アナザーストーリー・生成AI開発のために著作物を複製保存・モデル訓練のために複製することはフェアユースなのか?-市場希薄化理論へのいざない: Kadrey et al. v. Meta Platforms Inc. 3:23-cv-03417-VC
はじめに
生成AI界隈だけでなく報道各社も賑わせたAnthropic判決から一夜、同じカリフォルニア州地方裁判所にてもう一つの訴訟: Meta裁判における原告作家らの略式判決申立棄却および一部略式判決反対申立認容命令が出されました。
A federal judge ruled for Meta against a group of authors who had argued that its use of their books without permission to train its artificial intelligence system infringed their copyrights https://t.co/6QrOsRVmDK
— Reuters (@Reuters) June 26, 2025
AIトレーニングでの著作物利用に関し、米の作家らがMetaを訴えていた事件で、連邦裁判所が、原告らが市場への影響を裏付けることができなかったとして、Metaのフェアユースを認める判決を下したとのことです。https://t.co/gozwLTzPjw
— 著作権情報センター【公式】 (@CRIC_official_) June 27, 2025
AI学習で書籍利用、米メタも勝訴 米新興企業に続き―著作権侵害訴訟https://t.co/Yg9hb6rdUi
— 時事ドットコム(時事通信ニュース) (@jijicom) June 27, 2025
生成AI(人工知能)を開発する米メタ(旧フェイスブック)が学習に書籍を無断利用したとして、作家が同社を著作権侵害で訴えていた訴訟で、米カリフォルニア州の連邦地裁は原告の訴えを退けました。
メタ、AI著作権訴訟で勝訴──フェアユース該当も限定的 https://t.co/6Xjch3K3eM
— WIRED.jp (@wired_jp) June 28, 2025
AI巡る著作権訴訟で米メタ勝訴、地裁「原告らが間違った主張」 https://t.co/mX2zDEPHYF
— ロイター ビジネス (@ReutersJapanBiz) June 26, 2025
MetaがAIのトレーニングに書籍を使った訴訟で担当判事が訴えを棄却、ただし「Metaによる著作物の使用が合法」というわけではないと釘を刺されるhttps://t.co/Mpo680WFNK
— GIGAZINE(ギガジン) (@gigazine) June 26, 2025
・・・なのですが、これら記事の論調を見る限りだとどうも裁判官自身はAI訓練のための著作物利用をフェアユースだと認めるには消極的のようです。
争点となったのはMeta社開発のLLMであるLlama。これを開発するために用いた文書セットの一部が、知る人ぞ知るシャドウ・ライブラリであるLibGenやSci-hubあるいはBitTorrent経由でダウンロードした…つまり「違法ダウンロード」によって開発されていたというのです。
なるほど、それならば先日のAnthropic判決でも言っていたのと同じ理屈だというわけですね…?
いえ、少し違うようです。
実はこの判決文では米国著作権法107条のフェアユース該当性の理論に挑戦しようとしているところがあります。
それは第4要素である「著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響」でした。
どうも生成AIの開発およびその公開には市場への影響…市場希薄化のおそれがあるといいます。
さて、この判決文はかなり挑戦的なものとなっております。
例によって、フェアユースのみならず知的財産制度に関する専門知識を要する判決文となっておりますので、判決文の内容をサラッと読みたい方は3.まとめから読むことをおすすめします。
1. 翻訳上の注意など
●判決文本文
もちろん英語です。原文との対比用にどうぞ。
https://storage.courtlistener.com/recap/gov.uscourts.cand.415175/gov.uscourts.cand.415175.598.0.pdf
●訳語について
さて、本件においては以下のように訳語を当てています。
・copy(copies): 名詞の場合は「コピー」と訳し、動詞の場合は「複製」と訳します。
・work:原則として「著作物」として訳出しています
※一部、文意が通るように「作品」としているものもあります。
・original(s):文脈に応じて「原著作物」あるいは「オリジナル」と訳出しています。
★訳語として誤っている箇所・不自然な箇所があれば遠慮なく指摘していただけますと助かります。
●参考条文(アメリカ著作権法)
※訳語はCRICホームページ(https://www.cric.or.jp/db/world/america.html)より抜粋。
101条(定義)(抄)
・・・
「二次的著作物」とは、翻訳、編曲、脚色、小説化、映画化、録音物、美術複製、抄録、要約、またはその他著作物を改作し、変形しもしくは翻案した形式のように、一以上の既存の著作物を基礎とする著作物をいう。全体として創作的な著作物を構成する改訂、注釈、発展またはその他の変更からなる著作物は、「二次的著作物」である。
・・・
102条(著作権の対象:総則)(抄)
(a)(略)
(b)いかなる場合にも、著作者が作成した創作的な著作物に対する著作権による保護は、着想、手順、プロセス、方式、操作方法、概念、原理または発見(これらが著作物において記述され、説明され、描写され、または収録される形式の如何を問わない)には及ばない。
第106条 著作権のある著作物に対する排他的権利
第107条ないし第122条を条件として、本編に基づき著作権を保有する者は、以下に掲げる行為を行いまたこれを許諾する排他的権利を有する。
(1)著作権のある著作物をコピーまたはレコードに複製すること。
(2)著作権のある著作物に基づいて二次的著作物を作成すること。
(3)著作権のある著作物のコピーまたはレコードを、販売その他の所有権の移転または貸与によって公衆に頒布すること。
(4)言語、音楽、演劇および舞踊の著作物、無言劇、ならびに映画その他の視聴覚著作物の場合、著作権のある著作物を公に実演すること。
(5)言語、音楽、演劇および舞踊の著作物、無言劇、ならびに絵画、図形または彫刻の著作物(映画その他の視聴覚著作物の個々の映像を含む)の場合、著作権のある著作物を公に展示すること。また、
(6)録音物の場合、著作権のある著作物をデジタル音声送信により公に実演すること。
第107条 排他的権利の制限:フェア・ユース
第106条および第106A条の規定にかかわらず、批評、解説、ニュース報道、教授(教室における使用のために複数のコピーを作成する行為を含む)、研究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェア・ユース(コピーまたはレコードへの複製その他第106条に定める手段による使用を含む)は、著作権の侵害とならない。著作物の使用がフェア・ユースとなるか否かを判断する場合に考慮すべき要素は、以下のものを含む。
(1)使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)。
(2)著作権のある著作物の性質。
(3)著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性、および
(4)著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響。
上記のすべての要素を考慮してフェア・ユースが認定された場合、著作物が未発行であるという事実自体は、かかる認定を妨げない。
第109条 排他的権利の制限:特定のコピーまたはレコードの移転の効果(抄)
(a)第106条(3)の規定にかかわらず、本編に基づき適法に作成された特定のコピーもしくはレコードの所有者またはかかる所有者の許諾を得た者は、著作権者の許諾なく、当該コピーまたはレコードを売却しその他占有を処分することができる。前段にかかわらず、第104A条に基づく回復著作権の対象となる著作物のコピーまたはレコードが著作権回復日前に、または善意使用者については第104A条(e)に基づく通知の掲載もしくは送達前に、製造された場合には、以下の日のうちいずれか早い日に始まる12ヶ月間に限り、回復著作権者の許諾なく、直接または間接の商業的利益を目的としてかかるコピーまたはレコードを売却しその他占有を処分することができる。
(1)第104A条(d)(2)(A)に基づき著作権局に提出された回復著作権行使の意思の通知が連邦官報に掲載された日、または
(2)第104A条(d)(2)(B)に基づき送達された実際の通知を受領した日。
・・・・・
第504条 侵害に対する救済:損害賠償および利益(抄)
・・・・
(c)法定損害賠償-
(1)本項第(2)節に定める場合を除き、著作権者は、終局的判決が言い渡される前はいつでも、現実損害および利益に代えて、一つの著作物に関して当該訴訟の対象となるすべての侵害(一人の侵害者は単独で責任を負い、二人以上の侵害者は連帯して責任を負う)につき、750ドル以上30,000ドル未満で裁判所が正当と考える金額の法定損害賠償の支払を選択することができる。本項において、編集著作物または二次的著作物の部分は、すべて単一の著作物を構成するものとする。
(2)侵害が故意に行われたものであることにつき、著作権者が立証責任を果たしかつ裁判所がこれを認定した場合、裁判所は、その裁量により法定損害賠償の額を150,000ドルを限度として増額することができる。侵害者の行為が著作権の侵害にあたることを侵害者が知らずかつそう信じる理由がなかったことにつき、侵害者が立証責任を果たしかつ裁判所がこれを認定した場合、裁判所は、その裁量により法定損害賠償の額を200ドルを限度として減額することができる。著作権のある著作物の利用が第107条に定めるフェア・ユースであると侵害者が信じかつそう信じるにつき合理的な根拠があった場合において、侵害者が(i)非営利的教育機関、図書館もしくは文書資料館の職員もしくは代理人としてその雇用の範囲内で行動している者、または非営利的教育機関、図書館もしくは文書資料館であって、著作物をコピーまたはレコードに複製することにより著作権を侵害したとき、または(ii)公共放送事業者または個人であって、公共放送事業者の非営利的活動の通常の一部(第118条(f)に規定する)として、既発行の非演劇的音楽著作物を実演しまたはかかる著作物の実演を収録した送信番組を複製することによって著作権を侵害したときには、裁判所は、法定損害賠償額の支払を減免しなければならない。
・・・・
2.判決文本文
(1頁)
UNITED STATES DISTRICT COURT
NORTHERN DISTRICT OF CALIFORNIA
RICHARD KADREY, et al.,
Plaintiffs,
v.
META PLATFORMS, INC.,
Defendant.
Case No. 23-cv-03417-VC
原告の一部略式判決申立棄却および被告の一部略式判決反対申立認容の命令
Re: Dkt. Nos. 482, 501
現在、企業たちは生成AIモデル―これまでに「訓練」された素材に基づいてテキスト、画像、動画、または音声を生成することができるソフトウェア製品-の開発を競争的に進めている。生成AIモデルのパフォーマンスは、訓練の一環として吸収するデータの量と質に依存するため、企業は著作権で保護された素材を、著作権者から許可を得ることなく、またはその著作物をこの目的で使用する権利に対して対価を支払うことなく、自社のモデルに与えるという誘惑に抗えずにいる。本件は、そのような行為が違法かどうかという問題を提起している。
本来は詳細に検討されるべきであるが[the devil is in the details]、ほとんどの場合においてその答えはおそらく「yes」であろう。著作権法が何よりも重視するのは、人間が芸術的・科学的著作物を創造する動機を維持することである。したがって、一般的に、許可なく保護された著作物を複製することは違法である。そして、ある種の著作権侵害申立に対する抗弁を提供する「フェアユース」の法理は、通常、著作権者が自身の著作物から収益を得る力を著しく減少させる(したがって将来の創作へのインセンティブを著しく減少させる)複製行為には適用されない。
(2頁)
生成AIは、市場を無限の大量の画像、楽曲、記事、書籍などで氾濫させるポテンシャルを持っている。人々は生成AIモデルに対して、さもなくば必要とされる時間と創作性のごく一部を使用してこれらのアウトプットを生成するよう促すことができる。したがって、著作権のある著作物で生成AIモデルを訓練することにより、企業はしばしばそれらの著作物の市場を劇的に弱体化させるものを創造し、ひいては人間が昔ながらの方法で物事を創造するインセンティブを劇的に蝕むのである。
例えば伝記を考えてみよう。企業が著作権のある伝記を使用してモデルを訓練し、そのモデルが無限の量の伝記を生成できるようになれば、コピーされた多くの伝記の市場は深刻な害を受ける可能性がある。おそらくRobert Caroの『Master of the Senate』の市場ではないだろう。なぜなら、その書籍は非常に多くの人々の読みたい伝記のリストの最上位にあるからである。しかし、Lyndon B. Johnsonのあまり知られていない伝記の市場は影響を受けるに違いない。そして、これは将来の伝記執筆のインセンティブを減じることになる。
あるいは雑誌記事を考えてみよう。企業が著作権のある雑誌記事を使用して類似の記事を生成できるモデルを訓練すれば、コピーされた記事の市場が大幅に減少することは容易に想像できる。特にAI生成記事が無料で利用可能になる場合はなおさらである。そして再び、これは人間が高品質な雑誌記事を作成するために必要な努力を払う動機にどのような影響を与えるだろうか?
