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きんつばは、なぜこんなに静でありながらおいしいのか。金鍔の歴史と、いま食べたい老舗の5選

きんつば、という和菓子があります。

派手ではありません。
クリームがあふれるわけでも、断面に果物が咲くわけでもない。
焼き菓子と呼ぶにはあまりに静かで、羊羹と呼ぶには少しだけ軽い。
饅頭のようにふくらまず、どら焼きのように生地が前へ出ることもない。

ほとんど、あんこです。

けれど、その「ほとんど、あんこ」であることが、きんつばのいちばん大きな魅力なのだと思います。

小豆の粒が見える。
薄い衣が、ほんの少しだけ焼けている。
口に入れると、まず小豆の輪郭があり、そのあとに砂糖の甘さがゆっくりほどける。
皮は主張しすぎず、でも、あるのとないのとではまったく違う。

きんつばは、あんこを閉じ込める菓子ではなく、あんこに静かな輪郭を与える菓子なのかもしれません。

今回は、そんなきんつばについて、少しだけ深く見ていきます。
名前の由来、銀鍔から金鍔への変化、丸いきんつばと四角いきんつばの違い。
そして、いま食べてみたい老舗のきんつばを5つ選びました。

「きんつばって、地味なお菓子でしょう」と思っている人ほど、少しだけ付き合ってもらえたらうれしいです。
たぶん、次に和菓子屋の店先で見かけたとき、前よりも少し立ち止まりたくなると思います。




きんつばとは、あんこを焼くための菓子である

きんつばは、一般には、小豆餡に小麦粉などで作った薄い衣をまとわせ、鉄板や銅板の上で焼いた和菓子です。語源由来辞典では、きんつばを「小麦粉の薄い皮で餡を包み、鉄板の上で焼いた和菓子」と説明しています。現在は四角い形を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、もともとは日本刀の鍔のような丸く平たい形だったとされます。

ここでおもしろいのは、きんつばが「包む」菓子でありながら、実際にはあまり包んでいる感じがしないことです。

饅頭は、皮が餡を包みます。
最中は、香ばしい皮が餡をはさみます。
どら焼きは、ふっくらした生地が餡を抱えます。

でも、きんつばの皮はとても薄い。
餡を隠すというより、餡の表面に焼き目を与えるためにある。
だから、食べていると、皮と餡の境目がどこか曖昧です。焼き菓子なのに、焼いた香ばしさは控えめで、主役はあくまで小豆。ここに、きんつばの静けさがあります。

羊羹ほど密度が高くない。
おはぎほど日常に寄りすぎない。
饅頭ほど丸くやわらかくない。
きんつばは、そのどれでもない場所にいます。

四角く切られた餡のかたまりに、薄い衣をつけ、六面を焼く。
それだけのようでいて、実はそこに、和菓子としての設計思想がかなりはっきり出ています。

あんこを、あんこのまま食べさせる。
でも、ただの餡ではなく、菓子として手渡せる形にする。

きんつばは、そのための最小限の発明だったのではないかと思います。

現在では四角いきんつばが一般的ですが、榮太樓總本鋪の名代金鍔は、江戸時代の姿形を伝える平たい丸型。名前に残る「鍔」のかたちを、いまも見ることができます。【出典】榮太樓

「金鍔」の前に、「銀鍔」があった

きんつばは、漢字で「金鍔」と書きます。
鍔とは、日本刀の刀身と柄のあいだにある、あの丸い金具のことです。

この名前だけでも、少し不思議です。
なぜ、あんこの菓子に刀の部品の名前がついているのか。

その理由は、古いきんつばの形にあります。
いま私たちがよく見るきんつばは四角いものが多いですが、昔のきんつばは丸く平たい形だったとされます。その姿が刀の鍔に似ていたことから、「鍔」という名がついたと考えられています。

ただし、最初から「金鍔」だったわけではありません。
もともとは「銀鍔」と呼ばれていたとされます。

語源由来辞典では、1600年代末に京都で、うるち米の粉を皮にして赤小豆の餡を包んで焼いたものが登場し、その色と形から「銀鍔」と呼ばれていたと説明されています。それが江戸に伝わった際、「銀よりも金だ」という感覚もあって「金鍔」となり、皮も小麦粉に変わったとされます。

