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大学初年度の学生さんたちに接して:いまさらながらに数学の考え方のたいせつさに気づかされてしまう


はじめに


 このところ大学1年生の化学や数学をサポートしている。こちらも予習が欠かせない。いまや世にはさまざまな教材が無料で提供されている。理系にいながら数学でつまづき気味だったわたしだけでなく、万人にとりじつにいい時代。恵まれているのにかならずしも十分に活用されているかというと…。

きょうはそんな話。

若者の人口は


 わたしは、第一次ベビーブームと第二次のそれのはざまの谷間の世代。
ちょうど80年代前半生まれの方々とおなじくらいの人口。それでも高校の1クラスの人数は45人で、普通科の同級生は10クラスで450人。いまのクラスは40人以下で、クラスの数も8クラスほどで320人ぐらい。この半分の規模の学校もある。

同世代の人数は今後も減りつづける。おそらく20年後はさらに減るだろう。そのため今以上に手厚く人材を養成する必要が出てくる。資源のすくないこのクニにおいて人材はたいせつな柱。それなくしてはクニが成り立っていかない。

ひとりふた役


 けっきょく教育の根幹自体は変わらない。もちろんAIの登場などで淘汰されるしごともあるだろう。しかし大部分の骨格となるしごとは、当面のあいだなんらかのかたちでヒトが携わるにちがいない。場合によっては、それまではふたり分の担当をひとりで担わねばならないこともでてくるかもしれない。

それだけ臨機応変、融通の効く人材がもとめられるようになるだろう。けっきょくのところ、ニンゲンの活躍するところは今までとさほど変わりなく、ヒト向けの新たなしごとが加わり、欠かせないはず。

それをいまからあらたなしごとが登場するたびに、それに合わせて養成するわけ。それには今時点でなにごとも基礎基本の養成がたいせつで、その上にしか新たなものは打ち立てられないのが必定。

サポートには


 どうやら理系の分野では数学が根幹にあるのは確か。論理の考え方はコンピュータを演算させるうえで欠くことができない。それのみならず、ものごとの論理はどの分野でも通用する。いまさらながらこの学問分野を教えていてそう思う。

なにしろ科学の大部分の分野で顔を出す。理学を成立させるうえで、数学抜きで語ることはなかなかむずかしい。くりかえすがコンピュータをあやつるうえでも基本として欠かせない。

そのうえわたしの専門とする生物科学の分野ですら、従来以上にデータの解析など複雑な自然の現象や生命の成り立ちを探るうえで、数理的な解析の場面は多々登場する。もはやそれ抜きでは学術論文のデータの解析や表現がむずかしいほど。

どう教えるか


 さて、数学科ですら数学を大学の4年間でどれほど学べるかというとなかなかたいへんらしい。それを数学以外の理学分野において基礎の数学だけでもとなると並大抵でない。今後も各分野は発展し、ますます数学の要求度は増してくるだろう。

となるとそういった関連する理学系のための数学をいかに効率よく、高校との接続を図りつつ教え、のちは各自の専攻に応じてなるべく個人を中心に学んでもらうか。こちらも腕の見せどころ。なるべく無理なく、消化不良を起こさぬように、のちは自分で切り拓いて独学でもそこそこ数学を利用できるまでになってほしい。

おわりに


 あらためて数学をまなぶお手伝いをして、高校と大学の接続のむずかしさに直面している。たとえばいまの大学1年生は、高校でベクトルや複素数は学んでも、行列は習わない。

一方、大学の共通教育段階において、数学科(数学コース)以外の理学系では線形代数と基礎解析を真っ先にとりあげる。それに割り当てられるコマ数はひとむかしまえとくらべると格段に減っている。そのほかの必修項目(たとえば情報基礎や地域課題など)が増えているから。

そのなかにあって空きコマの時間を活用して補習のかたちで、希望する学生さんたちに高校と大学を橋渡しする数学、そのほかをサポートする。入学間もない頃がまだあたまの「固まらない」状態なので最適。どうやら根本的にからカリキュラムの精査が必要なようだが…。生命系のわたしですらそう思うのだから事態は深刻な気が。


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