一部の種類の著作物についていえば、その状況はもう少し曖昧である。例えば、生成AIが回想録や自伝の市場にどのような影響を与えるかは明確ではない。なぜなら、定義上、人々はそれらの著作物を誰が書いたかによって読むからである。フィクションについては、書籍の種類に依存するかもしれない。おそらく『ライ麦畑でつかまえて[The Catcher in the Rye]』のような古典的文学著作物は市場の減少を見ることはないだろう。しかし、典型的な人間が創造した恋愛小説やスパイ小説の市場は、類似のAI創作著作物の拡散によって大幅に縮減してしまう可能性がある。そして再び、そのような著作物の拡散は、おそらく人間がロマンス小説やスパイ小説をそもそも書くインセンティブを減少させるであろう。
(3頁)
著作権法学者のなかには、企業たちが生成AIモデルを訓練するために著作権で保護される著作物を使用する際、自らの権利内で高度に創作的な方法で著作物を使用しているため、これらのいずれも問題ではないと応じる者もいる。著作権法の言葉で言えば、企業による著作物の使用は「変容的」である。事実上の問題として、これについて争いはない。そして法的問題として、変容的目的のために著作物を複製している場合、著作権侵害の責任を負う可能性は低いことは事実である。その状況では、フェアユースの法理によって保護される可能性が高い。しかし、連邦最高裁判所が強調してきたように、フェアユースの審査は高度に事実依存的であり、規則はほとんどない。あなたの保護された著作物の使用が「変容的」である場合に、これが自動的に著作権侵害申立からあなたを免責するという規則は確実に存在しない。そしてここでは、保護された著作物を複製することは、いかに変容的であっても、複製されている著作物の市場を深刻に害し、ひいては人間が創造するインセンティブを深刻に損なう力を持つ製品の創造を含むものである。フェアユース法理の下では、著作権のある著作物の市場への害は、複製が行われる目的よりも重要である。
ちなみに、この話題に関する最近の判決において、Alsup判事は、それが訓練される著作物の市場に与えうる害についての懸念を軽視しながら、生成AIの変容的性質に重点を置いた。そのような害は、「学童に良い文章を書くことを教える」ために著作物を使用することによって引き起こされる害と何ら変わらないが、それは「競合する著作物の爆発的増加をもたらす」可能性があると彼は理由付けた(Order on Fair Use at 28, Bartz v. Anthropic PBC, No. 24-cv-5417 (N.D. Cal. June 23, 2025), Dkt. No. 231)。Alsup判事によれば、これは「著作権法が懸念する競争的または創作的置換の一種ではない」と(Id.)。しかし、市場への影響のこととなると、子供たちに物を書くことを教えるために書籍を使用することは、単一の個人が最小限の時間と創作性で無数の競合する著作物を生成するために使用できる製品を創造するために書籍を使用することとはかけ離れているものである。この不適切な類推は、フェアユース分析における最も重要な要素を軽視する根拠にはならない。
企業を支持するもう一つの論証は、法的というよりもレトリック的である。すなわち、企業に不利な判決を下さないでください。さもなければ、この画期的技術の発展を止めることになります。この技術は確かに画期的なものであるのだから、と。
(4頁)
しかし、不利な著作権判決がこのテクノロジーを完全に停止させるという示唆は奇妙なもの[ridiculous]である。これらの製品は、それらを開発する企業に数十億、さらには数兆ドルを生み出すことが期待されている。著作権のある著作物を使用してモデルを訓練することについて企業が主張するほど必要であるならば、企業はそのために著作権者に補償する方法を見つけ出すであろう。
要するに、多くの事情において、許可なく著作権保護された著作物を複製して生成AIモデルを訓練することは違法となる。これは、企業が著作権侵害の責任を回避するためには、一般的に著作権者に対してその素材を使用する権利のために対価を支払う必要があることを意味する。
しかし、そのことによってこの特定の事件にもたらされる。上記の議論は、この裁判所の生成AIモデルとその能力に関する一般的理解に大きく基づいている。裁判所は一般的理解に基づいて事件を決定することはできない。当事者によって提示された証拠に基づいて事件を決定しなければならないのである。
本件では、13人の著者-主に有名なフィクション作家-がMetaに対して、オンラインの「シャドウ・ライブラリ」から著者らの書籍をダウンロードし、その書籍を使用してMetaの生成AIモデル(具体的には、Llamaと呼ばれる大規模言語モデル)を訓練したとして訴訟を起こした。当事者は一部略式判決について反対申立を行い、原告らはMetaの行為がフェアユースである可能性はないと主張し、Metaはその行為が法的問題としてフェアユースと見なされなければならないと応答した。これらのフェアユースの議論に関連して、原告らは自らの著作物の市場がMetaの複製行為によってどのように影響を受けるかについて2つの主要理論を提示する。原告らはLlamaが自らの書籍から小さなテキスト・スニペットを再現できると主張する。そして、原告らはMetaが許可なく訓練のために自らの著作物を使用することにより、著者が大規模言語モデルを訓練する目的で自らの著作物をライセンスすることができなかったと主張する。以下で説明するように、これらの議論ではいずれも明らかな敗者である。Llamaは原告らの書籍から重要な量のテキストを生成することができず、原告らはAI訓練データとして自らの著作物をライセンスする市場に対する権利を有していない。潜在的に勝訴する論証—Metaが類似の著作物で市場を氾濫させる可能性が高い製品を創造するために原告らの著作物を複製し、市場の希薄化[market delusion]を惹起する—については、原告らはこの問題をほとんど口先だけで扱い、そして原告らはMetaのモデルからの現在のまたは予想されるアウトプットが、原告ら自身の著作物の市場をどのように希薄化するかについての証拠を何も提示していない。
(5頁)
本件記録の事情を考慮すると、裁判所は同社がモデルを原告らの書籍で訓練することによって著作権法に違反したという原告申立について、Metaに略式判決を認容する以外に選択肢がない。しかし、物事の大きな枠組において、この判決の帰結は限定的である。これはクラスアクションではないため、この判決はこれら13人の著者の権利にのみ影響し、Metaがモデルを訓練するために使用した無数の他の著作者の権利には影響しない。そして、今や明らかになったように、この判決はMetaの著作権のある素材を使用してその言語モデルを訓練することが合法であるというテーゼを支持するものではない。それは単に、これらの原告らが誤った論証をし、正しい論証を支持する記録の形成に失敗したというテーゼを支持するにすぎないのである。
1.著作権法とフェアユース
著作権法の目標は「文芸、音楽、およびその他の芸術の幅広い公的な利用可能性」を促進することである(Twentieth Century Music Corp. v. Aiken, 422 U.S. 151, 156 (1975) )。この目的のために、著作権法は著作者に独占的権利の束を与えることによって創作性を奨励するのである—例えば、他者がその著作物を複製または頒布することを防ぐ権利である(米国著作権法106条)。しかし同時に、著作権法は「創作へのインセンティブという利益と複製行為に対する制限のコストとをトレードオフしている」(Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith, 598 U.S. 508, 526 (2023) )。例えば、著作権は表現のみを保護し、基礎となるアイデアは保護せず、著作権保護の期間は限定されている(See id. (米国著作権102条, 302条から305条を引用))。
著作権法が所有権保護とイノベーションの余地を残すことの間でバランスを取る主要な方法の一つが、フェアユースの積極的抗弁である。この法理の下では、「批評、解説、ニュース報道、教授…、研究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェアユース」は、著作権の侵害ではない(米国著作権法107条)。フェアユースは「フェアユースは、著作権法の硬直的な適用が、まさにその法律が促進しようとする創作性を阻害してしまう場合に、裁判所がそうした硬直的適用を回避することを可能にする」(Google LLC v. Oracle America, Inc., 593 U.S. 1, 18 (2021) (quoting Stewart v. Abend, 495 U.S. 207, 236 (1990)) 。
(6頁)
著作権法は、特定の使用がフェアかどうかを判断する際に考慮すべき4つの要素を列挙している。
(1)使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)。
(2) 著作権のある著作物の性質。
(3) 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性、および
(4) 著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響。
法律がこれら4つの要素を列挙している一方で、フェアユースは「柔軟な概念」である。(Warhol, 598 U.S. at 527 (引用符省略) (Oracle, 593 U.S. at 20を引用))。このリストは網羅的ではない。特定の要素は「他のものよりも一部の文脈においてより重要であることが証明される場合がある」(Oracle, 593 U.S. at 19)。そして要素の適用は「『テクノロジーにおける重要な変化』を含む、関連する状況に応じて、司法的なバランス調整を要求する」(Id. (Sony Corp. of America v. Universal City Studios, Inc., 464 U.S. 417, 430 (1984)を引用)。その諸要素はまた、一つの要素に関連する事実が他の要素にも関連するように重複することもある(See A.V. ex rel. Vanderhye v. iParadigms, LLC, 562 F.3d 630, 642 (4th Cir. 2009))。全体として、その諸要素は機械的に適用されることを意図されているのではなく、「全体的調査[holistic inquiry]」に寄与することが意図されている。すなわち、二次的著作物が市場において原著作物の代替となり、したがって創作へのインセンティブを減じる可能性があるかどうである(See Romanova v. Amilus Inc., 138 F.4th 104, 117 n.9 (2d Cir. 2025) (Leval, J.); see also Warhol, 598 U.S. at 528 (代替品を「著作権の目の敵[bête noire]」と言及する))。
それが「実際のまたは潜在的な市場代替に焦点を当てる」ため、(Warhol, 598 U.S. at 536 n.12)、第4要素は「間違いなくフェアユースの最重要で単一の要素」である(Harper & Row Publishers, Inc. v. Nation Enterprises, 471 U.S. 539, 566 (1985))。法律があなたの著作物の市場を縮減させるような方法であなたの創作物をコピーすることを人々に許可するならば、将来的にはあなたの創作へのインセンティブを減じることになるだろう。したがって、被告が許可なくある誰かの原著作物を複製したという事実上すべての事件における重要な問題は、人々がその種類の行為をすることに許可することが原著作物の市場を実質的に縮減させるかどうかである(Campbell v. Acuff-Rose Music, Inc., 510 U.S. 569, 590 (1994)を見よ)。
(7頁)
フェアユースは積極的抗弁[affirmative defense]であるため、立証責任はそれを援用する当事者にある(Dr. Seuss Enterprises, L.P. v. ComicMix LLC, 983 F.3d 443, 459 (9th Cir. 2020), abrogated on other grounds by Jack Daniel's Properties, Inc. v. VIP Products LLC, 599 U.S. 140 (2023))。特に、第4要素が最も重要であるため、二次使用者(一般的には被告)は「関連する市場についての有利な証拠なしにフェアユースを実証する立証責任を果たすには困難を伴う」であろう(Campbell, 510 U.S. at 590)。しかし、権利保有者は市場への害を証明したり証拠を提示したりする必要はないが、「関連する市場を特定するいくらかの最初の立証責任を負う」場合がある(Hachette Book Group, Inc. v. Internet Archive, 115 F.4th 163, 194 (2d Cir. 2024); see also Newegg Inc. v. Ezra Sutton, P.A., No. CV 15-01395, 2016 WL 6747629, at *2 (C.D. Cal. Sep. 13, 2016))。さらに、フェアユースは全体的調査であるため、それを援用する当事者は「個々の要素それぞれについてではなく、抗弁全体について立証責任を負う」(William F. Patry, Patry on Fair Use § 2:5 (May 2025 ed.))。
フェアユースは法と事実の混合問題であるが、「その問題は主として法的作業を伴う」ものである(Oracle, 593 U.S. at 24)。したがって、フェアユースに関連する重要な事実上の問題が存在しない場合、フェアユースは略式判決で対処することができる(Leadsinger, Inc. v. BMG Music Publishing, 512 F.3d 522, 530 (9th Cir. 2008) )。対照的に、被告の使用がフェアであったかどうかに影響を与える可能性のある真正な事実上の争点が存在する場合、それらの争点は陪審によって決されなければならない(See Oracle, 593 U.S. at 23–25)。陪審が事実を認定した後、それらの事実がフェアユースを支持するか否かは「裁判官が決定する法的問題」である(Id. at 23–24)。
フェアユースの抗弁に失敗した場合、その結果は必ずしも被告行為を停止しなければならないということではないことを強調しておかなければならない。その結果はしばしば、被告が行っていたことへの許可を与えるライセンスについて著作権者に対価を支払う必要があるということである。この方法で、被告は被告行為が、そうでなければ原著作物の市場を害するという事実について、著作権者が補償されることになる。被告は、それを行う権利に対して対価を支払うことを望まないか不可能である場合にのみ、その行為を停止することを強制される。
(8頁)
II. 事実および手続の経緯
A
「生成AI」は、テキスト、画像、動画、または音声などの新しいコンテンツを作成する人工知能の一種である[1]。生成AIモデルは、Metaが説明するように「訓練データから次第に複雑な数学的パターンを抽出し、ネットワークが導出されたパターンに基づいて予測または決定を出力することを可能にする」ことによってこれを行うという。より簡単に言えば、生成AIモデルは大規模な訓練データセット全体の共通パターンを特定するよう「訓練」される。そして、それらの訓練データで認識したパターンに基づいて、ユーザーのプロンプトに応答して新しいコンテンツを作成することができる。同様に、モデルのアウトプットはその訓練データに存在していたパターンに基づいて制限される。例えば、画像生成モデルの訓練データにある唯一の橋がGolden Gate Bridgeであった場合、ユーザーがそのモデルに橋の画像を生成するよう指示すると、その訓練データから現れる橋のパターンがそれであるため、オレンジ色の吊橋を生成する可能性が高い。
大規模言語モデル(LLM)は、テキストを理解し生成するよう設計された特定の種類の生成AIモデルである。ユーザーはLLMに対して、電子メールの下書き、文書の要約、またはコンピュータコードの作成など、幅広いことを行うよう促すことができる。よく知られたLLMには、OpenAIのChatGPTモデルやGoogleのGeminiモデルがある。
LLMは訓練データにおける単語と句読点の関係を分析することによって言語を理解することを学ぶ。LLMが訓練される―単語と句読点の―テキスト単位は、しばしば「トークン」と呼ばれる。LLMは膨大な量のテキストで訓練され、それによって単語間の統計的関係について膨大な量を学ぶ。訓練データから学習したことに基づいて、LLMはシーケンスにおいて次にくる可能性が最も高い単語を予測することによって新たなテキストを作成することができる。これにより、基本的にはあらゆるユーザープロンプトに対してテキスト応答を生成することが可能になる。モデル開発者はまた、特定のタスクでのパフォーマンスを向上させたり、攻撃的な発言の生成を防いだりするなど、アウトプットを調整するために、モデルを「事後訓練[post-train]」または「ファイン・チューニング」することもある。
[1] 注記された場合を除き、当事者らは本節で説明される事実について争いはない。
(9頁)
したがって、他の生成AIモデルと同様に、LLMのアウトプットはその訓練データによって制限される。幅広いテキスト―異なる言語やスタイル、または異なるテーマに関して―を生成できるようになるには、LLMの訓練データセットは大規模で多様でなければならない。あるMeta側の証人が述べたように、「例えば、モデルがソーシャルメディアの投稿のみを見た場合それはソースコンピュータコードの生成には適さないであろう」と。
しかし、訓練には様々なテキストが必要である一方で、書籍は特に価値のある訓練データとなる。これは、LLMの「記憶[memory]」を訓練し、より大量のテキストを一度に扱えるようにするための非常に高品質なデータを提供するからである。(LLMが一度にメモリに保持できるトークン数の技術的用語は「コンテキストウィンドウ」である。)例えば、より良いメモリを持つLLMは、より長いプロンプトを処理して応答し、アウトプットにより多くの情報を組み込み、やり取りにおける初期段階でのものごとを覚えることができ、結果としてよりスムーズな「会話」をもたらす。書籍がLLMの記憶を訓練するのに良いデータである理由は、Meta側の専門家証人の一人の言葉によれば、「長いものの一貫している」ため、特定のスタイルと一貫した構造を維持するからであるという。また、それらは一般的に上手に書かれ、適切な文法を使用するという意味で高品質である(特にこれらの指標で大きく異なるインターネットからのテキストと比較して)。