この変化が、なんともいい。

京都で「銀鍔」と呼ばれていたものが、江戸に移って「金鍔」になる。
銀から金へ。
米の粉から小麦粉へ。
丸い菓子は、名前を変えながら、都市の気分をまとっていく。

もちろん、由来には諸説があります。
でも、和菓子の名前には、しばしば味だけではなく、その時代の縁起や洒落、町の空気が残っています。

「銀より金のほうが景気がいい」
そういう単純さも含めて、江戸らしい気がします。

和菓子は、ただ甘いだけではありません。
名前があり、形があり、売られた場所があり、それを買った人たちの気分があります。

きんつばという名前には、刀の鍔のかたちと、京都から江戸へ渡った菓子の移動と、銀から金へと言い換えた人たちの縁起担ぎが、薄く重なっているのです。


丸いきんつばと、四角いきんつば

では、いま私たちがよく見る四角いきんつばは、いつごろ広まったのでしょうか。

ここで重要になるのが、神戸の本高砂屋です。
本高砂屋は、公式サイトで「元祖四角『高砂きんつば』」と紹介しており、100年以上にわたり職人がひとつひとつ手焼きしていると説明しています。北海道産小豆を使い、小豆本来の旨みを引き出すことや、独自ブレンドの小麦粉を使って焼くことも紹介されています。

四角いきんつばは、とても合理的な形です。

餡を固める。
四角く切る。
六面に衣をつけて焼く。

丸い金鍔が、刀の鍔の見立てから生まれたものだとすれば、四角いきんつばは、より「菓子として整える」方向へ進んだ形に見えます。

四角いから、箱に詰めやすい。
切り分けやすい。
焼く面がはっきりしている。
断面に小豆の粒が見える。
手土産としても、きちんとして見える。

でも、四角くなっても、きんつばの本質は変わっていません。
あんこを主役にすること。
皮を薄くすること。
焼き目をほんの少しだけ添えること。

むしろ四角くなることで、きんつばは「あんこの建築物」のようになったのかもしれません。

羊羹ほど閉じていない。
でも、餡がきちんと形を保っている。
表面だけが焼かれていて、内側には小豆の水分が残っている。

外側の薄い焼き目と、内側の餡のしっとり感。
この差が、四角いきんつばの魅力です。

本高砂屋の「高砂きんつば」。四角い餡の六面を焼くことで、薄い衣と小豆の粒感が端正に立ち上がる。【出典】本高砂屋

きんつばは、なぜ「静かに」おいしいのか

きんつばのおいしさは、わかりやすい強さではありません。

バターの香りで押してくるわけではない。
クリームの濃厚さで満たすわけでもない。
果物の酸味や彩りで驚かせるわけでもない。

きんつばのおいしさは、もっと静かです。

まず、小豆です。
小豆の粒が、きちんと残っている。
口の中で、粒がほどける。
そこに砂糖の甘さがあるけれど、甘さだけでは終わらない。豆の皮のかすかな渋みや、炊き上げた餡の水分がある。

次に、皮です。
皮は薄い。
でも、その薄さが大事です。

皮が厚ければ、饅頭に近づいてしまう。
皮がなければ、ただの餡になってしまう。
きんつばは、そのぎりぎりのところで成立しています。

小豆のかたまりに、ほんの少しだけ外側を与える。
焼くことで、餡の表面に香ばしさと緊張感を与える。
それだけで、餡は「菓子」になります。

たぶん、きんつばは、あんこ好きにとってかなり正直な菓子です。

ごまかしがききにくい。
生地で覆えない。
クリームで飾れない。
小豆の炊き方、甘さ、粒の残し方、皮の薄さ、焼き加減。
それらが、静かにそのまま出てしまう。

だから、きんつばは地味なのではなく、むしろ裸に近い和菓子なのだと思います。


いま食べたい老舗のきんつば5選

ここからは、いま食べてみたい老舗のきんつばを5つ紹介します。

ただし、これは「全国ランキング」ではありません。
きんつばには、江戸の丸型、金沢の茶の湯文化、神戸の角型、大阪の街場の甘味、浅草の下町の菓子というように、それぞれ違う背景があります。

だからここでは、単純に順位をつけるのではなく、
きんつばという菓子の見え方が広がる5店
として選んでいます。


1. 榮太樓總本鋪「名代金鍔」——江戸の姿をいまに残す、丸い金鍔

きんつばの歴史を考えるなら、榮太樓總本鋪の「名代金鍔」は外せません。

榮太樓總本鋪の公式オンラインストアでは、名代金鍔について「小豆本来の風味を生かした餡を小麦の薄い皮で包み、平たい丸型に焼き上げる」と説明しています。さらに「江戸時代の姿形と製法を今に伝える、榮太樓の金鍔」と紹介されています。

