【老舗和菓子探訪】薄氷は、現代和菓子になると富山の光になる。五郎丸屋「薄氷」「T五」「木.林」の静かな進化
富山の和菓子には、強く語りかけてこないものがあります。
大きく驚かせるわけでも、濃い甘さで印象を残すわけでもない。けれど、その姿や口どけについて知るほど、北陸の雪解けや、早朝の田んぼに張る薄い氷、春を待つ時間のようなものが浮かんできます。
富山県小矢部市石動に店を構える、薄氷本舗 五郎丸屋。
宝暦2年、1752年から続くこの店を代表する菓子が、銘菓「薄氷」です。
薄い。軽い。白く、形はどこか不揃いで、余計な装飾がない。
江戸時代に生まれた菓子でありながら、その佇まいは、現代の感覚から見ても驚くほど簡潔です。
そして五郎丸屋は、薄氷を昔のまま守るだけではなく、その美意識を「T五」という五味五色の干菓子へと開いてきました。
さらに、素材も製法も異なる和風メレンゲ「木.林」からは、軽くほどける菓子を探し続ける、もうひとつの現在地が見えてきます。
三つの菓子は、同じものではありません。
けれど、その奥には、共通する感覚があります。
それは、小矢部の風景をできるだけ削ぎ落とし、口どけのなかに残すことなのかもしれません。

石動に生まれた、季節の境目の菓子
五郎丸屋が店を構えるのは、富山県小矢部市の石動です。
「石動」と書いて「いするぎ」と読みます。
石動は旧北陸街道と倶利伽羅峠を控え、宿場町として栄えてきた土地です。北陸の交通と往来を支えた町でありながら、その周囲には水田や山々の風景が広がっています。
五郎丸屋が創業したのは、宝暦2年、1752年。
看板菓子の薄氷も、同じ年に五代目・五郎丸屋八左衛門が創製したと伝えられています。
その由来は、北陸の春先の風景にあります。
深い雪がようやく解け始める如月、弥生の早朝。水田や水たまりの表面に、今にも割れそうな薄い氷が張る。
冬はまだ完全には去っていない。けれど、春はすぐそこまで来ている。
薄氷が写しているのは、氷そのものというより、冬が消え、春が現れ始める、その境目なのかもしれません。
和菓子は、自然の風景を小さな形へ移してきました。
桜、月、雪、水、草木。
けれど薄氷が菓子にしたのは、目に見えるものだけではありません。
朝になれば現れ、日が差せば消えてしまう。形を保つ時間の短い、一瞬の状態です。
自然のかたちだけでなく、季節が動く時間まで菓子へ移そうとしたところに、薄氷の繊細さがあります。