B
Meta Platformsは、Facebook、Instagram、WhatsAppを含むソーシャルメディアサービスを保有・運営している。また、「Llama」という名前のLLMシリーズの開発者でもある。Metaは2023年2月にLlama 1を、同年7月にLlama 2をリリースした。Llama 3は―Llama 3を組み込んだ簡単にアクセス可能なAIチャットボット(ChatGPTに類似)であるMeta AIとともに―2024年4月にリリースされた。Llama 4は2025年後半のリリースが予定されている。Metaが説明するように、それぞれの新しいLlamaバージョンは前者より特定の方法で改善されている。すなわち、Llama 2はアウトプットの「安全性、品質、一貫性を向上させる」ためにファイン・チューニングされた。Llama 3は「パフォーマンスと効率において大幅な改善」を行った。そしてLlama 4は一般的に「より大規模」で「より高度」である。特定の制限の下で、一般利用者[members of the public]はすべてのLlamaモデルを非商業的使用のために無料でダウンロードできる。Llama 2と3は商業的使用のためにも無料でダウンロードできる。Llamaモデルは無料でダウンロードできるが、Metaは生成AIからの総収益が2025年に20億から30億ドル、今後10年間で4600億から1.4兆ドルの範囲になると推定している(Pls. MSJ Ex. 8 at 12を見よ)。
(10頁)
そのモデルを訓練するために必要な多様で豊富なテキストを得るため、Metaは幅広い網を投げた。Llama 1および2の訓練に使用されたデータの約3分の2は、ウェブサイトデータ、メタデータ、テキストを収集し無料アクセスを提供する非営利組織であるCommon Crawlに由来する。その残りは、Wikipedia, GitHub, ArXiv, Stack ExchangeおよびProject GutenbergとBooks3(2つの書籍データベース)のコンビネーションを含むウェブサイトとデータベースに由来する[2]。Books3を除いて、これらのソースのどれも本件で問題となっている著作権のある素材を含んでいなかった。
Metaは幅広い訓練データを必要とし(取得し使用し)たが、上述したように、書籍は高品質データを作るために、それがとりわけ必要とされた。MetaのAI研究者とエンジニアは、訓練データとして書籍を使用することの利点、およびこの使用のためにより多くの書籍を取得する必要性について繰り返し議論した。あるMeta従業員は「我々が考えられる最良のリソースは間違いなく書籍である」と述べた(Pls. MSJ Ex. 18 at 2)。別の従業員は「我々が書籍データをなるはや [ASAP: As Soon As Possible] で取得することが本当に重要である」と述べた(Id. Ex. 40 at 2)。そこで、Metaが一般的にデータセットを拡張するにつれて、特に書籍をより多く求め続けた。
最初、Metaは書籍をライセンスしたいと考え、いくつかの主要出版社とライセンス契約の交渉を試みた。Metaの生成AI責任者はライセンスに最大1億ドルを費やすことについて議論した。しかし交渉が進むにつれて、Metaはライセンスが予想以上に困難であることを認識した。その一つには、出版社は一般的にAI訓練のために書籍をライセンスする付随的権利を保有していない。これらの権利は代わりに個々の著者によって保有されており、そのような権利の集団ライセンスのための組織は存在しない(Sinkinson Decl. ISO Meta MSJ ¶¶ 58–59, 62)。出版社がAI訓練へのライセンス権を保有している場合でも、彼らはグローバルではなく地域的にそれを保有している(Meta MSJ Ex. 34 at 22:22–25:15)。別の理由として、出版社の中には明示的にMetaのアウトリーチを無視していたのであり、Metaに価格提案を行ったのは1社のみであった(Id. at 23:11–14, 24:2–10)。
[2]
Metaによれば、GitHubは「コーダーがしばしばオープンソースベースでコードを保存し共有する主要なクラウドベースプラットフォーム」である。ArXivは「数学、科学、経済学論文の無料オンラインアーカイブ」である。Stack Exchangeは「プログラミングコミュニティ向けの技術知識を共有するための質問回答ウェブサイトのネットワーク」である。
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最終的に、Metaは「シャドウ・ライブラリ[shadow library]」からそれらをダウンロードすることによって、訓練に必要な書籍(およびその他のテキスト)を調達する可能性を調査し始めた。シャドウ・ライブラリとは、そのメディアが著作権で保護されているかどうかに関係なく、書籍、学術雑誌論文、音楽、または映画などを無料ダウンロードのために提供するオンラインリポジトリである。Metaは2022年10月にシャドウ・ライブラリを初めて使用し、Library Genesis(「LibGen」)データベースをダウンロードして、それに含まれる著作物でLlamaを訓練することに価値があるかどうかを調査した(Pls. MSJ Ex. 32 at 3)。その答えがイエスであれば、その計画は当該または類似の著作物のライセンス契約を設定するものであった(Id)。しかし2023年春、ライセンスの取得に失敗し、Mark Zuckerberg最高経営責任者へのエスカレーションの後、MetaはLibGenから取得した著作物を訓練データとして使用することを決定した(Id. Ex. 61 at 5)。そして、交渉していた特定の出版社からライセンスで利用可能な著作物の大部分がLibGenに含まれていることを確認した後、Metaはライセンスをするための努力を放棄した(Id. Ex. 50 at 131:1–132:10, 383:5–384:12; id. Ex. 57 at 2; id. Ex. 58 at 3; see also id. Ex. 92 at 12)。2024年初頭、MetaはLibGen, Z-Libraryその他を含むシャドウ・ライブラリの編集物[complication]であるAnna's Archiveもダウンロードした(See id. Ex. 66 at 2–3)。
これらの大規模データセットをより迅速に、かつ不必要にネットワークを遅延さることなくダウンロードするため、Metaはこれらをトレントした。「トレンティング」は、より大きなファイルの小さな部分を多くの異なるソースから同時に配布する[distribution]ことを伴うファイル共有技術である。より正確に言えば、それらのソースは、そのファイルも含み、トレンティングネットワークに参加している多くの他のコンピュータシステムである。例えば、LibGenをトレントした人は、コンピュータ上にLibGenのコピーを有し、トレンティングネットワークに参加している他のユーザーから、LibGenに含まれる各書籍の小さな一部をダウンロードするであろう。トレンティングソフトウェアはその後、それらの一部を取得し、ダウンローダーのコンピュータ上の元のファイルに再び組み立てる[3]。
[3]
一般的にはDavid Gerwitz, What Is Torrenting?, ZDNET (Aug. 6, 2024), https://www.zdnet.com/article/what-is-torrenting-and-how-does-it-work [https://perma.cc/8PG5-H7UW]を見よ。
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Metaによって―BitTorrentと称するものを使用したものを含む―特定のトレンティングプロトコルは、デフォルトでトレンティングを介してダウンロードされたファイルが他のコンピュータシステムにも再アップロードされるよう構成されている。この再アップロードは、ファイルがまだダウンロード中である間(当事者が「リーチング[leeching]」と呼ぶ)と、それらのファイルが完全にダウンロードされた後(当事者が「シーディング[seeding]」と呼ぶ)の両方で発生する可能性がある。BitTorrentを含む一部のトレンティングプロトコルは、アップロードも行っているユーザーを優先してダウンロードするよう設計されている。
MetaがLibGenとAnna's Archiveをトレントしたことについて争いはないが、当事者らはMetaがトレントしたデータを(リーチングまたはシーディングを介して)アップロードしたかどうか、およびその程度について争っている。トレンティングに関与したMetaエンジニアはシーディングを防ぐスクリプトを書いたが、明らかにリーチングは防がなかった(See Pls. MSJ at 13; id. Ex. 71 ¶¶ 16–17, 19; id. Ex. 67 at 3, 6–7, 13–16, 24–26; see also Meta MSJ Ex. 38 at 4–5)。したがって、原告らは、BitTorrentのデフォルト設定がリーチングを許可するため、そしてMetaがそれらのデフォルト設定を変更するために何もしなかったため、Metaはトレントを介してダウンロードしたデータの「少なくとも一部」を再アップロードしたに違いないと主張する。原告らはさらに、それがダウンロード速度を遅延させるであろうため、Metaはリーチングを防ぐための措置を取らないことを選択したと主張する。Metaは、一部をダウンロードしたものを再アップロードしたとしても、それが原告らの書籍のいずれかを再アップロードしたことを意味するわけではないと答弁する。また、リーチングは最近まで本件で明確に問題となっていなかったため、原告らの主張に対処するための証拠を十分に作成する機会がまだなかったと指摘する。
いずれにしても、Metaはダウンロードした書籍をLlamaモデルの訓練に使用したデータセットに追加した。また、著作権のある素材を含む、訓練データからの特定のテキストを「記憶」し出力することをモデルが防ぐよう事後訓練した。Metaが「軽減策[mitigation]」と呼ぶこれらの訓練への努力は成功したようである。Metaの専門家証人は、LLMに訓練データから素材を逆流させるよう設計された方法(Metaが「敵対的プロンプティング」と呼ぶ)を使用してそれらをテストした。その方法を使用してさえ、その専門家はどのモデルにも原告らの書籍から50語と句読点(すなわち「トークン」)以上を生成させることができなかったという。そして原告らの専門家は、逆流に最も優れたLlamaモデルに、テストの60%で原告らの書籍から50語と句読点を生成させることしかできなかったという。同人はまた、Llamaがそれらの「重要な割合」を再現することはできなかったと証言した(Meta MSJ Ex. 24 at 237:16–19; see also Pls. Ex. 79 ¶¶ 70–72, 79, 82–83, 92; Meta MSJ Ex. 23 at 179:22–25, 180:17–181:16)。端的に言えば、Llamaは現在、原告らの書籍を読んだり、あるいはその他の意味ある方法でアクセスしたりするために使用することはできないのである。
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C
原告らは、様々な著作物を執筆し、それらに著作権を有する13人の出版物の著者である。それらの著作物は主に小説であるが、戯曲、短編小説、回想録、エッセイ、ノンフィクション書籍も含む。例として、Sarah Silvermanのコミック回想録『The Bedwetter』;家庭内暴力とそれに対処する方法についてのノンフィクション書籍であるRachel Louise Snyderの『No Visible Bruises: What We Don't Know About Domestic Violence Can Kill Us』;Junot DíazのPulitzer Prize受賞小説『The Brief Wondrous Life of Oscar Wao』;およびAndrew Sean GreerのこれもPulitzer Prize受賞小説『Less』がある。原告らが著作権を有するすべての書籍は、Books3とAnna's Archiveデータベースの両方を含む、Metaがダウンロードしたデータセットに見出すことができる。合計で、Metaは原告らが著作権を有する書籍の少なくとも666のコピーをダウンロードした。
各原告は、生成AI訓練データとして使用するために自分たちの書籍をライセンスすることにはオープンであるつもりであったが、Metaはこのライセンスについて我々にアプローチしなかったと述べている。どの原告も、LLM訓練データとして使用するために書籍を会社にライセンスしたことはなく、その目的で書籍をライセンスするよう会社から求められたこともないという。
原告らは、Llamaの訓練データとして使用されたすべての著作権のある著作物の所有者のクラスを代表することを求めてこの訴訟を提起した。彼らは、著作権の直接侵害(Metaによる彼らの書籍の複製に基づく)、著作権の代位侵害、デジタルミレニアム著作権法(DMCA)に違反した著作権管理情報の削除、不正競争、不当利得、および過失の申立を行った。原告らは損害救済、補償救済、および差止・宣言救済を求めているが、彼らが何を正確に差し止めようとしているかは完全に明確ではない。例えば、彼らはMetaが訓練データとして自らの著作物を使用することを防ぐ、またはMetaに自らの書籍を除いたデータで既存のLlamaモデルを再訓練することを要求する予備的差止命令を求めなかった(Cf. Concord Music Group, Inc. v. Anthropic PBC, No. 24-cv-3811, 2025 WL 904333, at *3–4 (N.D. Cal. Mar. 25, 2025) (AIモデルの将来の訓練に基づく救済を求める音楽出版社の予備的差止命令申立について議論している))。
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著作権の直接侵害申立を除くすべての申立は早期に棄却された。原告らは後に、(Metaがトレントしたデータを再アップロードしていたという主張に基づく)頒布による侵害理論を包含するように著作権上の主張を拡張し、異なるDMCA申立とカリフォルニア州包括的コンピューターデータアクセスおよび不正行為防止法 [California Comprehensive Computer Data Access and Fraud Act] (CDAFA)の下での申立の両方を追加する修正が認容された。Metaはこれらの新たな申立の棄却を申し立て、その申立はCDAFA申立については認容されたが、DMCA申立については棄却された。
しばしば、このような事件での次のステップは、代表原告ら[named plaintiffs]によるクラスアクション認容の申立である。しかし時として、当事者は最初に代表原告らの個別申立に関する略式判決を申し立てる。そのような事件での被告にとってはトレードオフがある。一方で、被告は有利な判決を得て、高額で負担の大きいクラス関連のディスカバリーと申立に対する審理・判断[motion practice]にかけられる前に事件を処理することによって利益を得ることができる。他方で、被告にとってのこの有利な判決は個別に代表原告らのみを拘束し、提案されたクラスの他のすべてのメンバーは同じ申立で自由に訴訟を起こすことが残される。本件では、Metaは最初に代表原告らの個別申立に関する略式判決を行うことを提案し、裁判所はこのアプローチを受け入れた。
したがって、代表原告らの申立の実体に関するディスカバリーの終了後、原告らは一部略式判決を申立てるとともに、著作権侵害の表面上の主張[facial claim]を論じ、Metaのフェアユース抗弁がその申立を否定するために適用される可能性は全くないと主張した。Metaは複製権侵害という表面上の事件を原告らが確立したことについて争わなかった。しかし、Metaは原告らの申立に反対し—実際に独自のクロスモーション[cross-motion:反対動議]を提出し—その複製が法的問題としてフェアユースであるという根拠を示した。
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Metaはまた、原告らのDMCAの主張についても略式判決を申し立てた。その申立は別の命令で認容される。原告らの(リーチングまたはシーディングを介して)著作物を頒布することによってMetaが原告らの著作権を侵害したという主張に関して、どちらの側も略式判決を申し立てなかったため、本件では未決の[a live issue]問題のままである[4]。
6つの法廷助言者[friend-of-the court]意見書(すなわち”amicus briefs”である)も提出された。知的財産法教授によるもののアソートメントとElectronic Frontier Foundation(市民的自由組織)がMetaを支持する意見書を提出した。その一方で著作権法教授によるもののアソートメント;Copyright Alliance(創作者の組織);Association of American Publishers;およびInternational Association of Scientific, Technical and Medical Publishersが原告らを支持する意見書を提出した。
III. 第1要素:使用の目的と特徴
第1要素は「原著作物の複製者の使用の理由と性質を考慮する」(Warhol, 598 U.S. at 528)。使用の「目的と特徴」に関連し得るいくつかのことがある。一方は、その使用が「商業的性質または非営利の教育目的」であるかどうかである(アメリカ著作権法107条(1))。他方は、それが善意または悪意で行われたか否かかもしれない(ただし、これが現行法の下で関連するかどうかは不明である)(Oracle, 593 U.S. at 32–33を見よ)。
