【君たちはどう断る】ティッシュ配りバイトしたから、最強ティッシュお断り方法考察した
最近、空いてる時間にタイミーをやってみた。
使ったことある人も多いのだろうか。スポットバイトをアプリで検索して、応募して、面接も特になくそのまま現地集合、時間になったら即解散というとてもさっぱりした労働システム。
何回か使ってみて、長い関係性を築くのが少し苦手な私にはちょうどいいと思った。
今回4回目のタイミー。前3回は飲食関係で、今回はティッシュ配りにしてみた。
私は、ティッシュを配っている人がいるとついつい、その人の視界に入らないような歩き方をしたり、目も合わせず会釈で「すみませぬ。要りませぬ」と意思表示してしまうようなタイプだ。
こちらの気持ちとしては、断るのが申し訳ない。ティッシュ配り側も初めから貰わないと決めている可能性0の人にアタックするのは無駄だろう。可能性が1%でもある別の人にアタックした方が期待値は上がる。
ということは、双方の効率を上げるには、「断るという摩擦、そしてそれ以前のティッシュを渡そうとするアクションを発生させない」ことが大切だ。
そのためには、まずティッシュ配りの人の視界に入らないこと、ターゲットにされないことだ。
いうことで、私の中の最適解は、「ティッシュ配りの人の死角を通る」だった。
で、その戦略は果たして正解だったのか。
自分がティッシュ配りをやる側になることでそれを検証してきた。
そして、とある都内の私鉄の駅前で4時間ほどティッシュ配りをやってみた結論。
意外とティッシュ配り楽しいな???というか向いてるかも…?
というのはすみません、個人の感想です。
結局、ティッシュもらいたくない人とティッシュ配りの人が双方丸く効率よく収まるのは
・ティッシュ配りの人の死角を通る
死角がない場合やうっかり見つかってしまった場合は
・相手に認識された瞬間、近づかれる前に、手を軽く立てて「要りません」のアクションをしつつ、会釈で断ることだ。
うん、これだ。これが最適解。
ティッシュ配りしてみた感じ、最もこちらにダメージが少なかった断り方がこれだ。
1点めのこれは、死角を歩かれるということは認知すらしていないので傷つきようがない。これは基本。
そして2点目の方法。これが、ティッシュ配ってた私にとって最もダメージが少ない断り方だった。
ティッシュ配りの流れは、まず流れてくる人を眺めて、ちょうど近くに来そうな人を見定めるところから始まる。
手が空いてて受け取ってくれそうか、忙しそうに歩いてないか。
君に決めた!ということで近付いて声をかけるのだが、その一歩を踏み出す前に、
こちらに顔を少しだけ向け(別に目が合わなくてもいい)、手で制しながら、会釈する。
こうされると、最低限の労力でこちらが「あ、要らないんすね」と察することができるので、踏み出して声をかけるなどのその後のアクションを全てカットして、次のターゲットに意識を移せる。
逆に一番傷つくのが、こちらを一瞥もしないけど、声をかけようと近づくと、大回りして避けるという行動だ。滅多にされなかったけど。
こちらを一瞥もしない人はたくさんいるが、そういう人は進行方向を変えることもなく、素通りしていく。
これは最もよくあるパターンだけど、私的にはダメージはない。
逆に、こちらをチラッとみて、スススーと進行方向を変える人。
これもあまり傷つかない。というのは、そういう人の動きにはなんとなく申し訳なさが滲んでいるというか、大抵は会釈するように顔を伏せながら行われるので、こちらも「なんかすみません」という気持ちになる。
ちょっとまとめるとこーんな感じ。
①無傷&効率いい:手を軽く立てて「要りません」のアクションをしつつ、会釈で断る。(認識しつつも、予め無駄な動きをさせない配慮が感じられる)
②無傷: 申し訳なさそうに視線を伏せて避ける(摩擦への配慮が感じられる)。
③許容できる: 完全に無視して直進する(単なる背景としての処理)。
④ちょい傷付く: 存在を無視しているのに、露骨に大回りして避ける(存在の否定と嫌悪の同時発動)。
「③完全無視されること」と「②申し訳なさそうに避けられること」は許容できるはずなのに、「④無視された上露骨に避けられる」のが嫌らしい。
これはどうしてなのだろう。
個人の好み・大事にしていることの違いもあると思う。
「相手に喜んでほしい」「相手に自分を知ってもらいたい」「相手を知りたい」など、他者と関わるうえでの自分の欲求、理想の関わり方というのは、人それぞれだと思うが、私は基本的に「相手に不快感を感じてほしくない」というのが行動原理だ。
