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世界のインターネットは「テック系変態」が支えている——日本がコンシューマーゲームの経済的成功と引き換えに失った情報網の話

「テック系右派」という話をよくBlueskyで耳にする。
 では「テック系左派」はいるのか? という話だが、世界中に存在するテック系の無政府主義者たちがその位置にいるのだが、恐ろしいぐらい日本人はその存在を知らない。
 リベラル系の知識人たちがリーナス・トーバルズの名前すら知らないので、ビックリしたぐらいだ。
 今の日本人はそれぐらいテック系の最先端にいる、Linuxやオープンソース周りにいる無政府主義者の連中を知らない。特に「テック系右派」を叩いてる左派やリベラルの人たちがあまりにも無知すぎる。
 ことインターネットやコンピューターテクノロジーに関して左派たちはあまりにも「無教養」なのだ。
 せめて『伽藍とバザール』ぐらいは読め、青空文庫で無料だ。

 最近、そのリーナス・トーバルズがブチ切れている。
 LLMが自動生成した重複だらけのバグ報告でLinuxカーネルのセキュリティメーリングリストが「ほぼ管理不能」になったとブチ切れている、例の件だ。それを見ていて、つくづく思うことがある。
 右派も左派も、大手テックの我利我利の争いばかり見ていて、この世界のインターネットとソフトウェアが実際には誰によって支えられているのか、まるで見えていないんじゃないか、と。

 彼らのことを「テック左派」と呼ぶ向きもあるが、本人たちはおそらくその呼び方を嫌うだろう。
 だから私は敬意を込めて「テック系の変態さんたち」と呼ぶことにしている。金とはまったく別の情熱で、日々のインターネットのリソースを黙々と構築している何万人もの変態ども。
 この連中の存在を勘定に入れないと、現代テックの動きはまるで読めない。

Gitは「怒り」から二週間で生まれた

 象徴的な神話がある。世界中のソフトウェア開発の基盤であるGitは、リーナス・トーバルズが「二週間で作った」という逸話だ。

 2005年、Linuxカーネル開発に使われていた商用ツールBitKeeperの無償ライセンスが、リバースエンジニアリング騒動をきっかけに突然取り消された。怒ったトーバルズは4月3日に開発を始め、4月7日には最初のコミット、つまりGit自身でGitを管理する自己ホスト化まで漕ぎ着けている。
 本人の弁では「カーネルに使えるまで約10日」だそうだから、「二週間」という神話はわりあい正確だったりする。
 まあ、その後の育成は名匠・濱野純の長い仕事なのだが、それにしても、いま地球上のほぼすべてのソフトウェア開発が乗っている基盤が、一人の男の怒りと10日間の突貫工事から生まれたという事実は、企業のロードマップだの中期経営計画だのとは別の原理でこの世界が動いていることを、これ以上なく雄弁に物語っている。

 そして「大半のソフトウェアは驚くほどオープンソースに依存している」というのも、印象論ではなく数字の話だ。
 Black Duck(旧Synopsys)が2024年に商用コードベース1,067件を監査したところ、96%がオープンソースコンポーネントを含み、スキャンされたコードの実に77%がオープンソース由来だった。
 1アプリあたり平均526個のオープンソース部品が組み込まれているという。つまり企業が売っている「商用ソフトウェア」の中身の8割方は、どこかの変態が無償で書いたコードなのだ。
 GitHubの開発者は2025年に1億8000万人を突破した。xkcdの有名な風刺画にあるとおり、現代のデジタルインフラという巨大な構造物は「2003年からネブラスカの誰かが無給でメンテしている小さな個人プロジェクト」の上に絶妙なバランスで載っている、という始末だ。

radditでコラされまくってる画像

 エリック・レイモンドが『伽藍とバザール』で喝破したように、この世界は金銭ではなく「名声の経済」で回っている。
 自分のコードが世界中で使われること、コミュニティで認知されること。それが報酬なのだ。資本主義の外側にある贈与経済が、資本主義の基盤そのものを支えているという逆説である。

