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人事制度|企業事例:日本ガイシは、役職定年廃止と専門職複線化をどう接続したか

役職定年を廃止すれば、シニアが活躍するわけではない。専門職コースを作れば、研究者が報われるわけでもない。日本ガイシが2025年4月に全基幹職へ導入した新人事制度で注目したいのは、個々の施策の新しさではない。

年齢で処遇を下げる仕組み、管理職を経由しなければ上位資格へ進みにくいキャリア、曖昧だった職務要件を、一つの制度としてつなぎ直した点にある。ただし、公開資料から確認できるのは、制度の設計と導入初期までである。成果を確定するには早い。

この事例から学ぶべきなのは「成功した制度」ではなく、大企業が事業転換に合わせて、役割、専門性、年齢、配置をどう組み替えたかである。



この事例の要点

日本ガイシは2025年4月、基幹職、一般的にいう管理職層の人事制度を改定した。会社は2026年4月にNGK株式会社へ商号を変更しているが、本稿では制度改定時の社名である日本ガイシと表記する。

新制度では、基幹職の等級を「マネジメント」「シニアプロフェッショナル」「エキスパート」の3種類に複線化した。全職務にジョブディスクリプションを設定して社内公開し、年齢や過去の貢献よりも、これから担う職務に基づいて等級と報酬を決める考え方へ移した。

同時に、年齢による処遇低下と役職定年を廃止した。成果評価に行動評価を加え、評価結果を翌年の年収へ反映する。社内公募を全基幹職へ広げ、他部門から本人へ声をかける社内スカウトも新設した。

ここで重要なのは、等級制度だけを変えたのではないことだ。

役割の定義、評価、報酬、社内移動を連動させ、基幹職が「次に担う仕事」を選び、選ばれる仕組みまで作ろうとしている。


制度改定の背景

背景には、事業構成の転換とシニア活躍という二つの課題があった。日本ガイシは、カーボンニュートラルとデジタル社会に関わる事業を伸ばす方針を掲げていた。

2026年5月に公表した長期経営計画でも、デジタル社会関連を中核事業とし、人材への重点配分を続ける方針を示している。既存事業で評価された過去の貢献だけで処遇を決める制度では、これから必要になる仕事や専門性へ人を動かしにくい。

もう一つは、年齢と役割が切り離されていた問題である。同社は2017年に65歳定年制を導入した一方、従来の基幹職は58歳で専任職となって役職定年を迎え、60歳、63歳でも段階的に処遇が下がる仕組みだった。

公開事例によれば、専任職への調査では、会社から求められる役割や期待が分からないという声が確認されたという。

さらに、研究開発部門を中心に、役職者を経験しなければ上位資格へ進みにくいことへの不満もあったとされる。

全基幹職がプレイングマネージャーになりやすい構造では、管理と専門性の双方が中途半端になる可能性がある。症状は「シニアの意欲低下」や「専門職の処遇不満」でも、原因は本人の意欲だけではない。

年齢で処遇を下げる制度と、管理職を標準キャリアとする制度が、会社からの期待を曖昧にしていたのである。


変更された制度の中身

等級は三つに分けた。マネジメントは組織運営と組織成果に責任を負う。

シニアプロフェッショナルは専門性を発揮しながら集団をリードする。エキスパートは高い専門性の発揮で事業を推進する。

これは単なる「管理職か専門職か」の二分ではない。

専門性と組織リードを併せ持つ中間の役割を設けている。役割を決めるため、1000を超える基幹職のポスト・ポジションについてジョブディスクリプションを作成した。必要な知識やスキルを明記し、等級とともに社内公開した。

年齢や在籍年数ではなく、担う職務に応じて等級を決める土台である。報酬面では、役職定年と年齢による一律の処遇低下を廃止し、職務に応じた年収へ移した。基幹職の年収水準も引き上げたと会社は公表している。

一方、年収は等級と毎年の評価によって増減するため、年齢基準の安定性をなくす代わりに、役割変更と評価が報酬へ直接響く設計になった。評価では、成果だけでなく、変革への挑戦や多様性の活用など、会社が基幹職に求める行動も対象にした。

配置では、社内公募の拡大とスカウト制度の新設により、公開された職務へ本人が動く経路と、組織側から候補者へ働きかける経路を用意した。制度移行も一斉切り替えではない。2024年度に58歳以上の専任職へ先行導入し、2025年度に全基幹職へ広げた。

検討時には経営層との継続対話、部長層による等級判定の試行、現場管理職とのワークショップが行われたと紹介されている。


公開情報から確認できること

確認できた事実は、2025年4月に全基幹職へ制度を導入したこと、3等級への複線化、全職務のジョブディスクリプション設定・公開、役職定年の廃止、評価制度の刷新、社内公募の拡大とスカウト制度の新設である。会社公式のニュースと統合報告書の双方で確認できる。