[4]
原告らは、「Metaが許可なく[原告らの]著作権で保護された書籍を複製した」こと、および「許可なき複製は・・・フェアユースではない」ことのみを根拠として、略式判決を申し立てた(Pls. MSJ at vii, 19)。原告らは時として、自らの申立が頒布の主張も包含していることを示唆した(例えば、id. at 22(「Metaの最初の複製」は「著作権で保護された素材の頒布をもたらした」ためフェアユースではない)を参照)。しかし、複製と頒布は別個の権利であり、別々に検討されなければならない(アメリカ著作権法106条(1),(3); Columbia Pictures Industries, Inc. v. Fun, 710 F.3d 1020, 1034 (9th Cir. 2013)(「著作権で保護された素材のアップロードとダウンロードは、いずれも侵害行為である。前者は著作権者の頒布権を侵害し、後者は複製権を侵害する」)を参照)。
以下で議論するように、Metaの複製行為の具体的態様(すなわち、シャドウ・ライブラリから原告らの書籍をトレンティングすること)は、その複製がフェアユースであったか否かの判断に依然として関連する。しかし、主張されているMetaの頒布は独立して検討されなければならない(ただし、おそらく、その取得が必然的に頒布を伴った場合は別であるが、これは該当しないようである。Pls. Ex. 67 at 106:14–108:25, 246:13–248:23, 270:12–16(デフォルト設定を変更することでリーチングが常に生じるわけではないと説明)を参照)。仮に原告らが何らかの頒布がフェアユースか否かについて略式判決を申立てていたとしても、主張されているMetaの頒布に関する記録は不完全であり、本件のこの段階においてその争点についての略式判決は不適切である。Order Granting as Modified Meta's Request for Leave to File a Rebuttal Expert Report, Dkt. No. 499(頒布に関する補足専門家報告書の提出についてMetaに許可を与え、原告らの略式判決申立に反対するためのMetaの期限後に期限を設定した)を参照。
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しかし主として、第1要素は二次的使用が「変容的」であるかどうか―つまり、「新たな著作物が単に元の創作の対象を上回る(原著作物を置き換える)か、代わりに新しい何かを付加し、さらなる目的または異なる特徴を持つ」か否かに焦点を当てる(Warhol, 598 U.S. at 528 (cleaned up))。「明確な目的」を持つ使用を許可することは、「創作へのインセンティブを減少させることなく」新たな表現の発展を奨励するため、しばしば著作権の目標と一致する(Id. at 531)。他方で、原著作物と同じ目的を持つ二次的使用は「原著作物に対する実質的な代替を公衆に提供する」可能性が高い(Id. at 531–32 (cleaned up)) 。
この要素はMetaに有利である。Metaによる原告らの書籍の使用が書籍とは「さらなる目的」と「異なる特徴」を持っていた―それが高度に変容的であった―ことについて重大な疑問はない。Metaのコピーの目的はそのLLMを訓練することであり、それらは多様なテキストを生成し幅広い機能を実行するために使用できる革新的ツールである(Cf. Oracle, 593 U.S. at 30 (「プログラマーが容易に使用できる新たなプラットフォームを制作する」ために著作権のあるコンピュータコードを使用することは変容的である)。ユーザーはLlamaに対して、書いた電子メールを編集する、外国語から/または外国語への抜粋を翻訳する、仮想的シナリオに基づいてスキットを書く、またはその他多くのタスクを行うよう求めることができる。対照的に、原告らの書籍の目的は、娯楽または教育のために読まれることである。
原告らはLlamaの目的について意味のある異議を唱えていない。それどころか、原告らはLLMが「個人教師として機能する」、「創作的発想を支援する」、「ビジネスレポートの生成」を助けることを含む「最終用途」を有することを認めている。そして原告らの数人は―レシピを見つける、税務や医療アドバイスを得る、文書を翻訳する、または研究を遂行するなど―小説や伝記などの表現的著作物を創作したり読んだりすることとは異なる様々な目的でLLMを使用したことを証言した。これらの機能はすべて、原告らの書籍が一般的に使用される用途とは異なる。したがって、それらの機能を実行できるツールを開発するために書籍をコピーすることは、書籍自体とは異なる目的と特徴を持つ使用である。
A
原告らの法学教授(法廷助言者)らは、LLMが書籍で訓練されることは人間が書籍を読むことに類似するため、Metaの使用は書籍と同じ目的と特徴を持つと主張する。また、Metaが書籍をコピーしてLlamaを訓練することを、教授が書籍をコピーして学生に与え、学生がその書籍からの知識を(他の書籍から得た知識とともに)使用して素晴らしいことを行えるようにする状況に類推することもできるかもしれない。しかし、いくつかの重要な違いがある。
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第一に、LLMの書籍の消費は人間のそれとは異なる。LLMは、異なる文脈で単語がどのように一緒に使用されるかの「統計的パターン」を学ぶためにテキストを摂取する。それは、訓練データからテキストの一部を取り、そのテキストから単語を除去し、その単語が何であるかを予測し、それが正しかったか間違っていたかに基づいて言語の一般的理解を更新し―そして異なるテキストでこの練習を数十億または数兆回繰り返すことによってそれを行う。これは人間が書籍を読む方法ではない。
第二に、仮想的な教授とは異なり、Metaは原告らの書籍を一人の人物に与えただけではなかった。Metaは、幅広いテキストを生成できるツールを作成する努力の一環として原告らの書籍をコピーした。誰でもそのツールを使用して、創作的執筆プロジェクトのブレインストーミングや研究を手助けしてもらう(劇作家兼脚本家である原告David Henry Hwangのように)ことや、新しいソフトウェアプログラムを開発するためのコードを書いてもらう(Lockheed Martinのように)ことによって、さらなる表現を創ることを助けることができる。誰でも使用できるツールを作成することによって、Metaのコピーは個人を教えることでは行わない方法で創作的表現を指数関数的に増加させる可能性を持つ(Cf. Oracle, 593 U.S. at 30)。
著作権法教授らとは対照的に、原告らはMetaの使用が変容的でない理由についてより異なる(そしてはるかに弱い)議論を行う。例えば、原告らはLlamaが批評やパロディが行うような彼らの書籍に対する「批判的関与」を持たないと示唆する。しかし「原著作物に対する批評または論評」は「最終的にフェアユースとして適格な正当化を提供する唯一の使用ではない」(Romanova, 138 F.4th at 115)。それどころか、「公益の対象となる価値ある情報の提供」を可能にしたり、あるいは「公衆に価値あるサービス」を提供したりする使用は正当化される可能性があり、特にその利益が「コピーへの公的アクセスを許可することなく提供される」場合はそうである(Id)。
併せて、原告らは、Llamaが原告らの著作物や文体を「模倣する」ようにプロンプトを受けた場合にそのような素材を出力するため、Metaの使用は変容的でないと主張する。
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したがって、原告らは、Metaの使用は原告ら書籍の「単なる『再パッケージ化』に等しい」と述べる。原告らは、Metaが特定の作家のスタイルを模倣できるようにLlamaを訓練したことを示すという証拠を指摘する(Pls. Reply Exs. 111–14)。しかし、この証拠はMetaが原告らの著作物を再パッケージ化するようにLlamaを訓練したことを示していない。それどころか、上述したように、Llamaに訓練データを逆流させるよう設計された「敵対的」プロンプトを使用してさえ、Llamaは原告らの書籍の50語以上を生成していない(Pls. Reply Ex. 79 ¶¶ 79, 82–83, 92)。そして、それがそれらの書籍の「再パッケージ化」として機能するようなより長いテキスト部分を生成するという兆候はない。原告らの法廷助言者らが主張するように、Metaが原告らの(再パッケージ化のレベルに達することなく)と競合する書籍を創造することを可能にする目的でLlamaを開発したという兆候すらない[5]。せいぜい、この証拠はMetaがLlamaに特定のスタイルでテキストを生成できるようにしたかったことを示している。しかし、スタイルは著作権で保護されない―表現のみが保護されるのである(アメリカ著作権法102条(b); cf. Mattel, Inc. v. MGA Entertainment, Inc., 616 F.3d 904, 916 (9th Cir. 2010) を見よ)。Llamaがなすことのできた使用の一つが原告ら書籍の保護されない側面との類似性を持つテキストを生成することであったとしても、それはMetaのコピーがそれらの書籍と同じ目的を有していたことを意味しない[6]。
B
前述したように、二次的使用が変容的であるかどうかは第1要素の分析の結果を決定するものではない(フェアユース調査全体の結果は言うまでもない)。Metaの使用の商業的性質も関連する。Llamaは無料ライセンスの下で利用可能であるが、それは最終的に商業的理由で開発され、Metaは今後10年間で4600億から1.4兆ドルの収益を生み出すものとされている(Pls. MSJ Ex. 8 at 2)。
[5]
この種の競争—原告らのものに似ているが侵害するほど類似していないAI生成書籍からの—は第4要素に関しても詳細に議論される。
[6]
対照的に、訓練されたものと本質的に類似した著作物を創作するため、または本質的に類似することなく原著作物と競合する著作物を創作するために使用されるよう設計されたLLMを考えてみよう。そのようなLLMを訓練するために著作権のある著作物を使用することは、その使用がLLMに代替著作物を開発することを可能にするという目的と特徴を持つため、汎用目的LLMを訓練するためにそれらを使用することよりも変容的でない可能性がある。とはいえ、その場合でも、LLMを訓練することは依然として少なくともある程度は変容的である可能性が高い。変容性はオン・オフのスイッチではないのである[白黒つけられるものではないのである]。
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使用が商業的であることは、すべてが等しい場合、商業的コピーは非商業的コピーよりも正当性が低いため、「フェアユースの認定に不利に働く傾向がある」(Warhol, 598 U.S. at 537 & n.13 (Harper & Row, 471 U.S. at 562を引用))。したがって、Llamaが多くの数十億ドルをMetaに稼がせる可能性があるという事実は関連しており、Metaが試みるように完全に軽視されるべきではない。後で議論するように、コピーが保護された著作物に市場への害をもたらす場合、コピーが例えば学術的努力ではなく営利事業の一部であったかどうかは大きな問題となり得る。それにもかかわらず、商業主義は第1要素について決定的ではなく、二次的使用が高度に変容的である場合はより重要性が低い傾向がある(Oracle, 593 U.S. at 32; Kelly v. Arriba Soft Corp., 336 F.3d 811, 818 (9th Cir. 2003) を見よ)。したがって、Metaが原告らの著作物で訓練された製品の開発から得る利益は全体的なフェアユース分析に関連するが、それは第1要素を原告らに有利に傾けるものではない。
Metaが原告らの書籍を取得した方法についても同様である。原告らは、Metaがシャドウ・ライブラリから書籍をダウンロードし、各書籍の「許諾済コピー」から始めなかったという事実によって原告に自動的な勝利を与られるという点で誤っている。Metaのダウンロードが「海賊行為」であったのでフェアユースになり得ないと言うことは、フェアユース分析の全体的な要点が特定の複製行為が違法であったかどうかを判断することであるため、論点の先取である(一般的にはAmicus Br. of Electronic Frontier Foundationを見よ)。連邦巡回区裁判所がかつてAtari Games Corp. v. Nintendo of America Inc., 975 F.2d 832, 843 (Fed. Cir. 1992) でその逆のことを示唆したが、その意見は許諾済コピーから始める必要性についての主張に依拠した事件を過度に読み込んでいる(例えば、Religious Technology Center v. Netcom On-Line Communication Services, Inc., 923 F. Supp. 1231, 1244 n.14 (N.D. Cal. 1995) (Atari判決の判決理由について議論し、それがHarper & Row判決の誤読に基づいていると結論づけた)。
しかし、Metaもそのシャドウ・ライブラリの使用がそのコピーがフェアユースであったかどうかと無関係であると示唆する点で間違っている。それは関連している—あるいは少なくとも潜在的に関連している—、しかもいくつかの異なる態様で、である。
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第一に、Metaのシャドウ・ライブラリの使用は、しばしば「第1要素の下で取り上げられる」悪意[bad faith]の問題に関連している(Oracle, 593 U.S. at 32)。悪意がフェアユースに関連するかどうかについて法律は流動的である(Compare, e.g., id. at 32 (「悪意がフェアユース分析において何らかの役割を果たすかどうかについての懐疑論」は「正当化可能」であると指摘している), with Perfect 10, Inc. v. Amazon.com, Inc., 508 F.3d 1146, 1164 n.8 (9th Cir. 2007) (「フェアユースを主張する[ある]当事者は善意と公正な取引の原則と一般的に適合する方法で行為しなければならない」), and Triller Fight Club II LLC v. H3 Podcast, No. CV21-3942, 2023 WL 11877604, at *8 (C.D. Cal. Sep. 15, 2023) (Oracle判決の「懐疑論」にもかかわらず、Perfect 10判決の善意に関する文言は依然として拘束力があると判断している)。善意対悪意は特に関連するべきではないように思われる。なぜなら、フェアユースの目的は原著作物の代替とならない新たな表現を許可することであり、特定の使用が善意または悪意で行われたかどうかは、その使用が原著作物を代替する可能性に影響するようには思われないからである[7]。しかし、悪意が関連するとしても、それは略式判決記録のその余を考慮すると、ここでは針を動かさない(Oracle, 593 U.S. at 33 (その事件では悪意を「決定的でな」かった「事実に基づく考慮事項」として説明している)を見よ)。
第二に、著作権のある素材をシャドウ・ライブラリからダウンロードすることは、それがそれらのライブラリを制作した者に利益をもたらし、したがって原告らの著作権のある著作物の無許諾コピーと頒布を支援し、これを永続させる場合において関連するであろう。大多数の場合、この種のPeer to Peer共有は著作権侵害を構成するであろう。Metaが使用したライブラリの一部は、それら自体において侵害責任があると認定されている(例えば Elsevier Inc. v. Sci-Hub, No. 15-cv-4282, 2017 WL 3868800, at *1–2 (S.D.N.Y. June 21, 2017) (欠席判決を下し、LibGenは故意の著作権侵害の責任があると認定している)を見よ)。それらの運営者の一部は、刑事著作権侵害で起訴さえされている(Indictment, United States v. Napolsky, No. 22-cr-525 (E.D.N.Y. Nov. 16, 2022), Dkt. No. 4 (Z-Libraryの創設者に対する起訴状)。
[7]
商業主義は関連するが悪意は関連するべきではないというのは一貫していないように思われるかもしれない。結局のところ、商業的使用でも公的消費のための新たな表現の創作を伴う可能性がある。しかし、商業主義と善意の違いは、前者が二次的使用に関係し、後者が主として二次的使用者に関係することである。著作権の目標は「公教育に有用な活動」を奨励することである(Pierre N. Leval, Toward a Fair Use Standard, 103 Harv. L. Rev. 1105, 1126 (1990) )。決定的ではないが、商業主義は非営利使用が(少なくとも理論的には)営利的使用よりも公衆の利益を目的とする可能性が高いために関連する(Cf.米国著作権法107条 (1)(「商業的性質」と「非営利教育目的」を並置); Sony, 464 U.S. at 448–51)。対照的に、善意は「二次的使用者の道徳性」に焦点を当てる—「その者の創作が…」公衆に利益をもたらし、したがって著作権法によって保護されるべき「種類に属するかどうか」ではない(Leval, 103 Harv. L. Rev. at 1126。)。
(21頁)
したがって、もしMetaのダウンロード行為がこれらのライブラリを支えたり、その違法な活動を永続させたりした場合—例えば、シャドウ・ライブラ運営者がMetaのウェブサイト訪問から広告収入を得た場合—それはMetaの使用の「特徴」に影響を与える可能性がある。しかし、原告らはこれについて何の証拠も提出していない。いずれにしても、そのような影響は第4要素にさらに関連するであろう(そのライブラリの使用、ひいては他者による侵害に寄与する可能性がある限りにおいて)ため、この問題は以下でその要素の分析の一部として議論される[8]。
C