ここで注目したいのは、やはり「丸型」であることです。

現在よく見るきんつばは四角いものが多い。
でも、名前の由来をたどると、もともとは刀の鍔のような丸い形だった。
榮太樓の名代金鍔は、その記憶をいまも残しているように見えます。

四角いきんつばに慣れていると、丸い金鍔は少し不思議です。
どこか饅頭に近いようで、でも饅頭ではない。
平たく、薄く、焼かれている。
金鍔という名前が、ただの記号ではなく、形として立ち上がってくる。

きんつばを知る入口として、榮太樓の名代金鍔はとてもよいと思います。
「ああ、きんつばって本来こういう名前だったんだ」と、形から理解できるからです。


2. 中田屋「きんつば」——金沢で、きんつばは小豆の美しさになる

きんつばと聞いて、中田屋を思い浮かべる人も多いと思います。

中田屋は昭和9年創業。公式サイトでは、金沢を「京都、松江とならぶ和菓子どころ」と位置づけた上で、昭和9年の創業以来、伝統の味と製法を守りながらきんつばを作り続けてきたと説明しています。

中田屋のきんつばで印象的なのは、小豆の存在感です。

公式サイトでは、北海道産の大納言小豆を使用していること、普通の小豆より大粒で煮崩れしにくく、糖分が多く味もしっかりしているため、粒あんにこだわる中田屋に適していることが説明されています。

きんつばは、餡が見える菓子です。
だから、小豆の粒が美しいことは、そのまま菓子の印象になります。

中田屋のきんつばは、金沢という土地のイメージとも相性がいい。
茶の湯、和菓子、手土産、端正な箱。
どこか凛としていて、でも堅すぎない。

金沢の和菓子文化は、色や形の華やかさを持つものも多いですが、中田屋のきんつばは、その中でかなり静かな存在です。
それでも印象に残るのは、小豆そのものを美しく見せる力があるからだと思います。

一粒一粒の小豆が、四角い形の中に並んでいる。
その小さな粒の集合が、ひとつの菓子として整っている。

きんつばが「あんこを味わう菓子」だとするなら、中田屋はその王道にかなり近い場所にあります。


3. 本高砂屋「高砂きんつば」——四角いきんつばの端正さを味わう

四角いきんつばを語るなら、本高砂屋の「高砂きんつば」は重要です。

本高砂屋は公式サイトで、元祖四角「高砂きんつば」について、焼き立てのおいしさにこだわり、100年以上にわたり職人がひとつひとつ手焼きしていると説明しています。

丸い金鍔が、名前の由来を感じさせる菓子だとすれば、四角いきんつばは、造形としての完成度が魅力です。

四角く固めた餡。
六面に薄い衣。
それぞれの面に焼き目。
角があり、面があり、断面がある。

本高砂屋の高砂きんつばは、その「四角いきんつば」の気持ちよさを味わう菓子だと思います。

公式サイトでは、北海道産小豆を手選別し、甘すぎず、ふっくらとした小豆本来の旨みを引き出すこと、また小豆を炊き上げる水の硬度や、独自ブレンドの小麦粉にもこだわっていると紹介されています。

きんつばは、材料がシンプルなぶん、細部が味に出ます。

小豆。
砂糖。
寒天。
小麦粉。
水。
焼き。

だからこそ、老舗のきんつばには、それぞれの店の考え方が出るのだと思います。

本高砂屋の高砂きんつばは、神戸らしい端正さがあります。
江戸の丸型とは違う、近代の和菓子としての整い方。
箱に収まり、贈答にも向き、それでいて職人が一つずつ焼く手仕事の気配が残っている。

四角いきんつばを「ただの四角いあんこ」と思っていたなら、一度ここで立ち止まりたいです。
この形には、この形になった理由があります。


4. 浅草 徳太樓「きんつば」——浅草の奥にある、甘さ控えめの静けさ

浅草の徳太樓も、きんつば好きなら気になる店です。

徳太樓の公式オンラインショップの説明では、創業明治36年、浅草観音裏にある和菓子屋で、甘さを控えた「きんつば」や「お赤飯」「どら焼き」など、四季折々の和菓子を扱う店と紹介されています。

浅草という土地に、きんつばはよく似合います。

観光地としての浅草は賑やかです。
雷門があり、仲見世があり、人形焼や雷おこしもある。
でも、浅草にはもう少し奥まった、静かな顔もあります。
観音裏、花街、料亭、職人、昔からの菓子屋。

