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みずから手がけつつあった研究内容で途上国の研究所に先を越されるようになり思うこと

ありがとうございます

はじめに


 先日、自分たちでかたちにして論文に報告した研究を世界各地の研究者が見つけてくれて、それぞれあらたな道を切り拓きつつある状況をお伝えした。

これはごく狭い領域で、しかもなかなか日の当たらない植物の研究者のひとりとしては朗報。もちろんわくわくする。そのひろがりは何と途上国でも芽を出しはじめた。喜ばしいかぎり。そのクニの科学技術の進展に期待したいところ。

その一方でわたしのいる「先進国」では予算不足で同じことをやれずに断念し、どこか歯がゆい気持ちが入り混じる。まあ、途上国でもどこかでおこなってもらえればいいのだが何か複雑な心境。

きょうはそんな話。

20年まえより


 大学でお手伝いのしごとをしていて思うこと。20年まえですらこのクニの研究の状況は⋯と言われて危惧されていた。それから年月が経ち現状はどうだろう。スタッフのみなさんは以前にも増して雑用に追われている。研究に従事する時間を確保できない。わたしのお手伝いする場はあきらかにそう見えるし、各種の調査資料などでも斜陽のさまざまが見える。

たとえば博士課程への進学率。世界の国々では増えつづけているなかでこのクニではわたしの研究分野の理学系では平成3年から平成30年のあいだに半減した。この傾向は工学系でも同様で、さらに人文学や社会科学系でもおなじ。

文部科学省資料より一部を引用

令和のいまもその減少傾向はつづく。そのうち国内から進学する学生はほとんどいなくなるのではないかと危惧されるぐらい。海外からの留学生のための場に変容しつつある。

べつの役割


 たしかに発展途上国にとって科学や技術を導入し、自国で人材を育むことができるのは朗報。わたしの狭い学問分野ですらここ最近、そうした国々の研究者による中堅クラス以上の学術論文でたびたび拝見する。世界の科学の進展において各地でバランスよくそれが出現することは喜ばしい。

だがその一方で、わがクニの博士課程で人材を育てても、その多くはいずれは本国あるいは他のクニグニ(先進国など)へと散らばっていく。もちろんそれはそれでよいのかもしれない。それにしても国内の若者たちの挙動が気になる。

手をこまねいて


 この21世紀に入っても、すくなくともこのクニの経済界が博士課程修了者の存在をほぼ考慮せずに活動してきたことが原因のひとつといえそう。べつの言い方をすれば博士号取得者の活用の術をもっていないということ。経済界が要求しないことを政府が本気で政策に反映させないのは明らか。そのつけがこのクニの先行きを危うくしそう。

博士課程に進んだ学生はアカデミックな大学での活動をすくなくとも9年間にわたり経験した人材。相応にさまざまなしごとの一部を担える。これは常勤のスタッフにとっても心強い。たしかにTAやRAは現状でも存在するが中途半端。

おわりに


 せめて学業と生活が維持できる程度の給与を与え、余分なアルバイトの負担を失くす政策が早急に望まれる。博士課程から企業に就職するとそれまでの奨学金返済を肩代わりする企業を優遇する政策はどうだろう。

同時に、博士号保持j者が能力を活かして起業しようにもまだまだそれを醸成する場がこのクニには希薄。投資家の目がそこに向いているとは思えない。多くは扱いにくいクニや地方の助成金や補助金がほとんど。もちろん事業だからしかたのない面はあるが、あまりにも手堅い要素を求めてくる。ムーンショットとまではいかないまでも、若い豊かな発想を活かせないとつねづね感じてきた。

若い時期にそもそも「奨学金」という名の膨大な借金を抱えて船出することがこのクニの学生たちには大きな負担になり、結婚や出産を思いとどまることにつながっていそう。ライフサイクルからいくと博士修了とはちょうどそんな年齢にさしかかる頃。なおさらその方向に若者たちが踏み出せないのはこのあたりに原因があるのはまちがいない。

いずれも何十年来、言われつづけてきたことなのに根本的に解決しないまま、手のほどこしようがない段階にさしかかろうとしつつあるよう。
 

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