Metaの使用の特徴(したがって第1要素)に関連する最後の問題は、Metaによる原告らの書籍のダウンロードとMetaによる書籍を使用したLlama訓練との関係である。原告らが前者を後者から完全に別々に考慮しなければならないと示唆する限りにおいて、原告らは誤っている。確かにMetaのダウンロードは、LLM訓練の過程で行われるあらゆるコピーとは異なる使用である。しかし、そのダウンロードは依然として、その究極的で高度に変容的な目的:すなわち、Llamaの訓練に照らして考慮されなければならない(Authors Guild v. Google, Inc. (Google Books), 804 F.3d 202, 216–18 (2d Cir. 2015) (検索可能データベースを作成するという二次的使用者の全体的な目的に照らして書籍のデジタルコピーの作成を考慮している); cf. Warhol, 598 U.S. at 533 (異なる使用は個別に考慮されなければならないが、「同じコピーがある目的では公正だが、別の目的では公正でない場合がある」と指摘している)を見よ; 反対、 Order on Fair Use at 18, Bartz, No. 24-cv-5417)。Metaの原告らの書籍の究極的な使用が変容的であったため、Metaによるその書籍のダウンロードも同様に変容的であった。
原告らはまた、Metaが自らの書籍を含むデータベースの複数のコピーをダウンロードし、これらのコピーの一部のみがLLM訓練に使用されたため、訓練に使用されなかったものをダウンロードすることはフェアユースになり得ないと主張する。
[8]
Metaのシャドウ・ライブラリの使用は、原告らによる頒布の主張にも明らかに関連している。しかし、上述したように、複製と頒布は別個の問題を提示する。したがって、Metaのシャドウ・ライブラリからのトレンティングが頒布を伴ったとしても、それはその複製がフェアユースであったかどうかについて決定的ではないであろう。
別途、Metaのダウンロードがシャドウ・ライブラリ自身の侵害に実質的に寄与した場合、Metaは寄与侵害者として潜在的に責任を負う可能性がある(Perfect 10, 508 F.3d at 1170–72を見よ)。しかし、原告らは寄与侵害の主張を行わず、それを支持する証拠を何も展開しなかった。
(22頁)
しかし、原告らが特定するすべてのダウンロードは、LLM訓練の究極的な目的を持っていた。原告らは、Metaがデータベースの書籍が良質な訓練データになるかどうかを見るためだけに、LibGenの最初の2022年10月のダウンロードを使用したと述べる(Pls. Reply at 12)。これはLLMを訓練するための合理的な最初のステップである(Pls. MSJ Ex. 32 at 3を見よ)。原告らは、Metaがライセンスを追求する価値がまだあるかどうか(または、ライセンスで利用可能なすべての書籍がすでにそれらのデータベースに含まれているかどうか)を見るために、LibGenでの二回目のダウンロードとAnna's Archiveでの最初のダウンロードを出版社カタログと相互参照したと述べる。しかし、原告らはこれらのダウンロードも訓練データとして使用されたことを認めている(Pls. Reply at 13–14を見よ)。そして、それらのデータベースの書籍を別のものの書籍と比較することが追加のコピーを伴ったという兆候はない。したがって、その相互参照だけでは侵害責任が生じるものということはできず、個別にフェアユースを構成する必要はない(Cf. Warhol, 598 U.S. at 534 & n.10 (異なる使用へのフェアユーステストの適用について議論している))。
最後に、原告らは、Metaがライセンス[を求めるの]を放棄し、シャドウ・ライブラリからダウンロードした書籍を訓練データとして使用することを決定した後、「海賊版データセットの他のコピーをダウンロードし、その一部のみがLLMで訓練に使われた」と述べる。しかし、彼らはこれが実際にそうであったという証拠を何も提供していない。原告らが指摘するのは、Meta社従業員が訓練にダウンロードしたすべてのLibGenコピーを使用したかどうか分からないと述べた証言録取の証言のみである(Pls. Reply Ex. 109 at 66:17–20)。その一方で、他の2人のMeta AI従業員は、訓練データまたは上述した実験に関連するエフォートに使用されなかったダウンロードを知らないと述べた(Pineau Decl. ISO Meta Reply ¶ 6; Kambadur Decl. ISO Meta Reply ¶ 7)[9]。 いずれにしても、Metaが最終的に訓練に使用されなかった一部のコピーをダウンロードしたとしても、フェアユースは二次的使用者が可能な限りの最少部数のコピーを作成することを要求してはいない(Cf. Sony Computer Entertainment, Inc. v. Connectix Corp., 203 F.3d 596, 601, 605 (9th Cir. 2000) )。
[9]
これら宣言に対する原告らの異議は棄却される。なぜなら、当事者は「反対意見に対する合理的な回答」である宣言を回答書面に添付することが可能であって、これら宣言はその宣言者の証言録取証言と矛盾していなかったからである(Hodges v. Hertz Corp., 351 F. Supp. 3d 1227, 1249 (N.D. Cal. 2018); カリフォルニア州民事訴訟規則 7-3(c)も見よ)。
(23頁)
IV. 第2要素:著作権のある著作物の性質
第2要素は「一部の著作物は他のものよりも意図された著作権保護の中核により近接し、結果として前者の著作物がコピーされる場合、フェアユースを確立することがより困難になる」ことを認めている(Campbell, 510 U.S. at 586)。より大きく著作権保護を受ける著作物には、書籍や映画のような創造的なものが含まれる;あまり保護を受けない著作物には、コンピュータコードが含まれる(Oracle, 593 U.S. at 29)。
この要素は原告らに有利である。自らの書籍―主に小説、回想録、戯曲―は高度に表現的で「著作権法が価値を認め保護を求めるタイプ」の著作物である(Hachette, 115 F.4th at 187 (quoting Authors Guild, Inc. v. HathiTrust, 755 F.3d 87, 98 (2d Cir. 2014)) )。原告らの著作物の一部が(自伝のように)虚構的ではなく事実的である可能性があることは、著作権が依然として著者の事実を「表現する方法」を保護するため、この結論を有意義な程度には変更しない。(Google Books, 804 F.3d at 220)。
Metaは、Metaが原告らの書籍を原告らの創作的表現を利用するためではなく、「機能的要素」にアクセスするためだけに使用したため、この要素は依然としてそれに有利であると主張する。Metaは主に「中間複製」を含む2つの第9巡回区裁判所の事件に依拠している。それら事件の双方において、ビデオゲーム会社がビデオゲームコンソール製造業者の著作権のあるコードをコピーし、そのコードの特定の機能的要素を理解するためにそれをリバースエンジニアリングした。これにより、ゲーム会社は原告らのものと連動する独自の製品を構築することができた。各事件において、第9巡回区裁判所は、被告らが原告らのコードの表現的要素をコピーしたが、コードの保護されない機能的要素にアクセスするためだけにこれを行ったため、被告のフェアユース抗弁は成功する可能性が高いと判示した(Sega Enterprises Ltd. v. Accolade, Inc., 977 F.2d 1510, 1520–26 (9th Cir. 1992); Connectix, 203 F.3d at 602を見よ)。
しかし、それらの事件での使用とは異なり、Metaの原告らの書籍の使用は書籍の創作的表現に依存している。Meta自身が指摘するように、LLMは「単語と概念間の統計的関係」について学習し、「単語の順序、頻度[どの単語が使用され、どのくらいの頻度で]、文法、構文に関する統計的データ」を収集することによって訓練される。単語の順序、単語の選択、文法、構文は、人々が自分のアイデアを表現する方法である(Harper & Row, 471 U.S. at 548 (「単語の順序と選択」が表現としてカウントされるものという狭義の解釈の下でさえも表現であることについて議論している)を見よ)。
(24頁)
したがって、LLMは「統計的関係」についてのみ学習するとしても、それらの関係は創作的表現の産物である。これは、前述したように、Llamaがその表現を人間とは異なる方法で消費するとしても真である。
(中間複製事件が適用されるべきであるという)、非表現的情報を抽出するために原告らの書籍を複製するという論証を支持するためにMetaはGoogle Books判決を引用している。しかし、その事件とは区別される。そこでの原告らは、Googleがデジタルコピーを作成し、ユーザーが検索語を含むデータベース内の書籍を見ることができる検索可能データベースを作成することによって著作権を侵害したと申し立てた著者たちであった(804 F.3d at 207–10)。本件と異なり、Google Books判決で問題となった技術はコンテンツに依存しなかった。すなわち、データベースは、完全に意味不明な言葉で書かれた、または未知の言語で書かれた書籍が含まれていても、より良くも悪くも動作しなかったであろう。誰かがそのテキストを検索すれば、それらの書籍が現れるであろう。本件では対照的に、MetaのLLMが高品質のテキストを生成するためには、一貫した、合理的に高品質の訓練データが必要である。言い換えれば、高品質の表現が必要である。
したがって、「中間複製」事件は適用されない(Disney Enterprises, Inc. v. VidAngel, Inc., 869 F.3d 848, 862 n.12 (9th Cir. 2017) を見よ)。
しかし、第2要素は「フェアユースの争いの決定において重要な役割を果たすことはめったにない」(Google Books, 804 F.3d at 220)。そして、コピーされた著作物がすでに出版されており、したがって二次的使用者が創作者の著作物の最初の公衆への出現[出版]をコントロールする権利を妨害することができない場合、それは「より少ない力で」適用される(VHT, Inc. v. Zillow Group, Inc., 918 F.3d 723, 744 (9th Cir. 2019) (quoting Kelly, 336 F.3d at 820))。したがって、第2要素が原告らに有利であるという事実は、分析全体にとってあまり意味しない。
V. 第3要素:著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量と実質性
この要素は「『使用された部分の量と実質性』が」「コピーの目的との関係において合理的であるかどうか」を問う(Campbell, 510 U.S. at 586 (アメリカ著作権法107条(3)を引用する))。したがって、この要素は第1要素と関連している。なぜなら「許容されるコピーの範囲は使用の目的と特徴によって変化する」からである(Id. at 586–87)。
(25頁)
差し当たっての問題として、コピーされた量は本件では特に関連しないように思われる。例えば音楽パロディを含む事件では、原曲の大部分をコピーすることは、パロディの「市場代替のポテンシャル」を増加させうる(See id. at 589)。しかし、MetaのLLMが原告らの書籍の意味ある量を出力しないことを考えると、Metaがそれらをより少なくコピーしていた場合に、Metaのコピーが書籍の直接代替を作成する可能性が低くなる理由や方法は明確ではない(Cf. Hachette, 115 F.4th at 188–89 (「関連する考慮事項...はコピー者によって使用された著作権のある素材の量ではなく、『公衆にとって利用可能になった著作権のある素材の量』である」( Fox News Network, LLC v. TVEyes, 883 F.3d 169, 179 (2d Cir. 2018) を引用)))。
いずれにしても、この要素はMetaに有利である。原告らの書籍を全体的にコピーしたにもかかわらず、である。Metaがコピーした量は、Metaの変容的目的との関係において合理的であった(Oracle, 593 U.S. at 34を見よ)。LLMが多くの高品質の素材で訓練されればされるほど、より良く動作することには誰もが同意している(Ungar Decl. ISO Meta MSJ ¶¶ 42–48; Pls. Reply Ex. 115 ¶¶ 79–80を見よ)。したがって、書籍全体をLLMに供給することは、その書籍の半分だけを供給するよりも訓練により多くの影響をもたらす。これを念頭に置いて、Metaが「著作物の全体を使用すること」は「合理的に必要」であったのである(HathiTrust, 755 F.3d at 98)[10]。
VI. 第4要素:著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響
この要素は「被疑侵害者の特定の行為によって引き起こされる市場害の程度」と「『被告がした種類の無制限で広範な行為が…原著作物の潜在的市場に実質的に悪影響をもたらすかどうか』」の双方を検討する(Campbell, 510 U.S. at 590 (quoting 3 M. Nimmer & D. Nimmer, Nimmer on Copyright § 13.05 (1993)))。この要素に関連する「唯一の害」は「市場代替の害」である(id. at 593)。
[10]
しかし、Metaの主張は本件では第4要素について不利に働く。以下で議論するように、著作権のある書籍で訓練されたLLMは、それが訓練されたものと競合できる書籍を生成できる可能性が高い。
(26頁)
対照的に、二次的著作物が批評やパロディを通して原著作物[the first]への需要を殺してしまう場合、その害はアメリカ著作権法の下では認識されるものではない(Id. at 591–92)。この要素に関連するのは「複製行為が生み出す可能性のある公益」でもある(Oracle, 593 U.S. at 35)。
前述したように、第4要素は「疑いなくフェアユースの最も重要な単一の要素」である(Harper & Row, 471 U.S. at 566)。したがって、Metaは第1要素が強く自身に有利であるため、調査は基本的にそこで終わるべきであると示唆するのは誤りである。それどころか、第4要素の重要性を考えると、二次的使用は高度に変容的であるが、二次的使用者がその種の使用に従事することを人々に許可することが原著作物の市場に与える影響が大きすぎるためにフェアユースで敗北する状況を想像することは容易である。しかし同様に、第1要素が被告にかなり有利な事件では、一般的に原告がフェアユースを破る唯一の機会は第4要素で決定的に勝利することである。
著作権のある著作物を生成AIモデルの訓練に使用することを含む事案において、原告が被告のコピーが著作物の市場を害した(またはそのコピーが広範囲に行われた場合に市場が害されるであろう)と主張しようとする少なくとも3つの方法がある。第一に、原告はモデルが原告らの著作物(または実質的に類似したアウトプット)を逆流させ、それによってユーザーがモデルを介してそれらの著作物またはその代替物に無料でアクセスできるようになると主張できるだろう。第二に、原告はAI訓練のために原告らの著作物をライセンスする市場を指摘し、無許諾での訓練のためのコピーがその市場を害する(またはその市場の発展を妨げる)と主張できるだろう。第三に、原告はモデルが原告ら自身の著作物や実質的に類似したものを逆流させることができなくても、十分に類似した(テーマやジャンルにおいて)著作物を生成して原著作物と競合し、それによって間接的にそれらの代替となると主張できるだろう。本件では、最初の2つの議論は失敗する。第3の議論ははるかに有望であるが、原告らの説明[presentation]は非常に弱く、針を動かすことも、略式判決を破るのに十分な事実上の争点を提起することもない。
(27頁)
A
Llamaが原告らの書籍の重要部分—あるいは原告らの書籍に非常に類似して独自に侵害するテキスト—を生成するために使用できるならば、人々はそれらのアウトプットを代わりに読むであろうため、それは書籍の市場を脅かすであろう。しかし、こうした害の理論は、上述したように、Llamaがユーザーに原告らの書籍の意義ある部分を生成させることはできないため、特に本件では適用することはできない。両当事者の専門家も、具体的にLLMを逆流させるよう設計された「敵対的」プロンプトに応答してさえ、Llamaが原告らの書籍のいずれかから50語以上を逆流させることができたと述べなかった(Pls. Ex. 79 ¶¶ 71–72, 82–84, 92を見よ)。そして原告らの専門家は、Llamaが原告らの書籍の「重要な割合」を生成しないであろうと認めた(Meta MSJ Ex. 24 at 237:16–19)。その比較として、Google Books判決において、第2巡回区裁判所は、ユーザーが書籍の最大16%に相当するスニペットを見ることを許諾したにもかかわらず、二次的使用が「権利保有者に対し自らの著作権の価値に対する重要な害や著作権による収益の獲得の減少をもたらす脅威」を与えなかったと判示した[11](804 F.3d at 224)。Llamaがそうするよう操作された場合に原告らの書籍の極小な部分を逆流させる性能は、原告らの書籍の「潜在的市場または価値に対する」「意味があるまたは重要な効果」をもたらす脅威とはならない(Id. (アメリカ著作権法107条(4)を引用) )。
B
原告らの市場への害という主要理論は、MetaがLLM訓練のためにその目的で自らの書籍をライセンスする市場を害したという、自らの書籍の無許諾使用である。原告らは第4要素の議論のほとんどすべてをこの理論に費やしている。したがって、当事者らは一般的商業書籍をライセンスする市場が存在するか、または発展する可能性があるかどうかについて長きにわたって繰り返している。
[11]