徳太樓のきんつばは、その「奥の浅草」の菓子として見たくなります。

甘さを控えたきんつば。
派手ではないけれど、地元の人が手土産にするような菓子。
日々の中で、ちゃんとおいしいもの。

きんつばは、観光土産にもなりますが、もともとはもっと日常の近くにあった菓子なのだと思います。
店の近くに暮らす人が買う。
誰かの家へ持っていく。
お茶と一緒に出す。
食後にひとつ食べる。

徳太樓のきんつばには、そういう距離感があります。

「名物」として大きく構えるよりも、浅草の時間の中に自然に置かれている。
そこが、とてもいい。


5. 出入橋きんつば屋「きんつば」——大阪の街に残る、日常のきんつば

最後に、大阪の出入橋きんつば屋を入れたいです。

Osaka Metroの「オオサカマニア」では、出入橋きんつば屋について、昭和5年の創業時より変わらぬレシピで「きんつば」を提供している店と紹介しています。甘さ控えめで小豆の自然な味が感じられ、いくつでも食べられる飽きのこないおいしさ、とも説明されています。

大阪できんつば、という響きには、東京や金沢とはまた違う親しみがあります。

手土産というより、おやつ。
老舗だけれど、気取らない。
店で食べてもいいし、持ち帰ってもいい。
箱入りで買って、誰かに渡してもいい。

出入橋きんつば屋の魅力は、きんつばが「街の菓子」であることを思い出させてくれるところです。

和菓子は、ときどき格式の中に置かれます。
茶席、贈答、老舗、季節の意匠。
もちろん、それも大事です。

でも、和菓子にはもう一つ、街のおやつとしての顔があります。
仕事の合間に食べる。
帰り道に買う。
家族に持って帰る。
お茶の横に、何気なく置く。

出入橋きんつば屋は、その顔を残しているように見えます。

きんつばは、派手な菓子ではありません。
でも、だからこそ、街の日常に残ることができたのかもしれません。


きんつばを食べるとき、どこを見ると楽しいか

せっかくきんつばを食べるなら、少しだけ見る場所を変えてみると楽しいです。

まず、形を見る。
丸いのか、四角いのか。
四角いなら、角はきっちりしているのか、少しやわらかいのか。
表面の焼き色は薄いのか、香ばしくついているのか。

次に、小豆を見る。
粒が大きいのか、小さめなのか。
粒がしっかり残っているのか、餡としてなめらかにまとまっているのか。
切ったときに、豆の表情が見えるか。

そして、皮を見る。
皮は薄いか。
もちっとしているか。
香ばしいか。
餡と一体化しているか、それとも皮としての存在感があるか。

最後に、甘さを見る。
強い甘さなのか。
控えめなのか。
豆の味が残る甘さなのか。
お茶と合わせたときに、どう変わるのか。

きんつばは、静かな菓子です。
でも、静かな菓子ほど、見る場所を変えると細かい違いが見えてきます。

同じ「あんこを焼いた菓子」なのに、店ごとにずいぶん違う。
江戸の丸型、金沢の粒感、神戸の角型、浅草の控えめな甘さ、大阪の街場のおやつ。
それぞれのきんつばには、それぞれの時間があります。


きんつばは、あんこの輪郭を味わう菓子なのかもしれない

きんつばを食べていると、和菓子の中でもかなり不思議な場所にある菓子だと感じます。

華やかではない。
でも、退屈ではない。
素朴だけれど、雑ではない。
小さいけれど、満足感がある。
甘いけれど、小豆の味が残る。

何より、きんつばは「あんこそのもの」に近い。

でも、完全にあんこそのものではありません。
そこに薄い皮がある。
焼き目がある。
形がある。
手に持てる。
箱に入れられる。
誰かに渡せる。

この少しの差が、きんつばを菓子にしています。

あんこを、あんこのままではなく、ほんの少しだけ整える。
その整え方が、きんつばなのだと思います。

だから、きんつばは静かにおいしい。
大きな声で主張しない。
でも、食べるとちゃんと残る。
小豆の粒、薄い皮、焼き目、名前の由来、店の歴史。
それらが、口の中でゆっくり重なっていく。

次に和菓子屋で見かけたら、ひとつだけ買ってみてください。
できれば、少し濃いめのお茶と一緒に。
そして、まず表面を見て、小豆を見て、ゆっくり食べる。

たぶん、きんつばは思っているよりも、ずっと静かで、ずっと奥行きのある菓子です。


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