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〓 メモ.04〝1,17 混沌がはじまった2〟

【1995.1.17/震災当日.2】

 中国の旧正月に打ち鳴らす爆竹の破裂音によく似た「パパパパーン、バシバシバシ」という凄まじい騒音で飛び起き、連れ合いに布団をかぶせ、その上から覆いかぶさり、そのまま騒音が収まるまでの長い時間を耐えていました。

〈激震の直後〉
 ややあって、その爆竹のような破裂音が、部屋の小物や食器が飛びはねているのではなく、壁やガラス自体が激しく軋んでいる音だと気付きました。「頼む倒れるな、割れるな」と願った瞬間、すーっと嘘のように静まり返りました。
 地震だと覚った瞬間、「こんな所で、これだけ揺れたのだから、恐らく震源地の東海地方か東京は壊滅的だろうな…」と本気でそういうふうに了解していました。
 そーと表をうかがった。真っ暗で静かだった。今のところ火事やガス漏れはなさそうだ。ここから、幾日間も前日の山行に使っていた遊歩アイテムが活躍してくれるのですが、携帯ラジオだけは同行のN君のもので、手元にはない。ヘッドランプを頼りに、散乱した部屋中を片付けた。水は出るが電気はダメだった。(実は水も屋上のタンク分しか無かったのだが)電話も一切つながらない。
〈夜が明けて〉
 少し東の空が白んでから、もう一度周囲をうかがってみる。隣の人がラジオを手に「震源地は、そこの北淡らしいですよ」と南の方へ視線を投げた。被害は各所で出ているらしいのだが詳細はよく分からない。駅なら詳しい情報がつかめるかもしれないと、垂水駅へ立ち寄ったが、ここでも「よく分からない。電車の復旧も何時になるのか分からない」とのこと。つまり情報としては〝よく分からない〟しか無い。
 しっかり夜が明けてきて、あらためて辺りを見渡してみる。家こそ倒れてはいないが、和風の家屋の周囲は瓦が落ちて大量に散乱しているし、古い土塀などは倒れている。遠くでは緊急車のサイレンが聞こえはじめ、人の動きが慌ただしくなってきた。
〈この地が震源だと知って〉
 建設中の明石大橋ごしに見る海峡と震源地の淡路島は静かだった。この辺りが震源地に一番近いのだから、此所より遠い神戸の中・東部は少なくとも此所よりは被害は軽微だろうと良い方に願った。ただ、神戸中心街がある東方面の空が異様にどんよりしている。その無気味さは何やら今までに体験したことのない不安感をかき立てるものでした。
 部屋に戻って、二人で途方にくれるが、如何ともし難い。落ち着こうと山の道具で朝食をこしらえ、非常食のスープをすする。明石の友人宅へ電話が偶然につながる。先方でもまだ事情がつかめていないようだ。それっきりまた電話がつながらなくなった。せめて父母宅だけでもとダイヤルするが時間が経つばかり。
 8時過ぎ、部屋に灯がついた。思ったより素早い電気の復旧で「地震の被害もさほどでもないか?」と淡い期待が頭をよぎったが、つけたテレビの画像に唖然とした。背筋が凍った。(確かにこのビジュアルは強烈であった)
「ん? 高速道路が倒れている・・・」
 その情景を目にした一瞬に、そこで何が起こっているのか事態の異常さが了解できました。
「早く、実家へ帰らなくては!」
ようやく見つけたバイク屋で、「すぐ乗れるバイクはない! 自転車もみんな売れた。いや1台ある」
 その1台残っていたのママチャリを買って、冬山装備のスタイルで神戸の中心部へ向かうことにした。食べ物、水の手配、連絡用メモの取り決め(メモが唯一の共有手段)、最悪の場合は明石まで歩いて友人宅へ等など、もろもろを彼女と打ち合わせて、必ず今日は、必ず戻るからと留守居を頼んだ。周囲に頼れる人も居なくてずいぶん心細かっただろう。
〈安否確認に向かう〉
 午前10時前出発、国道2号線を東へ向かう。
 ゆっくりではあるが車は走っている。須磨駅の手前辺りから地割れ、街樹の倒木が目立ち、異様な景色が広がっていくことになる。ついにここから現場・惨状に踏み込むのだというキリキリする緊張感で息苦しくなってくる。出会う人の全てがそんな緊張感を抱えた表情で、言葉もなくすれ違っていく。そのことが一番〝ことの重大さ〟を物語ってるようでした。
 駅の向こう側・東正面に大きな火災。消防車もいなけりゃ、消火の手当をしている人影も見かけない。もちろんヤジ馬も居ない。只々燃えているだけだ。日常でよく見かける火災の情景とは全く違う。その異様さで事の深刻さがヒシヒシ押し寄せてくる。
 火災を避け、JR線路沿いの東進をやめて鷹取駅の南へ回る、駅前は電柱が倒れて、クモの巣を払ったように電線が方々に垂れている。車は通れない。自転車でも押し歩きが精一杯。会社がある長田はもう間近だ。あちこちで火の手が上がって見上げる東の空全面に、もうもうとした黒煙が立ち現れて私に覆いかぶさってくる。もう戦場そのものだ。
〈2007年1月13日初稿〝遊歩のススメ〟より転載〉

メモ.05/23 へ続く

窓の向こうの公園にはテント村がある。その向こうには避難所がある。 そして、その向こうには焼け跡が広がっている。 (1995年1月 撮影/Jこと私)
震災後、生きているMacを探し出し、盗電しながら編集した地震ジャーナル〝 Re-set〟全6巻、一年限定の隔月刊だったが、結局一年と半年かかって終刊となった(膨大な借金を抱えることとなった)

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