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つかいやすいコップをもっていないと気づいてさがす


はじめに


 すこしまえのこと。たいてい飲みものは何でも陶器製のマグカップ。とはいえ夏場のつめたいものは何かと使いづらい。どのくらい氷がはいっているか、原液をどのくらいうすめるとよいかとかやはり透明なガラスのほうがなにかと都合がいい。ところがいざさがしはじめるとなかなかみつからないとわかった。

きょうはそんな話。
 

ガラス製の⋯


 年間を通じて飲みもの用におなじマグカップふたつを交互につかう。いずれも陶器製。長年つかいつづけたほうの底にヒビを見つけた。いつ割れてもおかしくない。レンジで加熱中に割れるとやっかい。そろそろ替えどきにちがいない。

食器で気になるもうひとつ。夏場につかうコップをもっていない。元の家で使っていたものは景品やヒトからのもらいものだった。それらはすべて引っ越し時に処分。

それ以来、上に記したマグカップで代用したがなにかと使いづらい。氷をいれたか見えないし、薄める飲料をどのくらい入れたかわかりにくい。透明ガラス製がやっぱりいい。

店に向かう


 すこしまえのできごと。コップは大きな店のほうがありそうとショッピングモールに向かう。おそらくここならばピンからキリまで数多くあるだろうと調べもせずにむかう。ところが予想に反し食器売場がどこにあるのかすらわからない。

ようやくさがしあてておめあてのガラス製のコップをさがす。イメージにちかいガラスの…とさがしたが、⋯やっぱりない。なんとシンプルなコップが置いていない。200店舗を上回るほどのモールに。

転々と


 べつのこれまた大きな店に。ここには耳かきから軽自動車まで何でもあるといわれている。それこそ見てまわるのに何時間ほどかかりそうなぐらい規模が大きい。地元では最終手段といっていいほどの品ぞろえの店。

ここならばさすがに…とみてまわる。たしかにガラス製はあったがいずれもデザインの凝った贈答品ばかり。所望するふだんづかいのイメージどおりのシンプルなコップはない。

「そうか世のなかにコップは売っていないのか」とうっかり思うぐらい。生まれてこのかたコップというものを買った経験はたしかにない。家にそうしたものはもともと「あるもの」という認識しかなかった。

それほど存在を意識しないまるで空気のような物品にちがいなかった。意識をむけるとかコップについて考察するといったことはまずない。

100円ショップ、ネットならば


 はたして街なかでコップを売っていそうな場所とはどこだろう。たとえば100円ショップ。さほどひろくない店内にはたしか紙コップか、使いすてのプラスチック製のものならば会合で使う必要にせまられて以前購入した経験がある。それぐらいしかイメージできない。ガラス製の商品を扱っていたかイメージできない。100円でなく例外的に300円とかべつのコーナーならば⋯と妄想する。

はたまたネットならば見つかるか。どうやらわたしが所望するコップは検索語では「タンブラー」とか「グラス」という範疇らしい。タンブラーで検索するとほとんどがフタ付きの持ち歩ける金属製のものばかりでてくる。

ガラス製のものでもデザインに凝りイメージするごくふつうの形状のものがなかなか見つからない。あまり底がせまいと不安定そう。しかも高価。ひとケタ高い。こんなにするものなのか。どっしりしたかたちはないかと探す。なかなかごくありふれた「ふつう」のかたちのものはないと知れた。

おわりに


 世の方々はどうやって「コップ」なるものを入手しているのだろう。「開闢以来、家にあった」とそんなものなのか。わが家のモノがそうだったように、由来はヒト知れずという存在が多いのか。こうしてスタンダードのいわゆるイメージどおりを探し出すのがむずかしいとわかり、それはそれでおもしろい経験。この夏用にガラスのコップをひとつでいいのだけれど。

追記

 先日ようやく上に記したふたつめの大型店が改装。ようやく「コップ」を商品として置くようになったと知った。わたしはそれを待ちきれずになんとかネットで見つけて「こども用」をひとつ購入した。


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