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忙しくなる週はじめの職場に向かう車のなかで何か足りないと気づいた


はじめに


 このところわたしのあたまの容量が小さくなりつつあると感じる。つまり一時的に記憶を置く「メモリ」のような場所といったほうがいいか。たいていほかのことで頭がいっぱいのときにかぎってうっかりミスなどをする。それがこのところ増えた。あきらかに短期の記憶やその関連の場所が弱っている。それを補う方法はないだろうか。

きょうはそんな話。

出勤日


 連休明けでいよいよ新しい年度が本格始動。お手伝いする大学の職場は今週から忙しくなる。新入生たちに大学の研究室の雰囲気に触れてもらおうという企画がことしも始まる。まだ慣れていないので、安全面などさまざまな配慮のための準備をすすめてきた。

高校では実験やその関連の作業をあまりやってきていない。そのため何やかやと初歩的なところの説明から始めねばならず、本来ならば高校で行うレベルの手技などからはじめることになる。大学に入学してまだ間もない学生たちにさまざま提示したり、実際にやってもらったりを経て、これから3年間でさまざまな研究室や関連施設などに出入りしてなじんでもらう。

今週は、それらの準備、卒論生・院生たちの講読がはじまり、そして共同研究先から依頼を受けた分析、助成金の申請ならびに自主講座ともりだくさん。朝起きた時からあたまはいっぱいでさまざま溢れ出していくようで、ついうっかりをやってしまった。

舞いもどる


 もうすぐ職場という信号で、なにかしら家を出るまでの日ごろのルーティンのなかでやり忘れがあったような⋯と振り返る。やりがちな携帯電話をもっていないのではないかとかばんを確認すると、こともあろうに。これでは職場の建物のなかに入れないので、家に取りに戻らねばならない。しかたないかと右折車線へと車線変更。

まだ早朝の5時過ぎで片側3車線の幹線道はガラガラ。あせる必要はまったくない。そもそもフレックスタイムなので何も問題なく、家にあるはずのスマホを取りに帰ればいい。前の晩のうちに持ち歩くカバンに入れる作業を失念していた。これはだいじな手順なのに、ほかにふだんない作業が混じるととたんにやりがちなミス。これがほかの大事な行動に出ないように何重にも予防線を張っておかねば。むしろそちらへより注意しようと自分に言い聞かせる。

やりがち


 頭に余裕がないのだろう。オーバーフローしている状態。もはや加齢で仕方がないのか。経験でカバーせねばいけないのは間違いない。それなりのくふうも必要だし、そこに自分自身への配慮があっていい。

もはや若い頃とは当然ちがうのだから、諦念というか(定年や停年の同音の文字も同時に頭に浮かんでくる)が必要だし、それ相応にわきまえて行動しないと。

おわりに


 ではどうしたらよいのか。先日も記したようにスマホやふだんづかいのPC上でメモして残すぐらいではまったく効果ないのは実証済み。そんなにマメではない。だが最低限いまつづけているのは、何か所かのカレンダーに同時に書いて残すこと。手を動かしただけのことはあり、その行為自体はよく覚えている。

いつも腰掛ける位置の正面と反対側の2面の方向のそれぞれにそれらのメモを常に見える位置に備えること。毎朝起きるとそのメモを朝食を口にしながら見て、その日の行動の確認をする。

これで今日のスケジュールに関しては万全と家を出たのだが、今朝はスマホを取りに舞い戻ることになってしまったのだが…。


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