日陰は束の間・1|掌編小説集「ゆうぐれドキ」#16
「ひとりごと聞いちまったんだよ。それもいちばん聞きたくないやつ」
おれと松井はバスケ部の部内戦で流した汗を、体育館裏の涼しい日陰で冷ましていた。
「へぇ」と、松井の生返事。
「なんだよ、へぇって」
おれは今日の朝練で不意に聞いてしまった岩倉さんのひとりごとについて、思い切って松井に打ち明けたつもりなんだけど、反応はつれない。
薄情なやつめ、松井。いや、違うな。おれの言い方がいかにもどうでもよさそうな感じがいけないんだよな。
もう少しだけ、真剣に言い直そうとするけど、なんだか喉がつっかえて言葉が出てこない。
「どうせまた、岩倉さんの話だろ」
「なんでわかるんだよ。てか、わかってるならもっと首突っ込めよ」
「いやだね。どうせ僕にアドバイスを求めるだろ」
「まあな」
「そして僕の親切なアドバイスを『わかってないなぁ』で片付ける」
「それはお前のアドバイス次第だ」
「喉、乾いたな」
「ジュース奢るよ」
「仕方ない。手を打とう」
おれは松井に今朝のことを話した。エースの金田がダンクシュートを決めたときの、隣のコートで岩倉さんがドリブルの手を止めて漏らした静かな嘆声。
「『かっこいいな』ってさ……」
おれは彼女の言葉に溶け込んだ憧れの響きを思い出して、胸が苦しくなった。松井はおれのそんな気持ちには気づいていないようで、
「金田より上手くなって言えばいいだろ。『おれのほうがかっこいいぜ』って」と、松井はおれが奢ったフルーツ牛乳を開けもせずに弄びながら言う。
「わかってないなぁ」
松井はこれみよがしにため息をついた。話は終わりだと言わんばかりに、スッと立ち上がって体育館裏口の方に歩き出す。
「悪かったよ、松井。でもバスケで金田に勝つ自信なんて……なぁ」
すると松井は裏口のところで振り向きざまに、フルーツ牛乳をおれに向かって放り投げた。なんとか地面スレスレでキャッチする。
「あぶねっ。お前、いらないのかよ」
「岩倉さん、フルーツ牛乳好きらしいよ。そろそろ女バスも休憩なんじゃない?」
それだけ言うと、いつもの仏頂面のまま体育館の方へと猫のように消えていった。おれは思わず口元が緩んでしまって、ちょっと悔しい。
〈了〉
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