介護×グローバル:世界がまだ知らいないKaigo
外国人に介護を教えるとき、私はいつも掴みのネタを用意しています。
アメリカ、フィリピン、日本での自分の写真を見せて、それぞれの時期の体型の違いで笑いを取るのです。この変化は、単なる体型の違いではなく、生活環境が人間に与える影響を象徴するものです。

この写真をきっかけに、「生活の専門職」である介護士の役割について話を深めていくのが、私のレクチャースタイルです。
アメリカ、フィリピン、日本の介護を比較すると、「Caregiving」と「Kaigo」には明確な違いがあります。端的に表現するならば、
Caregiving は「日常生活動作の支援」
Kaigo は「日常生活そのものの支援」です。
例えば、食事介助、入浴介助、排泄介助と、提供する支援の種類はどの国でも共通しています。しかし、動作を支援するのか、生活を支援するのかで、目指している世界観がまるで異なります。
イメージとしては、Caregivingは細切れになった生活の不具合を埋める作業であり、Kaigoは利用者の生活そのものに寄り添い、共に伴走すること。この違いは、似て非なるものです。
日常生活動作の支援だけであれば、代替が容易です。だからこそ、多くの国では「介護職に専門性はない」と考えられています。その結果、介護士は「より高度なスキルを求めて医療職を目指すべき」といった医療のヒエラルキーに組み込まれてしまいます。

しかし、生活そのものを支える日本のKaigoには、単なる動作支援にとどまらない専門性が内在しています。
身体介護だけでなく、精神的なケアや社会とのつながりを育むことも、介護の重要な仕事です。そのために、医療と社会福祉の領域をつなぎ、利用者の生活全体を支える役割が求められます。

日本のKaigoは、こうした広範な専門性をもつ「生活の専門職」として確立されているのです。この理解がなければ、介護レクチャーは単なる技術習得のためと誤解され、利用者不在の独りよがりな介護になってしまいます。
だからこそ、技術向上の前に「何のために介護を学ぶのか」というマインドセットを醸成することが重要なのです。
世界的に見ると、「看護師には専門性があるが、介護士にはない」と考えられることが多いです。しかし、それは動作支援としての介護の認識に基づいたものです。
世界は、生活の専門職としてのKaigoをまだ知らないのです。これが私のインサイトです。
このインサイトを得るためには、日本の介護を外側から眺め、且つ、在宅介護と施設介護の両方を経験することが必要です。
在宅介護は「生活」の本質を理解するために重要であり、施設介護はチームケアや多職種連携、基本的な介護技術を学ぶために必要です。両方の経験があって初めて、日本のKaigo を立体的に捉えることが出来ます。
介護レクチャー1日目では、介護と看護の違いを比較しながら、「生活の専門職」としての Kaigo のアウトラインを示しました。
繰り返します。
世界は、生活の専門職としてのKaigoをまだ知らない。
だからこそ、日本のKaigoを世界に広めることは、私にとって最もエキサイティングな挑戦なのです。

