見ている景色が違う
団地の同じ棟に住む方から、カラオケに誘われて出かけた。
その方のご主人は、長い間療養型の病院に入院されていて、 このほど酸素マスクが外れたことを、とても喜んでいた。
カラオケボックスの中で、彼女は、
「酸素マスクが外れてうれしい」と
何度も何度も話していた。
私も1年4ヶ月前に母を送っているので、介護をする側の辛さや悲しみもある程度はわかる。
その方は、
「未来が見えないのが、本当に辛かったの。」
とも言っていた。
私は、その方が、介護の中で見つけた小さな希望も辛さも、彼女が言葉にするたびに頷いていた。
私の母は、亡くなってしまったが、少し容体が良くなれば、私も泣いて喜んだだろうし、未来が見えなくて苦しいのも実体験としてわかるからだ。
でもカラオケから帰ってきて、いつもなら、どっと疲れているはずの私が、あまり疲れていないことに気がついた。
いつもなら、相手の悲しみや希望に一緒に引きずられてしまい、帰ってきてどっと疲れてしまうのだ。
でも今日は、不思議と心の奥までは引きずられていなかった。
以前の私は、人の悲しみや怒りをそのまま受け取ってしまうことが多かった。
「何とかしてあげたい。」
「わかってあげなきゃ。」
いつもそんなふうに思っていた。
そう思うことが、優しさだと信じていた。
だから帰ってきても、その人の言葉や思いが頭の中をぐるぐる回っていた。
でもある時、ふと思った。
「見ている景色が違うのかもしれない。」と。
私が母を亡くした直後、あまりの悲しさと喪失感に、かつての同僚の先生に電話したことがある。
その方は、すぐに家に来てくれて、話を聞いてくれて、励ましてもくれた。
ありがたかった。
その後しばらくラインでやり取りしている中で、ある日その先生から、やり取りが重荷になったので、ラインには、返事ができないと返ってきた。
実は、その方も実家のお母さんを介護中だった。
そのことを思いやってあげられなかったことをお詫びして、それ以来ラインのやりとりは途絶えた。
当時の私は、自分の悲しみで精一杯で、相手の置かれていた状況まで思いを巡らせる余裕がなかった。
また、私にパソコンを教えてくれた先生がいるのだが、やはり、心配して私を訪ねて来てくれた。
悲しくて、苦しかった私は、母の最期の様子を聞いてほしくて、先生に話そうとした。
でも、先生は、その話を途中で遮った。
「話せる最期なんだから、まだいいよ。
僕のオヤジなんて、人様に話せる死に方してないんだから。」
先生のお父様は、いわゆる孤独死で、事故でお亡くなりになっていた。
それでも、ただ私は、話を聞いてほしかっただけなのに⋯、とその時は、そう感じてしまっていた。
でも、最近になって思うのだ。
同僚の先生もパソコンの先生も、自分が見ている景色が、きっと私とは違っていたのだと。
人は、それぞれ違う毎日を生きていて、それぞれに悩みを抱えている。
だから、反応も人それぞれだったのだ。
私の悲しみは私のものでしかない。
同じように、カラオケに一緒に行った彼女の悲しみも彼女のものだ。
彼女の日々の小さな喜びや希望を一緒に喜んで、彼女の悲しみに寄り添うことはできる。そういう私でいたい。
でも相手の悲しみを知ろうとすることと、その悲しみを自分のものにしてしまうことは違う。
距離を置くことは、冷たくなることではなかった。
少し距離を置くことで、私はようやく相手の話を最後まで聞けるようになったのだ。
母の死は、人の悲しみには、それぞれの景色があることを教えてくれた。
相手の景色をのぞき込みながら、自分の景色まで見失わないこと。
だから私は今日も、自分の場所に立ったまま、寄り添える人でありたいと思っている。
