見出し画像

「そうだ、アムス行こう」で出会った、ゴッホと弟テオの「優しすぎる共依存」



おはようございます。お疲れ様です。アイコです。

先日、ふと思い立ちまして。「そうだ、京都行こう」みたいな軽いノリで、「そうだ、アムス行こう!」と旅に出てきました。

特にこれといった目的があったわけでもなく、向こうでただダラダラ過ごすだけでも私は十分満足だったのですが……。noteも最近ネタ切れだし、「ちょっといつもと違うこともしなきゃね」と思い、いよいよ、ずっと気になっていた「あの場所」へ行ってみることにしました。

そう、「ゴッホ美術館」です。

何回も建物の横は通ったことがありましたし、話には聞いていたのですが、「私にはちょっと王道すぎるかしら?」なんて思って、これまではスルーしていたんです。それに、私は計画性がないので、ふらっと行こうと思っても、チケットがなくて入れないのが常でした。

でも、今回こそは!ということで、事前にしっかりチケットを購入。私のいつもの「やる気」からして、どうせ3時間も集中力は持たないだろうな……と見積もって、サクッと回れるようなスケジュールを組んで行ってまいりました。暑い中、途中涼めるかなって思ったのも大きいです。


ジャワカレーのような暑さと、完璧なスムーズ移動

当日は電車の遅れもなく、移動は非常にスムーズでした。(これって遅延が普通のドイツ鉄道だと結構奇跡のことなのね。)車内でも、自分の荷物はしっかりと両足で挟み込んでホールド。盗難対策もバッチリです。車内も席に余裕があって、平日の朝にして良かったわ。

天気予報では「ものすごく暑くなる」と言っていたのでビクビクしていましたが、いざ現地に着いてみると、風が心地よく吹き抜けていて。なんというか、ただ不快な暑さではなくて、「ジャワカレーのような爽快な暑さ」なんですよ。「あらまあ、いいじゃない」と歩いてて嬉しくなってしまいました。

(私にとってジャワカレーって言ったら千葉真一と野際陽子なの。真一さん、渋いわ〜ハウスジャワカレー♫)

アムスの街中では、日陰を縫うようにして上手に歩けば、とても気持ちよくお散歩できます。

お腹が少し空いていたのですが、「今食べてしまうと絶対にやる気がなくなってダラダラしてしまう……」と自分の性格をよく分かっていたので、食事は後回しに。予約した時間より少し早い時間でしたが、そのまま美術館の入り口へと向かいました。

入り口には少し列ができていて、私の指定時間よりも15分ほど早かったのですが、スタッフのお姉さんに「おね〜さん、入れる?待たなきゃダメ〜❔️」と聞いてみたら、「あ〜、大丈夫大丈夫!」と快く通してくれました。こういう緩さ、助かります。

中に入って感動したのが、ロッカーがたくさんあって、しかも無料だったこと!
普通こういう観光地の美術館って、地味にお金を取るじゃないですか。色々な大きさのロッカーがかなりたくさんあって、自分で暗証番号を設定するタイプ。タッチパネルの反応が微妙に遅いんで、暗証番号の設定に時間かかったけど、重い荷物を預けて、身軽になれたのは嬉しかったです。

最近は、解説プレートの細かい文字を読むのが老眼でしんどくなってきまして(笑)。耳から情報が入る方が楽なので、迷わず音声ガイドをお借りしました。もちろん日本語のガイドがあってありがたかったです。


感情がそのまま映る自画像、そして「弟テオ」との絆

館内は常設展と企画展に分かれていました。

最初に展示されていたのは、たくさんの「自画像」。
当時のゴッホはお金がなくてモデルを雇えなかったから、自分をたくさん描いたんですって。
その日の目の色、表情、そしてその時の彼の感情によって、自画像の雰囲気が全く違うんです。なるほどなぁ、とじっくり見入ってしまいました。

展示が進むにつれて、やっぱり胸に迫るのが弟テオとの関係です。

テオは、生活費や画材代として、自分の給料の半分以上を兄に送り続けていました。
いくら時代が違うとはいえ、自分の稼ぎの半分以上を兄に仕送りするなんて、現代の私には到底真似できない、ものすごいことです。私だったら、栄一一枚でもケチケチするのに。

さらに衝撃的だったのは、お兄さん(フィンセント)が亡くなったわずか半年後、弟のテオも後を追うように亡くなってしまっていることです。結婚して、まだ生まれたばかりの子供もいたのに……。
「兄弟とはいえ一体なぜ、そこまで深く結びついていたのだろう?」と、とても不思議に思いました。