スカイリムMODを十年作り続ける変態ども

 このバザールの熱量が最もわかりやすく可視化されているのが、PCゲームのMOD文化だ。

 最大手のNexus Modsの統計を見ると、登録メンバーは7,600万人超、MOD数は約89万本、累計ダウンロードは200億回を超えている。MOD作者だけで13万人前後いる勘定だ。『The Elder Scrolls V: Skyrim』は2011年発売のゲームだが、発売から15年近く経ったいまも新規MODが年間数百本のペースで生まれ続けているし、Skyrimのエンジンで『Oblivion』を丸ごと作り直すSkyblivionのようなファンプロジェクトは、十年以上かけていまだに開発中だったりする。一本のMODに3,000時間、7年を費やした個人もいる。

 しかもこの連中がやっていることは「遊び」の範疇を超えている。SKSE(Skyrim Script Extender)のような拡張ツールは、ゲームのバイナリをリバースエンジニアリングしてメモリアドレスに直接コードを注入する代物で、ゲーム本体がアップデートされるたびに逆コンパイルと注入ポイントの再計算をやり直す途方もない作業を、十年以上無償で続けている。
『Minecraft』のMOD基盤の歴史に至っては、難読化解除ツールやらMODローダーやら競合解決の仕組みやら、そのままエンタープライズ級ミドルウェア開発史の縮図だ。
 若い連中はこういう所でリバースエンジニアリングを覚え、バージョン管理を覚え、依存関係の地獄を覚え、オープンソースライセンスを覚える。
 今はMODはGitHubで構築されているものも多くて、そういうコミュニティの入口になってる。

 MOD文化とは、次世代のインフラエンジニアを量産する巨大なインキュベーターになっているという現実がある。

 そしてLLMだ。何兆ドルもかけて開発されているLLMが、なぜかドンドン儲けにならないはずのオープンソース化に向かっている。
 MetaのLlamaは累計10億ダウンロードを超え、2025年1月にはDeepSeekがMITライセンスのR1でクローズド勢に価格破壊を仕掛け、ついにはあのOpenAIまでが同年8月、GPT-2以来6年ぶりのオープンウェイトモデルgpt-ossを出す羽目になった。
 もちろん各社には「補完財のコモディティ化」という冷徹な戦略計算がある。競合のクローズドモデルの商売を成立困難にし、世界中の変態たちの改良をタダで自社に還流させる、という理屈だ。
 中国はもっとラジカルにLLMのオープンモデル化を進めている。
 現在ではアメリカのAI()スタートアップ企業の大半が中国製オープンモデルを使っている有様だ。
 会社の利益とは別にその戦略が成立する前提そのものが、「解き放てば勝手に改良しまくる何万人もの情熱的な開発者層が実在する」ことなのだ。
 変態どもの存在を織り込まなければ、この「最大のパラドックス」は読み解けない。

NVIDIAが恐れる「中の人」たち

 この変態層の影響力は、ハードウェアの絶対王者にすら及ぶ。

 NVIDIAの直近の決算を見ると、FY2026通年の売上2,159億ドルのうちデータセンターが約1,937億ドル、ゲーミングは160億ドルで全体の1割を切った。
 直近四半期に至ってはデータセンター比率が9割超で、ついにセグメント区分から「ゲーミング」の名前自体が消えて「エッジコンピューティング」に統合された。
 本音では「もうゲーム用GPUなんて儲からないから縮小したい」のは数字を見れば明白で、実際、ゲーミングGPUの供給を絞るだの次世代RTXは2027年後半までお預けだのというリークがTom's Hardwareあたりに世界中の「中の人」から絶えず流れてくる。

 ではなぜNVIDIAはゲーマー向けの体面を捨てられないのか?
 データセンターの管理者も、Linuxカーネルの開発者も、NVIDIA社内のGPUエンジニア自身も、その相当数がゴリゴリのゲーマーであり、オープンソース文化に骨の髄まで浸かった変態たちだからだ。
 売上構成比では微々たるものでも、彼らは企業やサーバーの中枢に巣食っており、彼らの「レビュー」と評判は調達の意思決定に直結する。
 2012年にトーバルズがカメラに向かって中指を立て「NVIDIA, fuck you!」とやった一件は、ハッカーコミュニティで熱狂的に支持された。あの因縁のNVIDIAが、2022年以降LinuxのGPUカーネルモジュールをオープンソース化し、2024年からはそれをデフォルトにするという屈辱的な方針転換をしたのは、AIインフラのOSがすべてLinuxであり、それを運用する変態たちの技術的要求を無視してはデータセンター商売そのものが成り立たないからにほかならない。
 時価総額世界一の企業ですら、この層には頭が上がらないわけだ。
 逆にAMDはいつも「我々はゲーマーのため」って姿勢を意図的に行ってマーケティングをしている。

