格安のくだものを目をなんとか探し出してどうにか食べる状態がつづく
はじめに
以前にも触れたが厚労省などによりくだものを以前の2倍食べることが推奨されている。栄養学や健康上の理由から。以前のようにみずから栽培して収穫し口に入れるのがいちばんだが、街ぐらしになりそれもなかなかかなわない。
ほぼ買うしかない。
きょうはそんな話。
一時期よりは
果物のなかではバナナはわりと安価でしかも安定している。わたしの選択のなかで不動の地位。残念なのは需要を満たすほどほとんど国内で栽培されていない点。これが国内しかも本土で栽培できるのならば理想的だがそうもいかない。それはいくら気候変動が顕著な状況でもまだ無理そう。夏はだいじょうぶでも暖地でも毎年冬がもたない。
とはいえ、ぼちぼちアボガド、パッションフルーツなどについては暖地の露地でそこそこ栽培される方を見かける。ほかにも多少の寒さへの対策をすればマンゴー、ライチ、パパイアなども。
西南日本に住むわたしでもアボガドに関してはけっこう木を大きくすることができたし、知り合いの方には露地で果実を収穫している方も。すでに商業的規模で上にあげた果実のうちのひとつを生産しつつある方も知っている。
こんな状況下で
国内で生産がはじまるとどうしても最初のうちは高値がつきがち。店にならぶといずれもいい場所に陳列されている。なかなか手が出ない価格。やはり無理かといつもバナナに手をのばす。あるいは何か所か店をめぐり処分品の果実をみつけて手に入れる。
街なかでくらしはじめの時期に、生鮮品はどうだろうかとすこしばかり気になったが、それは最初のうちだけで杞憂だった。むしろ品数が桁違いに多い。それだけ処分コーナーの品(わたしの目ではいちばんいい状態)もそこそこみつかる。農業をやっていたころはよいものの大部分を販売所にならべ、自分は店に出せない悲惨なレベルのものばかり食べていたと気づいた。
つくったものは「かならず食べきる」をコンセプトにしていた。
おかげで
いちばんましなのは旬のくだものの最盛期を過ぎたあたりのころ。それがねらい目。そこそこ値段が安定しやすくなりはじめる。たとえば温州みかんでは例年ならば、11月のここしばらくですこし値がおちつき、12月に入り、暮れが押し詰まると高くなり、年が明け晩柑がではじめの頃にはふたたび下がりはじめる。
12月に特需のいちごはさらに極端で、興味半分でどこまで高値をつけるか横目でながめる。もちろん買わない、というより買えない。それが処分にまわる際にようやく手にはいる。
もはや果物が食費のなかで価格でみるとかなりの割合を占めている。主食に次ぐのではないか。もはや嗜好品でなく栄養補給のために買う。食べないわけにはいかない。果物や野菜は生鮮品として摂るのが理想的。安価な市販の加工品で使われている量はごくわずかで、それで栄養をまかなおう・済まそうとするのはなかなかむずかしい。
まだまだくふうの余地が
くだものによってはひんぱんに果樹畑に向かわずとも要所要所で世話すればなんとか実をつけてくれるものがある。たまにもとの家に向かうとかろうじて残る何種かの果実を収穫して街へもどる。たとえばレモンなどはまさにそうだった。
黄色く色づくまえの青い実はじつに香りがよい。使い道も豊富。収穫の期間もびっくりするほどながい。サラダだけでなく和食にも菓子づくりにも利用でき重宝する食材のひとつ。それほど手間ひまかけずとも果実のつきがよかった。残念ながら昨年それを枯らしてしまった。
おわりに
つね日ごろ果実に関してはやはり身近な場所で栽培するのがいいにちがいない。とはいえおおかたのヒトビトにとっては果物は買うもの。以前は身のまわりに豊富にあり、買うなど頭のかたすみにもなかったが、いまは大部分を買って食べる。むしろそれに慣れ、あたりまえになりつつある。労力のかわりに今度は購入のためのお金がいる。
立場が変われどもやはり食べていかねばならない。いま以上にくふうして食費をこれ以上圧迫しないで済むようにさらなる対策をしなければ。
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