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秦氏の研究⑦応神天皇は、なぜ【応神天皇】というのか?

一般に秦氏が広めたといわれる「八幡神」を追いかけてきたわけだが、その大枠はつかめてきた気がする。「八幡神」は『旧約聖書』の神が何らかの形で伝えられたものだと考えて間違いないだろう。

問題は、その「神」と八幡神社の主祭神である応神天皇あるいは神功皇后、比売神との関係が一体何なのかということである。神功皇后はそれ自体が巨大なテーマになってしまうため、ここでは応神天皇に絞ってみたい。

実はこの応神天皇に関して、八幡神社との関わりはもちろんだが、それ以上にずっと以前から気になっていることがあるのだ。ズバリ、「応神天皇はなぜ『応神天皇』というのか」という疑問である。

和風諡号は誉田(ほむた)天皇

そもそもの話になるが、天皇には漢風諡号と和風諡号(あるいは諱)がある。ざっくり言えば、漢風にせよ和風にせよ諡号(しごう)は死後贈られた名、諱(いみな)は本人が生前直接呼ばれていた名ということになる。

例えば「応神天皇」は漢風諡号だ。そして和風諡号は「誉田天皇(ほむたすめらのみこと)」であり、岩波文庫は注で「ほむた」が諱であったことを匂わせる(『日本書紀(二)』、190〜191頁)。

その注には母親(神功皇后)の紀に「誉田別皇子」と書かれていることや、古事記から地名と類推できることなどが挙げられている。幼名、地名と関係が深いのであれば、「諱」がそのまま諡号になった可能性は高い。

オマージュとしての漢風諡号

実際、各地にある八幡神社を訪れてみれば、由緒書にある主祭神の名が「応神天皇」であったり「誉田天皇」であったりする。諱は、その天皇の素の御姿を彷彿とさせる親しみやすい名であるといえるだろう。

それならば「応神天皇」は、なぜそのような名がつけられているのか? 私はこう考える。この漢風諡号はおそらく、ほかの歴代天皇がみなそうであったように、天皇の事績に対する「オマージュ」であるに違いない。

例えば、「民のかまど」の逸話で知られる「仁徳天皇」は、いかにも「仁徳」にあふれる天皇だ。また「誤りて人を殺したまふこと多し」と書かれる「雄略天皇」は、「計略」を図り恐怖政治を行った天皇にふさわしい名だ。

神に応えた天皇

だとすれば、応神天皇はどうなのか? そう、答えは実に簡単なのである。文字通り「神に応じた(応えた)」からだ。この漢風諡号ほど、意味が分かりやすいものはない。応神天皇は「神に応えた」天皇なのだ。

それでは、その「神」とはどの神を指すのか? もう皆さんもお気づきのことだろう。「八幡神」なのである! つまり本稿の冒頭で述べた『旧約聖書』の神に応じた天皇、それこそが「応神天皇」に他ならない!

そうだとするならば「応える」とは、何を意味しているのだろうか? その答えこそ、私が本稿で用意していた取っておきの‘’真実‘’なのであり、それだけに私は自信を持ってお答えすることにしよう。

少年サムエルへの呼びかけ

『旧約聖書』に「サムエル記」という歴史書がある。古代イスラエルが建国される歴史を記したものだ。初代の王としてサウルが即位した後、有名なダビデ王が登場し国家が築かれていくところが描かれている。

この「サムエル記上」の冒頭に出てくるのが、タイトルロールのサムエルだ。少年サムエルは最初、預言者エリのもとに仕えていた。ところがある夜、寝ている彼に呼びかける声があることに気がつく。

「お呼びでしょうか」…サムエルはすぐに師匠エリの部屋へ駆けつけた。ところがエリは呼んでいないという。そこでサムエルは自分の部屋に戻って休むのだが、また呼びかける声がするのだ。

預言者サムエルの召命

サムエルはすぐにエリのもとへ駆けつけるのだが、やはり師匠は呼んでいないという。だがこれが三度続いたとき、エリは気がついた。サムエルに呼びかけているのは、主(神)だ! エリはサムエルにこう言った。

「戻って休みなさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕(しもべ)は聞いております』と言いなさい。」(サムエル記上3:9)

そして主は来られ、「サムエル、サムエル」と呼びかけられた。サムエルは、エリから言われた通り「お話しください。僕は聞いております」と応答したのである。こうして、預言者サムエルは神に召された。

召命物語としての応神天皇

つまり直接神に呼びかけられ、預言者として召されたサムエルこそ、古代イスラエルを建国した事実上、最初の指導者なのである。このように神に召されることをキリスト教の神学では「召命(しょうめい)」という。

「応神天皇」とは、まさにこのイスラエルの召命伝承に基づいたオマージュなのである。すなわち、古代日本の建国にあたって、神からの呼びかけに応じ、王権の礎となった者を記念する名なのだ。

では応神天皇は初代天皇なのか?違うではないか、と反論する方がおられることだろう。それに私はお答えしたい。実はそうなのだと。応神天皇こそ新王朝の始まりなのである。そのことはいずれ…今は紙面がない。

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