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「ケルンの夜、八ヶ岳の静けさ」

土曜日、映画館に向かう行きと帰りの車の中で、『ケルン・コンサート』を聴いた。

すでに何度も聴いているはずなのに、あの音は、なぜかいつも少し違って聞こえる。ボリュームをあげた。

映画は、『1975年のケルン・コンサート』。

映画を観終えたあとも、その余韻は消えなかった。

翌朝、キース・ジャレットの『ゴルトベルク変奏曲』が聴きたくなった。レコード棚から取り出すと、ECMのあの静かな佇まいのレコードアルバムのジャケットが、ひときわ美しく感じられた。

あの音楽が生まれた背景を思うと、不思議な気持ちになる。

キース・ジャレットは、当時コロムビアにとって扱いにくい存在だったのだろう。純粋なジャズをやらない。形式に収まらない。市場の期待に応えない。結果として契約は終わる。

だが、その「逸脱」こそが、あの夜へとつながっていく。

彼を受け入れたのは、ドイツのECMだった。まだ若いレーベル。けれどそこには、音を商品ではなく空間として捉える、明確な美学があった。その出会いが、1975年のケルンを記録することになる。

実はこのあたりは、僕の勝手な想像だ。
だが、そう想像してしまうほどに、この音楽は必然に満ちている。

映画『1975年のケルン・コンサート』では、触れられていない。コロムビアとうまくいっていない。ヨーロッパを場として選ぶキースとマネジャー。
そして、その『ケルン・コンサート』が、後にジャズのソロ・アルバムとして史上最も売れた作品になるなど、その時点では誰も想像していなかったはずだ。

もしコロムビアに留まっていたら、あの演奏は生まれなかったかもしれない。あるいは、まったく別の形になっていたはずだ。大きなレーベルに見切られ、小さなレーベルに拾われる。その逆転のなかで、音楽の純度だけが残った。

『ケルン・コンサート』を聴いていると、どうしてもグレン・グールドのことを思い出す。

まったく異なる場所にいるはずの二人だが、どこか似ている。演奏のなかで、声が漏れる。音楽に没入しすぎた人間だけが発する、あの制御不能な響き。

しかし、その先で二人は分かれる。

グールドは、楽譜を起点に音楽の内部へ潜っていく人だった。だがそれは、楽譜に従うというよりも、そこから自分自身の音楽を再構築する行為に近い。テンポも構造も、自らの意志で組み替えていく。

一方でキースは、その場で音楽を生成する。形式から自由であり、むしろ形式を越えることで音楽に近づこうとする。

どちらも、与えられた形をそのまま提示することには、あまり興味がない。

交わるはずのない二人。

だが、八ヶ岳で録音された『ゴルトベルク変奏曲』において、キースはまったく別の姿を見せる。ハープシコードを弾き、即興を封じ、与えられた構造の中に身を置こうとする。そして、不思議なことに、あの声は聞こえてこない。

あれほどまでに溢れていたものが、完全に消えている。

グレン・グールドは、ハープシコードではなくピアノで、しかもペダルを排しながら『ゴルトベルク変奏曲』を弾いた。楽譜を起点としながらも、それを自らの音楽へと再構築し、世界を驚嘆させた。

それに対してキース・ジャレットは、ピアノではなくハープシコードを選び、即興を封じ、与えられた構造の中に身を置こうとする。

音楽を作り替えてしまう者と、あえてそこに従おうとする者。

その対比は、同じ作品を前にしながら、まったく異なる深さへと向かっているように感じられる。

普段、音楽を生み出してしまう側の人間が、あえてそこに従おうとする。その緊張が、あの静けさを生んでいるように感じる。

その静けさの奥に、もうひとつ共通するものがある。

それは、聴衆との距離だ。

グールドはコンサートを捨てた。聴衆という存在そのものを外してしまう。一方でキースは舞台に立ち続けるが、そこに求めるのは共感ではなく、徹底した静寂だ。聴衆は、ただ音の発生に立ち会う存在へと変えられる。

否定しているのではない。

ただ、前提にしていないのだ。

音楽がまずあり、人間はそのあとに来る。その順序を守ろうとするとき、聴衆はしばしば置き去りにされる。

だが、その冷たさの奥にあるのは、音楽に対する過剰なまでの誠実さなのかもしれない。

ケルンの夜に鳴った音と、翌朝に聴いた『ゴルトベルク変奏曲』。

そのあいだに流れているのは、同じ一人の音楽家の、まったく異なる深さだった。

その静けさは、朝、墨を磨る時間を、ただ豊かで、神聖な瞬間に変えた。

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