Google Books判決が指摘したように、誰かに書籍の16%を見せることが決して実質的害の脅威となりえないというわけではない。この事件でのツールは、利用者が「通常は連続的ではなく、書籍全体にランダムに散らばった」スニペット(断片)を見ることを可能にしていた(804 F.3d at 222)。もしそれが「書籍の16%に相当する一貫したブロックを明らかにするために使用されうる」ならば、「それは全く異なる問題を提起するであろう」、と(Id. at 223)。量的な観点では小さな著作物の一部分であっても、それが著作物の「核心部分」であったり、その他の点で質的に重要である場合には、依然として重要な意味を持ち得る。Cf. Harper & Row, 471 U.S. at 565 (Harper & Row, Publishers, Inc. v. Nation Enterprises, 557 F. Supp. 1067, 1072 (S.D.N.Y. 1983)を引用)。
(28頁)
しかし、そのような市場が存在するか、または発展する可能性があるかどうかは無関係である。なぜなら、この市場は原告らが法的に独占する権利を有するものではないからである。すべてのフェアユース事件において、「原告は、その潜在的[市場]が問題となっている使用をライセンスするための理論上の市場として定義した場合、潜在的市場の損失を被ることになる」(Tresóna Multimedia, LLC v. Burbank High School Vocal Music Association, 953 F.3d 638, 652 (9th Cir. 2020) (強調省略) (quoting 4 Melville B. Nimmer & David Nimmer, Nimmer on Copyright § 13.05 (2019)))。したがって、第4要素の分析が循環的になり、すべての事件で権利保有者に有利になることを防ぐため、変容的目的のために著作物をライセンスするために支払われる対価の損失による害は認められない(Id.; Bill Graham Archives v. Dorling Kindersley Ltd., 448 F.3d 605, 614–15 (2d Cir. 2006); see also Oracle, 593 U.S. at 38 (「『循環性の危険』に対して注意を喚起する」(quoting 4 Nimmer § 13.05)))。
C
著作権のある書籍をLLMの訓練に使用することが、それらの書籍の市場を害する可能性のある第3の方法は、それら自体は侵害的でないとしても、オリジナルと競合する無数の著作物の迅速な生成を可能にする助けになるということである。この議論のために、人々がLLMを使用して、そのテキストを書くのに要するであろう時間よりもはるかに短い時間で、そしてわずかな創作性[a fraction of creativity]を使用して、大量のテキストを生成できる(またはすぐに生成できるようになる)と仮定しよう。人々はLLMを使用して書籍を作成し、それらを販売し、売上および関心[attention]について人間の著者によって書かれた書籍と競合させることができる。実際、ある程度これはすでに生じているようである—原告らの専門家の一人は、AI生成書籍が「Amazonを氾濫させている」という報告について簡潔に論じている(Pls. MSJ Ex. 76 ¶ 199; see id. ¶¶ 193–207)。人々は、LLMに作成するようプロンプトを与えることがおそらく簡単であることを考えると、そのような書籍を無料で利用可能にすることさえ動機づけられるかもしれない。この競争の形式による害は市場希薄化の害である。またはある専門家[commentator]が説明するように、「直接」代替(これが説明された害の最初の形式であろう)ではなく「間接」代替の害である(Matthew Sag, Fairness and Fair Use in Generative AI, 92 Fordham L. Rev. 1887, 1916–20 (2024) を見よ)。
もちろん、すべての著作権のある著作物がAI生成にかかる競合他社によって等しく市場を希薄化されるわけではない。例えば、AI生成書籍が、その特定の作家による書籍を求めている人々に販売する著名な作家から有意義に売上を吸い上げることはありうるものではないだろう。
(29頁)
しかし、AI生成書籍がよく知られていない著作物や新進の著者による著作物を圧倒する可能性があることは容易に想像できる。AI生成書籍がAgatha Christieの著作物の市場にあまり影響を持たないであろうが、次世代Agatha Christieが注目されたり、書き続けるのに十分な書籍を販売したりすることを妨げる可能性は相当ありうるだろう[12]。
この影響はまた、特定のタイプの著作物に関してより顕著である可能性が高いようである。例えば、意のままに高品質の画像を生成できるAIモデルは、そのような画像の市場を大きく影響し、人間がそれらを創作するインセンティブを減じてしまうものだとされてしまうかもしれない。現在の出来事について正確な情報を生成しうるLLMは、印刷版ニュース市場を大きく害するものとされるかもしれない。特定のノンフィクション作品の市場―例えば、庭の手入れをする方法についての書籍―は、LLMがその話題について書籍を生成する性能によって大きく減じてしまう可能性がある。フィクション作品については、著者またはその著者が活動するジャンルにより依存するかもしれない。
違いは部分的に、一部の著作物が相対的に機能的で、一般的に著者の創作性への依存度が低いためかもしれない。ニュース記事を選択する際、読者は現在の(または過去の)出来事について明確に、正確に、簡潔に伝えるものを求める。対照的に、小説を選ぶ際、読者はそれよりもはるかに長い特徴のリストについて気にかけることができる。読者らは例えば、語調、テーマの深さ、文体、プロット、またはキャラクターについて気にかけるかもしれない。あるいは多くのプロットの捻りを含む、または特定の種類のキャラクター成長を描く書籍を求めるかもしれない。小説のこれらの要素は著者の創作性に大きく依存している。
[12]
明確にするため、要点は著者が有名であるか人気があるかに基づいて、より多くまたはより少なく著作権保護を受ける権利があるということではない(Cf. Warhol, 598 U.S. at 544 & n.19)。その要点は、異なる著作物が異なる市場を持ち、それらがAI生成にかかる競合他社の氾濫によって異なって影響されるということである(例えば, Cariou v. Prince, 714 F.3d 694, 709 (2d Cir. 2013) (「Princeの著作物はCariouのものとは全く異なる種類のコレクターにアピールする」); Andy Warhol Foundation for Visual Arts, Inc. v. Goldsmith, 11 F.4th 26, 48 (2d Cir. 2021) (「当裁判所は...地方裁判所のいうWarholの著作物の市場が『Warhol』の市場であるという暗黙の理論を支持することはできない…[しかし]当裁判所は2つの著作物が異なる市場を独占するという地方裁判所の全体的結論を覆す理由を見ない」), aff'd, Warhol 598 U.S. 508を見よ)。
(30頁)
ニュース記事も(特に構造や語調のようなものに関して)著者の創作性の産物であるが、平均的な小説には平均的なニュース記事よりもはるかに多くの創作的選択があり、それらの創作的選択は平均的な小説のクオリティにとってより重要である。それに関連して、人々は小説がAI生成である(人間の創作性の産物とは対照的に)ことを、ニュース記事がAI生成であることよりも気にすることが想像できる[13]。
また、市場希薄化を考える際の適切な比較はLLMのない世界ではなく、LLMが著作権のある書籍で訓練されていない世界であることも注目すべきである。おそらくパブリックドメインの著作物のみで訓練されたLLMでも、著作権のある書籍と販売を競合できる大量の書籍を迅速に生成することができるかもしれない。しかし、書籍での訓練がLLMの創作性と長文のテキストを生成する能力を実質的に向上させるという記録に十分な証拠がある(例えばPls. MSJ Ex. 25 at 2; id. Ex. 27 ¶ 183。そして、LLMはより多くのテキストで訓練されるほどより良く実行されるため、パブリックドメインの書籍のみで訓練されたLLMは、他のすべてが等しければ、著作権のある書籍でも訓練されたものよりも著しく遅れをとるであろう(Ungar Decl. ISO Meta MSJ ¶ 45を見よ)。したがって、著作権のある書籍でLLMを訓練することは、ほとんどの状況において、そのLLMがその訓練データにある書籍の市場を希薄化する可能性のある著作物をより良く生成できるようにするように思われる。
Metaとその法廷助言者である法学教授ら、および上述したMatthew Sag論文は、市場希薄化は第4要素の下で考慮されないと主張する。彼らは、LLMのアウトプットによって引き起こされる害は、アウトプット自体が侵害的である場合—つまり、LLMが著作権のある素材を逆流させる(または著作権のある素材と実質的に類似したテキストを生成する)場合—にのみ関連すると主張する(See May 1 Hr'g Tr. at 22:7–24:21; 108–09; Amicus Br. of Intellectual Property Law Professors at 9–10を見よ; Sag, 92 Fordham L. Rev. at 1919–20も見よ)。しかし、それは正しくあり得ない。確かに、それらの書籍を逆流させたり実質的に類似したテキストを生成したりできるLLMによってコピーされた書籍の市場が害されるであろうと結論づけることはより容易であろう。
[13]
これは、ニュース記事や著者の創作性への依存度が低い可能性のある他の著作物が、したがってより少ない保護に値する、またはそれらの著作物をLLMの訓練に使用することがより適切であろうということを示唆するものではない。それどころか、第2要素に関して指摘したように、ノンフィクション作品は法律上、事実を表現する著者の選択を保護するため、依然として著作権によって保護されている(Google Books, 804 F.3d at 220を見よ)。
(31頁)
しかし、より類似性の低いアウトプット、例えば同じテーマまたは同じジャンルの書籍は、依然として訓練データの書籍と販売と競合させることができる。そして、それらの書籍から販売を簒奪することによって、または一部のそれらの書籍が注目され購入されないように店舗やオンラインマーケットプレイスを氾濫させることによって、それらのアウトプットは著者の創作へのインセンティブを減じさせるであろう—それこそが著作権が防ごうとする害なのである。
連邦最高裁は、第4要素の下で重要な「唯一の害」は「市場代替の害」であると述べている(Campbell, 510 U.S. at 593)。しかし、間接代替は依然として代替である。すなわち、誰かが人間の著者によって書かれた恋愛小説の代わりにLLMによって書かれた恋愛小説を購入した場合、LLM生成小説は人間によって書かかれたものの代替となっている。これは、原著作物の代替として機能することなく原著作物への需要を害する可能性のある(認識できない)批評や論評によって惹起される害とは異なる。
それに関連して、Metaは権利を侵害しない二次的著作物からの「正当な」競争は第4要素の下で認識できないと主張する。Metaはこの命題について中間複製事件を引用している(Sega, 977 F.2d at 1523–24; Connectix, 203 F.3d at 607を見よ)。しかし、それらの事件の判決理由の鍵は、二次的使用者の競合製品がコピーした著作物の創作的表現から利益を得なかったという事実であった。対照的に、上で議論したように、LLMは著作権のある書籍の創作的表現で訓練されるため、(競合する著作物を含む)テキストをより良く生成することができる。したがって、この競争について引用した事件の意味では「正当」ではない。
多くの著作権事件において、この市場希薄化または間接代替の構想は特に重要ではないことは真実である。それは、より典型的な事件では原著作物が単一の二次的著作物と比較されているからである。二次的著作物がやや類似しているが、効果的にコピーであるほど類似していない場合、それは依然として原著作物の市場に小さな間接的な影響を持つかもしれない。しかし、それはおそらく重要ではないであろう。第4要素は「被告がなした種類の行為」が「オリジナルに対して実質的に消極的な影響」を与えるかどうかを検討することを思い出してほしい(Campbell, 510 U.S. at 590 (強調付加) (quoting 3 Nimmer § 13.05)。間接的代替から害がいくらか存在することは、第4要素やフェアユース調査について決定的ではない。
(32頁)
例えば第1要素が二次的使用者に有利な場合、法律は少しの競争を容認するかもしれない(Google Books, 804 F.3d at 224を見よ)。類似しているが類似しすぎない単一の二次的著作物を含む事件では、市場希薄化による害が問題となるのに十分に重要であるということはありうるものではない。「被告がなした種類の広範な行為」の効果を考慮してさえ(Oracle, 593 U.S. at 38 (quoting 4 Nimmer § 13.05))、一度に一つの間接的な代替的著作物を作成することは、オリジナルに対して大きな影響を有するにすぎない。
[しかし]本件は異なる。これは原著作物が一つの二次的著作物と比較されている事件ではない。また、本件はGoogle Books判決やPerfect 10判決のような、デジタルツールの作成を含む以前のフェアユース事件のようなものでもない。それらの事件では、ツールはせいぜい原著作物の一部またはすべてにアクセスするために使用される可能性があった。本件は、それら事件のいずれとも異なり、単一の個人が、それが訓練された原著作物を作成するのに使用された時間と創作性の極めてわずかな部分で、文字通り何百万もの二次的著作物を生成するために使用できる技術を含んでいる。他のどの使用も—単一の二次的著作物の作成であろうと、他のデジタルツールの作成であろうと—LLM訓練が行うような方法で競合的な著作物で市場を氾濫させる可能性に近いものを有しない。したがって、市場希薄化の概念が高度に関連するようになる。
Metaは、以前の事件において差異を生じさせたことがないという理由のみでこの種の害が考慮に値しない主張することで、Metaは連邦最高裁が本件当事者と当裁判所に[このような判断]回避するように指示した(すなわち、[歴史的]文脈を考慮することなく以前の事件からの概念を機械的に適用すること)と言うがそれは誤りである。フェアユースは「技術の重要な変化」を考慮に入れる柔軟な法理であることが意図されている(Oracle, 593 U.S. at 19 (Sony, 464 U.S. at 430を引用する)。裁判所は、新たな技術が創作するインセンティブに深刻な害を与える可能性のある明白な方法に対して、単にその問題が以前に生じたことがないからといって頭を砂に埋めることはできない。実際、市場希薄化はしばしば原告らに第4要素で決定的に勝利させ—したがって全体的としてフェアユースの問題で勝利させ—、それはまさにこのような事件で起こりそうに思われる。
しかし、裁判所は他の事件で何が起こるであろうまたは起こるべきかと思うことに基づいて事件を決定することはできない。当事者らによって提示された議論と提出された証拠に基づいて事件を決定しなければならない。したがって、問題は、この特定の事件におけるこれらの特定の13人の原告がこの要素で勝つのに十分な証拠を提示したかどうかである。あるいは、本件の手続的態様を考慮してより正確に言えば、これらの原告らが市場希薄化の問題を陪審に委ねるのに十分な重要な事実上の争点を提起するのに十分な証拠を提示したかどうかである。答えはノーである。
(33頁)
原告らは訴状において、市場への害に関して2種類のみを主張した—すなわち、Llamaのユーザーが原告らの書籍からテキストを再現できること、および MetaのコピーがAI訓練のために著作権のある素材を企業にライセンスする市場を害したことである。市場希薄化については—Metaのような企業が原告らの著作物をコピーしてLlamaのような製品を訓練することを許諾することが、必然的に原告らの著作物の市場を類似の著作物で氾濫させることになるという主張—原告らは訴状で言及すらしなかった。また、原告らの略式判決申立でもそれに言及しなかった。
当然、訴状での申立を考慮して、Metaの略式判決に対するクロスモーションは最初の2つの理論を破ることに焦点を当てた。しかし、Metaはその動議において、原告らがMetaにより原告らの書籍の使用でLlamaを訓練したことが書籍の売上を害したという証拠を何も提示していないことも指摘した(Meta MSJ Exs. 8–9を見よ)。そして、Metaは、少なくともリリース直後の期間において、Llama 3のリリースが原告らの売上(またはLlamaの訓練データにある他の書籍のもの)に識別可能な影響を持たなかったことを説明する独自の専門家証言を提示した(See Sinkinson Decl. ISO Meta MSJ ¶¶ 18–35)。
反対に、原告らの主要な応答は、原告らの最初の2つの理論のために要点を外れているというものであった。原告らは、間接的代替の構想について簡潔に議論し、AIによって創られた書籍がAmazonを氾濫させ始めているという記事に言及した原告ら側の専門家の一人の報告書について短く言及をした(Pls. Reply Ex. 126 ¶¶ 193–207を見よ)。しかし、この議論は答えよりも多くの疑問を生じさせる。
第一に、Llamaはそのような書籍を生成することができるのか?現在できないとすれば、近い将来にそれができるようになるのか?おそらく答えはイエスであるが、それは自明の結論ではない。LLMは例えば、書籍の長さまたは書籍のスタイルのアウトプットを生成できないよう構成される可能性がある。したがって、いくつかのLLMによって書籍が創られているという事実は、自動的にLlamaがそれらを作成できる、または近いうちにそれができるようになることを意味するわけではない。
(34頁)
第二に、これらのAI生成書籍とは何か。Sarah Silvermanの回想録と競合するのか?原告Matthew Klamの短編小説集と競合するのか。Rachel Louise Snyderの家庭内暴力に関するノンフィクション作品と競合するのか。原告らは自らの書籍の市場の分析、これらの市場がAI生成書籍によって影響を受けるか、受ける可能性があるかについての議論、および専門家報告書で言及された既存のAI生成書籍がこれらの市場で競合するかどうかの説明を何も提供していない。