ミュージアムショップで、運命の「1冊のマンガ」に出会う

ひと通り展示を見終えて、途中にあったお土産コーナー(本屋さん)へ。
冷房が効いていて、途中ということもあり、そんなに混んでなかったので、冷やかし半分でチラチラ見ていたんです。

ちなみに私んちは気分がアガるゲイのヌードアートはバンバン飾ってありますが、「自宅にゴッホの『ひまわり』のポスターを飾るか?」と言われると、ちょっとうちのテイストではないな、と思って、グッズを買うつもりは一切ありませんでした。

そんな中、本棚でふと目が留まったのが、バーバラ・ストック著の『Vincent(ヴィンセント)』という、ゴッホの人生(特に南仏アルルでの日々やテオとの関わりなど、最晩年の数年間)を描いたコミック(グラフィック・ノベル)でした。

「日本語版はあるかな?」と探しましたが、さすがになく(日本では売ってるみたいね)。ドイツ語版も置いておらず、あったのはオランダ語版かフランス語版、又は英語版。
「英語しかないわ……まぁ、英語のブラッシュアップにもなるし、このくらいの分量なら読めるかな?」と、一度は手に取ったものの棚に戻し、また展示に戻り……を繰り返しました。

でも、やっぱりどうしても気になってしまって。「1年に最低1冊は本を買おう。しかも本当に読もう。」とかなり低い目標を自分の中で決めていることもあり、20ユーロほどだったので思い切って購入しました!

お会計のとき、店員のおねいさんに「ひまわり柄の紙袋(1ユーロ)に入れますか?」と聞かれましたが、そこは「いいえ、(お金を払うのなら)結構です」と目力強めに即答して引き続き展示へ。


二人の間にあった「不思議な共依存」

購入した本を読んでみると、フィンセントとテオが交わした、あまりにも密で深い手紙のやり取りが大人向けの美しいタッチで描かれていました。(展示でも裏表細かくギッチリと書かれた手紙が展示されてて、読めるかなって思ったけど全然読めませんでした。)

気になって、後から「フィンセントの精神疾患」や「兄弟の関係」についてさらに嬢に聞いてみたんです。
すると、やっぱりここには「共依存」とも呼べるような、お互いを必要とし合う深い関係があったのだと知りました。

テオは一流の画商として素晴らしい「目利き」だったので、兄の才能がいつか絶対に世界に認められると確信していたそう。
そしてテオ自身、都会のビジネスや世俗的な人間関係にすり減る中で、世間のルールに縛られず純粋に芸術だけに魂を燃やすお兄さんを支えることに、自分自身の存在意義や「救い」を見出していた。
お兄さんを支えることで、テオ自身の心も満たされていたんですね。

実際フィンセントが死ぬ直前でギリ世間の評価が高まってきてたみたいだから、ようやくって感じだったろうに残念ね。


結局、私は「病める表現者たち」に惹かれてしまう

気がつけば、2時間ちょっと、じっくりと集中力を落とさずに鑑賞していました。平日だったのでかわいい学生さん達だとか、見てもいないのに片っ端から絵をバシャバシャ取りまくってる男の子とか、昔の私を見るようで興味深かったわ。坊や、写真を撮りゃあいいってもんじゃないのよ。

絵の好みは人それぞれですが、こうして1人のアーティストの人生の濁流を丸ごと体感できる美術館の構成は結構いいなと思いました。

以前、草間彌生の展示にも行って良かったので、また機会があれば、無理せずにどこかにいきたいです。

今回ゴッホに触れてみて確信したのですが、私はどうやら「精神的にギリギリのところを生き、何かに取り憑かれたように描かざるを得なかった人たち」のアートに、たまらなく惹かれてしまうようです。

脳内の脅迫観念を外に吐き出すようにして描かれた絵の具のうねりには、小手先のテクニックを超えた、魂を激しく揺さぶる「何か」が宿っているような。分からんけどね。

町中で横を通るたびに混んでるわねって気になってたゴッホ美術館。
「いつかはやりたい」の一つが回収できて本当に良かったわ。


買ってきたマンガも、ホテルに帰ってから実際次の日までにサクッと読み切れました。事前に展示とオーディオガイドであらすじ知ってたから、平易に描かれてるし、読みやすかったです。


ズアーブ兵(アルジェリアの歩兵部隊の肖像画1888年)のお兄さんは可愛かったわ。

続きます


いいなと思ったら応援しよう!