明日のだんどり、1週間のスケジュール、1か月の予定と組んでなるべくそのまま実行しようと
はじめに
ふだんはだいたい1か月先をみながら行動している。たまに数か月かさきの予定もはさまるが、たいていはひと月以内があたまの片隅に。すると今度は1週間の予定を意識したくなるし、明日の行動もひととおり思い描きたくなる。
きょうはそんな話。
予定を入れる・予定が入る
そんな大層な計画ごとでなく、日常の生活や仕事の範囲で先々のさまざまな予定を立てる。どなたも大なり小なりやってらっしゃるはず。たいていがヒトに会う、世話をする、病院に出向く、荷物が届くなどさまざま。すぐに忘れぬようにしかるべきところにメモしていく。それを怠ると失念しとんだ勘違いを生じるのはまちがいない。
半生において何度がそれにともなう失敗をしている。きちんとメモをして直前の15分前までそのことに取り組んでいても、忘れるのは一瞬。たいていが予想だにしない急な用事が差し込まれたとき。以前からの計画を実際に行動にうつす段階で起こりがち。その理由は。
失念するときとは
わたしが予定をすっぽかしてしまうのは、たいていが急な予定変更に伴うもの。それでたいていなんらかのミスをしてしまう。たとえば変更の時間の取り違え。いるべき場所のまちがい。予定が変わるとたいてい自分の居場所がちがってくる。それに気づかないまま、しっかり確認せずに変更を了承しがち。
そんなミスをしないように日時・曜日・場所は確実に復唱するようになったし、1日のうち移動にかかる時間、その結果の居場所の確認をひととおりあたまのなかでおこなってから、了の返事をするようになった。
ミスをさけつつ
先々の予定にしても何度かみずからで確認する。明日の予定はとくにそう。前の日には今も2回ほどチェックする。出張などの場合は1週間のスケジュールが中心。明日は関東で、2日後に関西に移動し⋯と思い描いてみる。
以前のこと。しごとの出張先が関東と西日本で連続。それぞれで宿泊の場所を反対に予約していたと出発前の点検で気づいた。どこかで取り違えたのだろう。
どの段階かで寄る順序をひっくりかえしたのを当方でわすれていたらしい。てっきり「宿だけはおさえてある。」とだけで油断していた。あやうくどちらも宿がとれていないとなるところだった。
だんどりは
さかんに学術集会や学会活動に参加していた頃。発表するつもりの大きな規模のものならば数か月ぐらいまえには申込みを終えねばならない。その際には発表内容をほぼ固めて、その結果の概要の要旨を添付。すると最低でもその段階で発表にふさわしい研究成果がもとめられる。実験→発表申し込み→学会参加のスケジュールを遡り、いついつまでにそれがあるからと算段せねばならない。
毎年の春と秋が発表のシーズン。それら半期ごとにこうしたスケジュールをあたまのなかに入れつつ実験にいそしんだ。つまり月単位でほぼやることが毎年決まっていた。何で例年と違い今月はいそがしくないのだろうかと思ったとたん、だいじなその作業のどれかができていないことになる。これはよく夢に出てきた。いつも自分のなかでつねにこうした月ごとのしごとを追われようにやっていた状況だったのかもしれない。
おわりに
明日のだんどり、1週間のスケジュール、1か月の予定をおもむろに組んでなるべくそのまま実行しようとする。今のようにしごとを減らした状況でふだんの生活の用事でもミスをするときはしてしまうもの。それだけに用心はおなじで怠りなく行なう。
いちばんいそがしいころは月間の予定表を部屋に大きく表示していた。欄外に数か月後の重要な予定もいっしょに記す。電話やメールが入るたびにそれをみつめて交渉する。さらにじっとみつめて変更の影響を受けるところへ一報いれる。同時にどこでも見れるように同じ内容を手帳へ記す。そんな予定を反芻しつつこなしていった。
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