船の環境ルールはなぜ「国際会議」で決まるのか――フジツボが引き起こす外来種問題と新条約の誕生
はじめに――船の規制はなぜ一国では決められないのか
飛行機に乗るとき、各国の航空法が適用されます。車を運転するときは道路交通法が適用されます。では、船はどうでしょうか。
外航船は日本を出発してアメリカへ、ヨーロッパへ、アフリカへと、文字通り国境を越えて航行します。ある国の港を出て、公海を渡り、別の国の港に入る。その間に通過する海域には、どの国の管轄でもない場所も含まれます。
こうした性質を持つ船舶に対して「排気ガスを減らせ」「海を汚染するな」というルールを一国が単独で決めても意味がありません。日本だけが厳しいルールを作っても、他国の船には適用できず、日本の船だけが不利になるだけです。
だからこそ船舶の安全や環境に関するルールはIMO(国際海事機関:International Maritime Organization)という国連の専門機関で、世界の国々が集まって話し合い、国際条約として定められます。IMOで合意されたルールは、加盟国が国内法に取り込むことで初めて効力を持ちます。日本では「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(海防法)」などがその受け皿となっています。(トップ画像はエフシ・ワーク株式会社様よりお借りしました)
IMO第13回汚染防止・対応小委員会(PPR13)とは
2026年2月9日から13日にかけて、IMO(国際海事機関)の第13回汚染防止・対応小委員会(PPR13)が開催されました。
PPR(Pollution Prevention and Response)は、船舶からの汚染防止と事故対応を専門に扱う小委員会です。排気ガス、油、汚水、プラスチックごみなど、船が海や大気に与える影響を減らすためのルール作りを担っています。今回の会合では12の議題が審議され、いくつかの重要な合意がなされました。
今回から3回に分けて、PPR13での主な審議結果をご紹介します。第1回となる本記事では、今回の会合で最も注目された「船体付着生物管理のための新条約」について解説します。
船底のフジツボが「外来種」を運ぶ
船が長期間航行していると、船底にフジツボや藻類などの水生生物が付着します。これは一見すると船の性能の問題(燃費が悪くなる)のように見えますが、実は重大な環境問題を引き起こします。
日本の港で船底に付着した生物が、はるか遠くのヨーロッパの港で海に放たれる。本来その海域には存在しないはずの生物が持ち込まれることで、在来の生態系が破壊される「外来種問題」です。
外来種による生態系への影響は陸上でも深刻な問題として知られていますが、海の世界でも同様のことが船を介して起きているのです。

これまでの取り組みと今回の大きな一歩
IMOはこの問題に対して、これまで任意のガイドラインで対応してきました。2023年7月のMEPC80では「有害水生生物の移動を最小化するための船体付着生物の管理に関するガイドライン」が改正され、2025年4月のMEPC83では「船体の水中洗浄に関するガイダンス」が策定されています。
しかし任意のガイドラインでは、守るかどうかは各事業者・各国の判断に委ねられます。実効性を高めるためには、法的拘束力のある枠組みが必要です。
今回のPPR13では、法的拘束力のある新たな条約を策定することが合意されました。2029年の採択を目標に、予防的な付着防止方法や事後的な船体洗浄方法などの具体的な対策が次回会合以降で検討されます。
日本はノルウェーとともに、新たな条約の策定と既存条約の改正という2つのアプローチを比較検討する文書を提案。審議の結果、新たな条約を策定する方向で合意されました。任意から義務へ、国際ルールが大きく前進した瞬間です。
おわりに
「フジツボが外来種を運ぶ」と聞いても、なかなかピンとこないかもしれません。しかし、世界中を航行する船舶が意図せず生態系を変えてしまうリスクは現実のものです。その対策を国際条約として義務化しようという動きが、今まさに始まっています。
2029年の条約採択に向けて、今後のIMOでの議論から目が離せません。
次回は、脱炭素化に向けた次世代燃料(アンモニア・水素)の普及を支える国際規制の整備についてお伝えします。
参考資料
本記事は以下の資料をもとに作成しました。
船体付着生物管理のための新たな条約の策定に向けた検討が開始されました(令和8年2月16日)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001981884.pdf