日本はいつ、この情報網から切断されたのか

 さて、ここからが本題だ。この「世界のテック系変態情報網」に、日本人がすっかりいなくなった、という話である。

 昔は違った。20世紀の日本には、世界のPC文化と接続する回路がちゃんとあった。手前味噌になるが、私が編集者をやっていた『LOGIN』にも海外特派員がいて、海外との人脈が豊かな雑誌だった。
 パソコン雑誌やPCゲーム雑誌という媒体そのものが、アメリカのテック系情報網と日本の読者を繋ぐ結節点として機能していたのだ。E3やCESの現場に人を送り、海外のシェアウェア文化やMOD文化を紹介し、読者はそこから英語圏のコミュニティに潜っていった。
 実際、私が何度も書いてる石原潔さんなんかも、ニュースグループやbbsを通じて「海外の変態さんたち」に接続している人の一人だった。

 それが21世紀に入って軒並み消えた。『DOS/V magazine』が2007年末で月刊終了、『LOGIN』が2008年、『月刊アスキー』は2010年に事実上消滅、『PCJapan』も2010年。自作PC文化最後の砦だった『DOS/V POWER REPORT』ですら2023年末で休刊した。
 休刊自体はWeb移行という出版業界全体の構造問題ではあるのだが、問題は媒体の消滅とともに「海外テック情報網との接続業務」を担う人材と回路がまとめて消えたことだ。
 ついでに言えば、日本にはPC Gamerの日本語版すら最後まで生まれなかった。英語版の輸入誌が細々と洋書コーナーに並んでいただけだ。PC文化の層の薄さとは、そういうことである。

 なぜこうなったか?
 日本のゲーム市場がコンシューマー機に極端に傾斜したからだ。いくらプレステや任天堂のゲームが面白くても、あれは「クローズドな完成品」であって、いじったり解体したり分解したりさせてくれない。
 MOD製作やらゲーム内チャットやらツール開発やらで繋がる「世界のテック系変態どものコミュニティ」への入口が、コンシューマー機には構造的に存在しないのだ。
 ファミコン以来の世界的成功が、皮肉なことに、スクラップ&ビルドで育っていく人材たちとの繋がりを日本のゲーム業界とテック界隈から奪っていった。
 NexusModsやSteamコミュニティで同じゲームに集っている世界の変態さんたちと繋がっている日本人が、どんどん少なくなっていった。
 そしてスマホがとどめを刺した。内閣府の調査では若年層のデスクトップPC利用率はわずか8.4%。ファイルシステムもターミナルも抽象化されたブラックボックスを撫でて育った世代に、バイナリを逆コンパイルする文化が根付くはずもない。

 これがボディブローのように効いた。
「日本がPCゲームを作らなくなった」という事実は、ゲーム産業の問題にとどまらない。
 会社やメーカーの外にある人脈と情報網——それこそがソフトウェアとインターネットの本体だったのに、会社員たちだけでソフトウェアやハードウェアを作っていると勘違いしたまま、日本は静かにガラパゴス化していったのである。
 昔、小泉純一郎がホワイトハウスでアメリカのブッシュJrと「エルビスプレスリーで盛り上がった」というのが話題になっていたが、今の日本のメーカーや技術人には「Call of DutyのMODやBethesdaの悪口で盛り上がる」ような共通の話題がない。
 マリオやポケモンの話では「変態さん」たちの輪には入れないのだ。