薄さは、形ではなく味わい方である
五郎丸屋の公式情報によれば、薄氷には富山特産のもち米「新大正米」が使われています。
米を薄い煎餅状に仕上げ、その表面に阿波産の和三盆を一枚ずつ刷毛塗りしていく。
白い表面にわずかな濃淡が見えるのは、人の手で和三盆を重ねているためです。
薄氷は、ただ薄い形をした菓子ではありません。
見たときの薄さ。持ったときに想像される壊れやすさ。そして、五郎丸屋が「口の中でスッと溶け、和三盆の風味が残る」と説明する口どけ。
薄さが、外見だけでなく、菓子を味わう一連の時間につながっています。
五郎丸屋は、自らの菓子作りについて、小矢部の自然の色や形、手触りを菓子へ映し、原材料、工程、デザインから不要なものをできるだけ削ぎ落とす姿勢を示しています。
薄氷の簡潔な姿は、その考え方を象徴しているように見えます。
足して豪華にするのではなく、削ることで風景へ近づいていく。
甘さを強く押し出すのではなく、口の中からなくなっていく過程に意識を向けさせる。
薄氷の薄さは、単なる形の特徴ではありません。
持つ、割れる、溶けるという体験そのものを設計しているのです。
格式だけでは、二百七十年は残らない
薄氷は、地域の菓子として親しまれてきただけではありません。
五郎丸屋によれば、藩政時代には献上菓子として扱われ、明治以降は宮内省の御用を受け、茶道界でも評価されてきたといいます。
こうした来歴を知ると、薄氷は格式ある銘菓として見えてきます。
もちろん、その評価は、長く作り継がれてきた理由のひとつでしょう。
けれど、献上されたことや、権威ある場で用いられたことだけで、菓子が二百七十年以上にわたって残るとは限りません。
薄氷の強さは、その格式だけでなく、解釈を固定しすぎない姿にもあるのではないでしょうか。
原点にあるのは、富山の水田に張る一枚の氷です。
しかし、完成した菓子には、写実的な水田も、雪山も描かれていません。
白く、薄く、不定形な姿があるだけです。
だからこそ、見る人はそこに、雪、氷、雲、霜、光といった、それぞれの風景を重ねることができます。
薄氷が長く残った理由は、すべてを語り切らず、時代ごとの感性が入り込める余地を持っていたからかもしれません。
古い菓子でありながら、古い意味に閉じ込められていない。
その抽象性が、薄氷を現代へ開く土台にもなっています。
「T五」は、薄氷を五つの感覚へ開いた
五郎丸屋の現在を考えるうえで欠かせないのが、「T五」です。
T五は、薄氷をもとに、「現代に愛される一品」として作られた干菓子です。
五郎丸屋は、国産の天然素材を使い、五つのTONE、つまり色合いと、五つのTASTE、つまり味わいを表現した菓子として紹介しています。
味は、桜、抹茶、柚子、和三盆、胡麻。

『T五』は、薄氷を現代の光に変えた
五郎丸屋の現在地を語るうえで、外せないのが『T五』だ。
『T五』は、『薄氷』をベースに生まれた現代的な干菓子である。五郎丸屋の公式サイトでは、「現代に愛される一品を」と生み出されたものと説明され、国産の天然素材を使って、5つのTONE、つまり色合いと、5つのTASTE、つまり味わいを表現しているとされている。
味は、桜、抹茶、柚子、胡麻、和三盆。
五味五色の構成だ。
富山県観光公式サイトでは、『T五』について、塩味・苦味・酸味・甘味・滋味という味覚の基本を、さくら・抹茶・ゆず・胡麻・和三盆の五つの風味に重ねた菓子として紹介している。
ここが、とても面白い。
『T五』は、単に『薄氷』をカラフルにした菓子ではない。
色が増えたことで、むしろ『薄氷』の本質が見えやすくなっている。
『薄氷』が写していたのは、雪解けの朝の一瞬だった。
それに対して『T五』は、春、草木、陽光、冬のぬくもり、土用の気配を、五つの色と味に分けて見せている。
一枚の薄氷に閉じ込められていた風景が、五つの光に分かれる。
白の静けさが、桜色、緑、黄色、白、黒へと展開する。
古典的な干菓子が、現代のギフトとしても成立するデザインへ変わる。
この変化は、かなり大きい。
けれど不思議なことに、『T五』は老舗の伝統を壊している感じがしない。
むしろ、『薄氷』の美意識を、現代の人にも届きやすい形に翻訳しているように見える。
五郎丸屋の公式サイトによれば、『T五』は2013年に観光庁主催の「世界にも通用する究極のお土産」に選定され、2014年にはThe Wonder 500に選定、2017年には全国菓子大博覧会で名誉総裁賞を受賞している。
この評価は、『T五』が単なる派生商品ではなく、五郎丸屋の現代性を象徴する菓子として受け止められてきたことを示している。