第三に、この競争は競合する書籍の売上に実際にどのような影響を与えるのか。それらの書籍を完全に圧倒するものであるのか。単にその売上のマージンを削るだけなのか。または、上述したように、そして可能性が高いように思われるが、それは書籍に依存するものであるのか—恋愛小説の読者はAI生成のものを喜んで購入するが、Sarah Silvermanの回想録を読みたいすべての人は、AI生成のコミック回想録よりもそれを読みたいと思うのか。これまでの影響が何であれ、LLMがますます人間らしいテキストを書くのが上手になり、より多くのAI生成書籍が書かれるにつれて、将来それらは増加する可能性があるのか。
第四に、LLM開発者がこれら書籍をコピーできる世界においての原告らの書籍の市場への脅威は、開発者がそれらをコピーできない世界での原告らの書籍の市場への脅威とどのように比較されるのか。原告らによって提示された意見書や証拠にはそのヒントは全くない。
本分析は、フェアユースが積極的抗弁であり、Metaがそれについて略式判決を申立てたという事実によって多少複雑になる。このような理由のため、Metaがそのコピーが原告らの書籍の市場を実質的に害する脅威とならないという証拠を提示する立証責任を負っていた。[しかし、] Metaは将来そうする可能性がないことを決定的に立証しなかった—もしかすると、Metaの複製行為が、実際にLlamaを原告らの書籍の市場を希薄化させる無数の著作物をよりよく生成させる可能性を有するものにしたという理由があるのかもしれない。しかし、被告が市場への害がないことの証拠を取り入れ、「原告がそのような提示に対抗する経験的証拠を取り入れることに失敗した場合、第4要素は被告に有利に重み付けされるべきである」(Patry on Fair Use § 6:13; Seltzer v. Green Day, Inc., 725 F.3d 1170, 1179 (9th Cir. 2013) も見よ; cf. Perfect 10,508 F.3d at 1168)。
(35頁)
それがまさにここで起こったことである。Metaは自らのコピーが市場への害を惹起していないという証拠を取り入れた。原告らは反対の実証的エビデンスを何も提示しなかった—すなわち、コピーがすでに市場への害を惹起したという証拠も、コピーが将来的に市場への害を惹起する可能性があるという証拠も、である。原告らが提示したのはすべて推測であり、推測は真正な事実上の争点を提起し、[被告の]略式判決[の申立]を破るには不十分である。(例えば Anheuser-Busch, Inc. v. Natural Beverage Distributors, 69 F.3d 337, 345 (9th Cir. 1995) )。
原告らは、市場への害は推測されうるため、実証的エビデンスを提示する必要がなかったと主張する。この議論について、彼らはHachette判決を引用し、そこで第2巡回区裁判所は—原告らが何らかのものを示す「実証的データ」を提供しておらず、二次的使用者がそれは存在しないという専門家証言を提示していたにもかかわらず—それが広範囲に行われた場合、二次的使用がそのような害を引き起こすことが「自明」であったため、市場への害を推論した(115 F.4th at 192–93)。Hachette判決では、二次的使用者はインターネットユーザーが[その事件の]原告らの書籍の「同一のコピーを」無料で「ダウンロード」できるデータベースを維持していた(Id. at 194)。したがって、その二次的使用はオリジナルの書籍に対する直接的な「競合的代替」を提供したのである(Id. at 195)。
Hachette判決で市場への害を推論することは理にかなうものであったが、本件でそのようにすることは理にかなっていない。第一に、最高裁は「市場への害の推論には…商業的目的のための単なる複製を超える何かを含む事件には適用」できないと述べている(Campbell, 510 U.S. at 591)。Hachette判決では、二次的使用は基本的に「単なる複製[mere duplication]」であった。本件では対照的に、Metaの使用は高度に変容的であり、はるかに超えた目的を持っている。第二に、Hachette判決とは異なり、Metaの使用はユーザーが原告らの書籍の重要な部分にアクセスすることを許可しないため、Metaの使用が直接的代替を介して害を生み出すことは自明ではない。Metaの使用がユーザーに競合的な書籍の氾濫を創出することを可能にすることによって書籍販売市場を害するかどうかも自明ではない。Llamaが書籍販売市場を害する可能性、さらには可能性が高いことはある。しかし、それがそうするであろうと結論づけるには、Llama(そして単にどのLLMでもなく)がそのような書籍を制作するために使用できること、それがそのような書籍を制作するために使用されるであろうこと、消費者が人間の著者によって書かれた書籍の代わりにそれらの書籍を購入するであろうこと、消費者が特に原告らの書籍の代わりにそれらの書籍を購入するであろうこと、およびLlamaが著作権のある素材で訓練されたので、このような書籍を制作することにおいて有意義に、より得意とするものであることを推論づける必要がある。
(36頁)
本件記録において、Metaは、原告らの当該コピーが重要な市場への害を惹起するまたはその恐れがあるという中途半端な議論を破っている。その結論は現実と大きな緊張関係にあるかもしれないが、それは原告らが2つの欠陥のある市場への害の理論を前面に出し、LlamaのようなLLMを自らの書籍で訓練することが原告らの書籍の市場に与える影響について有意義な証拠を提示することに失敗したという選択によって決定されている[14]。
D
第4要素に関連する他の2つの問題がある。第一に、上述したように、Metaのシャドウ・ライブラリの使用が、これらライブラリあるいはその他のユーザーに利益をもたらしたかどうかである。もし利益をもたらしたのであれば、これは第4要素に関連するであろう。それは、Metaのコピーによって他の者が著作権のある著作物を取得することを助けたことを意味し、おそらく原告らの著作物を含み、それらに対価を支払うことなく(そして、それらの他の人々がフェアユース目的のために著作物を取得していたという兆候もなく)、である。しかし、原告らはシャドウ・ライブラリのMetaの使用について詳しく議論したが、原告らはそれがこれら影響を有していたこと、または書籍を取得することなくMetaがライブラリを利用することを許諾することを超えて第4要素に関連することを主張しなかった。
[14]
原告らはまた、Metaがシャドウ・ライブラリから書籍をダウンロードしていなかったならば、Metaは書籍を購入することを要求されたであろうという、より狭い意味で自らの著作物の市場が害されたと主張する。しかし、すでに議論したように、そのダウンロードは別個の使用であるが、その全体的目的に照らして考慮されなければならない。例えば、シャドウ・ライブラリに関する記事を書く過程でシャドウ・ライブラリから書籍をダウンロードし、自らの研究のためだけにそうした研究者を想像しよう。そのダウンロードはほぼ確実にフェアユースであろう。もちろんその事例では、ダウンロード者はMetaよりも他の場所で書籍を調達する能力に劣る。しかしその要点は、原告らが「軽減されない海賊行為[unmitigated piracy]」と呼ぶシャドウ・ライブラリからのダウンロードは、その究極的な目的に照らして見られなければならないということである。MetaのLLM訓練の目的が非常に変容的であるため、原告らは第4要素で決定的に勝利する必要があった。AI開発者への個別売上の損失は、原告らにとって天秤を傾けることができるような市場への害の種類のものではない。
(37頁)
審問において、原告ら弁護士は、シャドウ・ライブラリを使用することによって、Meta(およびMetaのような他の企業)がシャドウ・ライブラリに関連する悪評[stigma]を減じさせ、より多くの人々にそれらを使用することを奨励するであろうと示唆した(May 1 Hr'g Tr. at 92–93)。全体的分析においてこれが重要であるかどうかは明確ではない。しかし、いずれにしても、原告代理人弁護士は本件記録にこのような情勢が展開されている[this dynamic playing out]という証拠を含まないことをやむを得ず認めたのである(Id. at 93–94)[15]。
第二に、Metaのコピーに関する公益である。双方の提示においても、この場面で針を動かすほどのことはない。原告らは、Metaの行為を許可することは、他のLLM企業に海賊行為を行い、「盗まれた著作物を無料で利用可能にする」シャドウ・ライブラリを「支援し、擁護する」ことを促進することによって海賊行為を促進するであろうと述べる。本件記録には、Meta(または他のLLM開発者)がシャドウ・ライブラリの広範な使用を積極的に支援またはその他の方法で促進しているという証拠はない。他のLLM開発者にシャドウ・ライブラリの使用を促進することについては、原告らは再び論点を先取りしている—すなわち、LLM開発者自らが使用する書籍に対価を支払うべきかどうかは、この意見で扱われる問題である(そして、明らかに、一律に答えることができない事実認定上のものである)。Metaは、その部分では、LLMが有用である様々な方法についてほとんど論じている。しかし、第4要素に最も関連する公益は「新たな表現の創作的生産に対する著作権の懸念に関連する」ものである(Oracle, 593 U.S. at 35)。したがって、例えば、Llamaが誰かの税務処理を助けることができるという事実は、ここで特に関連しない。それにもかかわらず、著作権のある著作物の訓練データとしてのMetaの使用は、ユーザーが創作的テキストを生成することをよりよく助けたり、その「記憶」を改善し、それによってソフトウェアを開発するためにこれを使用する研究者にとってより有用にしたりすることによって、Llamaが新たな表現の創出を助ける可能性が高い。それにゆえに公共利益の考慮はわずかながらMetaに有利なものとなり、Metaは第4要素においても勝つ。
[15]
Meta側の専門家証人の一人は、その構成の方法に応じて、MetaがBitTorrentネットワークの「帯域幅、コンテンツ、ストレージ、および処理能力」に寄与した可能性が高いと証言録取で証言した(Pls. MSJ Ex. 67 at 103:3–104:5)。しかし、Metaが実際にそうするための正しい設定を有していたかどうか、またはそれがこのネットワークにどの程度寄与したかもしれないかについての証拠はない。より重要なことに、MetaがBitTorrentネットワークに寄与した演算能力が、Metaがトレントしたシャドウ・ライブラリを支援した(またはその他の方法で原告らの著作権の侵害に寄与した)という兆候はない。それどころか、原告らは、トレントされたファイルの大部分が映画、テレビ番組、ビデオゲーム、音楽であり—これらは一般的に著作権で保護されているが、この事件では問題となっていない—書籍はトレントされた素材の1パーセント未満を構成するという情報源を引用している。Jacqui Cheng, BitTorrent Census: About 99% of Files Copyright Infringing, Ars Technica (Jan. 29, 2010), https://arstechnica.com/information-technology/2010/01/bittorrent-census-about-99-of-files-copyright-infringing [https://perma.cc/KZ7N-R9BN]。
(38頁)
E
関連して、MetaはMeta(および他のAI開発者)が対価を支払うことなく著作権のあるテキストを訓練データとして使用することを妨げることによって「公益」は、「著しく害される」であろうと主張する。Metaは、そのような判決がLLMや他の生成AI技術の開発を完全に停止させるであろうことを暗示しているようである[が、]これはナンセンスである。
前述したように、特定のコピーがフェアユースではないという判決は、必ずしも複製者がその複製行為を停止しなければならないことを意味するわけではない—それはすなわち、複製者が複製行為に対する許可を得なければならないことを意味する。したがって、LLM訓練のためのコピーがフェアユースではない場合、LLM開発者(Metaを含む)は自らのモデルを訓練するために著作権のある著作物を使用することを停止する必要はない。彼らはその訓練のためのライセンスのために権利者に対価を支払うことのみが必要である。
おそらく、AI訓練のためのコピーがフェアユースでない場合、AI開発者は単純に自らが使用を希望する著作物をライセンスする方法を見つけ出すであろう。書籍がLLM訓練にとってMetaが主張するほど良いものであれば、LLM開発者が喜んでライセンスに対価を支払うであろうことはほぼ確実なものと思われる(実際、Meta自身は書籍を進んでライセンスしようとしており—Metaは単純にライセンスがあまりにも論理的に困難であることを発見しただけである)。個別の書籍としてライセンス契約を交渉することを正当化するには、訓練データとしての特定の書籍の価値があまりにも低いとしても、LLM開発者は依然として一度に大量の書籍をライセンスすることに関心を持つであろう。出版社は現在、グループライセンスを可能にするために必要な付随的権利を保有していないかもしれない。しかし、出版社がLLM開発者との大規模交渉とライセンスに従事できるように、その著者とこのような権利を交渉し始めることを近いうちに着手しないであろうということは信じがたいものである—彼らがすでにそうし始めていないと仮定すれば、であるが。これらのライセンス市場が生じることは、とりわけLLM開発者の唯一の選択肢がライセンスを取得するか、訓練データとして著作権のある書籍の使用を放棄するかである場合において可能性が高いように思われる。LLM開発者が代わりに(著作権のある著作物をライセンスする代わりに)訓練データとしてパブリックドメインの著作物のみを使用することを選択した場合、それは実際には言うほど著作権のある著作物を必要としていないことを示すであろう。
(39頁)
したがって、Metaや他のLLM開発者が著作権のある書籍を訓練データとして使用することがフェアユースでない場合、彼らはそのLLMでの作業を完全に停止する必要はない。Metaや他のLLM開発者はライセンスに対価を支払うか、著作権で保護されていない書籍を使用するだけでよい。いずれの方法でも、LLM企業がやや遅く動くか、稼げる金銭がやや少なくなることになるかもしれない。しかし、LLM技術の成長が停止する(または何かそれに近いこと)であろうという示唆は、真正面から受け取ることはできない。
Ⅶ.結論
フェアユースは、新たな技術とその潜在的帰結にセンシティブであり、事件ごとの分析を要求する事実特定のための法理である。従前の事件で、LLM訓練ほど変容的で、かつオリジナルの著作物の市場を希薄化する能力のある使用を含むものはない。したがって、従前の事件はMetaのコピーがフェアユースであったかどうかの問題に答えはしない。その問題は、フェアユース要素を柔軟に適用し、著作権とフェアユースの目的、すなわちコピーする者が市場でオリジナルと代替する著作物を制作することを防ぐことによって創作へのインセンティブを保護することに照らしてMetaのコピーを考慮することによって答えられなければならない。
Metaのような使用を含む事件では、原告らがしばしば勝つように思われる。少なくとも、そのような事件が被告の使用の市場への影響についてより良く展開された記録を有する場合は、であるが。LLM訓練がどれほど変容的であろうとも、著作権のある書籍を使用して数十億または数兆ドルを稼ぐツールを開発し、同時にそれらの書籍の市場を著しく害する可能性のある潜在的に無限の競合的著作物の流れを創出することを可能にすることがフェアユースだと想像するのは困難である。そして一部の事件は、フェアユースに対してさらに強力な議論を提示するかもしれない。例えば、上述したように、特定のタイプの著作物(ニュース記事など)の市場は、AIのアウトプットからの間接的競争にさらに脆弱であるように思われる。他方で、いくつかの事実を調整すれば被告が勝つかもしれない。例えば、国家安全保障や医療研究のような非営利目的で著作権のある書籍を使用してLLMを訓練することは、ある程度の市場希薄化に直面したとしてもフェアユースかもしれない(Oracle, 593 U.S. at 32を見よ (「コピーが商業的性質でなかったという認定は、フェアユースに有利な方に天秤を傾ける」)。または、AIによって生成されたものからの意味のある競争に直面しえないと思われる著作物の原告らは、フェアユースの抗弁を破ることができないかもしれない。
(40頁)
本件では、これら13人の著者の著作物に対するMetaの使用が高度に変容的であるため、原告らはフェアユースで勝つために第4要素で決定的に勝つ必要があった(例えば Perfect 10, 508 F.3d at 1168を見よ (二次的使用が「著しく変容的」で第4要素が「両当事者にも有利でない」場合のフェアユース)。そして略式判決を防ぐために、原告らはその要素について重要な事実上の争点を作成する必要があった。市場希薄化の問題がこの文脈において非常に重要であるため、原告らが、陪審が原告らに有利に認定するために用いられうる何らかの証拠を提示していれば、第4要素は陪審に委ねられる必要があったであろう。あるいは、おそらく原告らは略式判決でフェアユース問題について勝つのに十分強い提示をすることさえできたであろう。しかし、原告らは市場希薄化について意味のある証拠を全く提示しなかった。そのような証拠がなく、Metaの証拠に照らして、第4要素はMetaに有利とならざるをえない。したがって、本件記録において、Metaは、これら原告らの書籍をLLM訓練データとして使用するためにコピーすることが侵害であったという申立に対するそのフェアユース抗弁について略式判決を受ける権利がある。
前述したように、原告らのDMCA申立てについて、別の判決でMetaに略式判決が認容される。トレンティングプロセス中にMetaが原告らの保護された著作物を違法に頒布したという原告らの別の申立てについてどのように進めるかを議論するため、2025年7月11日午前10時にZoomでの準備手続が予定されている。
命令する。
日付:2025年6月25日
VINCE CHHABRIA
United States District Judge
3.まとめ
・・・いかがでしたか?