その行動原理を元に、少しだけ紐解いてみたい。
なぜ「③完全に無視して直進」は許容できるのか
ティッシュ配りをしている時、正直いうと内面は周囲の感情の処理はあまりしていない。
ティッシュ捌くマンとしてフルオートで稼働している。
この場合は、通行人はただの「確率の対象」で、それは通行人にとっての私も同じ。
つまり、お互いに背景や電柱のような物体として存在している状態に等しい。
相手がこちらを風景の一部として無視し、直進していくことは、互いに一切の干渉を持たない状態だ。
そこには無関心(ゼロ)があるだけで、マイナスの感情は存在しない。
摩擦が完全にゼロである以上、私にはダメージが入らないというわけだ。
なぜ「④存在を無視して大回りする」がダメージになるのか
ここが気になっちゃうのは、たぶん認識と態度に矛盾があるからだと思う。
相手が大回りをするということは、物理的な障害物として私の存在をはっきりと「認識」している証拠だ。
にもかかわらず、視線を一切合わせない(存在を無視する)。
これは③のような中立的な無関心ではない。
明確に認識した上で、あえて視界から外し、かつ物理的な距離を取るという行動は、「視界に入れる価値もないが、近づくのも不快な危険物・汚物である」という能動的な拒絶と嫌悪の表明として機能する。
相手がたとえ「すみません」という気持ちを持っていたとしても、どうしてもそのように受け取ってしまう。
私の行動原理は「相手に不快感を与えたくない」。
それにもかかわらず、ただティッシュを渡そうと一歩近づいただけで、相手に「わざわざ大回りさせるほどの不快感や警戒心」を抱かせ、行動を強要してしまったという事実を垣間見る。
だからショックを受けるのだと思う。
なぜ「①会釈して手を立てる」が最もダメージが少ない(無傷&効率いい)のか
そして、私の考えた、「さいきょうのてぃっしゅ配りお断り方法」。
これがなぜ最強か。
この行動は、「摩擦の最小化」と「システムとしての効率化」を完璧に同時に満たすからだ。
境界線の提示(効率化): 「手を立てる」ことで、「私は受け取らない」という意思が確定する。これにより、私は声をかけたり手を伸ばしたりする無駄なエネルギーを消費せずに済む。
無害さの証明(摩擦の最小化): 会釈という行為によって、相手は「あなたをただの物体として無視しているわけではなく、人間として認識した上で断っている」という最低限の敬意を示す。
この最低限の敬意が、今回私がティッシュ配りしてて一番有難いなーと思ったことだ。
意識を向けるとか、認識をするということは、少なからず負荷がかかる。
その負荷があった上で、断る・受け取らないという選択をして、それを相手に敬意を持って伝える。
簡単なようで、結構大変だ。
こういう態度をとってくれる人というのは、歩いている姿やその目を見ていても、余裕や余白があるように感じる。
先日、青森の奥入瀬渓流に行ってきたよー記事の中で、豊かな森と湖という保水機構が、この不安な気象にも負けずに奥入瀬川の穏やかな流れを保っているという様子から、心身にバッファー(余白)のある人は穏やかだよなぁということに気が付いたということを述べた。
その余白の話にも通じるが、心身に余白がなければ、突然現れたティッシュ配りという他者に対して、適切に境界線を引く処理をすることができない。
だから、無関心を装ったり、過剰に避けるという行動に出てしまうのだろう。
互いの領域を侵さず、かつ不快感を与えないこの「最強のお断り方法」は、他者と無駄な摩擦を起こさずに共生するための方法であり、そしてこれができるのは、自分の中にバッファーを持つ人なのではないか。
次に街角でティッシュ配りに遭遇した際は、自分の心身のバッファーを確認するつもりで、軽く手を立てて会釈をする方法を試してみたいと思った。
…まあ、その前にティッシュ配りしてるような賑やかな場所にはなるべく行きたくないなぁというのも本音だけど。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
ティッシュ配り、どう断るのが正解なんだろう問題に自分なりの解答が得られたのでよかったです!
もしタイミーとかやったことないよー、でも気になると言う方はぜひぜひ試して見てくださいませ〜
これも記事にしたいけど、意外と話しかけてくる人多くて面白かったです笑。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!