第124話 鶯餅(うぐいすもち)
どこで何をしていたのやら? 「美味しい物を食べに行こう」と出たままのお鎌と十蔵が木賃宿に戻ったのは、それから数日後の事だった。
「あー、美味かった! ここの粗食とは大違い」
と、満足げなお鎌を見て、宇受女は「もっと女性らしい言葉を使ったら?」とひどく不機嫌である。それもそのはず、大坂に入って真面目に紐を売っているのは彼女だけで、他の者は好き勝手に宿を出入りしては、食べる物だけ食べたらすぐにどこかへ出てしまうのだ。それを察した十蔵は、両手に抱えきれないほどのお土産や食べ物を差し出し「これで勘弁してくれ」と宥めるが、
「よくそんなにお金を持っていますね!」
と呆れ顔の宇受女である。
「おかげですっからかんだ」と十蔵は空の巾着を振って笑った。ところが九度山の離れ納屋での籠もりきりの鬱憤が爆発したのだと言わんばかりのお鎌は、性懲りもなく、
「美しさを保つのも大変なんだ。ねえ月読?」
と、月読を味方にしようと脅迫の目を向け、月読は「ひっ!」と震えあがって、
「そ、そうだよ! お鎌ちゃんは、お、女なんだから、特別に栄養をとらなきゃね!」
と話を合わせ、ちぐはぐな会話に宇受女は首を傾げる───と、お鎌の視線が部屋の隅に置かれた、ずしりと重そうな売上金の入った小箱に止まり、徐に近づき中を覗いて、
「なんだ、まだこんなに沢山あるじゃない。これで道頓堀に行って皆で鰻でも食べようよ」
と悪びれもなく手を伸ばすから、宇受女は慌てて、
「この泥棒猫! 私が炎天下で稼いだお金をネコババかい? 図々しいにも程がある!」
「そんな目くじらを立てなくたっていいじゃない」
そんなつまらない喧嘩をしている所に、木戸が開いて諜報活動から左近が戻る。
「おい、外まで聞こえているぞ。何の騒ぎだ?」
「左近さん聞いて! お鎌さんときたら、十蔵さんと散々食べ歩いた挙句、路銀を使い果たしてやっと戻ったと思ったら、紐の売り上げを盗もうとしたのよ!」
左近は内輪揉めに頭を抱えながら、
「まあまあそう怒らないで。それより鶯餅を売ってる店はないかな?」
とさっそく聞いた。全く違う話が飛び出すので、
「左近さんまで! そんなに美味しい物が食べたいの? 私の料理、そんなに不味い?」
と〝プイ〟と膨れた宇受女であるが、横にいたお鎌が、
「高麗橋にあった〝菊屋〟という店の鶯餅が最高に美味かったよ。ねえ十蔵?」
と、味を思い出すようにそう言った。これを受けて十蔵も、
「ああ。なんでも菊屋治兵衛という菓子職人がいてな、太閤秀吉の弟 秀長公の御用菓子になって大和郡山へ行ったそうだ。そこで秀吉をもてなす茶会を開いた時、(人差し指と親指の先を合わせて丸を作り)このくらいの粒餡を餅でくるんで、そこに青きな粉をまぶした菓子を出したそうだ。それを秀吉がえらく気に入ったらしく、ちょうど鶯に似ていたから〝鶯餅〟と名付けたそうだ。〝菊屋〟の奉公人がそう言っていたぞ。わしらが行った高麗橋の店はその治兵衛の弟だか甥だかが継いでやっているが、大坂城御用達とかでえらく評判だ。片桐且元もひどく贔屓にしてるそうだ」
と、店の奉公人との世間話から得た情報を話した。彼らにとっては〝遊び〟は即〝諜報〟なのである。
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ののうノ野
磐城まんぢう書き下ろし小説『ののうの野』を不定期掲載しています。 時は戦国、かつて信州祢津地域に実在した”ののう巫女”集団にスポットを当て…
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