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人の顔色ばかり見ていた僕が、「自分の感覚」を取り戻すまで

最近、繊細さんの「他人軸」や「自分軸」について記事を書いたところ、
想像していたよりずっとたくさんの方に読んでいただきました。

「苦しさを、軽くしてくれてありがとう」

と、ご自身のnoteで紹介してくださった方までいて。

読みながら、じーんとしてしまいました。

しかも、のぞみんさんの言葉を読んでいたら、

「そっか、僕はこういうことを伝えたかったんだな」

と、僕自身があらためて気づかせてもらったりして。

書くことで誰かとつながったり、
逆に自分のことを教えてもらったり。

noteって、
こういうご縁が面白いですね。

読んでくださったみなさん、
本当にありがとうございます🥺
 


今日は少し、
僕自身の話をしてみようと思います。

人の顔色ばかり見ていた僕が、
どうやって少しずつ「自分の感覚」に戻っていったのか。

前回の記事で、

繊細さんにとっての自分軸は、
ブレないことではなく、
自分に戻ってこられることなんじゃないか

という話を書きました。

というのも僕自身、
「自分の感覚」から離れていた時間が
とても長かった
んですよね。

だからこそ、
自分に戻ることの大事さを、
実感として知っている。

今日はその話を、
少しさかのぼって書いてみます。
 

ちいさい頃から、顔色をうかがっていた


僕の顔色うかがいの歴史は、
けっこう長いです。笑

ちいさい頃、両親はよくけんかをしていました。

学校からの帰り道、

「今日、お母さんの機嫌はどうかなあ」

と考えながら、家に向かう。

夜になって父親の車が帰ってくると、
車のドアを閉める音を聞く。

「バタン」

その音の強さで、

「あ、今日は機嫌よさそうだな」
「今日はちょっと危ないかも」

みたいなことを、
子どもなりに感じ取っていました

けんかが始まりそうな気配がすると、
わざと明るい話をしてみたり、いい子にしてみたり。

家の空気が悪くならないように、
僕なりにけっこう頑張っていたんですよね。

いま思えば、あの頃から、

「自分はいまどう感じているんだろう」

より先に、

「まわりはいまどういう状態なんだろう」

ということを感じ取る子どもだったんだと思います。

ちなみに、両親はもう他界しています。
いまは、育ててくれたことへの感謝しかありません。
 

大学時代、いちばん自由だった


一方で、大学時代は
人生の中でもかなり自由な時期でした。

バックパッカーとして
海外を自転車で旅してみたり。

知らない街に着いて、

「明日はどっちに行こうかな」

と、その日の気分で決める。

風を感じて、
景色を見て、
面白そうな方に進む。

あの頃の僕は、
ちゃんと「自分の感覚」で生きていたと思います。

「どう思われるかな」より、
「こっち面白そうだな」。

「正解はどっちかな」より、
「今日はこっちに行きたいな」。

そんな感じでした。
 

社会に出て、また他人軸に戻った


ところが、
社会に出て官僚として働き始めてから、
僕はまた人の顔色をうかがう自分に戻っていきました

上司の表情。
職場内の空気。
関係各所の意向。

もちろん、
世の中の役に立てるやりがいはありました。

一方で、
睡眠時間を削って働いたり、
国会対応では1分1秒を争うような緊張感の中で仕事をしたり。

僕自身、自信がなかったこともあって、

より一層、

「自分はどう感じているか」より、
「どうするのが正解か」

を優先するようになっていきました。

「自分はどうしたいか」より、
「どう思われるか」

気づけば、

自分の感覚はどんどん後ろの方に
追いやられていました

そして、
その積み重ねの先で、
心と体を壊しました。

適応障害、うつ病、不安障害。

対人恐怖や視線への恐怖も強くなって、
人の目が怖くて、外を歩けない時期もありました。

いま振り返ると、

自分の感覚をずっと後回しにしていたら、
心と体の方が、

「もう無理だよ」

と教えてくれたんだと思います。
 


自分を知るほど、「このままでいい」と思えるようになった


そこから少しずつ、
自分の感覚を取り戻していきました。

まず大きかったのは、自分を知ることでした。

自分はどんな気質なのか。
何を大切にしているのか。
何が得意で、何が苦手なのか。
どんな環境だとうまくいくのか。

そういうことを少しずつ知っていく。

すると、

「自分って、こういう人なんだな」

とわかってきます。

それがわかるほど、

「このままでいいんだ」

と思えるようになっていきました。

不思議なんですが、
自分のことがわかるようになると、

「人は人」

とも思えるようになるんですよね。

相手の感情や気分が自分の中に入ってきても、
前ほど振り回されなくなっていきました。

自分を知るって、
やっぱり大事だなあと、
いまでも思います。
 

瞑想で、「戻ってくる感覚」を知った


瞑想やマインドフルネスとの出会いも大きかったです。

僕はいまでも、
まわりに意識が引っ張られることがあります。

人の表情が気になったり。
場の空気を拾ったり。

繊細な感受性がなくなったわけではありません。

