺につけといて下さい」

「え、いいんですか?」
「いいです。初対面で説教したので、俺が格好つけついでにコイツの分は奢っておきます」

酔っているせいか、俺も自分で何故こんな事をしているのか分からなくなる。
まあ、いいか。
酔った勢いついでだ。

「おい、小僧。金が無いのはしょうがない。でもよ、店へ二千円しか遣えに来れないなら、我慢して一気に金遣いに来い。それが男ってもんだろ?」
「はい、その通りです!」

「今日は俺がおまえの分奢ってやる。次からはもっと格好良く飲め。分かったか?」
「はい! ありがとうございます!」

「よし、じゃあ行っていいぞ」

双子の片割れを帰しタバコを吸っていると、直美が笑顔で話し掛けてくる。

「あのー、お名前は?」
「岩上です」

「え、岩上さんってあそこの?」

「一番上です」
「有名ですよ、岩上さん。これからも是非よろしくお願いします」

「普段はこっちにいないですけどね」
「愛ちゃんにはこの事必ず言っておきますね!」

「……」

愛ちゃん愛ちゃんって、俺は会った事も存在も知らないんだけどな……。

ここに来て何時間経つ?
駄目だ、知り合いが誰も来ない。

「すみません、チェックをいいですか」

いざ会計となったら、表示された料金に驚く。
自分の中で二万円くらい覚悟していたが、提示された額は八千円。

「会計間違っていませんか? さっきの双子の分もですよ?」
「それも入れて普通に適正価格ですよ」

こんな良心的にやっているお店ってあるんだ……。

心の底から本当に思った。
今度某金物屋若旦那誘ってまた行こうっと。

さすがに眠い。

俺はクレアモール商店街をフラフラ歩き、漫画喫茶に入りすぐ寝た。


闇 311(地元川越にて編)


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