夢のなかでみた:社会の変容とともに学校を思いきって見直してみると
はじめに
あくまでもわたしのみた夢のなかでのようす。なにも理想的なものでもなんでもない。妄想しただけにすぎない。矛盾はあるけれど…。
ふたつのコースをもうけて小・中学校を選べるように。今のコースと新しいコース。新しいコースでは午前中に教師によるいままでの体育をふくめた教科の学習をやり、午後の早いうちは体験や各種の行事を教師と地域社会の協力をもらいつつおこなう。ただし遠足などは午前から従来どおりまとめておこなう。先生の勤務はここまで。
そして午後の後半は地域と民間に委託して保護者がしごとからもどるまでのあいだは、こどもたちの希望・選択によりすごす。ここまでを保護者に無償でおこなうというもの。こどもたちの教育と教師の負担軽減をねらいとする。
きょうはそんな話。
大学も見直そう
同時に大学はほぼ希望すればだれでも入れる1年半~2年ほどのネット利用の通信教育(一部スクーリング)。いまの放送大学のイメージそのもの。しかも共通教育中心でごく一部が専門の基礎。
いったん社会人になり大学での学びが必要と感じたヒトビトが利用しやすいように。これならばいつでもどこでも地域の公民館などを利用してもできそう。大規模な校舎などを必要としない。地域の小学校などの空き教室でもよさそう。
高大の連携で
高校の高等教育と大学の共通教育の連携と大幅な見直しで可能としたもの。この段階で所要の単位を満たしたヒトを短大卒扱いとする。それ以降の専門課程へ進みたい意欲を示したヒトに、共通テストなみの短大卒レベルのお墨つきを与える試験を課して専門課程への関門とする方法を準備する。
これでいまの大学の専門課程(プラス共通教育の施設)のキャパシティーでなんとかなりそう。大学は専門課程の入口において意欲のあるヒトをここで選ぶことになる。
すでにそれに関連して学部レベル(4年生で)で大学院の一部の講義を受けられる制度は実際に現在でもある。それを高大連携で高校と大学の共通教育(ひとむかしまえの教養教育)と充実させたうえで重複をさけて、より密接に連携させる。
もういちど小・中学校、高校について
主要教科に関しては学年のかべをとりはらい、到達度で進級するようにしてはどうか。たとえばもう一度「3年生の算数」をやって標準的なレベルに達してから上の学年にすすむほうが学習への意欲は継続しやすいのでは。もちろん個々人で教科によって進捗のはやさや得意不得意はあるだろう。
そのあたりを考慮してあまりに渋滞・いびつになりかけたら、そこへ配慮してサポートする人員を重点的にあてる。あるいはある程度いまの学校制度との整合性を鑑みて、あまりにも「促成栽培」にならないように発達段階に応じた人間性とか倫理性など情操面の教育に配慮する。バランスはたいせつ。
もういちど学べる
高校卒業、短大卒業時で社会に出たいヒトビトへのセーフティーネットとして、じゅうぶん社会人として独り立ちできるだけの給与面での優遇をしていい。
そうすることでのちにやはり専門学校レベル、大学レベル・大学専門レベルのスキルや教養が必要だと思えば、スムーズに大学へ移れる、あるいは働きながら通える(通信課程、社会人向けとか夜間部とか)現実の方式がほんとうに機能するのでは。
おわりに
学校のしくみや指導要領をふくめたカリキュラムを大幅にみなおしたうえで、教師の負担の軽減をはかりつつ、ふたつのコース制に。従来どおりの学校を残しつつ、べつにあらたなしくみをそなえたコースをえらべるように。
従来型のほうは教師の負担軽減を図るため、内容を精選しゆったり教えられるように。以前の「ゆとり~」とはちがう。15時台の定時に教師は帰宅できるようにするねらい。午前中の時間割を年間つうじてコンスタントにすすめられるように。
夢なのかなあ。
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