文字は自由だ!イワタ鄭道昭の面白い文字を見てみよう(面白字形編)
前半では「北魏楷書」という自由で個性的な書体の歴史についてお話ししましたが、ここからは私たちの新書体「イワタ鄭道昭」にたっぷりと詰め込まれた、こだわりの文字たちの姿を実際に眺めてみましょう。
「なるほど、手書きだとこうなるよね」「この形、なんだか愛嬌がある!」と感じていただけるような文字をたくさんピックアップしました。文字の形が織りなす面白さを、ぜひゆっくりとご堪能ください。
「イワタ鄭道昭」こだわりの字形と特徴
「イワタ鄭道昭」は、ふつうの楷書体フォントとは一線を画する個性的な形の文字を多数収録しました。
現代の、一般的な教科書体や(正)楷書体フォントよりも、さらに手書きの楷書として実際に長年、字典体よりも多く書かれてきた字体を多数収録。
北魏楷書ならではの異体字を(とくに第二水準では、読める範囲と判断した物は)収録。
以下に特徴的なものをいくつか挙げていきたいと思います。
① 手書きの慣例を生かした形

「吉」は手書きでは「土」に「口」と書くのがふつうでした。今でも牛丼チェーンの吉野家の看板で毎日見かけます。他にも「吉」が旁になる文字は、「イワタ鄭道昭」ではほぼ全て「土口」に作っています。

「角」も、手書きでは「ク」の下に「用」のように中央の縦画が突き抜けるのがふつう。将棋駒のメジャーな書体(錦旗・水無瀬・菱湖・清安やいわゆる天童楷書)の「角行」の駒字は皆、縦が突き抜けていることにお気づきでしょうか。NHK杯将棋トーナメントで用いられる一字駒の「角」もそうですね。

「冠」の「元」が「寸」を包みこまず、「頑」と同じように撥ねているのは、日本酒メーカー「月桂冠」のロゴでおなじみの形。

雑司ヶ谷の鬼子母神では、昔からツノのない「鬼」を用いているのだそうです(https://www.homyoji.or.jp/kishimojin/about/による)が、実は昔はツノがない形のほうが手書きで多く使われている形でした。「イワタ鄭道昭」では、「鬼」を旁にもつ「魂」「槐」などは、皆ツノを取った形になっています。
そうは言っても、日常的によく使う「鬼」の時にツノが無かったらぎょっとしますよね。普段「士口」で書いている吉田さん、吉川さん、吉村さん等々も、「土口」しか無かったら自分の名前を書くときに違和感を感じるかもしれません。
そういうわけで、違いが目立つ単独字に関しては、標準字形に通常の形を入れておいて、本来の手書きで多用されていた形が使いたい方は北魏字様に切り替えていただく、という形にしています。

このように、印象が大きく異なる形は北魏字様に回し、標準字形には平易な形を置く措置を施す文字の範囲は、小学校で習う教育漢字を目安にしています。製品化の段階で平易な字形を追加した文字の例として、「正」があります。

一方、使用頻度の低い文字に関しては読み手の漢字の知識を信頼し、普通なら誤字とみなされるような文字も、北魏時代に用例があれば入れてしまいます。

「覚」の旧字体「覺」の上は「學」と同じく、上部の中央は「爻」のはずですが、「與」の上と同じく「与」の形になっています。「鷽」も同様です。
② いろいろな部品が「△」や「厶」になる
次に、イワタ鄭道昭ならではの造形(標準字形・北魏字様共通のもの)をいくつかご紹介しましょう。

「員」は、全て「口」が△や厶になるわけではありません。当時両方が混在して用いられていたため、フォント化にあたって一部の字種は通常の「員」を含む字形を混ぜています(「隕」など)。
また、単独字は北魏字様のみが「厶」になり、使い分けできるようになっています。ついでに言えば、「強」は逆に北魏字様に、上が「口」の形の異体字を収録しています。

③ 明朝体活字の旧字体のように線が飛び出る形

下図の「溝」の異体字は北魏字様での使い分けではなく、StdNの文字セットに「冉」の横線が2本飛び出た旧字体の「溝」の字形が含まれているので、両フォントに2種類の文字が入っています。
IVSまたは(アプリケーションが対応している場合)異体字切り替え機能でご利用ください。

④ 北魏楷書に隷書の名残りがある代表的な例
隹(ふるとり)は、例外無く上部が「ク」の字のように閉じています。

類似した文字として面白いのは、「侯」。
本来(隷書体まで)はこの北魏字様のような「危」の「㔾」部分を「夫」に替えた字形だったのが、楷書で元来の字形を忘れて外郭部分が「亻」と「ユ」に変化したのです。旧来の形は北魏字様に収録されています。

同じくらい特徴的なのが、「韋」の古風な形。これは例外無くこの形になっています。

「毅」の「殳」や「斂」の「攵」は、右上に「々」のついた、より複雑な形になっています。これも隷書に見られる形の名残と言えるでしょう。

⑤ 行書・草書の名残りを感じる形
北魏楷書は、楷書と行書・草書の区別がまだ確立していません。

「此」は、北魏字様で行書体の形が出せるようになっています。

知らないと読めない草書の形を北魏字様に収録している例としては、「叔」「淑」があります。

⑥ 略字の作り方が通常と異なる例
「鑑」の異体字に「鑒」があり、イワタ鄭道昭の「鑑」にみられる「𠂉」の下の2本目の線は「皿」の略「罒」をさらに省略した形と考えられますが、北魏楷書では下に「皿」が残っていても2本描かれたり、「艦」のように1本だったりまちまちです。(じつは「𠂉」の下の1本線は「血」の「ノ」です。篆書では「臥」に「血」と書きます。)

