見出し画像

目標は決まった、でもルールはまだない—IMOの条約交渉、今どこにいる?


2023年、IMO(国際海事機関)が「2050年頃までにGHG排出ネットゼロ」という目標を正式に掲げたことは、前回のブログでご紹介しました。では、その目標を実現するための「ルール」は、今どうなっているのでしょうか?😳

実は、目標の合意と、それを実際に義務化する条約の策定は、まったく別の話です。そして今、その条約づくりが大きな壁にぶつかっています。


まず「目標」と「ルール」は別物

IMOで定められた「2050年ネットゼロ」はあくまで戦略上の目標であり、法的拘束力のあるルールではありません。それを実際に船に義務として課すためには、MARPOL条約(海洋汚染防止条約)の附属書を改正する必要があります。

現在検討されている改正案の柱は、大きく二つです。

一つ目は「燃料規制制度」。船舶が使用する燃料のGHG強度(エネルギー当たりの排出量)に基準値を設け、毎年段階的に強化していく仕組みです。基準を達成できない船は、他船の達成分と相殺するか、IMO基金に賦課金を支払うかを選ぶことになります。

二つ目は「IMO ネットゼロ基金への資金拠出制度」。上記の賦課金を原資としてIMOが基金を設立し、ゼロエミッション燃料を使う船への報奨金や、途上国・島嶼国の燃料転換支援などに充てるという構想です。

この二本立ての改正案を、各国が2024年以降の会合で検討してきました。

2025年4月、条約改正案がいったん合意された

2025年4月にロンドンで開催されたMEPC83(第83回海洋環境保護委員会)では、日本が欧州と共同提案した①燃料規制制度と②ゼロエミッション燃料船の導入促進のための経済的インセンティブ制度(IMO基金)を含む条約改正案が基本合意(承認)されました。早ければ2027年3月に発効する見込みで、交渉は大きく前進したかに見えました🥹

2025年10月、採択直前で暗礁に乗り上げた

承認から6か月の回章期間を経て、2025年10月14日〜17日に臨時会合が開催され、いよいよ最終採択の審議が行われる予定でした。しかし各国の意見が収束せず、採択には至りませんでした。その結果、1年後に改めて臨時会合を開催し、再度採択のための審議を行うことになりました。

反対の背景にあるのは、IMO基金への義務的な資金拠出が「実質的な世界共通炭素税に当たる」という懸念です。国際海運は世界中の国が関わる業界であり、資金の徴収・配分の仕組みに対して、特に途上国や産油国などが敏感に反応したとみられます。

MEPC84で交渉が再開—日本の修正案とは

そして2025年4月27日から5月1日にかけて、ロンドンでMEPC84(第84回海洋環境保護委員会)が開催されました。国土交通省が5月7日に公表したプレスリリースによると、日本はこの会合で各国の懸念を踏まえた修正案を提示し、交渉の再開を呼びかけました。

日本の修正案のポイントは二点です。

一点目は「燃料規制の基準値の見直し」。現行案はLNG燃料船が基準を満たしにくい設計になっているという懸念があり、省エネ技術の進展も踏まえてLNG燃料船も基準適合船に含まれるよう見直すことを提案しています。

二点目は「IMO基金の義務的拠出スキームの削除」。基金への義務的な資金拠出をなくし、代わりに基準未達船が他船の達成分と相殺できる仕組みを複数船舶間で認めることで、ゼロエミッション船の導入促進を図るという内容です。要するに「炭素税的な仕組みは外し、市場メカニズムで動かす」という方向性です。

日本以外にも、アルゼンチン・パナマ・リベリアが共同でIMO基金・賦課金を導入しない別の修正案を提示。一方、英国や島嶼国などは現行案のまま採択するよう主張する文書を提出しており、各国の立場は依然として割れています。

次の節目は2026年12月

審議の結果、2026年9月と11月に追加の作業部会を開催し、日本の修正案を含む各国の条約修正案を検討したうえで、12月初旬に採択審議を再開することが合意されました。

なお今回の会合では、GHG削減とは別に、北東大西洋をNOx・SOx等の排出規制海域(ECA)に指定することも採択されています(2027年9月1日発効)。船舶が使用できる燃料の硫黄含有率が0.10%以下に規制され、窒素酸化物についても3次規制が適用されます。GHGだけでなく、大気汚染物質全般への規制強化が着実に進んでいることも、見逃せない動きです。

「目標」から「義務」へ、あと一歩のところで

2050年ネットゼロという目標が合意されてから約2年。それを実際に世界共通のルールとして条約化するプロセスは、各国の利害が複雑に絡み合い、一筋縄ではいきません。

ただ、交渉が止まったままではないことも事実です。日本が修正案を出して場を動かし、12月の採択審議再開という具体的なスケジュールが共有されました。

12月の採択審議の動向を、これからも見守っていきたいと思います。


【参考資料】

  • 国土交通省「国際海運におけるゼロエミッション燃料船の導入促進のための条約改正案に合意 ~国際海事機関(IMO)第83回海洋環境保護委員会(4/7〜11)の開催結果~」(令和7年4月14日)
    www.mlit.go.jp/report/press/kaiji07_hh_000367.html

  • 国土交通省「国際海運におけるゼロエミッション燃料船の導入促進のための条約改正の審議が継続されることとなりました ~国際海事機関(IMO)海洋環境保護委員会臨時会合(10/14〜17)の開催結果~」(令和7年10月20日)
    www.mlit.go.jp/report/press/kaiji07_hh_000385.html

  • 国土交通省「国際海運のカーボンニュートラルを促進する条約の早期策定に向けた交渉再開 ~国際海事機関(IMO)第84回海洋環境保護委員会(4/27〜5/1)の開催結果~」(令和8年5月7日)
    www.mlit.go.jp/report/press/kaiji07_hh_000396.html

  • 国土交通省「IMO第84回海洋環境保護委員会(MEPC84)主な審議結果(別紙)」(令和8年5月7日)
    www.mlit.go.jp/report/press/content/001999560.pdf

いいなと思ったら応援しよう!