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穿戸岩と押戸石|「太陽の道」の探求者が知っておくべき幾何学的知識|#籠目のレイライン

先日投稿した岩門の滝の記事で、岐阜の金山巨石群から見て冬至の日の入りの方角に阿蘇の穿戸岩があることを紹介しました。

その記事のコメントで、Yuka Nakajimaさんから、押戸石の丘のパンフレットにも同じようなことが書いてある旨を教えてもらいました。パンフレットの写真を頂いたので掲載します。

押戸石の丘のパンフレット
右上部分を拡大

私が記事で紹介した穿戸岩と、パンフレットが紹介している押戸石の間の距離を測ってみると、直線距離にして約22km離れています。

誤差と言うにはちょっと距離がありますね。そこで、金山巨石群・押戸石・穿戸岩の三点と、太陽方位角の幾何学的関係性について詳しく検証・整理してみました。

押戸石の丘のパンフレットの内容は正しいのか?

パンフレットでは、押戸石、金山巨石群、日光、それに福島県大熊町を直線で結び、これを「太陽の道」として紹介しています。情報源が不明ですが、おそらく民間のレイライン研究者の誰かが主張している説を元にしていると思われます。

一口に「日光」「福島県大熊町」と言っても範囲が広く、どこを指しているのかも不明なので、まずgoogleマップで押戸石と金山巨石群に点を打ち、この二点を結ぶ直線を単純に延長してみました。それが下図です。

この直線の先は、日光の男体山のあたりと、大熊町の中心部あたりを通過することがわかりました。この結果を見ると、パンフレットの内容は正しいように思えますね。ですがこれはよくありがちな間違いです。

メルカトル図法の地図上で「直線」を描いた場合、この直線は等角航路と言い、線に沿ってどれだけ進んでも常に一定の方角を指します。

それに対し、例えば地球儀の表面に糸をピンと張った時に、この糸が示す最短距離のラインのことを測地線と言います。測地線は、メルカトル図法の地図上では曲がって見えます。つまり、押戸石と大熊町を結ぶ最短距離のラインは、金山巨石群の上を通らないのです。

測地線をさきほどの図に重ねてみると、そのことがよくわかります。曲がって見えるから最短距離ではないように思えますが、それはメルカトル図法の地図を見ているために起きる誤解です。

このことから、押戸石のパンフレットに掲載されているラインは、測地線ではなく等角航路であることがわかります。

古代人が太陽の道(レイライン)を構築していたとして、そのラインは等角航路と測地線のどちらになるか?と考えた時、結論から言うと、まず間違いなく測地線になります。

等角航路を取る場合、まず高精度の方位磁針の発明が必須条件です。これが第一の問題。古代人が方位磁針を持っていたと無理やり仮定して、それを見ながら常に一定の方角に進み続けたとしたら、その足跡は等角航路を描きます。

しかし、その人から見た冬至・夏至の方位は、進めば進むほどどんどんズレていくことになってしまいます。太陽の方位を無視して進むこの「直線」は、その時点で「太陽の道」とは呼べない。これが第二の問題です。

太陽方位角を基準にする場合、観測者は「地平線上の特定の点」を定めます。この「観測者」と「地平線の点」を結ぶラインは、地球表面上の最短距離、すなわち測地線として物理的に確定します。

以上の理由から、古代人が太陽のレイラインを構築したとするなら、そのラインは自ずと測地線になるはずだと考えられるのです。

この事例では等角航路と測地線とで表面的に現れる差異は微々たるものなので、誤差の範囲として許容すればいいじゃないかという声もあるかもしれません。ですがそれこそが大きな落とし穴で、ここからレイラインを拡張していった場合、累積誤差でその説がいずれ破綻することが目に見えています。

たとえばこの「太陽の道」の末端にあるとされる大熊町から、さらに別の方向にレイラインを延ばして繋いでいくといったケースですね。押戸石と金山巨石群を結ぶ「測地線」を延長していった場合、大熊町にはかすりもせず、それよりずっと南にある広野町を通過します。つまり大熊町は実際にはこのレイラインとはなんの関係もないにも関わらず、その大熊町を太陽の道の末端だと思い込んだまま、そこを起点としてまた別方向にレイラインを延ばしていく、といった大きな誤りにつながります。

ですからレイライン研究者にとって、等角航路と測地線の違いを知っておくことは非常に重要ですね。別に研究者でなくても、今回のように情報の正誤を自分自身で確かめることができるので、知っておいて損はないです。

太陽方位角の検証

次に冬至・夏至の方位角を検証してみました。金山巨石群・押戸石・穿戸岩の三点と冬至・夏至の関係性を詳しく検証してみた結果、私自身にも大きな認識の誤りがあったことを正直に白状します笑

厳密に太陽方位角を調べるとなると、三角関数だらけの複雑な計算を行う必要があります。私は幾何学の専門家でもなんでもないただのもの好きな独学者なので、そのための勉強を一からやれと言われたら、とてもじゃないですが面倒すぎてやる気になりません。

が、今はAIに「検証プログラムのコードを書いて」と言うだけで、その面倒な計算式も全て組み込んでグラフィカルなツールをものの1,2分で作ってくれます。いやすごい時代ですねほんと。

まあ、細かいことを言うと、そのAIが書いた計算式やプログラムコードに不具合がないかどうかを時間をかけて確かめなければ本当の意味で検証したことにはならないのですが、そこまではとてもやっていられません。ざっくりと見て、問題なさそうだったので、今回はAIのコードに問題はないものとして話を進めます。

以下がAIが作成した検証プログラムの画面です。
オレンジ線が、金山巨石群から見た冬至の日の入りの方角。同様に、
青い線は、押戸石から見た夏至の日の出の方角
緑の線は、穿戸岩から見た夏至の日の出の方角
です。

私はこれまで「冬至の日の入り」と「夏至の日の出」の方位角は、1000km単位の超長距離で問題になる程度の差だと思い込んでいましたが、こうして見ると結構大きな差がありますね。

これは今回検証してみて初めてわかったことです。
この結果からは「金山巨石群(オレンジ色の丸)から見て冬至の日の入りの方角に穿戸岩(緑色の丸)がある」とは言えても、その逆方向、つまり「穿戸岩から見て夏至の日の出の方角に金山巨石群がある」とは言えないですね。

ですから岩門の滝の記事で私が投稿した図で「夏至の日の出」と書いた点は訂正が必要ですね。

「夏至の日の出」という記述は正しいとは言えない

そして、本題です。押戸石の丘のパンフレットに「夏至の日の出の方角に金山巨石群がある」とありますが、青い線を見ると、金山巨石群からはやはりいくらか離れている上に、冬至の日の入りの方角からも離れています。

古代人がこの誤差を「許容し得る曖昧さ」とし、冬至・夏至を意識して金山巨石群や押戸石を作った可能性は、今回の検証結果だけでは否定も肯定もできません。ただ、パンフレットの記述(の元ネタとなったレイライン研究者の説)が等角航路のラインを引いている点については論理的に明確な誤りである、というのが検証の結論になります。

そして私自身にも、夏至の日の出と冬至の日の入りの方位角について認識の誤りがあるとわかったことは、今回の検証の大きな収穫でした。

Yuka Nakajimaさん、情報ありがとうございました!

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