北魏字様では、旁が「爪」になった字形を採用しています。


標準字形も、よく見れば「瓜」に点1個足りないのですが、文字を覚える時の覚え歌「爪にツメなし、瓜にツメあり」は成り立っているので良しとしました。

手書きの楷書によく見られる形として、「虍」(とらがしら)が雨冠のような形になる文字があります。
第二水準漢字はほぼ全て、この形で収録していますし、よく使う文字でもできるだけ北魏字様ではこの形を用意しています。

また、とらがしらの下の形が変形することもあります。「遽」の場合、標準字形でも「豕」が「勿」に変形しています。

ただし、単独の「虎」のみ例外で、北魏字様でも上部は変形しません。他の文字と同じような上部の形は、「虎」の異体字である「乕」に収録されています(標準字形・北魏字様共通)。

「イワタ鄭道昭」その他独自の仕様
ここまでも北魏字様の異体字をいくつか紹介してきましたが、標準字形と北魏字様の使い分けは、文字によって独特の工夫をしています。
⑦ 特殊な異体字関係の工夫
鄭羲下碑の文面に出てくる「兗州」「熒陽公」を表示できるようにするために、無理やりこれらの文字の異体字と解釈しました。著名な「兗州」とは別の意味(川の名)で用いる時、同義で用いる異体字「沇」のそのまた異体字に「沿」があるためのこじつけです。「熒」もホタルの意で用いることは稀ですが、一応は直接の異体字です。

これは実際にある異体字ですが、かなり特殊なケースでしか適用できないものです。

本当は舛(セン、部首「まいあし」)は升(ショウ、ます)の異体字ではないのですが、人名では「ますだ(舛田)」さん「ますたに(舛谷)」さんがたくさんいる実態を鑑み、異体字扱いにしています(北魏字様の字形は、どちらも「升」の異体字として書いていただいたものです)。

⑧ 北魏字様との使い分けについて
特殊な字形が複数ある場合は、一般に見慣れた形に近い文字を標準字形に、より特徴の強い文字を北魏字様に入れるようにしています。

「尨」は、IVSで「彡」が横画にかぶるか被らないかを使い分けることができる例ですが、どちらの異体字であっても北魏字様に切り替えると同じ形になる例です。

ユニークな形ベスト5
最後に、収録字形の検討中に、とくに面白く感じた北魏字様のベスト5を集めました。





前半・後半にわたって「イワタ鄭道昭」の面白い文字の世界をご案内してきましたが、いかがでしたでしょうか?
今回ご紹介できたのは、ほんの一部に過ぎません。
イワタ鄭道昭には、まだまだ隠れた魅力を持つ面白い字形がたくさん眠っています。
標準字形と北魏字様の2つの字形を持つ文字一覧をPDFにまとめましたのでお時間があるときに見てみてください。
また、ぜひイワタ鄭道昭のページで、ご自身の名前や好きな言葉を入力して、お気に入りの面白い字を探してみてくださいね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
主要参考文献
・会田大輔『南北朝時代-五胡十六国から隋の統一まで』(中公新書, 2021)
・石井公成『東アジア仏教史』(岩波新書, 2019)
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・石塚晴通「漢字字体の日本的標準」(『漢字字體史研究』(勉誠出版, 2012)所収)
・梅原清山編『北魏楷書字典』(二玄社, 2003)
・江守賢治『解説 字体辞典』(三省堂, 1998)
・江守賢治『漢字の字体と筆跡鑑定』(三省堂, 2004)
・大熊肇『文字の骨組み 字体/甲骨文から常用漢字まで』(彩雲出版, 2009)
・亀澤孝幸 「漢字書体の唯物論」(『立正大学國語國文』61号, 8-23頁)🔗
・小池和夫『異体字の世界 最新版 旧字・俗字・略字の漢字百科』(河出文庫, 2013)
・グループ昴『Vignette 10号 石の書物-開成石経』(朗文堂, 2003)
・古賀弘幸『書のひみつ』(朝日出版社, 2017)
・澤田雅弘「北朝墓誌にみる刻法の伝播:特定刻法[003]について」(『大東書道研究』21巻,94-105頁)🔗
・石永峰「近代日本における碑帖論争と内藤湖南」(『東アジア文化交渉研究』第13号381-398頁)
・内藤湖南「北派の書論」(大阪朝日新聞, 1911年3月26日)🔗
・西原一幸『楷書の秘密 「字様」が発見されるまで』(勉誠社, 2024)
・野崎邦臣『漢字字形の問題点-併『平22、常用漢字表』追加字批判-』(天来書院, 2013)
・比田井南谷『中国書道史辞典 普及版』(天来書院, 2008)
・増山雅人(酔棋)『将棋駒の世界 カラー版』(中公新書, 2006)
・松木利香「行書変遷の契機としてみた長沙東牌樓後漢簡牘の考察」(奈良教育大学学位論文, 2013)🔗
・横田恭三『中国古代簡牘のすべて』(二玄社, 2012)
・陸明君『魏晉南北朝碑別字研究』(文化芸術出版社, 2009)
