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Windowsでなくてもふだん使いで困ることはもはやなくなった


はじめに


 基本的に家でもしごとでもWindowsに頼らずともかまわないとわかった。この3,4年は古いがしっかり稼働するPCをLinuxのなかから軽快なものに替えてそう思う。

もっさり感が払拭され、かっちりと安定したうごきを示すようになる。ふだんはLinuxを使っていることをほとんど意識しない(もちろんWindows同様に更新などの手間は必要だが)。noteのこの場に、本格的に変更した時期があとからわかるようにしておきたいだけの意図で記す。

きょうはそんな話。

なにも依存せずとも


 わたしはPCは道具のひとつにすぎないと思っている。どんなOSであろうと気にせず日々そつなく動きさえすればいい。それまでの資産がどうのとか互換性が⋯といった点はこれまでもたびたび起きた。OSをまたぐときは少なからずそう。だがLinuxを3,4年間使いつづけて思うに、それをほとんど感じずに済んだ。むしろ融通が効くと思うことがたびたび。

以前にintel内蔵のMac OSではそれまでのいろいろな資産の互換性がないとわかり、あっさりWindowsへ移った。そののちM社のさまざまなアプリケーションに翻弄されて疲れてしまい、たどりついたさきがLinux。ここでようやく利用者本位の性格をそなえている(あくまでもわたし個人として)と思えた。

けっきょくのところ


 繰り返すがPCはこちらが与えたしごとをそつなく忠実にこなせればいい。利用者を煩わせるものであってはならないはず。それで一貫していれば途中の過程などはおかまいなし。Windows上のM社のアプリケーションはいずれもなんらかのかたちでわたしとは折り合いがつかずじまい。たいていやりたいほうとは逆になる煩わしさを生じた。もはやそれに嫌気がしてほぼ有償の同社のアプリケーションを排除。そのかわりにフリーのもので済ますように。

これでかなりの障害を防げたと思う。それ以前とくらべるとM社関連のトラブルに見舞われなくなった。ところがWindowsであるかぎりは、更新作業のたびにM社関連の「誘い」が時を構わず画面に現れる。忙しいときに画面を占めたり、いらぬお世話を焼こうとしたり。

見限った


 年が明け、息子にPCを組んでもらう約束をした。自分でやってもよいが、今月はすでにスケジュールが埋まっている。今回でWindowsとは離れ、Linuxをメインに。上で記したように合理的な中堅クラスのデスクトップPCになる予定。慣れない学生さんのためにおそらくお古の一台だけWindowsマシンをもつことになるかもしれないが。

Windowsはサブ扱いに。くわえてMacはintel内蔵製品のサポートは打ち切られつつあり、すでにMシリーズのチップにとか、iOSとのさまざまで今後もたびたび互換性の問題を生じそうなので避けることに。こればかりはいたし方ない。

とくに問題は


 Windowsで作成したものは基本的にとくに問題なくLinuxでも使えるし、ネットなどはむしろ広告の制限などの調節をしやすいと思う。あるとすればさまざまなWindows上でやってきたサービスの更新時などかもしれない。そのときにはサブのWindowsマシンでやればよさそう。

こうして長らく使ってきたWindowsと基本的に別れることに。かれこれ四半世紀使ってきた。それ以前のMacの利用期間より長い。

おわりに


 OSを変えること自体はとくにリスクがあるとは思っていない。あるとすれば上に記すようにいろいろな引き継ぎ時。その原因はおもにWindows側にありそう。くっわえてタンパク質の立体構造の解析に使いたい意図があるのでグラフィック機能をより意識した構成にするつもり。トラブルが予想されるのはグラフィックドライバーあたりだろうか。

そこをクリアできればいいけれど。


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