この五つの色と味には、それぞれ自然や季節のイメージが重ねられています。
五郎丸屋は、桜を雪国の春の喜び、抹茶を樹々や草の息吹、柚子を陽の光の恵み、和三盆を雪国の冬のぬくもり、胡麻の黒を季節の合間である土用に重ねています。
つまりT五は、薄氷を単にカラフルにした菓子ではありません。
一枚の薄氷に閉じ込められていた自然の気配を、五つの色と味に分け、見える形へ開いた菓子だと考えられます。
不定形だった薄氷に対し、T五は小さな円形へ整えられています。
味は五種類へ広がり、包装も、初めて見る人に魅力が伝わりやすい現代的なデザインになりました。
一方で、薄い形や、口の中で溶けるように作られた食感、自然の色や味を簡潔な姿へ移す考え方は残されています。
薄氷からT五へ、残されたもの
薄い形
軽い口どけ
自然を菓子へ写す姿勢
強く押し出しすぎない甘さ
簡潔な佇まい
薄氷からT五へ、変えられたもの
五色の展開
五つの味
整えられた円形
現代的なパッケージ
贈り物としての伝わりやすさ

薄氷からT五への変化は、伝統を手放すことではありません。
伝統のなかにあった要素を分け、現在の暮らしに届くように組み直したものです。
「老舗の革新」という言葉は、多くの店や商品に使われます。
けれど、その中身は、ときに曖昧です。
五郎丸屋の場合、何を守り、何を変えたのかが具体的に見えます。
薄氷の核にあった美意識を残しながら、形、色、味、包装、贈答性を現在へ合わせていく。
だからT五は、新しいけれど軽く見えず、伝統的でありながら古く見えないのでしょう。
五郎丸屋公式によれば、T五は観光庁の「世界にも通用する究極のお土産」や、日本の地域産品を海外へ紹介する「The Wonder 500」などにも選ばれてきました。
こうした評価も、T五が一時的な派生商品ではなく、五郎丸屋の現代性を象徴する菓子として受け止められてきたことを示しています。
「木.林」は、同じ美意識を別の素材で試している
薄氷とT五に比べると、「木.林」は少し異なる場所にあります。
五郎丸屋の公式オンラインショップでは、木.林を「和風メレンゲ」と紹介しています。
細長いスティック状の菓子で、味は桜、抹茶、レモン、和三盆、ココアの五種類です。

レモンには瀬戸内産レモン、抹茶には宇治抹茶、和三盆には阿波和三盆、ココアにはヴァローナのココアパウダーが使われています。
木.林は、薄氷やT五とは原材料も製法も異なります。
そのため、薄氷から直接生まれた後継商品として扱うことはできません。
一方で、公式の商品説明にある、サクッとした食感のあとに「すっと溶けていく」という特徴には、薄氷やT五と響き合うものがあります。
異なる素材を使いながら、口の中で強く残りすぎず、軽くほどける菓子を作る。
そこには、五郎丸屋が薄氷から受け継いできた感覚の一部が、別の形で表れているようにも見えます。
木.林は薄氷の後継ではありません。
けれど、異なる素材から「軽く消える菓子」を作ろうとする姿勢には、五郎丸屋らしい響きがあります。
木.林の包装や五つの味、実際の食感については、和菓子を記録しているひろさんの実食記事から、より具体的に見ることができます。
五郎丸屋の新しさは、大きく変わらないことにある
伝統を守るとは、何を守ることなのでしょうか。
創業年。製法。材料。代表銘菓の形。
もちろん、どれも大切です。
しかし、同じ形を変えずに残すことだけが、継承ではありません。
薄氷からT五への変化を見ると、五郎丸屋が守ってきたものは、菓子の形だけではないことが分かります。
薄氷の不定形な白い姿は、T五では五色の円形へ変わりました。
味も、和三盆を中心とした一つの菓子から、桜、抹茶、柚子、和三盆、胡麻へ広がっています。
それでも、小矢部の自然を簡潔な形へ写すこと、不要なものを削ること、軽い口どけを作ることは残っています。
形を固定するのではなく、その形を生み出した感覚を残す。
それが、五郎丸屋の継承の方法なのかもしれません。
木.林では、素材そのものが変わります。
米と和三盆から、卵白を基礎とするメレンゲへ。
そこでも、口の中で軽くほどけるという感覚は失われていません。
五郎丸屋の現在の試みは、この三商品だけにとどまらず、近年はガラス造形から着想した半生琥珀糖「きせつのさがしもの」なども展開されています。
五郎丸屋が守っているのは、同じ菓子を同じ姿で作り続けることだけではありません。
土地の風景を見つめ、余計なものを削り、菓子の味や形へ移していく。
その方法そのものを、時代に合わせて更新しているのだと思います。
旅の土産として、いま買える五郎丸屋
五郎丸屋の本店は、富山県小矢部市石動にあります。
観光情報では、木の梁や和紙を使った照明が印象的な、老舗らしい落ち着きと現代的な簡潔さを併せ持つ空間として紹介されています。
富山駅周辺では、富山駅構内の「とやま銘菓」でも、五郎丸屋の商品が扱われています。
また、薄氷、T五、木.林は、2026年6月時点で五郎丸屋の公式オンラインショップに掲載されています。
三つの商品は、同じ五郎丸屋の菓子でありながら、それぞれ異なる現在地を示しています。
薄氷は、五郎丸屋の原点を伝える菓子。
T五は、その原点を現代へ翻訳した菓子。
木.林は、異なる素材から軽い口どけを探る試みです。
購入場所、価格、在庫などは変更される可能性があります。訪問や購入の前には、五郎丸屋公式サイトや各店舗の最新情報をご確認ください。