案の定、フェアユースの知識・先例を知っていることを前提にして読まないと理解しがたいものになっておりますが、Anthropic判決とはずいぶん論調が違うことが分かるかと思います。
さて、本判決のポイントを見てみようと思います。
*ちなみに本判決の要点は以下の福井健策先生のポストに端的にまとめられています。まずはこちらから読むことをおすすめします。
生成AIの学習にフェアユースを認めたアンソロピック判決の直後に出た、Metaの生成AI(Llama)の著作権訴訟の判決を、やっとざっくり読みました。…
— 福井健策 FUKUI, Kensaku (@fukuikensaku) June 30, 2025
①シャドウ・ライブラリについて
シャドウ・ライブラリは、著作権保護の有無に関係なく、書籍、学術論文、音楽、映画などを無料ダウンロード用に提供するオンラインリポジトリ。
本件で使用されたものは…
・Library Genesis(LibGen):書籍データベース
・Z-Library:書籍データベース
・Anna's Archive:上記を含む複数のシャドウ・ライブラリの編集物
〇技術的特徴
・BitTorrentなどのトレント技術を使用して配布
・大容量ファイルを小さな部分に分割し、複数のソースから同時頒布
・ダウンロード中(リーチング)とダウンロード後(シーディング)の両方で再アップロードが発生する可能性
〇その他特筆事項
・一部は著作権侵害で認定済み(LibGenなど)
・運営者の中には刑事起訴されている者もいる(Z-Libraryの創設者など)
②原告・被告の主張
【原告(13人の著作者)の主張】
*著作権の直接侵害:Metaが許可なく原告らの書籍をシャドウ・ライブラリからダウンロードし、LLM訓練に使用
・フェアユースの否定:商業目的での大規模使用はフェアユースに該当せず
→市場への害[Market harm]:Llamaが原告書籍のテキスト断片を再現可能でありAI訓練用ライセンス市場を侵害している
【被告(Meta)の主張】
*LLM訓練のための著作物の複製行為はフェアユースである
・高度な変容的使用:書籍読書とLLM訓練は全く異なる目的(第1要素)
・技術的合理性:LLM訓練には大量で多様なデータが必要(第3要素)
・市場への害の不存在:Llamaは原告書籍の重要部分を出力できない
実際の売上減少の証拠なし(第4要素)
・公益性:AI技術発展による社会的利益(第4要素)
③フェアユース4要素の判断
⑴ 第1要素:使用の目的と特徴 :Metaに有利
裁判官の判断:
・高度に変容的:LLM訓練は書籍の読書と「さらなる目的」かつ「異なる特徴」を持つ
・技術的差異:LLMの統計的パターン学習≠人間の読書体験
・商業性の影響限定:変容性が高い場合、商業性はそれほど重要ではない
⑵ 第2要素:著作権著作物の性質:原告有利
裁判官の判断:
・小説・回想録・戯曲は高度に表現的で著作権保護の中核
・Metaの「機能的要素のみ使用」主張を否定
・ただし「フェアユースの争いの決定で重要な役割を果たすことはめったにない」(基本的に原著作者が有利なので)
⑶ 第3要素:使用量と実質性:Meta有利
裁判官の判断:
・書籍全体のコピーも、変容的目的との関係で合理的
・LLM性能向上には大量データが必要という技術的必然性
・量的考慮よりも目的との合理的関係を重視
⑷第4要素:(潜在的)市場・価値に対する使用の影響 :Meta有利
裁判官の判断:
・「疑いなくフェアユースの最も重要な単一の要素」
・原告の3つの市場害理論をすべて否定:
1) テキスト再現にかかる侵害:Llamaは訓練対象だった書籍内の文書のうち50語以上出力できず、直接的代替とはならない
2) ライセンス市場への害:変容的目的のライセンス対価損失は認められない
3) 市場希薄化:最も有望な理論ではあるが、原告が具体的証拠を提示できていないため認められない
④原告の改善すべきだったポイント
1. 市場希薄化論の展開不足
*最も有望な理論を軽視:訴状でも略式判決申立でも言及なし
*以下の具体的分析の欠如
・Llamaが書籍生成可能かの技術的検証なし
・原告各書籍の市場分析なし
・AI生成書籍との競合可能性の具体的立証なし
・売上への実際の影響データなし
2. 証拠・立証の失敗
*実証的エビデンスの不提示:推測のみで具体的データなし
*将来的な市場への害の立証不足:市場希薄化の蓋然性を示す証拠なし
*比較分析の欠如:著作権で保護された素材を使用したLLM vs パブリックドメインの著作物のみで構成されたLLM
3. 戦略的焦点の誤り
*根拠に乏しい理論に資源を集中させてしまったこと:テキスト再現・原稿ライセンス市場に注力してしまったこと。
*技術的理解不足:LLMの実際の能力・制限への理解不十分
⑤裁判官の被告行為に対する心象
・・・表面的には被告勝訴だが、複雑な心象を示している。
【批判的な側面】
1.技術の潜在的危険性への警告
2.一般論としての違法性認定
・「多くの事情において、許可なく著作権保護された著作物を複製して生成AIモデルを訓練することは違法となる」
・「Metaのような使用を含む事件では、原告らがしばしば勝つように思われる」
3.シャドウ・ライブラリを使用したことへの非難に近い言葉遣い
・「海賊行為」への言及
・ライセンス交渉放棄をCEOレベルでの意思決定として問題視
【司法的制約の認識】
*「裁判所は一般的理解に基づいて事件を決定することはできない」。
*「当事者によって提示された証拠に基づいて事件を決定しなければならない」。
*原告の立証不足による限定的判決と明示。
【理解を示す側面】
*技術的必然性の承認:LLM訓練の技術的要求への理解
*産業発展の重要性:コピーの完全停止は非現実的との判断
*ライセンス市場の実現可能性:企業は著作物の利用の対価を支払う能力があるとの見解
結論として、
裁判官は生成AI訓練の著作権問題について一般的には深刻な懸念を抱いているが・・・本件では原告の立証不足により被告勝訴とせざるをえないという生成AI訓練のための著作物の利用には消極的な見解を示す。
4.Anthropic判決とMeta判決の比較
以下に簡単にまとめてみました。
■比較表
■ 基本的な事実構造の違い
*Meta事件(Chhabria判事)
・主にシャドウ・ライブラリからの「海賊版」ダウンロード
・LLM訓練のみが主要な使用目的
・原告の立証が不十分
*Anthropic事件(Alsup判事)
・ 海賊版ダウンロード&数百万冊の印刷書籍購入・スキャン
・中央ライブラリ構築とLLM訓練という二段階の使用行為
・より詳細な事実認定
■ 裁判官の基本姿勢の相違
*Chhabria判事(Meta事件):慎重・懐疑的
・「多くの事情において、許可なく著作権保護された著作物を複製して生成AIモデルを訓練することは違法となる」(4頁参照)
・「Metaのような使用を含む事件では、原告らがしばしば勝つように思われる」
・司法の限界を強調:「裁判所は一般的理解に基づいて事件を決定することはできない」
*Alsup判事(Anthropic事件):積極的・技術理解的
・ 「問題となっている技術は、我々の多くが生涯で見る最も変容的なもののうちの一つであった」
・人間の学習との類推を積極的に活用
・技術の本質的価値を認識
■ 変容性の判断(フェアユース第1要素)における相違
*Chhabria判事(Meta事件)
・変容性を認めつつも商業性を重視
・「営利事業の一部であったかどうかは大きな問題となり得る」
・より慎重なバランス判断
*Alsup判事(Anthropic事件)
・ 人間の学習プロセスとの強い類推
・「何世紀もの間、我々は本を読み、再読してきた」
・「本を読むたび、記憶から思い出すたびに・・・誰かに本の使用に対して特別に対価を支払わせることは考えられない」
■ 市場への害(フェアユース第4要素)の評価
*Chhabria判事(Meta事件)
・市場希薄化理論に注目
・将来の脅威を重視:「市場を無限の大量の画像、楽曲、記事、書籍などで氾濫させるポテンシャル」
・「人間が昔ながらの方法で創作するインセンティブを劇的に蝕む」
・ ただし原告の立証不足で被告勝訴
*Alsup判事(Anthropic事件)
・市場希薄化理論を採用せず:著作権法は「創作的な著作物を発展させることを求めており、著作者を競争から保護するものではない」。
・学童教育とのアナロジー:「学童に上手に書くことを教えることが競合する著作物の爆発的増加をもたらすであろうと苦情を言ったとしても、それと変わるところはない」
■ 海賊版使用への態度
*Chhabria判事(Meta事件)
・フェアユース分析の一部として処理
・悪意[bad faith]は「決定的でない事実に基づく考慮事項」
*Alsup判事(Anthropic事件)
・使用目的別に明確に分離
・「研究目的があるといって自らを正当化し、欲しい教科書を好き放題に持ち去ることなど許されない」
・海賊版ライブラリ構築は明確にフェアユース否定
■ 判決の射程と将来への影響
*Chhabria判事(Meta事件)
・「この判決の帰結は限定的である」
・個別事件の特殊事情を強調
・将来の訴訟への示唆を残す
*Alsup判事(Anthropic事件)
・技術の本質的価値を認定
・より広範なAI訓練への指針を提示
・フェアユース支持
■ 結論
これら相違は、同じ法的枠組みの下でも、裁判官の技術理解と価値観によって大きく異なる結論に至りうることを示しますが・・・特に市場希薄化理論にかかる正反対の評価は、今後のAI訴訟において重要な争点となると思われます。
ただし私見にはなりますが、仮に著作権で保護された書籍を大量に使って訓練したLLMを使って出力させたものが、既存の著作物—本件では言語の著作物ですが—が脅かされるくらいに、「創作性あふれる」AI生成物が氾濫するのかというと、必ずしもそうではないようにも思います。
というのも、AI出力物にせよ、人間によって書かれたものであるにせよ、それを読んで一定の感想や評価をする段階では、それがAI製か人間製なのかは知りようがありませんので。もちろん、AI生成物の迅速性においては人間が勝てるはずがないので、競合作品を多く創られてしまい、創作へのインセンティブが削がれてしまう・・・という意見もわかります。
ただ、現状の技術水準で判決文本文中で挙げられていた、ノンフィクション小説や恋愛小説が当該LLMでどこまで制作できるのか、それが読み物としての一定水準をキープしているのかは明確されるべきなのかなとも思います。
それにしても、本件のChhabria判事は原告に対してかなりの助言をしております。また、フェアユース4要件および第4要素に対する新たな見解を示していることも注目すべきでしょう(この点については、先例との関係も含めたフェアユース研究の専門家に解説を仰ぎたいように思います)。
そのため、今後の米国において生成AI開発・提供企業を相手取った訴訟では、原告はMeta判決の枠組を、被告企業はAnthropic判決の枠組を用いて争ってくるのではないかと思います。
今後の動向には注目です。