企業の主張は、この制度によって多様な人材の活躍と自律的な行動を促し、事業構成の転換を進めるというものだ。統合報告書には、意欲ある人材の活躍や組織活性化につながっているとの記述があるが、制度単独の効果を示す数値は開示されていない。

外部記事では、専任職への調査から役割と期待の不明確さを把握し、経営・事業・現場との対話を重ねて制度を設計したこと、2024年10月までに100回以上の定例会を実施したことが紹介されている。

これは設計過程を知る重要な情報だが、成果評価とは分けて読む必要がある。

記事上の仮説は、この制度の核心がジョブディスクリプションの作成ではなく、役職定年、専門職キャリア、評価、報酬、社内移動を同時に接続した点にあるというものだ。

未確認なのは、等級別の人数、旧制度からの格付け変更、減収・増収となった人数、異議申立て、管理職と専門職の納得度、ジョブディスクリプションの更新頻度、社内公募・スカウトの成立件数、離職やエンゲージメントへの影響である。

制度導入から1年余りの時点で、成功と断定することはできない。


この事例を支えた会社条件

第一に、制度改定の上位に事業転換の方針があった。何のために未来の役割へ報いるのかが、カーボンニュートラルとデジタル社会関連への転換と結びついている。事業戦略が曖昧な会社で職務だけを定義しても、未来に必要な役割は決められない。

第二に、シニア、研究者、管理職という異なる問題を別々の制度で処理しなかった。年齢による処遇低下をやめるなら、年齢に代わって何を基準に処遇するかが必要になる。専門職コースを作るなら、管理職と異なる価値発揮をどう定義するかが必要になる。同社はその共通基準を「これから担う職務と役割」に置いた。

第三に、1000を超えるポストの定義、等級判定の試行、経営と現場の対話に時間をかけられる人事運用力があった。制度の完成度より、職務が変わった時に記述と格付けを更新し続けられるかが今後の条件になる。

第四に、役割を公開するだけでなく、公募とスカウトを接続した。社員が必要な知識・スキルを知っても、実際に役割へ移る経路がなければ、ジョブディスクリプションはキャリア資料で終わる。役割の可視化と移動可能性を組み合わせた点に再現条件がある。


自社に置き換える時の留意点

最も注意したいのは、ジョブディスクリプションを作ることを制度導入だと考えることである。

1000を超える記述は、組織変更、職務変更、人材要件の変化に合わせて更新しなければ、すぐに過去の仕事の台帳になる。更新責任者、見直し時期、等級変更との接続を先に決める必要がある。

次に、役職定年廃止を一律の処遇維持と誤解してはいけない。

同社の新制度では年齢による低下をやめる一方、職務と毎年の評価で年収が増減する。役割が変わった時の降級・減額、経過措置、本人説明、異議の扱いは、各社の就業規則や労働契約に照らして個別に確認が必要である。
専門職等級も、名称だけでは機能しない。

エキスパートとシニアプロフェッショナルの違いを、専門性の希少性、成果、組織への波及、意思決定責任として説明できなければ、旧来の役職序列を別名で残すことになる。
専門職の人数を増やすほど、誰が価値を判定するかという難題も大きくなる。行動評価にも注意がいる。

「挑戦」や「多様性の活用」を加えるだけでは、評価者の印象が広がる。観察事実、評価理由、部署間調整、本人への説明まで運用しなければ、未来志向の言葉が納得感を下げる可能性がある。
そして、この事例は大企業の実装である。

100回を超える定例会、全ポストの記述、等級判定の試行をそのまま中堅・中小企業へ持ち込めば、制度維持費が便益を上回ることがある。自社で必要なのが職務等級なのか、より粗い役割等級なのか、対象層を限定した混合制度なのかを先に判断したい。


この事例から、自社で問うべきこと

  • 事業戦略が変わることで、3年後に増える役割と減る役割は何か。

  • 年齢や役職歴に代わって、等級と報酬を決める基準を一文で説明できるか。

  • 管理職、組織を率いる専門職、個人で価値を出す専門職の責任はどう違うか。

  • 役割定義を誰が、どのタイミングで更新し、等級と報酬へ反映するか。

  • 役職定年を廃止した時、役割が縮小した人の処遇、経過措置、説明はどうするか。

  • 専門職の価値を判定できる社内外の目利きはいるか。

  • 公開したポストへ本人が応募し、組織が候補者を探し、実際に異動できる経路はあるか。

  • 初回評価、初回年収改定、初回異動の後に、何を検証して制度を直すか。

制度の名前を選ぶ前に、会社が何を見えるようにし、何を動かせるようにしたいのかを問うべきである。

この事例が示すのは、ジョブ型という看板の強さではない。年齢、役職、専門性に分断されていた判断を、未来の事業に必要な役割へ戻して設計し直す仕事の重さである。


確認した資料と留意点


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