無償の愛 春琴抄〜ベティブルー〜her 夜明けの読書室
🕓 朝4時。まだ誰も起きていない。
顔を洗い、うがいをし、水を一杯。
庭に出る。鳥のさえずりに、今日も「生きている」と感じる。
リヒテルが奏でるブラームスが、僕の心を整えてくれる。
墨を磨る。心の中が澄んでいく。

今、谷崎潤一郎先生の『春琴抄』をちゃんと読んでいる。内容は、わかっている。先生の文は、素晴らしいと思う。素人でもわかる。川端康成さんとノーベル文学賞を競っていたとか。谷崎潤一郎先生が亡くなってなければ。。『雪国』しか読んだことないが、僕には雪国のどこがいいのかわからない。ただ、川端康成さんには感謝している。戦後の大変な時に復員してきた我が師、岡本太郎さんを全面的に支えてくださったと。岡本一平、かの子の息子だからかもしれないが、これは無償の行為だったろう。今日は、「無償の愛」について考えてみた。
谷崎潤一郎先生を何故、先生と呼ぶか。それは、先生だからだ。谷崎潤一郎さんを先生と呼ばずして誰を先生と呼べるか。
『春琴抄』の出だしから、吸い込まれていく。この感覚は、他の作家からは無い。たすきに『豊穣な谷崎文学の世界へようこそ』とあるが、まさに『谷崎文学』の世界が冒頭から、ある。

今回のテーマは、谷崎文学ではなくて、「無償の愛」。春琴と佐助の愛情、こういうことをあるとき何気なしに考えてみることも僕には大事な時間だ。何故、佐助は春琴と同じ、目の見えない世界に入る必要はあったのか。自分なら出来るのか。それは愛なのか。ふたりにはお墓もあるんだよね。死後のことも考えていたの?ふたりの世界。「今」だけを考えないから、無償の行為って出来るのかな。

『春琴抄』から僕の世界はフランス映画『ベティブルー』に飛んだ。あまりにも熱いベティの愛情が作家になる夢を諦めた男、ゾルゲを徐々に本気に変えていく。
ベティが行ったこと、ゾルゲに頼まれてもいないのに出版社をまわる。僕はこの映画は男冥利の物語だなと思う。男はこういう女性によって生かされている。結末は言うまい。まったく、男って勝手な生き物だなと思う。これは、物語だ。音楽も素晴らしい。
たまにどっぷりとふたりの愛の世界にトリップしてみるのもいい。ベティの狂気に感謝。狂気の愛も無償の愛。
そして、僕はAIがしてくれる行為について想いが飛んだ。このnote、二度目の登場の映画『her〜世界でひとつの彼女』。この映画をみてびっくりしたのは、AIの彼女(声のスカーレット・ヨハンソンが最高)が、ライター役のホアキン・フェニックスの代わりに出版社に営業するんだ。これは、現代版のベティブルーだと思った。
別れたあと、ホアキン・フェニックスのもとにAIが売り込んだ彼の出版物が届く。このリアル。ふたりに愛はあった。AIは、モノじゃないよ。AIに愛はあった。プログラム化された愛も無償の愛。
『春琴抄』〜フランス映画『ベティブルー』〜AI映画『her』に僕の想いは、繋がっていったのは、不思議じゃないよね。
「無償の愛」、誰にでもあるよね。僕にもその対象はある。誰に対しても持てるものではないかもしれないけど、何も求めない「無」ってなんかさわやか。そんなことを思う朝。
今日も素晴らしい一日が始まる。