中国と韓国は「ゲーム繋がり」で接続した

 逆に、その空いた席に滑り込んだのが韓国と中国だった。

 韓国は1997年のIMF危機で大量の失業者が出た際、小資本で開業できるPCバンが全国に乱立した。
 1997年に約100店だったものが1999年には13,000店以上。
 そこに1998年、Blizzardの『StarCraft』が直撃する。全世界売上の3分の1が韓国で売れるという異常事態の中、若者たちはギルドやクラン単位でPCバンに入り浸り、ブロードバンド網の整備が強制的に加速し、高速ネット世帯は1998年の1万4千から2002年には1,040万世帯へ、実に700倍に膨れ上がった。
 若年層が日常的にPCハードとネットワーク設定とトラブルシューティングに触れ続ける環境が、国家規模で出来上がったのだ。
 オンラインゲームでの韓国人の存在感はものすごく大きくなっていった。
 そして、2010年代のネクソンなどの韓国ゲームメーカーの躍進もそういった背景からだった。

 中国はもっと皮肉な経緯を辿る。
 政府が2000年から2015年までコンソール機の製造・販売を禁止したため、ゲーマーたちは必然的に網吧でのPCオンラインゲームに向かった。
 しかも海賊版が横行してパッケージ売りが成立しないから、中国のゲーム企業は基本無料のライブサービス運営モデルを世界に先駆けて極限まで洗練させることになった。
 数千万同時接続を捌くサーバー技術、クラウドインフラ、オープンソース技術の統合——『原神』のmiHoYoやTencent、NetEaseの躍進は、この網吧発のPCオンラインゲーム地獄で鍛えられた技術スタックの結晶であり、彼らはLinuxベースのインフラからオープンソース分散DB、自前のオープンウェイトLLMであるQwenに至るまで、欧米のオープンソース・エコシステムと深く接続しながら猛烈な速度で統合を進めている。
 闇の話をしてしまえば「日本のエロゲーを遊びたい」ために自分たちでローカライズして、P2Pで配布しまくって日本のオタク文化を身に着けた連中が、今の世界のオタクシーンを引っ張っている。
 今の「コンシューマー出身」のドラクエFFマリオポケモンの話しかしない連中よりも、日本のエロゲーで脳を灼かれた中韓のオタクたちの方が私にとっては馴染み深いノリだったりしている。
 そして、そういったノリは『原神』や『ブルーアーカイブ』や『アークナイツ』を通じて日本の若者たちの脳を灼いている。
 コンソール禁止令が結果的に「強制的なPCエコシステムへの参入」として機能したという、歴史の強烈な皮肉である。

 もちろん「それが全部」だとは言わない。
 韓国の半導体は財閥の設備投資戦争の産物だし、中国の躍進には国家資本の暴力的な投入がある。
 PCバンも網吧も、いまやモバイルシフトで衰退の途上だ。日本のPCゲーム市場だってSteamの普及でここ数年は急成長しており、再接続の芽がないわけでもない。
 だが、21世紀に入ってインターネットが普及するとともに、欧米のテック界隈と日本人の距離がどんどん広がって、その間に中国人と韓国人のテック界隈の距離がドンドン縮まっていったのは、私自身が業界の端っこでわりとリアルタイムで見てきたことだ。
 かつて『LOGIN』的な雑誌の周りに群がっていた世界の変態さんたちは、いまNexusModsとSteamコミュニティとGitHubにいて、そこで中国語と韓国語のハンドルネームが増え、日本語のそれが減っていくのを、私は20年かけて眺めてきた。

 インターネットやソフトウェアのテクノロジーは、メーカーや会社員だけで成立しているわけじゃない。
 金とは別の情熱でコードを書き、ゲームを解体し、ドライバをリバースエンジニアリングする変態たちのネットワークこそが本体であり、そこに接続しているかどうかが国のテック競争力を静かに規定する。
 日本はコンシューマーゲームの黄金時代と引き換えに、その接続を手放した。誰かに奪われたのではない。快適な完成品を消費することを選んで、自分から降りただけの話だ。
 政府やメーカーの動きだけを見て、ここに資本や人材を投入すれば日本のテクノロジーが復活するわけがない。
 本当に育成すべきはゲームやPCを分解して、壊したり修理したりしながら構造を覚えて、やがて自分がエンジニアリングできる環境だ。
「完成品」を与えるだけでは人は育たない。
 解体と修復の面白さを教える場所と教育が、今の日本が必要としてるものだと思っている。

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