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穿戸岩や洞戸の岩門を貫く日の道は、岩戸開きにつながる忘れられた道か|瀬織津姫の陰陽|#籠目のレイライン

縄文時代の謎の遺構

岐阜県下呂市の金山巨石群(岩屋岩陰遺跡)は、人の手で巨石が運搬され組み合わされた遺跡で、冬至や夏至の観測機能を有していることから縄文カレンダーとも呼ばれています。造られた年代は推定で約五千年前。これを造った人々が何者なのかを知る手がかりは皆無です。

私は籠目のレイラインの研究過程で、この金山巨石群から見て夏至の日の出の方角に御嶽山の山頂があること、そしてその反対方向、つまり冬至の日の入りの方角には鞍馬山や金刀比羅宮などがあることを発見しました。いずれも修験道に深い関係のある聖地です。伝説上は天狗として語り継がれている場合も。

この冬至の日の入りのラインを九州まで見ていくと、阿蘇山の麓の巨大な岩壁にあいた風穴、穿戸岩があります。上色見熊野座神社という名の方がよく知られていますが、穿戸岩は神社が創建される前から神聖視されていました。

上色見熊野座神社の参道
穿戸岩

この御嶽山・金山巨石群・穿戸岩などを結ぶライン上に、岩門いわもんの滝があります。場所は岐阜県関市洞戸。この「岩門」という言葉が気になって由来を調べてみたところ、文字通りの「岩の門」が存在するからだそうです。

岩の門──。それはまさしく、阿蘇の穿戸岩と同種のものなのではないでしょうか。

しかしこの岩門に関する情報がほとんどありません。距離的に家からそれほど遠いわけでは無いので、直接現地に行って確かめるのが一番、というわけで、連休の最終日に行ってきました。

目的は岩門であって、滝には特に期待はしていなかったのですが…。

これまでいろんな滝を見てきましたが、過去一で感動しました。この鳥居の前に立つと、岩壁と木々に包まれる感覚になり、日の光も遮られて暗いため、圧倒的な水底感・胎内感がありました。滝にというよりもこの神域全体から、御嶽山の岩壁や、熊野の花窟神社と似た気配が感じられました。

こんなところがあったとは…。

この岩門の滝からそれほど離れていないところに、瀬織津姫を祀る瀧神社があります。しかし私には、こちらの岩門の滝の方が、姫神を祀るにふさわしいように思われます。

実際にここに祀られているのは不動明王なのですが、姫神は“秘め神”。修験道では神をそのままの名では祀らず、姫神の化身として、不動明王や弁財天などの外来宗教系の神仏を祀る場合が多いです。

なぜ瀬織津姫は秘される必要があったのか。その理由として挙げられるのは、信仰と悟りの違いですね。人々が信仰する外来宗教の神仏は、神道の神とは違います。神道の道は神を崇め祀る信仰ではなく、真通理まつりへと通じる道。

日月神示 富士の巻 第22帖
まつりと申して神ばかり拝んでいるようでは何もわからんぞ。
そんなわれよしでは神の臣民しんみんとは申せんぞ、早うまつりてくれと申すこと、よく聞き分けてくれよ。

我が我がと思っているのは調和まつりていぬ証拠ぞ、鼻高となればポキンと折れると申してある道理よくわかろうがな、この御道は鼻高と取り違いが一番邪魔になるのぞと申すのは、慢心と取り違いは調和の邪魔になるからぞ。ここまでわけて申せばよくわかるであろう、何事も真通理まつりが第一ぞ。

詳しい話は下記記事にもまとめてあります。

瀬織津姫をその名で祀る瀧神社が表(陽)だとすれば、この岩門の滝は裏(陰)ですね。

江戸時代の仏師にして修験者の円空も、その理を悟っていたように思います。円空は日本全国を旅しながら12万体の仏像を彫ったとされていますが、彼の心眼には、仏ではなく瀬織津姫が見えていたようです。

これに関しては、瀬織津姫研究の第一人者である故・菊池典明氏が著書にまとめています。

あるとき、この神がかつてまつられていたに相違ないとおもわれるところに、円空の足跡があまりに重なっていることに気づいた。これが、本書を書くきっかけである。円空の足跡を追うことで、かつての線の探究は、面の広がりをもつことになった。それほど広範囲に、瀬織津姫という神の祭祀は、かつてあったのである。

「円空と瀬織津姫」p11

「岩門」は、滝の右手にある階段を上がったところからさらに上の岩壁にありました。わかりづらいですが、下の写真で赤い矢印で示している部分がその岩門です。

周囲を調べてみるともう一本別の道があり、どうやらその先が岩門へと通じているようでした。しかしその道は長年整備されていないらしく、荒れ果てて立ち入り禁止になっていました。その立ち入り禁止の表示さえも壊れてしまっている様子を見ると、今後整備され通れるようになる可能性もなさそうです。

「立入禁止」と書いてある

ドローンを買って岩門を空撮するか、それとも関市と直接交渉して立ち入り許可をもらうか…。などと考えながら、帰宅後にもう一度ネットでこの道について調べてみると、この道を進んで行った方の記録がヤマレコに掲載されており、岩門がはっきり写った写真もアップされていました。

この方も岩門の先までは行かなかったようで、その先に何があるのかはわかりません。

この岩門は自然の産物なのか、それとも人工物か。御嶽山から冬至の日の入りの方角に金山巨石群やこの岩門があり、阿蘇の穿戸岩へと通じる「日の道」を形成している。これらが一連の繋がりを持つ人為的な遺構なのか否か。もしも人為的なものではなく自然に生まれたなら、そこには神の意図を想像せずにはいられません。人為的な遺構なら、それはそれで驚異的と言う他ありません。

(追記)これからの季節、この岩門の滝を含む高賀山系はヤマビルが大量に出るので、もし行く人は血を吸われないよう注意してください。

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