見出し画像

映画「ぼくの名前はラワン」

本作は2022年にイギリスで製作された。難民としてイギリスに渡った、ろう者のクルド人少年ラワンの成長を追ったドキュメンタリー映画である。イラクのクルディスタン地域に暮らすラワンは、耳が不自由で話すことができない。結果、学校ではいじめられ、教師には邪魔者扱いされる。そうした環境に絶望した両親は、5歳のラワンとラワンの兄を連れて、難民として欧州へ逃れる決意をする。

イラクの少数民族であるクルド人にとって、欧州に人生の活路を見出すことは珍しいことではない。少数民族であるがゆえの社会的制約や経済的苦境などが重なり、特に1990年代には毎年1~4万人が欧州に渡り難民申請をしていた。2003年にイラクで旧体制が崩壊した後は、欧州で市民権を得たクルド人が頻繁に帰国するようにもなったこともあり、多くの人々にとって欧州に対する心理的な距離感は近い。2005年の段階で、親兄弟や子供、配偶者など家族の誰かしらが国外(多くは欧州)にいるクルド人は、推定で22%にのぼっていた(注1)(イラクの多数派のアラブ人社会では欧州に難民として逃れるという選択肢はこれほど身近ではない)。ただ、欧州への密航はよくあることではあっても、だからといって簡単というわけではない。厳しい道中で命を落とすことも決して珍しくない。

家族の中で唯一のろう者であるラワンは、両親とのコミュニケーションをとることができない。なぜ、自分だけ周りの子供たちと違うのか、なぜ、いじめられるのか。そして、なぜ、転覆しそうな小舟で夜の海にでなければならないのか、なぜ、荷台に押し込められて移動しなければならないのか、なぜ劣悪な難民キャンプで何か月もとどまっているのか。状況を知る術のないまま自分を取り巻く過酷な環境に恐怖を覚え、傷つき、心を閉ざし、イギリスに到着した後も、ラワンは自分について語ることを頑なに拒否する。

最初は無気力で無表情だったラワンは、ろう学校で少しずつ手話を学び、ろう者の友人を得て、周囲の助けを得ながら学び、自分の世界を広げていく。しかし、難民申請が却下されればイラクに戻らなければならない。それは、ラワンが苦労して学んだイギリス手話を理解する人が誰もいない世界に戻ることを意味する。学ぶ喜びと、同時にそれによって得られる未来が閉ざされるかもしれないという葛藤が描かれる。それでも、学ぶことで強くなったラワンは、自らがイギリスから追放される危機に直面しながらも、ここに残る友人のためにと、BSL(イギリス手話)法の成立を呼びかけるロンドンの集会に自ら参加する。そして、「世界は変えられる」と実感したラワンの成長は、見る者の心を打つ。

気になったのは、この映画では、イラクやクルディスタン地域におけるろう者の教育の現状は何も語られないことだ。本作には、ろう学校に通い始め、口話ではなく手話を学ぶことを決めたラワンに両親が失望するシーンがある。片言の手話でラワンの話し相手になろうとする兄とは違い、両親は息子とのコミュニケーションの手段として手話を学ぼうとはしない。たとえ障害があっても、できるだけ「普通の子」と同じであってほしいと望むのは万国共通の親心だろう。だが、「イラクでは手話は劣った言語とみなされている」と語る両親の言葉からは、イラクにおける、あるいはクルディスタン地域における、手話に対する偏見が垣間見える。2024年のイラク・スレイマニヤ・アメリカン大学のレポートによると、イラク・クルディスタン地域の手話通訳者は5人にも満たないという(注2)。この映画が、イラクやクルディスタン地域のろう者教育に一石を投じることにつながって欲しいと願っている。

(注1)Erlend Paasche, “Elites and emulators: The evolution of Iraqi Kurdish asylum migration to Europe,” Migration Studies, 8(2), 2020, p.200.
(注2)AUIS, “Deaf Studies and Kurdish Sign Language Offered for the First Time at AUIS,” 2024.08.07. https://auis.edu.krd/News_all/deaf-studies-and-kurdish-sign-language-offered-first-time-auis


(吉岡 明子)

「ぼくの名前はラワン」全国で上映中

予告編 https://youtu.be/AfRAtho0kpo


いいなと思ったら応援しよう!