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「何者かになれる」と信じていたあの頃の自分へ

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若い頃、「何者かになれる」と信じていました。
でも現実は、思い描いた姿とは違うものになっていきました。
そんな自分に、今だから伝えたいことがあります

20代・30代の万能感

20代、30代の頃。
私は「自分には可能性がある」「何にでもなれる」と本気で信じていました。

努力さえすれば、どんな道でも開ける。
挑戦さえすれば、きっと誰かに認められる。
まだまだ時間は無限にある──そう思い込んでいました。

若さゆえの万能感。
根拠のない自信。
その時は、それが自然で、疑う理由もなかったのです。


「チャレンジしなかった」という事実

ところが、振り返ると残るのは一つの事実でした。

「チャレンジすらしなかった」

挑戦したように見えて、実際には小さな安全圏から出なかった。
言い訳を重ね、準備ばかりに時間を費やし、結局は何も始めていなかった。

  • 「もう少し準備が整ったらやろう」

  • 「今はタイミングじゃない」

  • 「いつかきっと動けるはず」

そう言いながら、気がつけば年月だけが流れていました。

あの頃信じていた「万能感」は、実は「幻想」だった。
そして私はその幻想に安心して、何も変えなかった。


「何者かになれる」という幻想

「何者かになれる」

この言葉は、若い頃の自分を突き動かした希望であり、同時に呪縛でもありました。

何者かとは、成功した人、影響力のある人、尊敬される人。
そういう漠然としたイメージを「自分もきっとなれる」と信じていた。

でも本当は──

“何者か”なんて曖昧な存在はどこにもいない。

人はみな、自分の半径の中で小さな役割を果たしているだけ。
その積み重ねの中で「誰かにとっての何者か」になっているにすぎない。

それに気づくには、随分と時間がかかりました。


年齢を重ねて変わったこと

年齢を重ねると、思考は確かに深くなります。
若い頃には気づけなかった視点や、広い見渡しができるようになった。

でも同時に──

  • 諦めは早くなる

  • 「どうせ無理だろう」と先に思ってしまう

  • 新しい挑戦への一歩が重くなる

そんな自分も増えていきました。

若い頃の万能感は消え、代わりに現実的な思考が強くなった。
それは成長なのかもしれないけれど、同時に「停滞」を感じる瞬間でもありました。


有限性の自覚

「人生は有限だ」

頭ではずっと知っていたはずなのに、本当にそれを実感するのは年齢を重ねてからです。

  • できることは無限にあるわけではない

  • 出会える人の数も限られている

  • 今日という一日は二度と戻らない

こうした当たり前の事実が、日々の中でずしりと重みを持つようになりました。

その一方で、日々の自分は大きく変わらない。
「足踏みしている感覚」のまま、刻々と時間だけが過ぎていく。

この矛盾に、何度も苛立ちを覚えました。


「何者か」とは誰にとってか

では結局、「何者か」とは何なのか。

私はある時、こう考えるようになりました。

「自分にとって大切な人にとって、かけがえのない存在であること」

それこそが“何者か”である証なのではないか、と。

世間的な肩書きや成功の物語ではなく、
たとえば家族や友人、一緒に働く仲間にとって「この人がいてよかった」と思われること。

それが「何者か」であることの本質なのではないか。


それでも足踏みしている自分へ

それでも私は、今も足踏みをしているような感覚を抱えています。

  • 新しい挑戦に飛び込む勇気を持てずにいる

  • 「まだ準備が足りない」と自分に言い訳している

  • 本当はやりたいことがあるのに、先送りしている

そんな自分を認めざるを得ません。

ただ、昔と違うのは「その停滞を自覚している」ということです。

若い頃は足踏みしていることすら気づかず、「自分は万能だ」と思い込んでいた。
今は「足踏みしている」と気づいた上で、それでもどう動くかを問われている。


おわりに

20代・30代の万能感。
「何者かになれる」という幻想。
年齢を重ねて深まる思考と、早まる諦め。
そして有限な時間を意識しながら、足踏みしている毎日。

──もし、あなたも同じように感じているなら、問いかけたいのです。

「あなたにとっての“何者か”とは、誰にとっての存在ですか?」

人生は有限で、時間は刻一刻と過ぎていく。
だからこそ、足踏みしている今もまた「物語の一部」なのかもしれません。

✍️ あなたが「昔の自分」に伝えたい一言は何ですか?



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