短編小説 ※山の梶次郎※ 最終章
最終章 ――春を待つもの――
今年は、熊の話題で始まり、熊の話題で終わろうとしていた。
春から夏にかけて、全国各地で熊の目撃情報が相次いだ。
テレビは連日、山際の町や村を映し、
ニュースの見出しには「異常」「危険」「過去最多」という言葉が躍った。

だが、冬が近づくにつれ、
その騒ぎは嘘のように静まっていった。
雪が降り、気温が下がり、
熊は再び山へ戻っていったのだ。
「……やっぱりな」
梶次郎は、囲炉裏の火を見つめながら呟いた。
熊は強い。
だが、寒さと冬眠には抗えない。
それは何百年も変わらない、自然の摂理だった。
世間はもう、熊のことなど話題にしない。
恐怖も怒りも、別のニュースに上書きされ、
熊は再び「いなかったこと」にされていく。
それが、普通なのか。
それとも、今年が異常だったのか。
梶次郎にも、答えは出なかった。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
熊は、騒がれなくなったからといって、消えたわけではない。
山の奥で、静かに息を潜め、
春が来るのを待っているだけだ。
年の瀬、梶次郎は山へ入った。
雪は少ないが、冷え込みは厳しい。
獣道には、もう新しい足跡はない。
ゴンの気配も、感じられなかった。
「寝てるんだべな……」
そう思うと、胸の奥が少しだけ軽くなった。
生き延びている。
それだけで、今はいい。
熊は、春になればまた動き出す。
それは恐怖の始まりではなく、
生き物としての再生だ。
人間はどうだろうか。
騒ぎが終われば忘れ、
問題が見えなくなれば考えることをやめ、
また同じことを繰り返すのではないか。
梶次郎は、雪の上に腰を下ろし、
山の静けさに身を委ねた。
自然は、派手な結論を出さない。
正義も悪も語らない。
ただ、淡々と循環する。
熊が冬眠し、
雪が溶け、
山が芽吹く。
それだけだ。
「これが……自然なんだな」
その言葉は、諦めではなかった。
むしろ、人間への問いだった。
自然は変わらない。
変わるのは、いつも人間の側だ。
春が来たとき、
人はまた熊を見て、驚き、騒ぐだろう。
だが、その前に――
山を、思い出せるだろうか。
熊は、春を待っている。
ただ、生きるために。
梶次郎は立ち上がり、
ゆっくりと山を下った。
老いた背中を、
山は何も言わずに見送っていた。

熊は春を待っている。
では、人間は――何を待ち、何を忘れてきたのだろう。
あとがき――山を忘れないために
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
今年、熊の目撃情報が全国で相次ぎました。
恐怖や不安、怒りの声が溢れ、
やがて冬が来ると、その話題は静かに消えていきました。
それは、自然が元に戻ったということなのでしょうか。
それとも、私たちが「見ないこと」を選んだだけなのでしょうか。
この物語は、熊を擁護するために書いたものではありません。
同時に、人間を責めるためだけの物語でもありません。
ただ、
山と人との距離が、いつの間にか大きく開いてしまったこと、
そしてその歪みが、熊という存在を通して表に現れていることを、
一度、立ち止まって考えてみたかったのです。
熊は春を待ちます。
冬眠し、静かに力を蓄え、
また生きるために山を歩き出します。
では、人間はどうでしょうか。
騒ぎが過ぎ去ったあと、
私たちは山のことを思い出せるでしょうか。
熊が現れた「理由」に、もう一度目を向けることができるでしょうか。
答えは、この物語の中にはありません。
答えを持っているのは、読んでくださった一人ひとりだと思っています。
もしこの作品が、
ニュースの向こう側にある山の静けさや、
そこに生きるものたちの息づかいを、
ほんの少しでも思い出すきっかけになったなら、
それ以上の喜びはありません。
最後に、
ここまでお付き合いいただいたことに、心より感謝します。
また別の物語で、お会いできれば幸いです。
柊紅葉でした。💕
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お読みになってくださり有難うございます。よろしければ応援頂ければ幸いです。皆様が興味を引く様な記事を書き続けて行きたいと思って折ります。
今後もご期待下さい。❤️