でも、瞑想を続けるうちに、

引っ張られたあとに、
自分に戻ってくる感覚

が少しずつわかるようになりました。

「あ、いま不安になってるな」
「あ、相手の機嫌を気にしてるな」
「あ、いま自分から離れてるな」

と、やさしく気づく。

それだけでも、少し戻ってこられるんですよね。

深呼吸をひとつするだけでもいい。

自分の中で起きていることに気づく。

それが、僕にとっては
「自分とつながり直す練習」
になっていきました。
 

自分らしいことを、自分にしてあげた


それからもうひとつ。

「自分らしいことを、自分にしてあげる」

これもすごく大きかったです。

心と体を壊したあと、
僕はもう一度、自転車で旅をしました。

いちばん自由で、
いちばん自分らしかった頃の感覚
を取り戻したかったんですよね。

自然の中を走って、
風を感じていると、

「ああ、これが自分なんだなあ」

と思えたんです。

それ以外にも、

空を見上げる。
海を見る。
行ったことのない街に行く。
知らないことを学ぶ。

僕にとって「好奇心」も、
かなり大事な価値観です。

そういうことを自分にしてあげるたびに、
少しずつ「自分」が戻ってきたような感覚がありました

 

自分らしいことしてあげることで、自分の感覚を再び信じられるように


沖縄の時間が、僕をゆるめてくれた


僕にとって、
沖縄で過ごした時間も忘れられません。

役人を辞めたあと、
心理学やマインドフルネスを学ぶために、
沖縄の大学院に行きました。

琉球大学に学びたい先生がいらっしゃって、

「ここで学んでみたいな」

と思ったのがきっかけです。

大学からはきれいな海が見えて、
まわりの人もゆったりしていて、やさしくて。

時間の流れそのものが、
東京とは全然違いました。

結局、研究そのものは僕には
あまり向いていなかったんですけど。笑

それでも、
あの沖縄の時間は僕にとってすごく大きかったです。

海。
空。
やさしい人たち。
ゆったりした時間。

ずっと固まっていた自分が、
少しずつほどけていくような感じ
がありました。
 

こんな景色のなかだったので、もう研究どころじゃなかったです笑

「しょうさんは、どうしたい?」


そして、いちばん忘れられないのが、
コーチングを学んでいたときにもらった問いです。

先輩が僕に、
こう聞いてくれました。

「しょうさんは、どうしたい?」

すごくシンプルな質問ですよね。

でも当時の僕には、
これが難しかったんです。

「どうするべきか」
なら考えられる。

「どうしたら正解か」
も考えられる。

でも、

「自分は、どうしたい?」

と聞かれると、よくわからない。

それくらい、
自分の感覚から離れていた
んだと思います。

でも、何度も何度も、

「しょうさんは、どうしたい?」

と問いかけてもらううちに、
少しずつ自分の声が聞こえるようになっていきました。

「あ、本当はこっちが好きなんだ」
「これは嫌なんだ」
「こういうふうに生きたいんだ」

最初は小さな声。

でも、ちゃんと聞いてあげると、
その声って少しずつ大きくなっていく
んですよね。

誰かに問いかけてもらうことで、
自分の声が聞こえるようになることもある。

僕自身がそれを経験したから、
今度は僕がライフコーチとして
問いかける側になりました。

安心して、

「自分はどうしたい?」

を探せる場所をつくりたい。

今やっているスクールや講座にも、
そんな思いがあります。
 


繊細さはそのままに、自分に戻ってこられる


いまでも僕は、
感受性ゆたかな繊細さんのままです。

人といれば、
相手の気持ちや場の空気が、
すっと入ってくることもあります。

何も感じなくなったわけではありません。

でも、意識がまわりに引っ張られても、
自分の感覚に戻ってこられるようになりました。

戻り方を知っている。
戻れる場所がある。

それだけで、ずいぶん違います。

感受性を消さなくてもいい。
(むしろ強みだから)

人に気遣いしすぎる自分も、
そのままでいい。

ただ、
相手のところに行きっぱなしになったら、
また自分のところに戻ってくる。

僕にとって「自分軸」は、
たぶんそういうものなんですよね。
 

もし最近、
自分の感覚を少し後回しにしていたなと思ったら、
今日はほんの少しだけ、自分に戻る時間をとってみてください。


空を見てもいい。
深呼吸してもいい。
好きなものを飲んでもいい。

そして、自分にひとつだけ聞いてみてください。

「自分は、どうしたい?」

答えがすぐに出なくても、大丈夫🙆

その問いを自分に向けること自体が、
戻ってくる一歩になるんだと思います。
 



\ 今回の「自分をミカタにする質問」 /
あなたが「ああ、これが自分だなあ」と感じられるのは、どんな時間ですか?

よかったら
コメントで教えてもらえたら嬉しいです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
このnoteが、自分をミカタにしながら、毎日を心地よく生きるヒントになれば嬉しいです。
また必要なときに、ふらっと読みに来てくださいね。
 


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