さまざまな過去に開発された技術が伝承されないまま再現できない状況とは
はじめに
わたしの専門分野だけではなさそう。どうやらわたしたちの身のまわりで表題のことが起きているらしい。そういえば20年まえに身につけたはずの技術ですら、そのうち残って現在も使われているのはどのくらいあるだろう。
逆にそのまま使わなくなった手法はよりよい方法に置き換わっているならまだいい。そのままそこは触れないでいようという部分すらある。いずれ「あれはどうやるんだったかな。」となってしまいそう。
きょうはそんな話。
熟練の技
精密な機械でととえたはずの部品・部材をもう一度職人さんが手にとり、最後に手を入れて仕上げるようすをある番組でみた。たしかロケットの部品だった。そうすることでようやく部品どうしがスムーズにかみ合う。そんな微妙な感覚が熟練により養われる。
さまざまな技術が発達して伝承されてきた。なかには淘汰されむしろ再現できない方法があると聞く。そんな職人技の技術の一部やヒトではやりにくい作業をロボットなどにまかせる時代。
とはいえヒトが到達できたところまで行かない場合すらある。それは環境のわずかなちがいなどによる調節。ロボットはそんなことをおかまいなしにふだんどおりにやってしまおうとする。すると望んだとおりにはできない。なるべく多くの条件をセンサーなどで感知しつつ加味しておこなうことになりそう。
伝承の存在
ヒトからヒトへ技術や方法は伝わる。改良や革新がないかぎりほぼそのままのかたちが受け継がれる。ところがなかにはあまりにかけ離れた新技術が登場し、それまでの方法が一気に淘汰されてしまう場合も。
そんなときにはそれまで連綿と受け継がれた方法のほうは隅っこのほうに押しやられるか、しばらくのちに存在すら忘れられてしまう。新技術のほうが主流になると、古いほうは伝えるためにのこしたマニュアルや設計図さえやがて処分されてしまう。もちろん、以前のままでなにもかもがそろうわけでないので、あらたな方法でやるしかない、集まらない職人に頼れないという事情もあるだろう。
突発的に
ところが新技術とはそれまでに世にないもの、従来法ではなし得ないものだから、なにかの供給がひょんなことから途絶えるともろい。たとえばある元素をふくむ材料でないとなし得ないとか。その供給がなんらかの理由で途絶えてしまうとじつにもろくその技術が使えなくなってしまう。
そうならないための危機管理はとうぜんすべきなのだが、なかなかそれに気づけない場合がある。やむなく安くない技術使用料をはらって代替法を使ったり、ライバルに頭を下げて残る技術のほうをつかわせてもらったり。
危機管理
どうもこの世のなかはそんな危うさが各所にないだろうか。たしかに頭に浮かぶ。この部品の供給がとまると、こちらの生産機械がつくれずにある製品のラインがストップしてしまう。すでにそんなニュースはざらにある。分業の伝統産業などでは、一部を担う方が途絶えると全体が立ち行かなくなる。
どうも気づきにくいものらしい。あるいはそんな危機管理がじゅうぶん、いや十二分にできているといえるだろうか。コストはかかるだろうが臆病なぐらい慎重でよくないか。
おわりに
なにも具体的な話をせずに抽象的になってしまった。しかしよくある話だと思う。そんな大層なことばかりでない。たとえばわかりやすい例をあげれば、最先端技術はたいてい電気の使用を前提に利用される。そこで自前でバックアップ電源を備えるところがある。いざというときには電力の供給なしにやれる方法や技術が望ましい場合も。
それにしてもあまりに科学技術の進みぐあいがはやくて追いつけない。とはいえその技術や方法は基本的に従来のものの上にある。よほどの革新がないかぎりそう。したがっていざというときや、大きな災害時、クニどうしの取り決めが急変したときなどのための備えとして以前の方法にいつでももどれるしくみがほしい。もはや手遅れになるまえに。
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