薄氷は、消えることで残っている
薄氷は、強く主張する菓子ではありません。
白く、薄く、形も一定ではない。
五郎丸屋は、口の中でスッと溶け、和三盆の風味が残る菓子として説明しています。
すぐになくなることを、欠点ではなく魅力にする。
これは、考えてみれば不思議な強さです。
多くの情報を詰め込むのではなく、削る。
濃い味で記憶させるのではなく、なくなっていく時間を残す。
具体的な風景をそのまま描くのではなく、白く薄い一枚の菓子へ変える。
五郎丸屋は、その感覚を二百七十年以上にわたって受け継いできました。
T五では、薄氷の白い世界を、桜、抹茶、柚子、和三盆、胡麻の五色へ開きました。
木.林では、異なる素材から、また別の軽さを探しています。
変わっている。
けれど、変わりすぎてはいない。
守っている。
けれど、止まってはいない。
古典は、古い姿のまま残るだけではありません。
ときどき光の当たり方を変え、別の色を見せます。
白い薄氷が、五色の干菓子になる。
米と和三盆の口どけが、メレンゲの軽さと響き合う。
けれど、その根にあるものは大きく変わりません。
富山の風景を、菓子へ映すこと。
そして、その風景を、口の中で静かに消していくこと。
薄氷は、現代和菓子になると富山の光になる。
その光は、まぶしくはありません。
けれど、消えたあとに、しばらく残ります。
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情報源
薄氷本舗 五郎丸屋
https://goromaruya.com/五郎丸屋「菓子のこと」
https://goromaruya.com/kashi/五郎丸屋公式オンラインショップ「薄氷」
https://store.goromaruya.com/view/item/000000000024五郎丸屋公式オンラインショップ「T五」
https://store.goromaruya.com/view/item/000000000010五郎丸屋公式オンラインショップ「木.林」
https://store.goromaruya.com/view/item/000000000051五郎丸屋公式オンラインショップ「商品一覧」
https://store.goromaruya.com/view/category/all_items小矢部市「薄氷本舗五郎丸屋」
https://www.city.oyabe.toyama.jp/ijyu/1001537/1001539/1001540/1001543.html富山県観光公式サイト「薄氷本舗 五郎丸屋」
https://www.info-toyama.com/attractions/22013TOYAMA STATION CITY「薄氷本舗 五郎丸屋(とやま銘菓)」
https://toyama-stationcity.jp/shop/detail.php?id=115
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